長編9
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ノロウスベ-電話-③

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music:4

埼玉県の中心であるさいたま市といえども、元はいくつかの街に分かれていた。

その分かれる前に中心となっていたのが、大宮である。

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大宮駅の隣には、近年急成長を遂げている『さいたま新都心』という駅があり、そこには東京の都心部を彷彿とさせる背の高いビルがいくつも並んでいた。

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そして、その中の一角にある高級マンションの中上階に、茂城 芳夫 (もてぎ よしお)(36)の自宅はある。

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彼は昔、村井、渡邊と同じ大学に通っていた。

ある日村井が、芳夫の落としたパソコンのフロッピーディスクを拾ったことがきっかけで、三人は仲良くなったのだ。

事あるごとに集まっては、三人はよく飲み会を開き、意気揚々と学生ライフを満喫していた。

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…ところが大学三年の夏、芳夫は自身のお小遣い稼ぎでやっていたプログラミングの仕事で成功し、すぐに大学をやめたのである。

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大学をやめた後も三人はたまに飲み屋などで落ち合い、お互いの話を聞き合っていた。

…しかし、今からちょうど8年程前から、芳夫の様子は一変したのだったーー。

*************

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music:2

1995年4月某日ーー

その日も、三人はいつもの大宮駅前の居酒屋で話していた。

すると、突然に芳夫は怪しく微笑みながら村井と渡邊に言った。

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『…そういえばさぁ。

僕、仕事辞めちゃおうと思うんだよねぇ。

…会社の適当な奴に継がせて。』

『……えっ!?』

『……はっ!?』

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村井と渡邊は、それを聞いて唖然とした。

まさしく『勝ち組』の人生決定のレールを、目の前の男は自ら放棄しようと言うのだ。

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当然、当時の村井達は芳夫を何度も止めたが、芳夫は『新しい楽しみを見つけたから…。』と反対を押しきった。

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…そしてそれ以降、飲み会にも参加しなくなっていった芳夫は、いつしかほとんど家から出なくなってしまったのである。

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…それから更に数年の時が経った。

ある日、村井が蓮田市役所から帰宅すると、芳夫が家の前に立っていたのだ。

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『お、やぁやぁ、村井君。

すまないね、ずっと君たちの誘いを断ってしまって……。

少々『楽しみ』に没頭してしまっていてさ…。』

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村井は、思いがけない芳夫の突然の訪問に心底驚いたが、久しぶりに友人と会った喜びがすぐに湧き上がった。

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『…あ、あぁ。

それは別に気にしなくても構わないけど…。

いやぁ、本当に久しぶりだな!

楽しみって?

…あ、いや、とりあえず家に上がれよ。

急だったから大したもんは出せねえけど…。』

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『…へへ、悪いねぇ。

まぁ『そのこと』についても、中で話そう。

…ここじゃ一目につくしねぇ。』

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一目につく…?

その言葉に多少の違和感を感じつつも、村井は芳夫を部屋へ案内した。

ところが、その際に芳夫から漂ってきた『異変』に直様気づいてしまう。

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(この臭い…。

こいつ、全然風呂に入ってねぇんじゃねぇか…?

……金は相当持ってるはずだけどな…。)

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風呂を後回しにするほど何かに没頭しているのだろうか…?

大学にいた当時の芳夫は、それこそ清潔感漂う好青年といった感じであった。

加えての『成功者』となれば、同性の村井ですら彼を尊敬していたし、憧れてもいた。

それは、芳夫が仕事を辞めた今でも変わらない。

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…にも関わらず、久しぶりに再会した芳夫の様子は、当時の『それ』とはかけ離れていたのだったーー。

*************

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wallpaper:90

music:4

ゴポポポポ……

沸騰させたポットのお湯が、カップにセットされたインスタントコーヒーに注がれていく。

同時に湧き立つコーヒーの香りを、芳夫は『うーん!』と言いながら嗅ぎ回した。

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『…それで、芳夫。

さっき言ってた『楽しみ』ってのは…?』

芳夫は熱そうなコーヒーを啜りながら、少し妙なことを口にした。

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『ねぇ、村井君。

…君はこの世に、『幽霊』というものがいると思うかい?』

『…え?』

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思いも寄らない芳夫の発言に、村井は少し戸惑ったが、少し考えた素振りを見せて答えた。

