その頃、ユウキには金がなかった。
ユウキはメーカーに勤める研究職。
理系の大学院生だった頃、これから語る恐怖体験をしたのだった。
院生は忙しい。
「家は貧乏だったしね」
バイトをする暇などなく、仕送りもゼロ。
学費だけ親に出してもらい、あとは奨学金で食いつないでいた。
最初の見込みが甘く、少し浪費をするとすぐに懐が厳しくなる。
「さすがに厳しかったんで、増額の申請をしたんだけど...」
増額された奨学金が振り込まれるまで、徹底的に節約することにしたのだという。
夜遅くまで大学で研究しているため、アパートは寝るだけの場所になっていた。
そこで、パソコンから冷蔵庫に至るまで全ての電化製品の電源を切り、水の使用量も最小限に抑えた。
「大学にはシャワールームだってあるし、大して困りはしなかったね。大学に住んでるようなもんだよ」
家を出る時に検針員を見かけたが、「使ってませんけどね、電気」などと心の中でうそぶいた。
その翌日、不摂生がたたったのか、ユウキは高熱を出して寝込んでしまった。
病院に行く気力もなく、少し良くなるまで寝ることにする。
季節は夏。
「いわゆる1Kって部屋でさ、玄関上がってすぐのところで寝てたんだよ。居間よりも床が冷たくて気持ちいいんだ」
かなりきつかったため、うずくまるようにして寝る。
寝入りかけた時、おかしな音が聞こえてきた。
「カチャッ」
ふとドアの鍵に目をやると、かけておいたはずの鍵が開いていた。
とっさに手で締め直す。
すると、再び鍵が開いた。
またユウキが締め直す。
「熱で頭が働かなかったんだけどさ、繰り返すうちにこれはヤバい、って気付いて」
何度か繰り返すと、鍵は開かなくなった。
人が去っていく気配があったので、スコープから外を伺う。
そこには誰もいなかった。
思い切ってドアを開けてみたが、検針員が帰っていくのが見えただけだった。
昨日も来たはずなんだけどな、と思ったが、あまり気にせず寝ることにした。
翌日。
思ったよりも回復が早かったため、病院に寄ってから大学に行く。
研究室に着くと、仲間が心配そうに話しかけてきた。
「お前、昨日大丈夫だったか?」
熱は出たけどなんとかなったよ。
「いや、そうじゃなくてさ。あのニュース知らないの?」
仲間はパソコンの画面を指差した。
そこには殺人事件のニュースが映っていた。
近所のアパートで、女子大生が殺されたという。
犯人は若い男で、検針員に偽装していた。
仲間はどこから聞いてきたのか、さらに詳しい情報を教えてくれた。
男の手口はこうだ。
まず電気メーターを確認し、ほとんど回っていない部屋に目星をつける。
ドアスコープ越しに留守を確認すると、ピッキングで鍵を開けて侵入、金目のものを盗むのだ。
女子大生は忘れ物を取りに戻った際に犯人と鉢合わせしてしまい、口封じに殺されたのだった。
「それでさ、お前のアパートでも怪しい検針員を見たって奴がいるんだよ」
昨日。
ユウキはほとんど電気を使っていなかった上、玄関先でうずくまっていたためにスコープ越しでは姿が見えず、ターゲットにされたのだった。
「あの時、音に気付かなかったらどうなってたんだろうな」
カフェの扉を見つめながらユウキは言った。
作者caffelover
犯罪者は色々な職業に偽装するものです。