中編4
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すいません。うちの娘が

music:3

3年ほど前に体験した話である。

当時私は、某ファッション誌のモデルをしていた。

その日は早朝から都内で撮影の仕事が入っていた。

正午過ぎには終わり、暫くモデル仲間との雑談を楽しみ、夕方頃には解散したと思う。

帰りの電車に乗る前に煙草を買おうと思い、足を止めた時の事である。

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ふいに6、7歳位の女の子が傍に駆け寄ってきたのだ。

「こんにちは」

私は変な子だなと思ったが、一応「こんにちは」と返した。

「何してるんですか」

「何って、煙草買おうとしてるんだけど」

妙に話しかけてくるその子に、つい私はそっけない態度で接していた。

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私が財布を出し煙草を買い終えるまで、その女の子は「いい天気ですね」「何年生ですか」と、話しかけ続けてきた。

私は適当に答えていた。

私がそこを離れようとすると、その子は「お母さんが呼んでるから来てください」と言って、私の手を引っ張り始めたのだ。

私はいよいよおかしいと感じた。

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…私に何か用があるとでも言うのだろうか。

何とか誤魔化して帰ろうとしたが、女の子は振り返りもせずに「呼んでますから」と言い続け、私を連れて行こうとするのだ。

私はその執念の様なものに引き摺られるかの様に、女の子の後に付いて行った。

もしかしたら本当に困っているのかもしれない、と思いもした。

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5分ほど歩くと、少し大きめの公園に到着した。

ブランコやジャングルジム、藤棚やベンチが見える。

夕暮れが近い為か、他に人影は見当たらなかった。

女の子は藤棚の方に私を連れて行った。

その公園の藤棚は、天井の他に側面の2面にも、藤が伸びるようになっていた。

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恐らく中にはベンチがあるのだろう。

女の子は「お母さん連れてきたよ」と、藤棚の中に向かって呼びかけた。

私からは角度が悪く、そのベンチは見えない。

中を覗きたかったのだが、私の手をしっかり握っている女の子を手を振り解く事は、何だか悪いような気がして出来なかった。

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「すいません、うちの娘が」

ふと、藤棚の向こうから声がした。

普通の何の変哲もない女の人の声だ。

しかし、その声を聞いた瞬間全身に鳥肌が立ち、何故かヤバいという気持ちになったのだ。

一刻も早く、そこから逃げ出したかった。

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「わたし、遊んでくる」

唐突に女の子が言い、藤棚のすぐ向こうにあるジャングルジムへ向かって行った。

私はハッと我に返った。

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「すいません、うちの娘が」

また、あの声がした。

なんの変哲もない声。

今度は鳥肌も立たない。

…気のせいだったのか?

私は意を決して、藤棚の向こう側のベンチが見える場所に、殆ど飛び出すような形で進んだ。

飛び込み様に、ハッとベンチを振り返る。

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…そこには、少し驚いたような顔をした女性が座っていた。

セミロング丈の黒髪の、30代後半くらいの女性だ。

「すいません、うちの娘が」

彼女は、今度は少し戸惑い気味にそう言った。

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…なんだ、普通の人じゃないか。

そう思うと急に恥ずかしくなり、私は「いや、いえ、まぁ」などと返すのが精一杯だった。

私はその後、その女の子の母親と軽く世間話をした。

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天気がどうだの、学校がどうだの…と、どうでも良い話なので省かせて頂く。

母親も言葉は少ないが、普通に話していた。

女の子は藤棚のすぐ隣、私の背後にあるジャングルジムで遊んでいる。

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そろそろ、日も沈もうかという頃だ。

公園はオレンジ色に染まりつつあった。

私はふと、当初の目的を思い出した。

何故私はここに連れてこられたのか、だ。

そこで「あの、どうして私をここへ…?」と問いかける。

その瞬間だった。

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「ミノリッ(仮名)!!」

物凄い声で母親が叫んだ。

恐らく、あの女の子の名前だろう。

私はバッと、背後のジャングルジムを振り返る。

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すると目の前に何かが落ちてきて、鈍い音と何かの砕ける音が足下でした。

ゆっくりと足下に視線を向けると、あの女の子、ミノリという女の子が奇妙に捻じくれて倒れていた。

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身体は俯せなのに、顔は空を向いている。

見開いた目は動かない。

オレンジ色の地面に赤い血がじわじわ広がっていくのを、私は呆然と見ていた。

警察、救急車、電話…などの単語が頭の中を飛び交ったが、身体が動かなかったのだ。

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その時、女の子がピクリと動き何か呟いた。

まだ生きてる!と私は駆け寄り、女の子の声を聞き取ろうとした。

「…かあ…さ…」

お母さんと言ってるのか…?

私は藤棚を振り返る。

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…が、彼女の母親の姿はそこにはなかった。

そういえば、最初に叫んだ時から母親はここへ駆け寄ってもこない。

助けを呼びに行ったのだろうか。

「お…かあ…」

再び女の子が呟いたので、私はそちらの方を向いた。

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「大丈夫だから。お母さんが助けを呼んでくれるから」と、そんなことを女の子に言ったような気もする。

しかし、気休めだ。

どう見ても首が折れているようにしか見えなかった。

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私は、今ここにいない彼女の母親に怒りを覚えた。

「おか…さんが……よんで…か…」

女の子はまだ呟く。

…おかあさんが呼んでるから?

私は上の、ジャングルジムを見上げた。

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そこには、さっきの母親がぶら下がっていた。

濁った目、突き出た舌…あまり書きたくない。

死人の顔だ。

そして、母親の外れた顎がぐりっと動き

「すいません。うちの娘が」

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その後の事は覚えていない。

きっと気を失ったのだと思う。

私は気付くと夜の公園で呆けていた。

そのジャングルジムは、その後取り壊されたと記憶している。

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