長編9
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呼び止める老人

私の友人にAという男がいる。

霊が見えると自称していた。

家が代々神職だったが、親の反対を押し切って、仏教系の大学に進学して、そのまま得度して、今は檀家も少ない怪しい寺の住職やっている。

中部地方のある県の山中にあるお寺は元々祈祷寺院だったから、

ボロい割に立派な密教の壇があり、道具立ては揃っていて、

坊主というよりお祓い師みたいな事をしている。

割と霊験あらたかで、口コミでかなりの憑かれた人とかが来るという。

私も一回この寺に行って見たが、

細い山道を車で進むと、どん詰まりに少し広い場所があって、

そこから徒歩一時間、

植林されて二十年くらいの針葉樹、多分ヒノキだろう。

手入れがされていない様子で、

所々、常緑の広葉樹が、大きくなって、植林された木が立ち枯れて無残な有様である。

道も表土が流れてしまったらしく、ど真ん中が大きくえぐれている。

見た目ただの水たまりであるが、かなり深い。

その果てに崩れかけた石段があり、恐る恐る上り詰めると、

そこに山門らしきものが建っていて、

なんと……。

信楽焼の仁王さんが置かれている。

狸をちょこっと変形しただけの造形。

そこをくぐると正面に本堂、向かって右に奴が住んでいる庫裏とか言う場所がある。

あいつは、「まあ来て見てみ!深山幽谷、まさに仙境やで」

そう言っていた。

仙境どころか、まさに魔境、

この分ではご本尊も信楽焼か?

と思ったが、信楽焼のお不動様は、境内に鎮座していた。

いかにもあいつらしい。

「そこの若い人、何しに来られた?」

不意に後ろから声がかかった。

いや、かなりビビった。

あいつ一人暮らしのはず。

振り向くと爺さんが立っていた。

よれよれの汚れたお遍路衣装、目が異様に鋭い。

視線が突き刺さって来る感じである。

「いや、友人がここで住職をしていて、一度来いと言うので、心ならずも訪ねて来たと言う次第で」

しどろもどろに答えると、

「そうかい?祈願とか祈祷とかで来たわけではないのだな?」

とんでもない。どう落ちぶれてもこいつに祈祷頼む訳はない。

「それは上々。ご利益欲しさで来た奴らとは違うのだな?」

当り前である。

「珍しくまともな者が来たのか?

先ほど魔境と言っていたようだが、それは正しいかもしれぬ」

言ってない言ってない、思っただけである。この爺さんとても怪しい。

爺さんは、何も言っていない私に言う。

「そうか?まあ、怪異といえば怪異だ。わしもこんなものに成り下がってしまった」

そして私から視線を外しうつむくと、スーッと消えてしまった。

呆然としている私の後ろから、

「お!久しぶり!」

声がかかる。身体が反応して、わっと声を上げ飛びのいてしまった。

「どうしたん?何ビビってるん?」

友人の坊さんAの声である。

振り向くと、絶対不似合いな、緋色の色衣に金蘭の七条袈裟、お前いつ大僧正になった?

「なんちゅう格好してるねん?この身の程知らずが!」

「庫裏に置いてあった衣装箱開けたら入ってた。お間をびっくりさせよ思うて着てみた」

「アホ!早よ脱いで作務衣でも着て来い!」

「いや、本山の連中、誰もここに来んよ」

そういう 問題ではない。

渋々着替えて来たそいつの姿を見て、唖然。

ホームセンターとかスーパーで売っている作務衣擬き(大体980円位の)を着ている。夏の寝間着だか何だか知らん。

甚平に近い薄手のやつである。

因みにその下はなんかのアニメキャラのTシャツ丸首である。

高校時代から変わっていない。神職に成らなかったのは正解か……?

