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赤い村-追憶-(6)

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music:4

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1988年某月ーー

「ではまた一週間後、経過を見ますのでお越しください。」

「ありがとうございます先生。

先生のところで診てもらってから、なんだか身体が軽くなったみたいで!」

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神山は、とても愛想が良く、腕も確かな先生として評判だった。

神山接骨医院は、白山市のはずれに位置するにも関わらず、日々患者が後を絶たない。

比較的高齢者の多い白山市の住人達の間では、「身体が痛んだら神山へ」ともっぱら噂にもなったほどだった。

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そんなある時、神山は一人の18歳の少女と出会う。

彼女の名前は宮坂 明子といい、笑顔を見せることがない感情の乏しい性格だったが、見た目は綺麗な細身の少女だった。

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彼女の数々の不可思議な症例は、神山も類を見たことがなかった。

ある時は膝から下が複雑に折れ曲がっていたり、ある時は腕だけで10ヶ所以上の骨折をしていたりと、どれも「何をしたらこうなるのか」分からない、特殊な怪我ばかりなのだ。

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原因を聞いても、少女は何も答えようとはしなかった。

ところが....。

「あれっ?

もう骨がくっついてる....。」

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不思議なことに、少女の怪我はどれもおおよそ2週間程で完治してしまう。

そして治ったらまたすぐに怪我をし、病院へ訪れる。

その異常なまでの治癒力に、ある時神山は質問した。

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「....どうしてこんなに治りが早いの?

もし何か特別なことをしてるのなら、ぜひ先生に教えて欲しいんだけど....。」

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少女は無表情のまま、「先生の腕がいいから....。」とだけ答えた。

それは医者としては嬉しい言葉であったが、到底自分の腕が原因でないことは明白だった。

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「...おはようございます、宮坂さん。

今日はどのような症状ですか?」

....毎週のように顔を出すようになった少女。

いずれ怪我の事も治癒力の事も、神山はなるべく触れないようにしていた。

ある日、少女は無表情なまま神山へ奇妙なことを言った。

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「....私の怪我....儀式によるものなの。」

「儀式....?」

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儀式とは、一体何の事だろうか。

まさか、「儀式」と称した虐待なのでは....?

最初神山はそう疑ったが、すぐにそれが「本当」の事だと知ることになるーー。

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その翌日、神山は街へ出向いていた。

結婚をしていなかった神山は、休日の昼間に街へ繰り出し、ゆっくりと喫茶店で購入した珈琲を飲むことが些細な趣味であり、日課であった。

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(今日はどこで飲もうかな....。)

神山のカフェタイムは、特に場所が決まっていない。

公園や、街中の階段など、散歩中に見つけた自分なりのポイントで珈琲を楽しむのだ。

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「....ふぅー。」

神山は、街の中心から少し離れた公園のベンチへ座った。

今まで来たことのない公園だったが、景色は悪くないし、人気も少ない静かな場所だった。

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(たまに来るにはいいかもな...。)

一杯の珈琲をゆっくりと味わいながら、30分程かけて楽しんだ。

すると神山はウトウトと眠気が襲い、そのままベンチで寝てしまったのだった。

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....どれくらいの時間寝てしまったのだろうか?

昼間に訪れた公園の空は、今やすっかり日が落ちかけ、赤すぎる程の綺麗な夕焼けが広がっている。

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「んんーっ...!」

ぐーっと身体を伸ばしながら、神山はベンチから立ち上がる。

フラっと軽い立ちくらみが襲った。

だが気持ちの良い昼寝の後だったからか、何だかそれすらも心地良く感じる。

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立ちくらみによってボンヤリしていた視界が徐々に鮮明になっていくと、公園の隅に誰かが立っていることに気づいた。

すらっとした細い手足。

散々その身体を診てきた神山は、すぐにそれが誰か分かった。

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「宮坂.....さん?」

そこには、公園の隅で此方をじ...っと見つめる少女の姿があったのだ。

目が合い、神山は嬉しそうに少女へかけ寄った。

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「....奇遇だね、宮坂さん。

どうしたの?こんな所で。」

ニコニコと愛想良く話しかけるも、少女はいつも通り無表情なまま、少しため息混じりに答えた。

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「今....帰るところなの。」

神山は、無表情な中にも、どこか浮かない表情を見せている少女が気になった。

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「何だか....浮かない顔をしているね?」

少女はチラッと神山の顔を見た後、すぐに目線を逸らして答えた。

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「....今日も、儀式があるの。

役目だから仕方ないのだけど....。」

(役目....?何のことだ?)

神山は気になったが、儀式のことや怪我のことは聞いても答えないことを知っていたため、何とか慰めるように少女を励ました。

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「そっか。

もし、困ったことや悩んでることがあったら、いつでも先生のとこに来なさいね。

別に怪我なんてしてなくったって、相談に乗るからさ。」

少女は目線を逸らしたまま、「ありがとう。」と小さく呟いた。

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神山は少女と別れ、自宅のある方向へ向かうバス停へ向かった。

それでも、やはり少女の事が頭に引っかかる。

もし、「儀式」というのが虐待なのだとしたら....?

