「押入れって、何か落ち着くんだよな」
ビールを飲みながらタケシは言った。
タケシは都内某所で働く営業マン。
趣味がマラソンというだけあり、いわゆる"細マッチョ体型"の彼だが、学生時代のあだ名は"ドラえもん"だった。
押入れの中で寝る癖があったからだ。
これは、そんなタケシが学生時代の終わりに体験した恐怖である。
学生時代、タケシはやや古めの和風アパートに住んでいた。
「最近の学生向けアパートって、洋間にクローゼット、風呂トイレはユニットバスだろ?
俺ああいうの駄目なんだよな。
押入れで寝るの好きだし、風呂トイレは別じゃないと我慢できないんだよ」
アパートは築10年ほどだったが、一度改築しており、住み心地は良かった。
就職も決まり、アパートを出るまで1ヶ月となった時、隣の住民に変化があった。
「元は気のいい綺麗な姉ちゃんだったんだけど、ある日見たら髪がボサボサ、肌もボロボロになっててさ。
様子もちょっと普通じゃなかった」
何があったのだろうと思いつつ、タケシは引っ越しの準備を進めた。
引っ越しまで2週間になったある日、チャイムが鳴った。
「その時は業者かと思ったんだけどさ」
出てみると、隣の女性が立っていた。
「一瞬びっくりしたんだけど、髪も化粧も元に戻っててさ。
ああ、あの時はたまたま調子が悪かったんだなって思ったな」
女性はニコニコしながらお椀を持っていた。
お椀にはスープが入っていた。
「美人だったし、正直悪い気はしなかったな」
少し下心のあったタケシは、そのままスープを受け取った。
食べてみると、何とも言えないうまみがあった。
特に、肉には不思議な滋味があり、おいしかったという。
女性はそれから毎日食事を持ってきた。
スープに始まり、チャーハン、唐揚げ、肉じゃが...全てにあの美味しい肉が入っていた。
「気になったから、何の肉ですか?って聞いてみたら、羊の肉だって。
俺は羊の肉なんて食べたことなかったから、そんなもんかと思ったよ」
女性が料理を持ってくるようになってから、タケシの部屋にある変化があった。
いつものように押し入れで寝ようとすると、生臭い臭いが漂ってくるのだという。
「どうも天井からするみたいなんだよな。
でもまあ、引っ越しまですぐだから、我慢してたよ」
臭いは日増しに強くなっていったが、タケシは引っ越しの準備に忙殺され、気にしなかった。
そうこうするうちにアパートを出る日が来た。
戸締まりをし、不動産屋に鍵を返しに出ようとすると、あの女性が近寄ってきたのだという。
「満面の笑みで『料理食べてくれてありがとう』って言われたな。
やけに顔艶が良くて、ドキッとしたのを覚えてるよ」
話の流れで連絡先を交換することになり、ホクホク顔でアパートを後にしたタケシだったが、その後驚愕の事実を知る。
入社まで期間があったため、一旦九州の実家に戻り、ボーっとニュースを見ている時のことだった。
あるニュースが流れた。
「東京都◯区◯◯✖丁目...」
見覚えがある住所だった。
画面が切り替わり、現場風景が映る。
あのアパートだった。
「...で殺人事件があり、容疑者の女は...」
映っていた顔写真は...隣に住んでいた女性だった。
「痴情のもつれってやつで元恋人を殺しちゃったらしいんだよ。
それだけならまだ良かったんだけどな...」
その後、刑事が九州の実家まで尋ねてきたのだという。
刑事はこういった。
「あなた、隣に住んでたでしょ?
彼女、冷蔵庫に切り刻んだ死体を隠しててね...入りきらない分を、あなたの部屋の真上に隠してたんですよ」
アパートは屋根裏で繋がっていた。
あの時の生臭い臭いは、女性が隠した死体のものだった。
刑事はさらに"あること"を伝えて帰っていった。。。
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「あの後、どうしてもあの肉が気になって、羊料理を食べてみたんだよ。
でもな...明らかにあの時食べた肉と味が違ったんだ。
なあお前、ウミガメのスープって話、知ってるか...」
そう言うと、タケシはタバコをもみ消し、宙を見つめた。
私はその話を知っており、全てを悟った。
刑事が言った"あること"とはこうだ...
「女性が、人肉を調理した形跡がある」
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参考:ウミガメのスープ
ある男が、レストランでウミガメのスープを注文する。
男はウミガメのスープを一口飲んだ後、自殺する。
男は元船員で、遭難した際に船長に"ウミガメのスープ"を食べさせてもらい、生き延びたことがあった。
ところが、レストランで食べたウミガメの味はまるで違うものだった。
そこで男は全てを悟る。
船長が出したスープは、仲間の死体を料理したものだった。
作者caffelover
早いもので9話目となりました。
今回の主人公は
ナースコール
http://kowabana.jp/stories/21745
に出てきたタケシくんです。
またあの三人を主人公にして話を書いてみたいと思っているのですが...暫くお待ちください。
さて、今回は人肉ものです。
最後の一言でお分かり頂けたと思います。
タケシくんが食べていたのは、人肉でした。
ウミガメのスープという話を知っている方なら、タイトルから"ああ、これはもしかして"と思って頂けたのではないでしょうか。
皆さんに色々と考えを巡らせながら読んで頂けたのなら、これに勝る喜びはありません。