無花果、野葡萄、烏瓜《前編》

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無花果、野葡萄、烏瓜《前編》

これは、僕が高校1年生の時の話だ。

季節は秋。

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・・・・・・・・・。

その日、僕は心身共に満身創痍の状態で家路に着いた。

理由は二つある。

一つは精神的。

もう一つは肉体的な物だ。

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肉体的な方。これは只の打ち身だ。

階段から落ちる振りをしてうっかり本当に転げ落ちただけである。

しかし、こんなのは正直な所どうでもいい。

問題は精神的な方だ。

先日、僕は友人の姉であり僕の主人的な立ち位置の女性ーーーーのり姉ことのり塩嬢に、ある《頼み事》をした。

のり姉は僕の《頼み事》を華麗に解決・実行して見せた。

・・・・・・・そこ迄は、良かったのだ。

しかし、のり姉は僕の《頼み事》を解決した謝礼として、とんでもない事を要求して来た。

そう。

それこそが僕が今、精神的ダメージを受けている理由。

・・・本当に、正気の沙汰とは思えない。

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教室で、しかも皆がいる時を選んで

「お姉ちゃん、お願い聞いてくれてありがとう♪だーいすきっっ☆」

と、言わせるだなんて・・・。

・・・・・・・。

うわぁぁぁぁぁ!

もう嫌だ!

思い出したく無い!

明日から学校行きたく無い!!

思わず道端にしゃがみ込み、頭を抱える。

うううう・・・。

また不必要なダメージを負ってしまった。

僕は嫌な記憶を頭から追い出す様に、頭をトントンと叩きながら立ち上がろうとした。

その時。

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ピロロロロピロロロロ♪

とスマートフォンが鳴り響いた。

「・・・・・・電話?」

発信者は、木葉さんだった。

通話ボタンを押し、耳に押し当てる。

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「もしもし?」

「あ、もしもしコンソメ君。ちょっといいですか?授業は終わりましたか?」

電話を掛けて来たのは、やはり木葉さんだった。

僕は答えた。

「はい。今さっき終わりました。何ですか?」

「ええ。少し聞きたい事があるんです。」

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「コンソメ君、10月最後の土曜日って、空いていますか?」

「10月最後の・・・。って、いつでしたっけ?」

僕がそう言うと、向こうで木葉さんがクスクスと笑った。

「学生さんなのだから、今が何日なのか、ちゃんと覚えていなくては駄目じゃ無いですか?今週の土曜日ですよ。」

・・・何か今馬鹿にされた様な?

いやいや、木葉さんに限って。

今週の土曜か・・・・・・。

・・・・・・・あ!

「ごめんなさい!予定入ってます。」

「・・・失礼かも知れませんが、どの様な?」

「のり姉達と、買い物です。・・・申し訳ありませんが、のり姉に逆らえる程、僕は命知らずじゃ無いです。」

ふーむ、と木葉さんが考え込む様な声を出した。

「その他には・・・?」

「その他?・・・うーん。得には。」

そうですか、と木葉さんはまた考え込む様に言う。

そこから、木葉さんは暫し無言だった。

「・・・よし。」

木葉さんが、いきなりまた声を出し、何か決意をしたかの様な声で言った。

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「コンソメ君。君の今週の土曜日、貰いますね。」

・・・・・・。

・・・・・・・・・は??

「それって、どういう意味ですか?」

返ってきた答えは、僕の予想の斜め上を吹っ飛んで行った。

「そのままの意味ですよ。土曜日、コンソメ君は私の物となります。コンソメ君に拒否権はありません。御嬢様には私から伝えて置きますね。」

・・・どゆこと?

いや、うん。そのままの意味だよなきっと。

と、いうことは・・・・・・。

・・・どゆこと?

頭の中を?マークが乱舞していてまともに思考出来ていない僕に、木葉さんが詳しい説明をしてくれた。

「コンソメ君。夏休み、私は貴方の一日分の《時》を貰いました。貴方に渡した栞の、正当な《対価》としてです。・・・覚えていますね?」

「はい。」

そう言って、僕は頷いた。

・・・《対価》って言い方、使ってくれてるんだ。

「そして、私は今現在その《時》を持っている状況にあります。・・・分かっていますね?」

「はい・・・。」

※ここで意味が分からない人は、同シリーズの《夢買い》の前後編をお読みになって下さい。

「それを使おうと思いまして。」

「はあ・・・。」

木葉さんが、少し萎んだ様な声で続ける。

「本当は、あの時助けて貰った分で帳消しにしてしまいたいんですが、そうもいかないんです。・・・申し訳ありません。」

「いえいえ。・・・で、土曜日に僕は何をすれば?」

木葉さんの声が、一気にまた明るくなった。

「あ、はい!・・・・・・これなら、コンソメ君でも楽しめるかと思いまして!」

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「御祭の準備と、前夜祭の付き添いをして貰う事にしたんです!!」