「ほんで、さっき何惚けてたん?何か見たんと違う?」

こいつのインパクトで折角忘れかけていた爺さんを思い出してしまった。

かくかくしかじかを言うと、ふんふんと聞いている。

「その爺さんな、実はこの世のものではないんや」

言われんでもわかってる。ツッコミ入れる気にもならない。

目の前で消えたという事実を話しているのだから、何のひねりもないボケ、

私は、心からすぐ帰りたかった。

でも無理矢理引き止められて、この寺に泊まる羽目に陥った。

ここは、彼曰くの仙境であるが、水道も電気もガスも使える。

難儀してここまで来たが、本堂の裏道を降りると村と言うか分譲住宅地が広がり、寺から歩いて10分もかからないところに、割と大きなショッピングモールもある。

私はひどい遠回りをさせられた。迂闊であった。高校時代、いやと言うほどえらい目に遇っているのに油断して、ネットを調べることもせず言われたとおりに来てしまった。

私とAは夜は本堂の不動明王の前で飲み明かしと言う有るまじき振る舞い、ただでさえ罰当たりの生臭散漫駄馬ザラだーんなクソ坊主Aが酒の肴に、昼間の爺さんの話しを始めた。酔った勢いは恐ろしい。

「あの爺さん俺の晋山式の明る晩に現れたんや」

晋山式?

確か、こいつ僧籍にあるのを好い事に、

堂守さんと言うことで、

ずいぶん昔に廃寺になっていたこの寺に潜り込んだと聞いている。

正式に住職ではないはずである。

勝手に自分でやったのか?

「俺が夜の勤行を済まして寝ようとしたら、

何か外に気配を感じてな。

それで外に出てみたら、本堂の前に鬼火が燃え上がったと思うと、

その中に爺さんの姿が見えたんや。

爺さんは、何かを引きずっている。

目を凝らしてよく見ると、若い女の髪の毛を掴んで引きずっているんや。

大学生位だったか?引きずられなが行ってしまった目で虚空を見ている。そして何がおかしいのかケタケタ笑っている。

髪の毛を引っ張られて引きずられている。

笑っていられるのか?痛いだろう?

でも俺は修行して来てるからそんなものには驚かん。

『何を迷っている!』

そう、一喝してやったんや」

何かツッコミどころがありそうだが、

酒もしこたま入ってたから、面倒臭くなり、スルーした。

友人は得々と話しを続ける。

「そうしたらこの爺さん、こんなこと言っていた。

『わしら位の年代になると、よく、昔はイジメなんかなかった。とか、

昔のイジメは今ほど酷くなかった。とか、

言いたがる。

覚えといてね。これって大嘘、多分今と変わらん。

そう、社会問題になんかならなかった。

自殺だってあった。

でも全ては闇から闇へ葬りさられる。

イジメなんて新聞記事にならなかった。

教師も平気で言う。

「イジメはいじめられる方も悪いんだ」

とか、

ーー弱いから自殺するんだーー

とか、

ーー自然淘汰だーー

とか、暗黒時代。

まあ、戦時中の軍国主義教育ををやっていた奴らが、公職追放された後でまた復帰して教壇に立っていたし、管理職にもなっていたからね。

体罰も、当然やる。

イジメの教唆だってしていた。

いじめっ子にお墨付きを与えていたんだね。

そして、いじめっ子たちはそのまま社会人になって行く。

お前ら小学校の時の同級生とか、全部覚えてる?

特別仲の良かった奴、仲 の悪かった奴、そいつらのことは覚えてるだろ?

でもそれ以外はその他大勢だから、憶えていないだろ?

さあ、そこだよ。

お前らせいぜい長生きしてみな。

退屈しないだろう?

こいつか?

こいつは男子をそそのかして、わしの孫をいじめさせた張本人、いわば黒幕さ。

こいつが孫を自殺させたんだ。

まあ、実行犯は、少年院送りになって、ことの重大さに後悔する。

これはまだ幸せと言うか、

この女、孫が生真面目なのを嫌って、と言うかバカにして、いろいろ素行の悪い連中に吹き込んで虐めさせたんだ。

こいつは自分の罪を隠してのうのうと生きている。

罪を犯したことすら毛ほども感じていない。

子々孫々呪われる事も知らずにな』

そう言って薄笑いを浮かべる。

俺はこの爺さん悪霊になってる。成仏させねばと思ったんや。爺さんの成仏のため七日七晩不眠不休で護摩を焚いたんや」

爺さんの物の言い方違和感を覚える。

そんな軽い物言いをする人ではない。

話も支離滅裂、何が言いたいのかわからん。

黒幕の女性がどうなったのか?