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『…うーん。

実際この目で見てないから、何とも言えないけど…。

でも、いるんじゃないかなぁとは思う…かな?』

すると、芳夫は手にとっていたコーヒーカップをテーブルへ置き、ニヤッ…と薄ら笑いを浮かべて言った。

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『……いるんじゃないかなぁ、では無いよ。

…この世に幽霊は存在するのさ。

いや、幽霊だけじゃない。

この広い世界には、僕たちが信じ難い『真実』がたくさん溢れている。』

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『…なんでそう言えるんだ?』

芳夫のあまりの断言に、村井は少し疑念を抱いた。

すると芳夫は、村井にチョイチョイと耳を貸すようジェスチャーした。

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『大きい声では言えないんだけどね…。

僕はここ数年、様々な企業にハッキングして、情報や知識を得ていたんだ。

でもとうとう一年前、僕は警察の極秘データベースの閲覧に成功したんだよ。…へへ。』

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shake

『…なっ!?』

確かに、芳夫のズバ抜けた知能であればハッキングくらいしそうなことは村井も分かっていた。

だが、まさか警察のデータベースとは…。

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『お、お前、バレたら一瞬でパクられるぞ!?』

『…嫌だなぁ、村井君。

僕がまずバレるはずないじゃない。

…それにね、この世は所詮不平等な世界だ。

例え僕がバレたとしても、警察は僕を裁けやしないのさ。

……『コネ』があるからね。』

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そう言うと、芳夫はパチっと村井にウインクしてみせた。

正直大学時代の芳夫なら未だしも、今の姿から繰り出されるウインクは俄然気分がいいものでは無い。

村井は、小さく『はぁ…。』とため息をついた。

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『…それで、なぜ僕が『幽霊』がいると断定するに至ったのか、だけど。

…実は、その警察のデータベースを見たからなのさ。』

『…何か関係があるのか?』

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すると、芳夫は持っていたカバンから一冊のファイルを取り出した。

それをペラペラと捲りながら、芳夫は相変わらずの薄ら笑いを浮かべたまま話した。

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『これらは、僕が警察のデータベースから盗み出した『未解決事件』の一部の情報をコピーしたものだよ。

僕は心底心が震えたさ、この世にこんなに多くの不可思議な事件が起こっているなんてね。』

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ペラペラと捲られるページには、淡々と様々な人間の情報が書かれていた。

中には、とても人の仕業ではないと思われる遺体や、死因、その他状況が事細かく記されている。

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『警察は、これら解決不可能な事件を公表したりはしないのさ。

だけど、こうして情報として残っている。

それらを閲覧し、僕の新しい知識として加わる快感は、実にやめられないものでねぇ。へへへ。』

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正直、村井は複雑な気持ちになった。

このファイルにある不可解な事件の一つ一つに犠牲者がおり、きっとその親族からすれば、この男のしていることは許し難いことなのだろう。

…だが、村井にはそれに反して興味もあった。

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『な、なぁ、そのファイルって…。』

村井がそう言った途端、芳夫はパタンとファイルを閉じ、そそくさとカバンへしまった。

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『…貸し出しは出来ないよ、村井君。

だけど僕が今日ここに来たのは、親友でもある君に一言言うためさ。』

芳夫は、そう言うと数秒の間をあけ、スッと薄ら笑いをやめて村井を見た。

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『もし、村井君が『人』ではない何かに悩んだ時は、僕を頼ってくれ。

…きっと、力になれるはずだ。』

『……あ、あぁ。

分かったよ…。』

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当然、この時の村井には『そんなことあるはずがない。』という気持ちしか無かった。

…いや、実際にそう思わない人間は滅多にいないだろう。

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『…邪魔をしたね、村井君。』

芳夫は残りのコーヒーを飲み干すと、立ち上がって玄関へ向かって足を進めた。

そして見送る際、芳夫はドアノブに手をかけながら村井へ言った。

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『…村井君。

今日のことは、渡邊君にも伝えておいてくれないか。

…いつ、どんな時、『人じゃないもの』は僕達に影響してくるか分からない。

……もちろん、関わらないで一生を終えるに越したことはないのだけどね。』

『…あぁ、伝えておくよ。』

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そうして、芳夫はパタンと出て行ったのだった。

村井はしばらく玄関に立ったまま、芳夫の奇妙な発言の数々を思い返した。

(…幽霊はいる……か。)

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村井は芳夫の言葉を胸の片隅にしまい、彼が綺麗に飲んでいったコーヒーカップを片したのだったーー。

*************

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music:2

『…と、言うわけだ芳夫。

…どう思う?