・・・・・・木葉さん、楽しそうだなぁ。

こんなテンションの高い木葉さん、のり姉にデート(笑)に誘われた時以来だ。

「準備の方は疲れるし、あまり楽しく無いかも知れませんが、前夜祭は関係者以外は基本的に参加出来ませんから、珍しいし、コンソメ君にとっても貴重な体験になると思います!!」

・・・・・・・本当、楽しそうだなぁ。

何かジャパネットタ○タみたいだ。

僕は何も言わずにいると、木葉さんの声が、また萎み出した。

「・・・あの・・・嫌ですか?」

「え、あ、嫌じゃないです。嫌じゃないです。」

ただ、さっき心にダメージを負ったばかりで、テンションが付いて行けないんです。

僕は気合いでテンションを引き上げ、頑張って明るく言った。

「御祭、楽しみにしてますね。えっと・・・。用意する物とか、ありますか?あと、どこに、何時に行けばいいんでしょう?」

木葉さんが、嬉しげに答えた。

「嗚呼。それはーーーー

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・・・・・・・・・。

「・・・○○公園に、午前10時ねぇ。」

僕は辺りを見回した。

あの電話から数日。

クラスメイトにからかわれ続けた地獄の日々を越え、今日は10月最後の土曜日。

そして、ここは○○公園。

時刻は午前9時50分。

「あと、5分か・・・。」

遊具がほとんど無いせいか、遊んでいる子供は居ない。

居るのは、唯一のベンチを占領しているバカップル共のみだ。

真っ昼間からイチャイチャして、恥ずかしくは無いのだろうか。

・・・べ、別に、羨ましく何か無い。

断じて無い!!

僕は大きな溜め息を吐いた。

10時まで、あと5分。

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・・・・・・・・・。

約束の時間まであと3分を切った。

・・・僕だって、普段はここまで時間に厳しく無い。

ただ、さっきからバカップルの視線が痛い。

邪魔と言いたいのは分かるが、僕だって離れられないのだ。

頼むから早く来てくれーーーーー

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「コーンソーメ君~。」

遠くから、木葉さんの声が聞こえた。

公園の入り口を見ると、丁度木葉さんがこちらに向かって駆けてくる所だった。

そして僕は、

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全速力で木葉さんから逃げた。

木葉さんが驚きと悲しみが混ざった様な顔になった。

「・・・・・・コンソメ君?!」

「来ないで下さい。知り合いだと思われたくありません。」

「何故?!」

「分からないのなら来ないで下さい。」

木葉さんと一定の距離を取りながら言う。

悲しげな顔をする木葉さんは、

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上下共に高校の物らしいジャージを来ていた。

前々から木葉さんは和服以外のファッションセンスが皆無だとは思っていたが、まさかこれ程までとは・・・・・・・。

色々な感情を通り越して感動すら覚える。

僕がそんな生温い視線を送っていると、ハッッとした木葉さんが慌てて言った。

「いや、これは・・・ちが、違うんです!!」

「何がですか?!」

「汚れても構わない格好って、コンソメ君にも言ったじゃないですか・・・!」

「確かにそれは汚れても構わないかもしれませんが、その服はアウトです!!」

「いいんです!夜の祭から気合い入れるんです!ほら、行きますよ!!」

無理矢理話を終わりにして、木葉さんが僕の腕を掴んだ。

・・・というか何時の間にこんな近くに!

「ちょ、木葉さん痛い!痛いですって!どこに行くんですか?!」

「祭の会場です!!」

そうして僕は、木葉さんに半分引き摺られながら、道端に停めてあった車(運転手付きだった)に乗り込み、祭の会場まで向かったのだ。

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・・・・・・・・・。

と、いう訳でここは祭の会場である。

そして、これから僕と木葉さんはこの会場の準備をしなくてはならない。

・・・が、この話で重要なのはまだまだ先。

なので、ここの所は大幅に割愛させて頂く。

これから幾つか書く僕の発言で、何が起こっているか察して欲しい。

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「はい、こっちで・・・グェッッ?!」

「重くなんて無いです。もう一度言います。重くなんて無いですから。」

「え?!ちょ、何してるんですか!!」

「蛸が!!蛸がフルーティーに!!」

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・・・・・・・・・。

お分かり頂けただろうか?

