高校の怪談 ~試験管狐と夏休み~

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高校の怪談 ~試験管狐と夏休み~

「あー、一学期も今日で終わりか!」

「明日から夏休みだな!」

俺と礼一郎は、荷物の詰まったバッグを抱えて帰途についていた。

「あ、でもお前赤点取ってたじゃん。明日から補習だな。」

「ガーン‼︎そうだったあ‼︎」

礼一郎は頭を抱え、がっくりと肩を落とした。

「あはは、お疲れー。」

俺はニヤニヤしながら、彼の憂鬱そうな横顔を見ていた。

と、よそ見をしていたせいか、廊下の曲がり角に来た所で、誰かとぶつかった。

「あっ、ごめんなさい。」

「いや、お気になさらず。」

こちらを振り向いたのは、生物教師の狗神 真琴先生だ。

同じ理系でも、湊とは違ってマトモだ。ただものすごい童顔で、校外に出るとたまに生徒に間違われる。

「じゃ、さよなら。」

「うん。…あ、ちょっと待って。」

「え、何ですか?」

彼は頭を掻いて、俺達に尋ねてきた。

「君達、僕の試験管を知らないかな?」

「はい?試験管?」

「そう。試験管。」

それを聞いた礼一郎が、怪訝そうな顔をして言う。

「あれ、試験管なら理科準備室にないんですか?」

狗神はかぶりを振った。

「いや、あの試験管じゃないとダメなんだよ。」

あの試験管って、どの試験管だ?

