長編10
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笑うもの

私の通っていた小学校の話。

七不思議とか怪談とか。皆さんの学校にはありませんでしたか?

私の学校にはありました。夜歩く人体模型とか自殺した生徒の霊が出るとか。

いかにも小学生が考えたかのような可愛らしいものばかりでした。

ただ一つだけ、ありがちな怪談とは違うものがありました。

深夜0時。静まり返った学校で笑い声がするというのです。

当然、そんな時間に学校に生徒がいるはずもなく、誰かが実際に聞いたわけではないのは明白でした。

ですが、何故かその話しは当時小学生だった私たちに人気がありよく話題になったものです。

私もとても気になり、よく友達と宿直当番の先生に笑い声が聞こえたかどうか訪ねました。(私の学校では男の先生が交代制で宿直をしていました。)

ほとんどの先生が私たちを適当にあしらったり、からかったりするなか、一人だけ深刻そうに答えた先生がいました。

今でもその先生の青ざめた顔を忘れることができません。

「お前らなんで知ってるんだ。いいか。絶対に笑い声を聞こうなんて思うなよ。絶対だからな」

教師歴2年目の若い先生でしたが、小学生相手には強すぎる言い方でそう言うと、何週間もしないうちに別の学校に転勤していきました。

さて。時が流れて当時小学生だった私たちは成人しました。

小学生のときに仲が良かった連中とは、今でも何人かとつるんでいます。

ある時、友人の家で酒盛りをしている時です。友人の一人が小学校の話題を切り出しました。

このときのメンバーを軽く紹介しておきます。

C:軽い感じのやつ。根は悪くないが、あまり考えないで行動する。大学生。男。

K:Cと同じ大学に通う。私とは小学生時代には絡みなし。男。

O:私の親友。だれにでも公平で優しい。例の笑い声を聴いたことがあるらしい。男。

話題を振ったのはCでした。

C「なあ。覚えてる。小学校のさ、笑い声が聞こえるとかいうやつ」

K「あー、あったな。懐かしいわ」

O「あったあった。そういえば、小学校廃校になって何年経つんだろう」

私たちの小学校は生徒数の減少から、他の学校への合併を余儀無くされ何年か前に廃校になりました。

もともと怪談があった学校でしたから、近所の有名な心霊スポットになっていました。

K「あー。程よく酒も入ったし、度胸だめしといってみっか!」

C「おっしゃ。O、酒飲んでないから運転な」

O「うん。いいよ」

私「勝手に入って大丈夫なんかな。管理会社とかヤバくない」

C「真面目だねー。○○(私)は。大丈夫だよ。俺前いったもん。結構雰囲気あるんだわ」

酒の勢いもあり、廃校にいくことになりました。私は結構ビビりなのであまり乗り気ではありませんでしたが、からかわれたくない思いからか楽しいそぶりを演じていました。

思い返せば、このとき強くみんなを止めていれば全ては防げたはずです。

小学校に着いた時、時刻は23時を回っていました。夏ではありましたが風がひんやり冷たく、茂った雑草の青臭い香りが漂っていました。

月は雲に覆われており、CとOの持つ懐中電灯が唯一の光でした。それの放つ光がかつて私の通った学校を照らしました。

外壁の塗装は所々剥がれ、窓ガラスはほぼ割れています。暴走族が描いたであろう落書きも随所に見られました。

無機質でいかにも物悲しい雰囲気が、心霊スポットであることを訴えているようでした。

C「うわー。前に来たときより荒れてんな。まあいいや。来いよ。こっから入れんだ」

Cに案内されたところは校舎裏側の非常用扉でした。唯一施錠されておらず、丁寧にもだれかの手によって「入口」と黒スプレーで書いてありました。

K「やべえ。マジ怖っ」

C「O、カメラと光よろしくな。さ。冒険冒険」

KとCが先頭になり、私たちは校舎に入っていきました。中は意外にも綺麗で、落書きなどもそれほどありませんでした。

教室、理科室、音楽室...と学校の定番ホラースポットを巡にめぐりましたが、特に異常なことは起こりませんでした。

時たま、KやCがわざと変な声や音を出してはしゃいでいました。

一通り学校を回り、疲れた私たちは適当な教室で一休みしました。

C「なんかアレだな。あんま荒れてないし、怖くないし。前来たときはもっと怖かったんだけどな」

K「まあ四人で来てっから、あんま怖くはねえな。まあ懐かしいし楽しいじゃん」