まあ、分からなくても大丈夫。

話の本筋には全く関係無い。

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・・・・・・・・・。

夜が長くなる秋。

準備が終わる頃、会場はもうすっかり暗くなっていた。

手伝いを終えた僕等は、休憩所を提供して下さっている旅館にいた。

この旅館では祭の準備に参加した人は無料で温泉に入れる等のサービスをしており、ここで身を清めた後、きちんとした服装に着替えて前夜祭に出る人が多いのだと言う。

「私達もそうしましょう。コンソメ君、着替え、持って来ましたか?」

はい、と僕は答える。

リュックの中から僕が着替えを取り出すと、木葉さんが言った。

「衣装はこちらで用意してありますから、着替えは下着だけでいいですよ。・・・先に、言っておくべきでしたね。すみません。

・・・はい。これを着てください。」

木葉さんに手渡されたのは、一着の着物と帯。

着物には、黒地にギザギザとした葉を持つ蔓草が白く染め抜かれている。

勿論自分で着られる訳が無いので、結局木葉さんに着付けて貰った。

木葉さんの着物は、クリーム色っぽい白の地に黒で楓の葉を丸く大きくした様な葉が描かれている。

ああ。

この葉っぱはどこかで見た事がある。

そう、この葉はーーーー

「・・・・・・・・無花果?」

おや、と木葉さんが言った。

「分かるんですか?」

僕は頷いた。

「ええ。祖母の家に植えてあるんです。」

木葉さんが袖を広げて言った。

「似合っているでしょう?」

「はい。とても。」

僕がそう答えると、木葉さんは何故か少し悲しそうな顔をした。

え?

何か僕マズイ事言った?

誉めちゃ駄目だった?

そんな風に僕が不安になっていると、木葉さんは笑顔に戻って言った。

「ではコンソメ君、自分の着物の模様は、分かりますか?」

「え?」

・・・・・・・。

何だろう?

木葉さんが無花果なら、これも果物かな。

果物で、ギザギザの葉っぱで、蔓草・・・。

・・・・・・・。

「・・・・・・ブドウ?ですか?」

「ほお・・・。」

木葉さんが感心した様に息を吐いた。

・・・当たりか?

「惜しいですね。野葡萄なんです。」

「野葡萄?」

ええ、と木葉さんが頷き、こちらに手を出した。

手の上には

「ほら、こんな実を付けるんです。」

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硝子細工らしき、木の実をモチーフにした髪留めが乗っていた。

実の色が驚く程カラフルだ。

赤紫、紫、薄緑、青紫、青、水色。

でも確実に葡萄じゃないOrz

「凄いでしょう?本当にこんな色の実がなるんですよ。・・・ほら、後ろを向いて下さい。」

髪に付けてくれた。

「本当はもう少し髪が長い方が付けやすいんですけどね。」

「校則が厳しくて。これも結構ギリギリなんですよ。」

木葉さんが驚いた様に目をパチクリとさせた。

「最近の高校は厳しいんですね。」

曖昧に頷くと、木葉さんの頭にも無花果の実を象った髪留めが着いているのを見付けた。

薄緑と赤紫の無花果はやはり木葉さんに似合っていると思ったが、さっきの様な悲しげな顔をされると思うと、何も言えなかった。

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・・・・・・・・・。

前夜祭の会場は、日曜日に行われる祭とはまた別の場所だった。

「これを。」

狐の面を手渡される。

「顔をしっかりと隠して下さい。あと、ここから先、コンソメ君は私の弟ということにしておきますから。個人情報はどんな細かい物でも話してはいけませんよ。どんな下らない事でもです。」

何時に無く厳しい顔で、木葉さんが言う。

僕は頷いた。

「それから、この祭では一人につき一種類、着けている装飾品や着物の柄に何かしらの実を象った模様が付いています。その植物の名で相手を呼んで下さい。名乗る時も同様です。」

着いている植物の?

