高校の怪談 ~実践!ゲシュタルト崩壊~

中編6
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高校の怪談 ~実践!ゲシュタルト崩壊~

「ゲシュタルト崩壊?」

俺はスマホの都市伝説アプリを見ながら、一人呟いた。

「鏡に映った自分に、お前は誰だ、と何度も問いかける。すると次第に自分が誰だか分からなくなって、人格崩壊を起こす…か。」

俺は元来こういうのを見ると試したくてたまらなくなる性格で、噂を聞いた時はこっくりさんやチャネリングも試した。

でもどれもぱっとしなくて、正直退屈していた。

「必ず自己責任で行ってください。何が起きても、当アプリでは一切責任を負いません。」

ふーん。やってやろーじゃん。

✴︎

俺は早速鏡を用意し、その中の自分の顔を見つめた。

「お前は誰だ、お前は誰だ、お前は誰だ…。」

鏡の中の自分の瞳、そのまた中に映る自分を見つめていると、何ともいえない奇妙な感覚に囚われた。

だが、人格が崩壊するほどでもない。

「…つまんね。やめよ。」

俺は鏡から目を離した。

鏡の中の俺の虚像が、一瞬嗤ったような気がした。

✴︎

その日の夜、妙な夢を見て夜中に目を覚ました。

全身に嫌な汗をかいていた。不快だ。

「…喉渇いた」

俺は牛乳でも飲もうと、自分の部屋を出た。

階段を下り、台所へ向かう。

と、途中で洗面所の鏡が目に留まった。

「ん?」

鏡に映る自分の姿に違和感を感じて、洗面所へと目的地を変更する。

「…」

鏡の中の俺は何やら口を動かしている。

「…は……お……だ………」

「……?」

俺は恐怖を感じなかった。恐怖心に好奇心が勝っていた。

そっと耳を澄ませてみる。

「お前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だ…」

鏡の中の俺は、尋常でない早口で呟き続けていた。

目の前が真っ白になった。

✴︎

気がつくと夜が明けていた。

喉の渇きを思い出し、その場で水を飲む。

頭がはっきりしてくるにつれて、昨日の出来事を思い出してきた。

俺は慌てて鏡を覗き込んだ。

「…良かった、普通だ。」

安堵して、居間へと歩く。

さっさと身支度を済ませ、登校した。

自転車で風を切って走っていると、昨日見た妙な夢も、あの出来事の事も忘れられるような気がした。

✴︎

「よぉ、加古!」

駐輪場に着くと、俺の友人である時任 礼一郎が陽気に声をかけてきた。

「うす。」

軽く返事をして、自転車に鍵をかけた。

「…ん、どうしたんだ?なんか顔色わりーぞ。」

礼一郎は俺の顔を覗き込み、心配そうに言った。

「…ん、何でもない。」

「そっか。じゃあ心配ねーな。」

俺達は連れ立って教室へ向かった。

✴︎

「…でさ、そいつが中々倒せなくて…。」

俺は礼一郎の話をうわの空で聞いていた。

「…おい。聞いてる?」

「…あ、ごめん。何?」

礼一郎はむくれて、

「何だよ、やっぱり何かあったのか?」

と、こちらを見た。

「…何かさっきからずっと俯いてるじゃん。加古らしくねぇな。」

当然だ。うちの高校の階段の踊り場には、それぞれ鏡がついている。

顔を上げて歩こうものなら、嫌でも自分の虚像が目に入ってしまう。

「何でもねー。放っといてくれ。」

俺は無愛想に答え、歩調を早めた。

急な階段で少々息が切れたが、それをぐっと我慢して歩き続けた。

✴︎

「…おい加古。ちょっと…。」

昼休み、礼一郎がまた声をかけてきた。

「何だよ。」

「お前、もしかして鏡を避けてるのか?」

ぎくりとして、思わず礼一郎の方を睨む。

「…図星?」

俺は黙って頷いた。

「やっぱりな。階段の踊り場とか、トイレの洗面所とかでも顔上げねーんだもん。」

得意気に自分の分析を話す礼一郎。

…あれ?

