中編4
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ヒタ… ヒタ…

ヒタ…ヒタ…

ビルの階段をのぼる裸足の足音が聞こえます。

僕の身体は既に金縛りで指一本動かす事さえできなくなっていました。

それは昨年の初夏の出来事でした。

自宅兼仕事場として借りているこのビルは、3階まではオフィス、4階のみ住居として使えるような構造で、僕はその4階の一室を借りています。

玄関ドアが鬼門を向いているという欠点はありますが、利便性と格安家賃は魅力的です。

仕方がないので玄関には、盛り塩で厄除けしています。

さて、その日朝から忙しかったため、仕事が片付いたのは23時を過ぎていました。

それからシャワーを浴び、ビールを1缶空けて床についたのは、午前1時位だったはずです。

普段寝つきの良い僕ですが、その晩は目を閉じてもなかなか寝付けませんでした。

どれくらいの時間が経ったでしょう。

ビル内の階段から物音が聞こえてきました。

格安家賃の物件ですから、防音には難があり廊下や階段の音は良く響くのです。

どうやら2階から3階へ上がる階段の辺りから聞こえているようです。

耳を凝らすと、

ヒタ… ヒタ… ヒタ…

裸足の足音のようです。

瞬間、身体が固まりました。金縛りです。

疲労などからくる金縛りの場合は指一本に集中して動かせば、あっさり解けたりしますが、これは全く違っていました。

そのうち、それは3階にたどり着いたようです。

その足音は3階の廊下を移動しはじめました。

まずは僕の部屋の真下、映像制作会社、その隣の外国語教室と階段に近い部屋から物色しているようです。

音質から察すれば、あまり大柄ではない女性のようです。

さらに一番奥まで行ったら、引き返してくる音に…。

できればこのまま階段を降りて欲しい!

背中に氷が這うような寒さを感じながら、首筋にはびっしょり汗をかいていました。

しかし、こんな願いがこの邪悪な足音の持ち主に通じるわけがありません。

案の定、足音は階段を登りはじめました。

ヒタ… ヒタ… ヒタ…

ヒタ… ヒタ… ヒタ…

階段を登る足音が近づいてくる。

その時僕はあらためて気付きました。

3階にならうなら、4階も同様の行動を取るはずです。

階段に最も近い部屋。それは僕の部屋です。あれは最初に訪問する。僕の部屋を…。

ヒタ… ヒタ… ヒタ…

遂に4階にたどり着いたようです。

僕の部屋までわずか5歩。

カチン。

玄関ドアのロックが外れたような音がしました。

数秒の間をおいて、キィーとドアの開く音が…。

しかし、入っては来ない…。極度の緊張で金縛り以上に身体が強張る……。

チッ!

妙にしっかりと舌打ちが聞こえ、ドアがゆっくり閉まりました。

何だ?

何故入って来ない?

安堵する反面、違和感が不安を掻き立てます。

足音も聞こえなくなりましたが、金縛りはまだ解けません。

ドスン。

え?

階段側の壁から鈍い音が聞こえました。

ドスンドスン

壁を手のひらで強く叩いている?

ドスンドスンドスンドスンドスンドスンドスンドスンドスンドスン

もう、僕は恐怖で涙を流していました。

ドスンドスンドスンドスンドスンドスンドスンドスンドスンドスン

気が狂いそうです。

ドスンドスンドスンドスンドスンドスンドスンドスンドスンドスン

だんだん…

だんだん腹がたって来ました。

ドスンドスンドスンドスンドスンドスンドスンドスンドスンドスン

ブチッ!

「なんかキサン!はよ帰らんか!やかましいったい!!」

恐怖のあまりにぶち切れてしまいました。

金縛りも解けていました。

廊下からあれの気配は完全に消えていました。

とはいえ、日が登るまで安心できず、結局一睡もできませんでした。

朝、玄関を見ると…、やっぱりロックが開いていました。

外に出てみようと、靴を履くと…ジャリ…?

塩?

外に出て見ると、そこらじゅう塩だらけ。

ドアにも廊下にも、まるで盛り塩が爆発したみたいでした。

やっぱりあれは幻聴などではありませんでした。

廊下を掃除して、感謝の念を込めて新しい盛り塩をしました。

後日、古くから近所に住むおばあちゃんに聞いたところ、僕の住むビルの前の道路は、空襲で亡くなった方を並べて、遺族に引き渡した場所だった事がわかりました。

当然引き取られなかったご遺体もあったそうで、いまだにさまよっていても不思議ではないという事でした。

霊より戦争という人間の愚かな行為を怨めしく感じました。

怖い話投稿:ホラーテラー ハカタッコさん  

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