「どうしよう、これじゃ家に帰れないな…。あれ大事な試験管なのに。」

「えっ、大事な試験管とそうじゃない試験管があるんですか⁉︎」

「え、あ…。そ、そうなんだよ。理科準備室にあるのはただの試験管だけど、僕が今探してるのはちょっと特別でね…。」

「は、はあ…。」

「本当、どこ行っちゃったのかなあ…。」

深々と溜息をつく彼は不安気に辺りを見回し、こちらへ弱々しく微笑みかけた。

「あ、ごめんね、足止めして。」

そして、また辺りを見回す挙動不審な動きで去っていった。

「どこかで死んじゃってないだろうな。ここは暑いから…。」

「「…死んじゃって?」」

…試験管に使うような動詞じゃない気がする。

「加古。後を尾けてみようぜ。」

「ああ。超気になるしな。」

俺達は抜き足差し足、狗神先生の後を尾けていった。

✴︎

もう随分歩いた。いつの間にか、こないだトラウマができた生物室に着いていた。

「シロー!どこにいるの、いるなら出てきてよー!」

シロ⁉︎試験管に名前付けてんの、この人。マトモだと思ってたのに。

試験管の名前(?)を呼びながら、狗神先生は生物室の中を歩き回った。

すると、俺達が隠れていた机の下から、白い毛玉のようなものが飛び出した。

そいつは狗神先生の胸に飛び込んで、キューッと鳴き声らしき音を立てた。

「あっ、シロ!」

「「それがシロ⁉︎」」

驚きのあまり、でかい声を上げてしまった俺達。

狗神先生がこちらを振り向いた。

「誰だい?」

顔が逆光で見えなくて怖えぇ‼︎

「隠れてないで出てきなよ。」

コツコツとローファーの音を響かせて、こちらへ歩いて来る。めっちゃ怖えぇ‼︎

「やべっ、礼一郎、逃げようよ!」

「バカ、この状況からじゃどう考えてもムリだろ⁉︎」

そうこうしているうちにも、足音はどんどん迫ってくる。

「わーっ、ごめんなさいごめんなさい‼︎勝手に尾けてきてごめんなさい‼︎」

「だから実験動物にしないでください‼︎」

…。

…静かだ。

恐る恐る目を開けると、そこにはきょとんとした表情の狗神先生が、白い毛玉を抱えて立っていた。

「あらら。君たちついてきちゃったの?」

「え…あ…はい。すみません。」

意外にも温和な対応に驚きながら、白い毛玉に目をやる。

それに気付いたらしい狗神先生は、あはは、と困ったように笑って言った。

「ここまでしっかり見られちゃ仕方ないな。君たちにだけ教えてあげるよ。」

ほら、と、毛玉を俺に押し付ける狗神先生。逆らうのも怖いので、受け取る。

「…?」

そいつは俺の腕の中でもそもそっと動き、ひょっこりと顔を出した。

真っ白な毛に、大きな目。大きな耳のその生物を見て、俺と礼一郎は同時に叫んだ。

「「か、かわいいー‼︎」」

なんだこの生物は!チョーかわいい‼︎

例えるなら、そう…。砂漠地帯に住む小型のキツネの仲間、フェネックみたい。

礼一郎が目尻をこれ以上ないほどに下げて、狗神先生に聞いた。

「先生、これ何ですか?ハムスター?」

絶対違うだろ。

「あはは、違う違う。」

狗神先生は笑顔で首を振って、フェネック?の頭を撫でた。

「こいつはね、管狐っていう妖怪の仲間さ。信じる信じないは別だけどね。」

「へえ…。」

信じるかって?勿論。龍や狼男、妖狐がいるくらいだから、管狐がいたって別段驚きやしない。

「さ、おいで、シロ。」

狗神先生が呼ぶと、管狐のシロは俺の腕をするっと抜けて彼の元へ飛んでいった。

「随分懐いてますね。」

「僕が物心ついた頃から一緒だったからね。ねー、シロ♡」

シロはそれに応えるかのように、頭を狗神先生の頬に擦り付けた。

…いいなあ。

俺も動物好きだから、なんだか羨ましい。

「でも肝心の試験管がない。どこ行ったんだろう?」

「試験管…ああ。」

管狐は普通竹の筒に入っていると聞いた事がある。でもこんなとこで竹筒なんて持ってたらおかしいから、カモフラージュのために試験管にシロを入れているのだろう。だから試験管を探してたのか。