O「あ、あのさ。コレ...」

Oが不安そうな顔でカメラをみんなの前に出しました。デジタルカメラの液晶には、今撮影した写真がプレビューで表示されていました。それは、廊下で撮影した写真でした。

KとC、私が肩を組んでピースを決めているところでしたが、私たちの後ろに小さく足らしいものが見えています。

あまり鮮明ではないですが、私たちを酔いから覚まし不安にさせるには十分でした。

K「マジかよ。コレ、ヤバイんじゃ...」

C「まあさ。証拠も手に入ったし。帰ろうぜ。結構楽しめたしさ」

KもCも、明らかに動揺していました。さっきの明るい口調ではありませんでした。

K「そういえばさ。気づいたんだけど、中綺麗すぎね。ここも机とか綺麗にそろってるし」

私「確かにな。何人も入ってる割には綺麗すぎる」

O「うん...。なんか怖いよ。帰ろう」

みんなの顔に不安に陰りました。

私たちは教室を出て、入ってきた時の非常用扉を目指しました。

教室を出て、少し歩いたそのときです。

少女のような、耳に痛いくらい高い声が少しずつ聞こえてきました。

私が気づき、みんなを見ると、どうやらみんな気づいているようです。

C「みんな覚えてる?夜中さ。笑い声が聞こえるって噂、あったよな」

O「僕だけじゃなく、みんな聞こえてる?」

私は自分の額に嫌な汗が滲むのが分かりました。俯いて、腕時計に視線を落とすと針が深夜0時をぴったり指していました。

C「モノホンだったのな。早いとこでようぜ」

笑い声が廊下に響くなかまた歩き始めようとすると、Kが着いてきません。

出口と逆側を見たまま固まっています。

小刻みに震えているのが分かりました。彼の視線の先には闇が広がっているだけでしたが、何かを見たのは皆察しました。さっき見た足の写真が、頭をよぎります。

O「だ、大丈夫?K君」

OがKに近づいたそのとき、Oの懐中電灯が急に消えました。

それが、みんなの緊張の糸を切ったのか、気づくと無我夢中で出口に走っていました。幸い、長い間暗闇の中にいたので目が慣れており転んだりせず皆出口にたどり着きました。ただKを除いて。

C「マジヤバイって!!洒落んなんねぇよ!」

O「懐中電灯...。出る前に新品の電池に変えたよね。二本とも」

私「落ち着けよ。それよりどうする。K置いてきちまったよ」

C「し、知らねえよ。あいつ動かねえんだもん...」

私「ヤバイよ。瞳が据わってたし、震えてた。何か見たんだよ」

O「様子が変だったよね。それよりさ。早く連れ戻そうよ」

C「マ、マジで言ってんの?明らかに何かいるだろ。アイツが何か見たのは俺だって分かったよ」

私「置いてく訳にはいかないだろ。Oの言う通りだよ。あんな中に放置させられないよ」

C「...そうだよな。悪い。興奮しちまってさ。俺の懐中電灯はまだつくし、さっさと連れ戻すか」

私たちはまたそろそろと校舎に入っていきます。"何か"が気づかぬよう、足音を殺して歩きました。懐中電灯も、足元だけを照らすように持つようにしました。

笑い声がまだ聞こえます。廊下の奥深くから不気味に聞こえるその声に怯えながら、私たちは進んでいきます。

Kが立っていた場所に来ましたが、彼はいませんでした。

Cが小声で囁きます。

C「おい。アイツいねえぞ」

私「うん。けど入口は一箇所しかないし。多分まだ校舎にいるよ」

O「遠くにはいっていないと思う。探そう」

私たちは付近の教室などを探し始めました。奥に進むにつれ、笑い声が大きくなっていきます。直感的に"何か"に近づいていっているような気がしていました。

ある教室を窓から除いた時、彼を見つけました。机に姿勢良く座り、頭はうなだれていました。同時に、避けようと務めていた"何か"を見てしまいました。

ソレは人間ではありませんでした。確実にそれだけは分かりました。

足は人間のそれに近く、写真に写っていたものでした。かなり細身な胴体がのっぺりとあり、それから異様に長い腕が左右で二本ずつ生えていました。その腕を器用に使ってKの周りの机に手をつきながらぐるぐるKの周りを回っていました。もて余した足がブラブラ揺れているのがかなり不気味です。色は全体的に不健康そうな白色でした。

一際気味が悪いのは頭でした。頭と呼んでいいのでしょうか。シワをなくした提灯のような形で、目や鼻、耳は見当たりません。代わりに深く裂けた口が上と下に二つありました。そこから涎が垂れ、甲高い笑い声を発していました。