そうでないとしても、本当は言えない事情があるのではないだろうか?

そんな思いが頭を巡り、神山は少女の跡を追うことにしたーー。

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少女は、街から少し離れた山の中へ入っていった。

山道の周りはグルリと深い木々が並び、夕焼けから徐々に暗くなる空を更に遮っている。

実際、辺りはかなり暗かった。

何とか足元は見えるものの、先にいる少女を見失わないようにするのは至難の技だ。

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....その時だった。

山道からスッと、何の目印も道もない木々の中へ少女が消えたのだ。

慌てて跡を追うも、神山は少女を見失ってしまった。

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(参ったな....。

こんなに暗くて、ましてや道でもないところに入っていくなんて....。)

そもそも、少女は「家に帰る」と言ったはずだが....。

こんな山中に家があるなんて、地元の神山も聞いたことがなかった。

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神山はかろうじて漏れる空の明かりを頼りに、少女の入っていった山中へ行くことにした。

深い木々、道のない足元。

枝を踏む度に鳴るパキパキとした音。

その音だけが、暗く静まりかえった山中に響いていた。

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神山は不安にかられた。

そもそも、こんな山中では自らが迷う可能性も十分にある。

更に、少女を見失った今、実質広い森の中にたった一人なのだ。

いい気分になれる筈は無い。

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(引きかえそうか....。)

そう思った矢先だった。

神山の目の前に、不気味な赤い鳥居がそびえ立っていたのだ。

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(こんな山奥の、ましてや道も何も無い中になぜこんなものが....。)

それが少女の住む「家」と関係しているかは分からない。

それでも、偶然ではない気がする。

神山は、もう少しだけ少女を捜索することにした。

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鳥居をくぐり、15分程彷徨っただろうか。

以前として神山の周りには、不気味に葉音を立てる生い茂った木々が囲んでいた。

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(いい加減喉も乾いてきたな...。)

気温は高くない。

それでも慣れない山中をこれだけ歩いていれば、実質奪われる体力は計り知れない。

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「ハァ....ハァ.....。」

息があがってくる。

神山は立ち止まり、座りこんだ。

その時、遠くの方でボンヤリと明かりが見えた。

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「明かり....?なんだろう、こんな山中に。」

もしかすると少女がいるかもしれない。

神山は既に真っ暗になった森の中、先に見える明かりだけを頼りに進んだ。

バキッ...

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「....ん!?」

固い何かを踏んだ。

枝ではない。

石でもないようだ。

何かこう...とても固い卵の殻を踏んだような....そんな感触。

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(なんだろう....。)

神山は、今まで踏んだことのない妙な感触が気になり、足元に顔を近づけ、目を凝らした。

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shake

「....うっ!!!!?」

それは、殆ど白骨化した人間の遺体だった。

いや、正確には「頭」だけが無残にそこへ落ちている...。

そして、接骨医の神山にはよく分かる。

これが子供の頭だということが....。

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(なっ...なん....だよ、これ。)

遺体には腐臭がない。

踏んでしまった足にはベットリと血が付着している。

それも、かなり水に近い。

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「こ...れ...。

つい最近の遺体...?」

神山は感づいた。

それは同時に「人の手によるもの」を意味していることを。

腐敗の見られない白骨化、つまり意図的に肉を剥がなければあり得ない。

さらに骨の表面の所々に、乱雑に付着する肉片。

そう、まるで...肉食動物が喰らった後の残骸のような.....。

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ゾクッ....

神山の全身に寒気が襲う。

さっきまで額に滲んでいた汗は、一瞬で引いてしまった。

それと同時に、フラっと貧血が起きる。

神山は足の力が抜け、木の幹に寄りかかった。

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(どうなってる。。

たまたま...か?

まさか宮坂さんとこの遺体は、何か関係があるのだろうか...?)

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先に見えていた明かりは比較的近い。

約200mくらいだろうか。

神山は、恐怖と不安にかられ、思うように動かない足を引きずり更に奥へと進んだ。

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....明かりが徐々に近づいてきた。

すると、あれだけ深かった木々がはれ、急に神山の目の前に小さな村が現れた。

(なんだ....ここ。)

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村は不気味な雰囲気を漂わせている。

街灯などは無く、暗く静まりかえっていた。

気のせいか、ここの空だけが若干赤い。

さっきまでは夜の空といった感じだったのに...