「え、シロ本体が帰ってきたんだから、大丈夫じゃないんですか?」

礼一郎がシロにちょっかいをかけながら言う。

「うーん…。あの試験管はシロの家みたいなものだからなあ…。気に入ってたようだから、あまり手放したくないんだ。」

「なるほど。」

狗神先生はシロを撫で、頭に乗せた。

「そうだ、君達、試験管探すの手伝ってくれない?どうせ暇でしょ?」

「一言余計です」

狗神先生は、意外と毒舌家である。

✴︎

「おーい、そっち!見つかったかー?」

「いや、ダメだ。先生、どうですか?」

「見つかってたらとっくに帰ってる。君らに施錠は任せて、ね。」

「マジで一言余計です」

俺は少し溜息をつき、ふと生物室入口に目をやる。

「…あれ?」

華奢な体付きの青年がこちらを向いて立っている。しかも髪の毛が綺麗なシルバーだ。

「これ…。」

小さな声で呟いて、細長い物を差し出してきた。

「…あ。これって、試験管…。」

狗神先生を呼び、青年の持っている試験管を見せた。

「ああ!これだよ、これ!ほら、シロ!良かったな!」

シロは嬉しそうに試験管に頬擦りして、それから青年にぺこりと頭を下げてから管に入っていった。

それを確認して、狗神先生は試験管を大事そうに内ポケットにしまい、青年に微笑みかけた。

「君、ありがとね!助かったよ。」

「いえ。」

彼はにこっと笑って、それじゃ、とこちらに背を向けた。

「何だよ、試験管見つかったの?」

礼一郎が小走りで俺の所まで来て、狗神先生の内ポケットの膨らみを見た。

「うん。あの人が持ってきてくれた。」

俺は青年の後ろ姿を指さし、言った。すると、突然礼一郎が、

「あっ‼︎」

と、大声を上げた。

「何だようるさいな。どうかしたのか?」

礼一郎は青年を指さして、

「あいつっ!あいつ、23HRの白澤 雪彦じゃん!」

「え?白澤 雪彦?誰それ。」

お前、知らねーのかよ!と、礼一郎は大仰に呆れてみせた。

「勉強もでき、スポーツもできる!文武両道な弓道部エースだ。」

「へえ。凄い奴じゃん。」

すると礼一郎は、

「いや、女子人気を総ざらいしていくいけすかない野郎だ!」

「…いや、そう思うのはお前だけだと思うぞ。」

性格も良さそうだったし。

「よし!竜の子レンジャーにスカウトしてくる!」

は⁉︎

「今の会話からどうやったらそんな展開になるんだよっ!しかも何でまだ竜の子レンジャーの話題引きずってんだよ⁉︎」

礼一郎は、フン!と鼻を鳴らして、いつものように得意気な表情で笑った。

「だって気に入ったんだもーん。弓道部エースがいれば、竜の子レンジャーももっと強くなるし!」

言うなり、礼一郎は青年(といっても同い年)を追って駆けていった。

「あ、ちょっと‼︎…あーあ。ああいう気まぐれな奴って、困りますよねぇ…。…って、あれ?」

狗神先生を振り返るとそこには誰もおらず、その代わり紙切れが一枚残されていた。

「何々…。『生物室の施錠ヨロ♪』…。」

い…、いぬがみぃぃ‼︎

✴︎

「おーい、加古!」

いつの間にか生物室を抜け出した狗神先生への怒りを辛うじて押さえていると、礼一郎が白澤の手を引いて走ってきた。

「な、何ですか⁉︎」

白澤は何故か片手で前髪を押さえて、礼一郎に引きずられている。

心なしか、不良っぽい見た目の礼一郎に怯えているようにも見える。

「なあ、お前、弓道部エースなんだろ。竜の子レンジャー入れよ。」

「はい?」

白澤の反応は正しい。礼一郎、話の脈絡が掴めないから。

ある日突然不良モドキから声かけられて、竜の子レンジャー入れなんて。

「そ…そもそも」

白澤が震える声で言う。

「竜の子レンジャーって、何ですか?」

だよねー。分かんないよねー。

「え?何って…。」

礼一郎は、いきなりビシッと初代仮面ライダーのようなポーズを決め、

「燃え盛る闘志の男•竜の子レッド!」

そしてこちらへ何かを訴える視線を投げかける。

あーはいはい。分かりましたよ。

「よくシャチに間違われる男•竜の子ブルー!」

礼一郎は満足気に頷き、言った。

「本当はピンクもいるんだけどな。羽闇 ちはやって言う…。」

その瞬間、白澤の目の色が変わった。

「羽闇さん…。最近転校してきた、あの?」

「え?ああ、そうだけど?」

白澤は後ろ髪を梳いて、礼一郎を見据えた。

「分かりました。僕も竜の子レンジャー、入ります。」

えぇっ⁉︎

「えっ、嫌だったら遠慮なく断っていいんだよ⁉︎礼一郎、見た目はこんなんだけど悪い奴じゃないから後々イジメに発展することもないし!」

「どういう意味だよ!」

つい本音が出てしまった俺に、白澤は首を振って言った。

「いえ。僕、竜の子レンジャーに興味が出ました。これから竜の子ホワイトとして活動します。」

担当カラーも決めた!

「よし!じゃー竜の子ホワイト!これからよろしくな!」

「よろしく。」

…礼一郎、年幾つだよ!

✴︎

加古、礼一郎が帰った後、日も落ちた頃。

白澤 雪彦は満月の浮かぶ空をバックに、一人校舎の屋上のフェンスに腰掛けていた。

ふと彼が空を見上げると、その場を一陣の風が吹き抜けた。

「あら、あんたもこの高校にいたんだ。」

白澤ははっとして声のした方向を向いた。

「…羽闇さんじゃないですか。」

給水タンクの上に腰掛けて微笑するちはやの姿がそこにはあった。

「あんたは何しにここに来たの?…あ、ここの大きな気の流れを吸いに来たの?」

「僕は力なんて求めてない。君みたいに貪欲じゃないんです。」

白澤はちはやをキッと睨みつけ、吐き捨てるように言った。

「もう、そんな怖い顔しないでよ。」

ちはやはさも愉快そうに笑った。

「私とあんたの仲でしょ?」

彼女は給水タンクを飛び降りて、白澤の隣に腰掛けて、言った。

月光に照らされて、妖しく微笑むちはやから目を逸らす白澤。

「君のように堕ちた艶魔に惑わされる僕じゃありませんから。」

「あんただっておんなじような物でしょ?」

「黙れ!」

白澤が声を荒げる。大きく開いた口に、長い犬歯が光る。

「今日、狗神先生の管狐の管を奪ったのも君だね?」

「だったらどうなの?」

ちはやは可笑しくてたまらないといった様子で笑った。

「妖怪のくせに、人間に飼われるなんて。だらしないにも程があるわ。」

「そういう君も、あの加古とかいう子に心惹かれてるんじゃないのか?」

ちはやが息を呑む。

「ち、違うわ…。」

そして、包帯を巻いた目を撫でた。

「ただ、興味があるだけよ。この、艶魔の目を見ても私に魅了されない彼に…。」

白い包帯が、少し濡れた。

「…と、とにかく!」

フェンスの外側に降り、白澤を振り返る。

「あんたなんかに、絶対に私の邪魔はさせないから!」

そして、満月の浮かぶ夜空に身を躍らせた。

「羽闇、さん…。」

呟く白澤の前髪を、夜風が揺らす。

雪のように白い額が露わになる。

そこには、金色の瞳の目が光っていた。

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aoi様、コメントありがとうございます。
白澤の正体、ちはやの正体など、今回は色々な含みを持たせてみました。
ちはやが何を企んでいるのか…。徐々に明らかになっていきますので、お楽しみに。

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ちゃあちゃん様、コメントありがとうございます。
漫画化ですか、誰か描いてくれる人いらっしゃいませんかね…(笑)
竜の子レンジャーは、ちゃあちゃん様の入団を心より歓迎いたしますよ‼︎

このシリーズ、漫画にしても面白そうですよね〜(^∇^)私も竜の子イエローで仲間に入りたいわ〜(^^)

鎮魂歌様、コメントありがとうございます。
竜の子レンジャーは一応、物語の中心生徒のグループみたいなものになります。
白澤の正体は近いうちに明らかになります。というか、白澤の正体は呼んで字の如く…てな感じなのですが。

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