「俺がトイレ行ったの見てたの?」

「ああ、こっそりついて行って覗いてた。」

「…この変態野郎め。」

「いつものことだろっ☆」

✴︎

俺は礼一郎をロビーに連れていき、昨夜の事を洗いざらい打ち明けた。

「へー、ゲシュタルト崩壊か…。」

彼は興味深そうに呟き、机上に置かれたリュックからおもむろに自分のスマホを取り出した。

「礼一郎、何する気だ?」

「決まってんだろ、そのアプリインストールすんの。」

「え?そんな事してどうすんだ?」

俺が見ている前で、手早くあのアプリをインストールする礼一郎。

「お前にも何かあったらどうすんだよ?」

「ダイジョーブ、このアプリがおかしい訳じゃないんだろ?それに、何かあればすぐアンインストールするさ。」

「そうだけど…。」

礼一郎はスマホを弄り、ふうん、とかへえ、とか声を上げていた。

「…あ、これ?」

画面には昨日俺が見たものと同じページが表示されていた。

「そう。」

俺が頷くと、礼一郎はバン!と机を叩いて立ち上がった。

「よし!やってみるか!」

「(びっくりした…。)…え、何を?」

「決まってんだろ、ゲシュタルト崩壊!」

俺は勢い良く礼一郎の頭をはたいた。

「痛ってぇ、何すんだよ⁉︎」

「お前、馬鹿じゃねぇのか?さっき言ったばっかだろ、あんなのが続いたら本当におかしくなっちまうぞ!現に俺が体験してるんだから…。」

早口でまくし立てる俺を片手で制し、礼一郎は片目を瞑った。

「大丈夫!策はある。」

そしてスマホを胸ポケットにしまい、リュックを背負った。

「じゃ、今日の夜俺の家に来い!じゃーな!」

そう言って彼は立ち上がると、さっさと帰ってしまった。

「…え、あ、おい!」

全く…。逃げ足の早い奴。

✴︎

その日の晩、約束通り俺は時任宅を訪れた。

「おー、来たな!そんじゃ、早速やろーぜ、ゲシュタルト崩壊!」

何でこんなに楽しそうなんだ、こいつは。まるでこれからサッカーでもやるみたいなテンションだ。

「あまり気が進まないんだけど。」

「なーにを今更!」

礼一郎は俺の腕を掴み、家の中に引き込んだ。

「お前、男だろ!男なら覚悟決めろ!」

励まされながら、時任宅奥の洗面所に連れて来られた。

「…よし。じゃ、やるぜ!」

「ど、どうなっても知らないからな!」

礼一郎は鏡を真っ直ぐに見つめて、言った。

「お前は誰だ、お前は誰だ、お前は誰だ…。」

「……!」

俺はいつの間にか金縛り状態になっていた。

鏡の中に目を遣ると、不気味に笑う自分がいた。

声を出そうとしたが、ひゅう、という情けない空気の漏れる音が出るばかりで状況は変わらない。

自分の頬が攣っているのが分かる。こちらが鏡の真似をするように。

一方、鏡の中の礼一郎も俺と同じ顔で笑っている。そして、昨日の俺の虚像のように口を動かしている。

「お前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は…」

不意に虚像の口が動きを止めた。

代わりに、視界の端で礼一郎の口が動いた。

「お前はな……。俺、だよ」

その瞬間に、身体の自由が戻ってきた。

「………」

暫く放心していたが、ふと我に返る。

「…お、おい!い、今の何だよ⁉︎」

礼一郎の肩に手をかけ、強く揺さぶる。が、彼は動じずに、いつもの軽い笑顔で言った。

「何だよって、自分を見失ってる馬鹿に、自分の正体を教えてやっただけだ。」

✴︎

考えてみれば簡単な事だった。

鏡の中にいようと自分は自分、礼一郎はそれを虚像に教えただけだ。

「なーんだ、悩んで損した…。」

でも、この出来事以来、俺はちょっとだけ礼一郎を尊敬するようになった。

✴︎

後日談ー

「もしもし、加古?俺だよ、礼一郎!」

「おう、どうした?」

「例のアプリ、アンインストールできないんだけど…。」

「…は?」

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