「・・・つまり、木葉さんの事は《無花果さん》と呼んで僕は《野葡萄》と名乗ればいいんですか?」

「はい。まあ、紹介は基本的に私がしますから、コンソメ君は無理して喋らなくてもいいです。あ、あと一応兄弟ということなので、敬称はいりませんから。」

僕はまた頷いた。

すると何故か

プッッ

と、木葉さんが噴き出した。

「そこまで怖い顔をしなくてもいいですよ。そこさえ気を付ければ、珍しい物も多いし、ちゃんと楽しめますから。」

どうやら、知らないうちに顔が強張っていたらしい。

もにもにと指で頬を揉み解す。

「さあ、行きましょう。ちゃんと後ろに付いて来て下さいね。」

商店街の様に道の両脇に露店が広がっている。

僕等は、面を着け、ゆっくりと祭会場との境界線を跨いだ。

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・・・・・・・・・。

入る前は分からなかったが、会場には沢山の人がいた。

いや、《分からなかった》では語弊がある。

《見えなかった》のだ。

「何で・・・さっきは何も・・・!」

僕が思わず声を上げると、木葉さんは

「そういう物ですよ。」

と言った。

・・・そういう物って、どういう物なんだろう。

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・・・・・・・・・。

道を歩きながら屋台を見ていく。

屋台と言っても、焼きそばやたこ焼き等匂いの強い食べ物屋は殆ど無く、あっても精々かき氷位だった。

その代わり、小間物屋が多い。

アクセサリーを売っている店もあれば、極々小さな雑貨を売っている店もある。

甘い匂いがすると思ったら、お香を売っている店だった。

その他にも色々、意味の分からない物を売っている店が沢山ある。

ふと見ると、ある露店に置いてある瓶詰めの臓器(?)が、瓶の中で動いていた。

「こ・・・無花果さん!」

「・・・ん?」

目の前にいた木葉さんが振り返った。

「あのガラス瓶に入ってるの、動いてますよ!!」

「そうですねぇ。」

しゃがんで、瓶を覗き込む。

「嗚呼。」

木葉さんが事も無げに言った。

「動き方からするに、心臓ですかね。」

「心臓?!生きてるんですか?!」

驚いていると、店の主人がこちらを見て言った。

「勿論です。御安くしておきますよ。」

しかし、木葉さんはキッパリと断った。

「申し訳ないですが、私の店では使いませんので。」

立ち上がり、また歩き始める。

僕も立ち上がり、あとを追った。

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歩きながら、木葉さんに聞いてみた。

「あの心臓・・・。」

「ええ。どこぞの馬鹿が《対価》として差し出したんでしょうね。」

「・・・・・・て、事はあの心臓の持ち主は。」

僕が渋い顔をしていると、木葉さんは笑った・・・様な気がした。

何せ、面を着けているから表情が分からないのだ。

「大丈夫。恐らくまだ御存命ですから。・・・動いていたでしょう?」

「ええ?!それって・・・。」

「野葡萄、貴方はそんな馬鹿な事、しては駄目ですよ。あと、敬称はいらないですからね?」

どうしよう。

結局どういう事なのか全く分からない。

「ほら、他の露店も覗いてみましょう?」

木葉さんに手を掴まれ、傍の露店に連れて行かれる。

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その店は塗りの小物を扱っている店らしく、漆塗りの指輪や朱塗りのピアス等のアクセサリーも置いてあった。

