中編3
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死神

死神

その夜幸四郎が死のうとしたきっかけは、部屋の掃除をした事だった。

詳しくいえば、掃除をした事で、ちょうど良い長さの延長コードを見つけたからだった。

『この延長コードは、首を吊るのにもってこいの長さだろう』

ふとそう思うと、試さずにはいられない衝動に駆られた。

幸四郎は酒も飲んでいなかった。何かの禁断症状で、前後不覚の状態でもなかった。

延長コードのプラスチックの冷たさや、つるりとした質感に、幸四郎は魅入った。

自分の部屋に、こんな延長コードがあったなんてと思った。

それは幸四郎の部屋に、いつから存在していたのか、幸四郎は把握していなかった。

床を掃き、雑巾で床を拭きあげ、本棚の整理や、古新聞の整理をしていた。

そんな時だった。

幸四郎が延長コードを部屋に見つけたのは。

自分の身長の二倍ほどの延長コード。

なんの修飾もない無機質の導線を包む白いプラスチック製のカバー。

その延長コードを手にした時、ふと少し重たく感じた。

『人の魂には、数百gほどの質量があるそうだなあ』

と唐突に思い出した。

幸四郎は、その後、延長コードをかもいにかけた。

器用に輪を作った幸四郎は、イスを用意しそのまま首を吊った。

体が宙に浮いた。

幸四郎は苦しいと思ったが、それは最初の数分だった。

幸四郎の体は最初、ゆらゆら、揺れた。

ほどなくして、豪雪地の家々の玄関に垂れるツララよりもしっかりと動かないままになった。

幸四郎は、それでもまだ生きていた。苦しみはなかった。小さく聞こえていた、屋外の騒音や、部屋の掛け時計の秒針の音などが少しづつ聞こえなくなった。

『ああ、俺は死ぬのだな』

息苦しさは消えていったが、何か重たい頭痛がし始めた。

幸四郎はもうその時、指一本動かせなかった。

まぶたさえ動かせなかった。

部屋が寒かったか、暑かったか、それも感じなくなった。

ただ、ひたいのあたりに重たい頭痛のような不快感があった。

だがそれも、死とともになくなるだろう。と思った。

一秒、一秒、時計の針の音しか聞こえなくなった。

不思議に、最後まで時計の針の音は聞こえた。

そのうえ、その一秒の感覚が、次第に長く、長く感じた。針の音は、次第に十秒、いや十分にさえ感じるほど間隔を置いて聞こえた。

『もう死んだだろうか。』

幸四郎は、ひたいに重たくのしかかる頭痛と早く決別したかった。ひどくはなっていかないが、よくもなっていかない。

その頭痛は容赦のない痛みを幸四郎に届ける。

カチリ。

針の音だ。針の音が聞こえるのでは、俺はまだしんでいないのだろう。

カチリ。

まただ。いつになったら死ねるのだろう。

頭痛。頭痛。頭痛。その事しか考えられなかった。

カチリ。

一秒なはずはない。俺は三日も頭痛に苦しんでいるような気がした。

カチリ。

時計なのだろうか。この音は。

カチリ。

今のはいったい。

カチリ。

あの音が、音がまた。

カチリ。

ああ、僕はいったい、なんなんだろう。

今、僕はなんなんだろう。

幸四郎はいなかった。

頭痛は純粋な苦しみの物質にかわった。

しかし、幸四郎はいまだ、部屋のなかで、吊るされたままだ。

この部屋では、時間が進んでいないのだ。

その時、ある男が部屋の中に煙のように現れた。

男は首を吊ったまま、動かない幸四郎を

大きな笑みを浮かべた顔で見つめ、つぶやいた。

『だから言ったのに』

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