でも面倒臭いのでツッコミは入れない。

そのあと爺さんを成仏させたとかなんとか言っていた気がするが、記憶は飛んでいる。

あくる日二日酔いで頭がガンガンしていたが、早い時間に帰った。

途中はっと気がついた。私はなぜ寺の裏道を使わず、来た時の道を歩いているのか?

そう思った時、後ろから、

「そこの若い人」

そこは植林地を抜ける手前であった。後ろを向くと昨日の老人が立っていた。物凄い程の威厳に気押されたが、昨日のような鋭い目ではなく、穏やかな目で微笑んでいる。

「あれはあの性分である。まあ許してやってくれ。迷惑をかけて相済まぬ」

そう言って軽く頭を下げる。勿体無いと言う言葉が頭に浮かんだ。

「いえ、こちらこそ恐縮します。か」

ここで爺さんは言葉を遮り、

「言うでない言うでない。察しの通りである。

Aは早く元の道に戻さねば魔境はつのるばかりでな、

それはそれとして、たまさかには宮詣でもされるが良かろう。いつでも気兼ねなく訪ねて来られよ」

爺さんはそう言い終わると消えて行った。

爺さんが先ほどさえぎった言葉をつぶやいた。

「神様……」

その後、Aの寺に行くことはなかった。

それでもAの父親が神官をしている神社にはお参りした。家からかなり近いところだったから、折に触れてお参りする。

ここは鎮守の森がよく守られている。

拝殿の前に常緑の広葉樹が一対植えられていて、いつもかすかに清々しい香りが漂っている。

三十年程前の話である。

私は都会暮らしになった。Aはあろうことか、いつの間にか神職になっていると言う。

神職を養成する大学に学士入学したらしい。

それが遠回りだったかどうかは知る由もない。私がAの寺に行ってからすぐのことだったらしい。

まあ今でも性格はそのままらしいが、

あの時の支離滅裂な虐め話、あれはなんだったのか?

そう思ってた。久々家に帰ると母親からとんでもない話を聞かされた。

Aの母親ってうちの母の中学時代の同級生だったらしい。

それを母は最近知ったと言う。

いじめっ子のボスみたいな存在で、クラスの中の子にかなり陰湿な虐めをしていたが、絶対に自分は表に立たない、黒幕的存在だったらしい。いじめられていた子は自殺したそうだ。

当然いじめの実行者たちは少年院送致になったがAの母親はお咎めなし。高校も大学も結構いいところに受かり、卒業して一流企業に就職し、縁あってAの父親に嫁いだ。結婚後もAの父親が宮司に就任するまで仕事は続けていた。かなりひどいお局さんだったらしい。きに自殺、病院送り、退職などに追い込んで楽しんでいた。サイコパスだったらしい。

それがAが坊さんになってしばらくして、私が寺に行ったしばらく後に、彼女は電車に飛び込んだと言う。

普通なら即死して当然だが死ななかった。病院で一月あまり苦しんで絶命、

両手と右脚は切断されていたから身動きが取れないはずが、ベッドから落ちて亡くなっていた。どういう訳か、彼女の髪の毛は枕元のパイプに絡まり、つるされたような状態だったと言う。

死に顔は大きく見開かれた目は眼球だけが天井に向き口を大きく開いていた。もはや人の顔とは言い難い形相だったと言う。

同じく同級生だった看護師がこれを見たそうである。

人為的でなく、なぜ髪の毛がなぜベッドのパイプに結びつけられたように絡んだのかは不明。もし誰かがやったにしても、ほんの一瞬の出来事だった。

その時病室には家族と看護師がいて、病状の説明をしていた時のことだったそうだ。

それから、

実は神職になったAもアルバイトの巫女にセクハラをしたと訴えられかけて、示談で話をもみ消したが、父親の息がかかった地方の神社に赴任することになった。

この先のことはわからない。

長文失礼しました。

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