短編2
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戦争を体験した祖父

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私の祖父は、戦争を体験した事がある。

そう。人々の記憶にはまだ新しい、大東亜戦争である。

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戦時中は勿論、祖父は敵兵を何人も殺したという。

しかし、戦時中だったとはいえ祖父はその事をずっと後悔していた。

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そして、私にこうも言った。

「この世で一番恐ろしいのは、人間だ。

本当の極限状態に陥った人間ほど、怖いものはない」

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いつもは優しく穏やかな表情の祖父が、戦争の話になると別人のように恐ろしい形相になったのを、今でも覚えている。

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ある夏休みの事だった。

学校の宿題に作文があり、そのお題が「命」だった。

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母や近所の人に話を聞いたが、ありきたり過ぎて納得いかず、少し変わった事が好きな私は祖父に話を聞く事にした。

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「お爺ちゃんが命を実感したのはいつ?」

そう言うと、祖父は昔に体験した話をしてくれた。

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終戦間近、祖父は南方のとある島に増援部隊として前線に出ていたそうだ。

補給もなく、飢えに苦しみながら密林の中で何日も過ごしたという。

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祖父の部隊は30人ほどで、全員が精神的にも肉体的にも限界を感じていた。

次々と仲間が斃れていく中、祖父は明日は我が身といった状況で

仲間を助ける余裕もなく、ひたすら木の陰に隠れていた。

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夜の密林は静寂に包まれ、唾液を飲み込む音さえ出せないような、精神を磨り減らす日々であった。

そんな極限状態の中で、次第に信じ難い現象が起き始めた。

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聞こえる筈のない戦死した戦友の声が聞こえたり、白骨化した屍が祖父の前を歩いていたり、樹木が巨大な化け物と化したり…。

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祖父はひたすら祖母(当時交際していた為)の事を考え、必死に耐えていたという。

しかし、そんな現象よりも祖父が恐怖した事があった。

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或る者は自ら腹を切り、或る者は殺した敵兵の遺体を損壊し、或る者は自ら眼球を刳り貫き視界を塞いだ。

中には飢餓に耐えかね、敵兵の遺体に貪り付く者もあった。

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終戦が直前に迫ったある日、祖父は敵兵に発見され捕虜となった。

同じく捕虜になった仲間たちが、一人また一人と敵兵に連れ出され、部屋からいなくなっていく。

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祖父は死を覚悟し、自らの指を噛み千切り、その血で壁に遺書を書いた。

しかし、その遺書は必要なくなった。

戦争が終わったからである。

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島は玉砕した。

やがて祖父は解放され、生きて祖母の元へ帰る事ができたのだった。

あの密林で体験した出来事や、人間の惨たらしい光景を目の当たりにした祖父は、それ以来「肉」が食べれなくなったという。

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…この話を聞いた私は、そんな内容の作文を書ける筈もなく、結局「生命の誕生」を題とした作文にしたのだった。

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そんな祖父が一昨年、入院した。

見舞いに行ってみると、身体は痩せ細り、焦点も定まらないまま、ボケーッと天井を見つめている祖父がいた。

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祖父がふと、私にこう呟いた。

「血の滴る生肉が食べたい」

その言葉に私は凍り付き、動く事が出来なかった。

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おじいちゃん・・・

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おじいちゃん、食べちゃったんだ…

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戦場と言う日常とは隔離された場所…
本当にいつ死ぬかもわからない、どんな目に合わされるかもわからない、
見知った顔がどんどん死体に変わっていく、
こんな恐ろしい環境では、正気を保つ方が地獄なのかも知れませんね。

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兵士にはこういった人が多かったらしいですね。
因に私の祖父は衛生兵でした。

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