夕焼けじゃない。

それよりも、もっと深く、暗い赤...。

この村の空間だけ、まるで世界と隔離されている気さえする。

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(重い....。)

神山の直感が感じた。

足も、肩も、空気でさえも巻き込んだ「圧力」。

一息一息が深呼吸になってしまう。

そうでないと、まるで肺に酸素が入らない気がするのだ。

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先程の明かりは、一つの大きな屋敷から漏れていた白熱灯の光だった。

他の何棟かの屋敷には、人気がないように見える。

....その時だった。

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sound:18

「.......ぃゃぁぁぁぁぁぁぁ!」

shake

「!?」

ふいに屋敷から響く女の悲鳴。

神山に悪い予感が走る。

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(まさか...!)

悲鳴が少女のものなのかはわからない。

それでも、只事ではないことだけは分かる。

神山は急いで屋敷へ向かった。

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shake

「....あぁぁぁあぁああぁぁあ!!」

悲鳴は、明かりのあった屋敷の裏の方から聞こえるようだ。

神山は、その悲鳴が聞こえる部屋の窓を覗いた。

そこには、神山が見たこともないおぞましい光景が広がっていたのだったーー。

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ゴキッ.....

少女の腕が在らぬ方向へ折れ曲がっている。

バキッ.....

少女の足首がへし折れる音が部屋へ響き渡る。

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少女の周りを囲むように佇む赤装束の男達と、その正面で祈りを捧げる老婆の姿。

少女は真ん中で手足を縛られ、泣き叫んでいる。

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ゴキッゴキッ...

shake

「いやぁぁあぁぁぁあああ!!」

鈍い音と少女の悲鳴が響き渡る。

ところが、神山はすぐに奇妙なことに気づく。

...誰も少女に触れてはいないのだ。

にも関わらず、少女の手足は勝手に折れ曲がり、痛みにもがいている。

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(こ、これが....。

宮坂さんの言っていた儀式っ...!)

その光景は、神山の知る「常識」から逸脱したものだった。

故に、助けたくても身体が、本能が、それを拒むように神山を動かさない。

神山は、そのまま儀式を見続けるしか出来なかったのだったーー。

続く

Concrete
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雨音さん、コメント&ご指摘、ありがとうございます。

誤字については、無知なもので申し訳ございませんでした。
かといって、私の頭では平仮名ばかりになってしまいそうなので、多少の誤字はお見苦しいかと思うのですが、寛大な心でご勘弁いただければ幸いです(T ^ T)

はい、応援していただき感謝致します^_^

次のお話を、仕事の合間にちょくちょく書いておりますので、また更新した際にはぜひ読んでいただきたいと思います^_^

宜しくお願いします。

返信

今回も興味深く読ませて頂きました。

何カ所が誤字等があったのが気になりましたが、全体的にまとまっていて読みやすいと思います。

頑張ってください(o゚▽゚)o

返信

暇人さん

ありがとうございます^_^

GWは仕事柄忙しくなっておりまして...
早くて明日の夜中、予定では明後日の晩くらいになってしまうと思います。

申し訳ありませんが、どうぞ宜しくお願いします。

返信

続きはいつ頃なのでしょうか…?
待ちきれません>

返信

暇人さん、コメント&怖いを付けていただき、ありがとうございます。

リングの、呪いのビデオとタイムリミットについては、確かに被る所があるかもしれませんね(>__

返信

いつも読んでいて思うのですが、この話ホラーの「リング」によく似ていますね。偶然でしょうか?
話すごく面白いです!続きが早く読みたいです!

返信

VEILEDGOTさん、コメント&怖いを付けていただき、ありがとうございます。

お察しの通り、少女の生前について、恐らくこの神山の追憶の中で殆ど明らかになると思います。

もちろん、全てではないですが...
私自身としては、かなり重要な部分になってくるかと思ってます^_^

仕事が繁忙期のため、次の更新は2〜3日程空いてしまうかもしれないのですが、ぜひまた更新の際には読んでいただきたく思います^_^

宜しくお願い致します。

返信

絶望さん、コメント&怖いを付けていただき、ありがとうございます。

いえいえ、そんな(>_

返信

少女の伝えたい事や秘密がもうじき見えて来そうですね(`・ω・´)

思っていたよりも、悲しい物語な気もしてきました(´・ω・`*)…

返信

素晴らしい文才! 最初からずっと見てきましたが、どれも読みやすいです!奥が深いです(*^^*)

返信

miichanmanさん、コメント&怖いを付けていただき、ありがとうございます。

数々のお言葉、本当に嬉しく思います^_^

これから先、miichanmanさんのご期待に添えるお話になるよう、精一杯考えて書かせていただきます。

末長くよろしくお願い致します。

返信

NAOKIさんの話いつも楽しみにしています!
赤い村から廃病院などとてもドキドキして楽しみながら見させていただいています!
とても凝った話で退屈しないところなど尊敬です!

これから少女にどんな秘密があるのか、子供のために生き残れるのかとても気になります!
これからも楽しい話を期待しています!

返信