お前が数年前に、俺の家で言ったことがまさか現実になるとは思っていなかったが…。

頼れるのは、お前しかいない。』

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『よ、宜しくお願いします、芳夫さん。』

村井と渡邊は、芳夫に軽く頭を下げた。

芳夫は表情を一切変えずに、村井の肩をたたいて言った。

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『…もちろん、力にはなるさ。

約束だからね。

それと、一つだけ頼みがあるんだけどさぁ…。

君の美味しいコーヒーを、またあの時みたいに淹れてくれないかい?』

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芳夫はそう言うと、ニッコリと微笑んで椅子へ座った。

そして、ペンと一冊のノートをカバンから取り出し、村井と渡邊に起きたことを事細かく書いていった。

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『まぁ実際、これだけじゃ話が進まないかねぇ。

僕は、コーヒーを飲んだら一先ず家に帰って情報を集めることにするよ。

何か分かったら、すぐに連絡を入れるからさぁ。』

『…あぁ、恩にきるよ。』

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村井は、淹れたコーヒーを芳夫の手元へ置いた。

芳夫はあの時と同じように、コーヒーから湧き立つ香りを『うーん!』と言って嗅ぎ回した。

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村井と渡邊は、芳夫がコーヒーを飲み終えるのを黙って見守った後、帰る芳夫を玄関まで見送った。

二人は帰っていった芳夫の玄関の扉を見つめながら、これからのことをボーっする頭で考えた。

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『俺達…本当に憑かれちゃったんかなぁ……。』

『どう……なんですかね。』

…ふと、その時だ。

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ピーーー…

shake

『うわっ…!?』

突如鳴った携帯の音に、二人は身体をビクつかせた。

村井が携帯を取り出すと、充電が切れたのか画面は真っ暗になっている。

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『…け、携帯の充電が切れただけだったわ。

……はは。』

『……ぶっ。』

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二人は、必要以上に臆病になりつつある自分達の反応に、少し笑ってしまった。

そしてそれから十数秒ほどの沈黙を経て、村井は独り言のようにポツリと渡邊に言った。

『…とりあえず寝ようか。』

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music:3

2003年4月18日(金)

トゥルルルルル…

トゥルルルルル………

shake

『……はっ!?』

村井は、携帯の着信音で目が覚めた。

起きた瞬間、仕事に寝過ごしたかと錯覚したが、窓から見える外の世界がまだ暗い。

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(…あぁ、良かったぁ。。

…にしても誰だよ、こんな夜中に。)

時計を見ると、指針はAM3時半を指していた。

少し離れたソファには、縮こまりながら眠っている渡邊が薄っすらと確認できる。

眠たい目を擦りながら、村井は鳴り響く携帯を手に取った。

……だが、ここでふと違和感に気づく。

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昨晩芳夫が帰った後、自身の携帯の充電が切れたことを思い出したからだ。

あの後、寝室にある充電器を取りに行くのが面倒になった村井は、そのまま充電の切れた携帯を放置してリビングで渡邊と共に寝た筈だった。

…だが、今だ村井の手の中の携帯は鳴り続けている。

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トゥルルルルル…………

『な、なんで……?』

……村井は、恐る恐る画面を確認した。

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shake

sound:18

『!!!!!?』

画面右上にある充電のパーセンテージは、0を表示していたのだ。

…にも関わらず、電話は絶えず鳴り続けた。

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トゥルルルルル……………

携帯を持つ手が小さく震え出した。

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(…あ、あり得るのか……?

ど、どう考えたって…これって……!!)

村井は、必死に『携帯のバグ』だと自分に言い聞かせた。

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(止まれっ止まれっ止まれっ止まれ止まれっ止まれっ止まれっ止まれっ止まれっっ……!!)

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……だが、まるでそんな暗示も願いも否定するかのように、『何か』が

村井の背後にスッ…と現れた。

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shake

『………っっ……!!?』

生温かいような、冷たいような、異様な『存在感』が村井の背中に伝わった。

嫌な汗が、背中をツー…とつたっていくのが分かる。

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(……しょ、少女の時とは違う…!!

こ、この感覚は……!?)

トゥルルルルル……………

…更に電話は鳴り止まない。

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(…で、出ろって……ことかよ……?)

トゥルルルルル…………………

村井は、震える指で通話ボタンを押し、ゆっくりと携帯を耳に当てた。

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…………

…………

……ベキッ

ミシ…

…バキッ……

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(………?

な、何の音だ…?)