中でも一番目を引いたのは、店の真ん中にあった盆で、大きく鯉が描いてある物だった。

大きさは精々コップが一個乗る位だったが、恐らくこれは観賞用なのだろう。

端には吊り下げる為か小さな穴が開き、和風の紐が

結ばれていた。

木葉さんは店の主人と何やら話をしている。

僕はその盆から目を離す事が出来ず、ずっとその微妙な色合いの鯉の鱗を見ていた。

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ゆらり。

鯉がその鰭を少しだけ動かした様な気がした。

赤みを帯びたライトの光に照らされていたから、そう見えただけかも知れない。

木葉さんが何かを購入した様だ。

僕の肩をトントンと叩く。

名残惜しく思いながら、僕は立ち上がった。

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「あら。久しぶり。今年も無花果なの。」

「・・・どうも。御久し振りです。」

横を見ると、木葉さんが真っ赤な着物を着た女性に話し掛けられていた。

「良いモノは仕入れられた?」

「ええ。まあ。」

歳は大体木葉さんと同じ位だろうか。

いや、木葉さんよりは少し上かな。

・・・にしても。

・・・・・・・胸、大きいなぁ。

いやいや、変な意味では無く。

単なる感想として。

猫の面を着けているので表情は分からない。

だが随分と親しげな様子だ。

しかし、木葉さんは素っ気無く聞かれる事に返答している。

「ねぇ。後ろのその子は?知り合い?」

女性が僕の方を覗いてきた。

「ええ。弟です。」

肩を押され、女性の前に出される。

着物と巻き巻きした髪には、大きく割れ、中身の赤い実が見えている柘榴があしらわれていた。

「ど、どうも。野葡萄です。」

カミカミながら挨拶をすると、女性が僕の頭を撫でた。

「今晩は~。柘榴って呼んでね。」

なんだろうこの子供扱いな感じ。

木葉さんもたまにそうだけど、この人達、僕を何歳だと思っているんだろう。

「野葡萄君、歳幾つ?前夜祭は今日が初めて?」

「え、あの・・・。」

木葉さんからは答えるなと言われているが、この人は木葉さんの知り合いらしいし、答えないのも失礼な気がする。

僕が木葉さんの方を見ると、木葉さんは眉を潜め、わざとらしく溜め息を吐いた。

「困りますね。そういう質問は禁句な事位、貴女なら御存知の筈ですが。」

柘榴さんが言った。

「ええ。だから試そうと思って。・・・自分の弟だものね?ちゃんと教育をしなくちゃ。」

そして、一呼吸間を置いてにっこりと微笑んだ(気がした)。

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「母親の腕も、父親の背中も、しっかり担っていかなきゃね?無花果さん。」

ピシリ

と木葉さんの表情が固まった(気がした)。

それに気が付かない様に、柘榴さんが続ける。

「本当に無花果さんは大変。親を恨めとは言わないけど、文句の一つも言ってやりたいと思わない?」

更に続ける。

「あ、もしかして毎年貴方が無花果を着けているのって、ジチョウ?そんな卑屈になっちゃ周りの人も反応しづらいから駄目よ?」

・・・この場合、ジチョウは、《自重》じゃなくて、《自嘲》の方だろうな。

・・・なんて事は、どうでもいい!

声音こそ優しげだが、この人、滅茶苦茶失礼な事を言ってるんじゃないか?

その証拠に木葉さんがどんどん強張って来てるし。

・・・よし!

僕は持てる勇気の全てを終結させ、柘榴さんに一言言ってやろうと思った。

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「そちらこそ、昨年は木通、今年は柘榴・・・ですか。よくまぁそんな簡単にミを開く物を。」

が、木葉さんが先に口を開いた為、僕は口内で

「ぅぐっっ・・・!」

と変な声を漏らしただけだった。

格好悪いな僕・・・。本当。

柘榴さんは一瞬フリーズしたが、直ぐに笑った。

「あら、ひどーい。私、そんな尻軽に見える?」

尻軽・・・?

あ。今の下ネタだったのか。

木葉さんは悠然と答えた。

「どうでしょうね?私の知っている訳が無いでしょう?ただ・・・・。」

言葉を切り、ゆっくりと話す。

「恐い恐い御父様に、叱られて泣かされない程度の節操は持ち合わせて下さいよ?

・・・私も、会う度に愚痴られては堪りませんから。」

「つっ・・・・・・・!」

今度こそ完璧に、柘榴さんが固まった。

今なら、柘榴さんから離れられるかも知れない。

僕は一度雲散霧消した勇気達を鼓舞し、一気に奮い立たせた。

「兄さん、行きましょう。ぼけっと立っているのも疲れました。」

そう言って、木葉さんの袖を引っ張る。

木葉さんはこちらを見ると、にっこりと微笑んだ(気がした)。

「それでは、私達はこれで。」

そうして、僕等はまた歩き出した。

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・・・・・・・・・。

「野葡萄、先程は・・・」

「弟ですから。兄を助けるのは当たり前です。」

僕が木葉さんの言葉を遮ってそう言うと、木葉さんは驚いた様にポカーンとした。

が、直ぐにクスクスと笑い始めた。

「・・・孝行者の弟を持って、私は幸せですよwww」

語尾が震えている。

・・・あれだ。

言った途端に恥ずかしくなった!

僕は思わず顔に手をやったが、面を着けているので手をやった所で何ともならない事に気が付いた。

「面着けてますよねwww手、意味無いですよねwwww」

見 ら れ て た!!

し か も 指 摘 さ れ た!!!