私たちは固まりました。

C「んだよアレ。何だよアレ...」

O「人間...ではないよね」

私「何とかして助けなきゃ」

私たちは、ソレから目を話すことなくどうやってKを救い出すか話し合いました。

決まった作戦はこうです。

Cが囮になって教室に入っていく。

Oと私で、Kを連れ出す。

ごく単純ですが、恐怖で思考を蝕まれている私たちにはこの作戦以外に案は浮かびませんでした。

覚悟を決めたCが目で合図し飛び出しました。声をあげて教室に入ると、アレがCに気づき回るのをやめました。ニヤッと笑うとジリジリCに近づいていきます。

私とOはその隙に、Kの腕を取って運び出そうとしました。Kに反応はなく、歩こうともしません。そのせいか、予想以上に重く感じ、二人がかりでも思うように運び出せません。

C「た、助けてくれえっ!」

化け物がCに腕を広げ、覆いかぶさりそうになっています。

瞬間、OがKに肩を貸すのをやめ化け物のほうに向かっていきました。Oは近くのイスを手にとり、化け物の頭に振り下ろしました。

ぶよぶよした気持ち悪い頭頂部から赤黒い血がシューッと吹き上がります。

先ほどの笑い声より甲高い悲鳴を上げて化け物がよろけます。Oは助走をつけ、もう一度化け物にイスを振りました。化け物が腕でガードしようとしたからか、腕二本に直撃し、細い骨が折れる音が鈍く響きました。また化け物が悲鳴をあげます。

C「O!どけっ!」

身を持ち直したCが机を抱えて化け物に突進しました。以外にも、軽いからか化け物は勢いよく吹っ飛び壁に激突しました。

壁に追い詰められた化け物にOとCが追い打ちを加えます。

イスや机が化け物に当たるたびに、血が飛び骨の折れる音がし、悲鳴が教室中に反響しました。

二人の息があがる頃には、化け物は抵抗もできなくなり、悲鳴もあげませんでした。

私「す、すごいな。二人とも。よくこんなのに...」

C「ハアハア...。いやOが助けてくれなかったら危なかった」

O「死んだのかな。これ...」

化け物は首をぶらんとしたに向けていましたが、急に勢いよく頭をあげ大きく口を開けました。

「キャーーーーーーーッ!!!!」

今までで一番大きい悲鳴をあげました。

私たちは耐えられず、思わず耳に手を当てました。

C「おいっ!いくぞ!まだ生きてっけど動けないはずだ!」

私たちはKを連れ、教室を出ました。私が恐る恐る振り返ると化け物は笑っていました。上の口はあり得ないほど開いており、下はニヤニヤと口角が上がっていました。

この光景は生涯忘れる事はできないでしょう。

私たちは一目散に走り、外に出て車を目指しました。

車まで来ると、校舎からパリンとガラスが割れる音がしました。振り返ると化け物が白い体を血に染めながらこちらを向いて、凄い勢いで向かってきます。

C「やべえ!早くK積め!」

O「なんだあれ...。なんなんだ。手は折れたんじゃ...」

C「いってる場合じゃねえ!早くエンジンかけろ!!」

間一髪で化け物より早く車を出すことが出来ました。

しかし、時速60キロ近くで飛ばしているはずなのに、しばらく化け物は四つん這いのような格好で並走していました。たまにバンとドアを叩いてきました。

それなりに開けたところに出ると、化け物はもう追ってきてはいませんでした。

その日は、たむろしていたOの家に戻り、みんな寝ずに朝を迎えました。CとOの返り血が跳ねた服、カメラの写真、Kの変貌。日を越えても昨日何があったか忘れる事は出来ません。

ただKは意識を取り戻しました。慎重に昨夜の事を聞くと、ニコニコ笑うだけでした。その口元は、あの化け物を連想させました。

あの夜の事は決して他言しないようにみんなで誓いました。何故だか、そのほうが良いような気がしたのです。

解散してから、みんなそれぞれの生活に戻りました。

Cから聞いた話ですが、Kはあの日以来大学で変な事を口走るようになり、半年後には大学に顔を出さなくなり、その少し後に自宅で首を吊ったそうです。

今でも地元の友達が、小学校に肝試しにいったと聞くことがあります。

ただ、誰もあの化け物のことを言いません。私たちがたまたま運悪く遭遇しただけなのでしょうか?

ちなみにあの小学校は解体が決まっていて、何度も重機を入れているらしいです。

ただ何故か。何故かいつも中止になるらしく、いまでも不気味に佇んでいます。

いったい、アレはなんだったのでしょうか。

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