枝をへし折るような、奇妙な音が受話器の奥から聞こえてくる。

…そして、その音の更に深く奥から、微かに小さな少女と思しき悲鳴が聞こえてきた…。

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……ボキッ…

…バキッ……

『ぁぁああぁあぁ…

痛い…痛いぃぃぃ………、、助け』

…プッ。

ツー…ツー…ツー…

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気づくと、電話は切れてしまっていた。

…同時に、背後の気配も消えている…。

(な、何だったんだ…今の…?)

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村井は呆然と立ち尽くしたまま、それからしばらく携帯を耳から離せずにいた。

そして、幾度も鳴ったはずの携帯の画面はすっかり暗闇に戻り、ソファでは渡邊が気持ち良さそうに寝息を立てているのだったーー。

続く

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水無月さん、コメントをいただきありがとうございます。
地元の方なのですね^_^
では、どこかですれ違っているのかも…しれません。
私の職場がさいたま市の三橋にあり、住んでいるのが蓮田周辺なのです。
ぜひ、また一読にいらして下さいませ。
宜しくお願い致します。

的場さん、コメント&怖いをつけていただき、ありがとうございます。
ノロウスベを読んでいただき、とても嬉しいですね^_^
続編は、今週中にまた更新致します。
ぜひ、また一読にいらしてくださいね。
宜しくお願い致します。

aoiさん、コメント&怖いを付けていただき、ありがとうございます。

芳夫を気に入っていただけて良かったです。
これからもっと活躍していきますので、注目していただけたら嬉しいですね^_^

…はい、お風呂は入ってもらいたいです笑

はるさん、コメント&怖いを付けていただき、ありがとうございます。
いつも読んで下さり、とても嬉しく思っておりますよ^_^
これからも、はるさんを引き込める作品に仕上げていけたらと思いますので、宜しくお願い致します。

nekoさん、コメント&怖いを付けていただき、ありがとうございます。
怖いと思っていただけて、すごく安心いたしました^_^
ぜひ、また更新の際にはお越し下さい。
宜しくお願い致します。

初めまして。
まさかのさいたま市周辺に住んでおります。
地元のお話でしたので大変興味深かったですw

作者さま、こんばんは。
初コメントですが、ノロウスベシリーズ楽しく怖く読ませていただいています。

ありがとうございます☺

また続きがとても気になります。
続編楽しみです。

>茂城 芳夫 氏
所謂「天才と・・・は表裏一体」ってヤツですかね・・・
中々趣のある御仁のようですね。
私もそんな人と縁を結びたいものです。
・・・お風呂は2日に一回ぐらいは入って貰いたいですが(ーー;

怖いけど凄く引き込まれます。
続きが楽しみです。

はるさん、コメント&怖いを付けていただき、ありがとうございます。
はるさんのご期待に添えられる作品を、これからも更新していけたらと思います。
また、来週あたりに更新する予定ですので、ぜひ一読願えればと思います。
宜しくお願い致します。

maiさん、コメントをいただきありがとうございます。
怖いと言っていただけて、心から嬉しく思います^_^
これから更に、『人ではないもの』からの干渉が出てくると思いますので、ぜひまた一読いただけたらと思います。
宜しくお願い致します。

AokiMinoさん、コメント&怖いを付けていただき、ありがとうございます。
芳夫は、まだまだこれから先活躍してくれると思いますので、ぜひその辺も楽しみにしていただけたら嬉しいです。
また宜しくお願い致します。

鎮魂歌さん、コメント&怖いをつけていただき、ありがとうございます。
芳夫を気に入っていただけて何よりです^_^
私も、仕事放り投げてオカルト研究が出来たらさぞ楽しいだろうなぁ、と思います。
実際にこのような不可解な事件などが隠されているのは分かりませんが、そういうお話はロマンがあって好きです。
これから少女について、新たな登場人物、事件について追求していこうと思いますので、また更新の際には宜しくお願い致します。

更新お疲れ様です☻

今作品もわくわくしながら読ませていただきました…笑

次の更新も楽しみにしてます☻!

こここここ,,,怖あい‼︎

芳夫さんの存在感が半端ないですね!
続きが気になります

芳夫さん…カッコイイですね。正直に言って憧れます。
私も自然法則では説明のつかない現象のデータを集め、
存分に研究してみたいものです。
自分が遭遇するのは怖いですけど…。

最後の電話…充電切れててバグって…(笑)
村井さんが相当焦っているのが伝わってきます。
電話越しに聞こえてくる少女の悲鳴が例の少女のものなのか…、
益々続きが楽しみです。