グシャグシャと頭をかき回される。

「本当に、貴方を見てると退屈しないから良いですね。連れて来て正解でした。」

やっぱり何か馬鹿にされてる感がある。

僕は髪留めを着け直し、木葉さんを睨み付けた。

・・・が、面のせいでやはり僕の表情が木葉さんに伝わる事は無いのだった。

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・・・・・・・・・。

その後、僕等は色々な店を見て歩いた。

ビー玉の様に透き通った飴や、花の形と香りをした砂糖菓子を売っているお菓子屋。

描かれている月が本当に光っている様に見える扇を売っていた扇屋。

繊細な細工で、植物と茸をモチーフにしたアクセサリーと小物を扱っている雑貨屋。

どれも珍しく、どれも楽しかった。

そして、そろそろ祭りも終わる頃、僕等はある人物と出会った。

出会ってしまった。

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・・・・・・・・・。

その人は、道の真ん中でこちらを見て立っていた。

ガシッッ

木葉さんがいきなり僕の腕を掴んだ。

「え?」

グイッッ

無理矢理腕を引っ張られ、後ろに隠される。

本当に隠れてしまうのが何と無く屈辱的だ。

その人ーーー猿の面を被った男性が、こちらに向かって来るのが見えた。

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・・・・・・・・・。

「久しぶりだね。」

その人は、見た目は木葉さんと同じ位に見えるのに、老人の様なしゃがれた声をしていた。

木葉さんが無言で軽く礼をする。

その人ーーー猿面の男性は、顎に手を当てて言った。

「半年程、会っていなかったかな。」

木葉さんまたしても何も言わず頷いた。

「・・・おや。」

男性がこちらに気付いた様だ。

「そちらの坊っちゃんは?」

前に出て挨拶をしようとしたが、木葉さんに手で止められた。

「・・・弟ですよ。」

木葉さんが、小さな声で言った。

「へぇ。・・・ねえ、君、名前は?」

男がこちらに話し掛けて来た。

「・・・野葡萄です。」

僕がそう答えると、男は感心した様に息を吐いた。

「ちゃんと躾てあるんだ。へぇ・・・野葡萄ね。」

何故だろう。

怖い。

「・・・そろそろ行かないと、祭の《迎え》に参加出来なくなりますよ。」

木葉さんが僕の腕を掴んだまま言った。

周りを見ると、屋台がもう仕舞われ始めている。

男性は軽く頷き、また道を引き返して行った。

しかし、数歩歩いて直ぐに立ち止まる。

そして、振り返ってこちらへ声を掛けた。

「ああそうだ。まだ名乗っていなかったね。私は烏瓜だよ。また直ぐに会おう。」

また前を向き、歩き出す。

彼はもう、振り向く事は無かった。

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・・・・・・・・・。

「・・・《迎え》って、何ですか?」

そう僕が聞くと、木葉さんは

「帰って来る神様を、迎えるんですよ。」

と答えた。

そして、眉を潜めながら言う。

「《迎え》には、野葡萄を連れて行けないんです。」

僕は言った。

「・・・・じゃあ、どこかで待っています。」

木葉さんは益々眉を潜めた。

が、暫くしてから渋々と頷いた。

「こっちへ。」

後に続いて歩いて行くと、大きな木の下へ着いた。

「ここでしゃがむか座るかしていて下さい。絶対に喋ってはいけません。ちゃんと木の方を向いて、振り向いてもいけません。目を瞑っていた方が良いですね。」

「はい。」

僕が返事をすると、木葉さんは幾度も振り向きながら、暗闇の中へ消えて行った。

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・・・・・・・・・。

独り木の下でしゃがみながら、僕はこの祭りの事について、ある一つの推測に辿り着いた。

10月は昔から《神無月》と呼ばれている。

神の居ない月ーーー故に神無月。

では、なんで神様が居なくなるかというと、それは出雲で八百万の神々が集まる大会議があるからだ。

集まって何をするのかというと、それは《男女の仲を結ぶ》という何とも下らない事に精を出している訳なのだが・・・まぁそれはいい。

今日は、10月最後の土曜日。

そろそろ神様も家へ帰って来る頃合いだろう。

だから、その神様に《お帰りなさい》を言う為、皆でお祭りを開催して、神様が帰って来るのを祝うのだろう。

・・・・・・いや、待てよ?

この間、授業で《旧暦は今の月と一ヶ月程ずれている》と習った。

だとすると、今日はまだ旧暦では9月という事になる。

・・・・じゃあ、神様はどこへ出掛けているという

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「何故そんな所に踞っているの?」

直ぐ後ろから声がした。

僕は驚きのあまり声を出してしまいそうになったが、気合いで抑え込んだ。

・・・この声は。

「ほら、また直ぐに会おうと言ったろう?」

さっきの猿面の男性だ。

ゾワリ

背中に鳥肌が立った。

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「烏瓜、だよ。」

・・・・・・何で何も言っていないのに。

「野葡萄、だったね?」

僕は答えず、俯いたままでいた。

本当は直ぐにでも逃げ出してしまいたかったが、木葉さんに待っている様に言われていたし、何より、下手に逃げた所で逃げ切れるとは思えなかった。

僕が黙りを決め込んでいると、猿面ーーー烏瓜さんは勝手かつ一方的に話を始めた。

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・・・・・・・・・。

ねぇ。

その髪留め、綺麗だね。

細工も細かいし、色味もまるで本物みたいだ。

野葡萄の実が何でこんなに鮮やかで様々な色をしているか、知ってるかい?

知らない?

答えなよ。

・・・躾も、あんまりしっかりしすぎると窮屈だろう?

・・・まぁいいや。教えてあげよう。

あれはね。

虫の所為なんだ。

ブドウタマバエと言ってね。

小さな虫だよ。

まだ若い実の中に卵を産み付けるんだ。

そうすると、実は異常に成長・発達をする。

そうして、あの色と形になるんだよ。

反対に言うと、虫が付かなければあの色味は出せない。

だからあの美しい実の中には、必ず一匹の幼虫が蠢いているんだ。

・・・・・・・・。

・・・その髪留め、本当に綺麗な実だね。

それならば、きっと幼虫が入っているだろうな。

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・・・・・・・・・。

何かが、僕の頭に触れた。

あいつーーー烏瓜さんが髪留めを触っているのだ。

ゾワリゾワリ

また、僕の背中に鳥肌が立った。

幼虫なんて入っている訳が無い。

この髪留めは硝子細工だ。

・・・・・・でも。

本当に入っていたら?

本当にこの実の中で、小さな幼虫達がウネウネと蠢いていたら?

ありもしない妄想というのは分かっているのだけど、背筋が凍り付く様な気がした。

烏瓜さんが、また口を開いた。

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・・・・・・・・・。

野葡萄にはね、別名が幾つかあるんだ。

先ずはヤブドウ。

これはただ漢字の読み方が変わっただけだね。

次に犬葡萄。

これはね、普通の葡萄より劣っているって意味なんだよ。

あと、もう一つあるんだ。

これも意味としては劣っているって意味なんだけどね。

・・・。

烏葡萄って、いうんだ。

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・・・・・・・・・。

僕にはその時、烏瓜さんが笑った様な気がして仕方無かった。

「ねぇ。烏瓜と烏葡萄、何だか似てるとは思わないかな?」

「・・・・・・・・。」

「どちらも劣っているという意味で、どちらも幹も枝も無い蔓草で。そういえば、葉の形もだね。」

「・・・・・・・・。」

「あんな得体の知れない実なんかより、私の方が案外君に近いのかも知れないよ。」

「・・・・・・・・。」

得体の知れない実・・・。

・・・もしかして、木葉さんの事だろうか。

「だってそうだろう?花も無いのに実をつけて。しかも、この国にはイチジクコバチがいないから、あれはどうしたって相手が居ないのに熟れてるんだからね。」

「・・・・・・・・。」

「でも、熟れた所で種なんて入って無いんだ。見せ掛けだけなんだよ。だからかな。どこか得体が知れなくて、気持ちが悪い。」

「・・・・・・・・。」

「ほら、片親だけの子供って、どこかそんな所があるだろう?」

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ブチッッ

と、何かが切れる音が聞こえた。

今思うと、あれは堪忍袋の尾が切れた音だったんだと思う。

「気持ち悪いのは、貴方です!!!」

直ぐ耳元で声が聞こえていたので、狙いをつけて、一気に裏拳を放つ。

木葉さんから喋ってはいけないと言われていたが、それはすっかり頭から消えていた。

ブンッッ

思い切り振り回した右腕が、空を切った。

・・・え?

力を入れすぎたからか、そのまま尻餅をつく。

また、直ぐ耳元で烏瓜さんの声がした。

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「駄目だろう?喋ったら。」

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ゾワゾワゾワッ

背中どころか身体中に一斉に鳥肌が立つ。

「・・・!!」

ああ、もう助からない。

ただ裏拳を避けられただけなのに、何故かそう思った。

「・・・・また直ぐに会おうね?」

声が聞こえた。

さっきは直ぐ耳元で聞こえたのに、それから10秒程しか経っていないのに。

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その声は、遠くから呼び掛ける様に曇っていた。

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・・・・・・・・・。

それから僕は、そこから動く事も出来ずに震えていた。

烏瓜さんはどこかへ行った様だった。

暫くすると

トントン

と、誰かが肩を叩いた。

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「・・・・野葡萄?」

木葉さんの声だった。

名前を呼ばれたが、身体が強張って反応出来なかった。

「野葡萄。どうかしたんですか?」

もし、目を開けて、目の前にあの猿面が見えたら・・・・。

そう思うと、目も開けられない。

木葉さんらしき人の気配が、直ぐ近くまで来た。

さっきの感覚が甦って、また背中に鳥肌が立つ。

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「・・・コンソメ君!どうかしましたか?!」

耳元で聞こえた声に、目を開ける。

目の前には無花果模様の着物で、狐面を被った、

紛れも無い木葉さんが居た。

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・・・・・・・・・。

いきなり泣き出した僕を見て、木葉さんはわたわたと慌てた。

「え?ちょ・・・・どうたんですか?泣かないで下さい・・えっと・・・ほら、綿飴!」

綿飴を渡される。

一口食べるとそれは甘く、何も考えられなくなっていた頭が、少しずつだが動き出した気がした。

山程の伝えたい事が頭をグルグルと回る。

だが、結局実際に言えたのは

「猿面の・・・・」

だけの、一言だった。

烏瓜さん、とは呼びたくなかった。

また涙が溢れて来た。

木葉さんが背中をトントン叩いてくれた。

ああ、助かったんだ、と思った。

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・・・・・・・・・。

それでも頭にはさっきの

「また直ぐに会おうね?」

がこびりついていて、離れてくれなかった。

Concrete
コメント怖い
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Uniまにゃ~さんへ
ただいま!です(笑)
大丈夫です。
烏瓜さん、変態だけど悪い人では無いですよ。
・・・多分。

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みーさんへ
ありがとうございます!
後半も怖くない&気持ち悪い話です!
こんな僕の話で良かったら、お付き合い下さい!

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コンソメ君!!!
お帰りなさい 御無事で何より…

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薄塩シリーズ大好きです。
早く後編読みたい〜

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匿名さんへ
本当ですよね。
僕も全面的に同意です。
・・・でも、烏瓜さんは別に片親の人を馬鹿にしたかった訳では無い様です。
詳しくは本編で御話ししますね。

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翔さんへ
後半でも出てきますよ。
烏瓜さん。
あ、のり姉のあれは平常運転です。
しかも今回はまだいい方ですよ。
実の弟である薄塩は、もっと酷い目に逢わされています。

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カイさんへ
ありがとうございます!
嬉しいです!
・・・でも、睡眠はちゃんと取って下さい(笑)

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こぐまさんへ
ありがとうございます!
次回もなるべく早く上げられる様、努力します!

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時間が遅いから明日読もうかと思ったが…一気に読んでしまった_| ̄|○

烏瓜さん…なんだか怖いですね(・・;)
後編でも出てくる気がするけどコンソメ君頑張れp(^_^)q

前半サラッと流れたけど教室でのお姉さんへのセリフには吹いちゃいました(≧∇≦)
恥ずかしがってるコンソメ君が目に浮かんでしまった(≧∇≦)

後編も楽しみに待ってます(^^)

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島瓜さん…怖すぎ!笑

紺野さんの作品おもしろくて好きです。

次作が読みたくて眠れません。笑

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紺野さんの作品、少し前にみつけてとても面白くて過去の作品も全て一気に読ませてもらいました。今回の作品も凄く興味をひきます。後編も楽しみにしています。

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hikaさんへ
ですよね?!
気持ち悪いですよね?!
次回はもっと気持ち悪くなりますよあの人!!
僕も書いてて背筋がゾワッとしました!
思い出し鳥肌ってあるんですね。
あ、木葉さんのジャージはやはり高校時代の物だったそうです。

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ひぃ〜烏瓜さん怖い…というか気持ち悪すぎますね…
烏瓜さんとの今後が気になるところです。

木葉さんのジャージ姿にも惹かれますが…笑
私もお手伝い誘われたいです ( ்▿்)
そして髪留めが欲しいー!!
コンちゃんが羨ましく感じてしまいました(੭ु ˃̶͈̀ ω ˂̶͈́)੭ु⁾⁾

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