長編7
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不離岩(はなれずいわ)

お二人さんはどこから来なさった?

ほう、そんな遠くからのう?

ははあ、さては……目当ては、不離岩(はなれずいわ)じゃな?

いやはや、不離岩のご利益の話は、そんな遠くまで聞き及んでいるとは……。

ご来光を浴びながら、不離岩の前で二人で誓いを交わせば、二人は死んでも離れられない仲になる……。

そうそう、今はたしかそんな話になっとった……。

いやいや、別に隠さんでもいい……ここに来る若い連中は、皆同じ目的で来とるのは知っとる。

お前さんたちもそうなんじゃな?

二人は好きおうてて、死ぬまで、いや、死んでも一緒にいたいと思うとるじゃろ?

それで、こんな山奥まで登って来たのじゃろ?

いやいや、馬鹿にしとるのではない、逆にわしは、うれしんじゃ。

あの二人も天国か地獄かようわからんが、二人並んで喜んでおるじゃろうて……。

ただ……ただな、あの場所の本当の云われを皆知っとるのか? と思うてな……。

お二人さん、知っとるか?

そうか……やはりなぁ……そこまでは聞いてはせんか……?

村のもんも、よう黙ってたもんじゃ。

大したもんじゃ。

でも、それも、あの話を知っとるもんは、もう今じゃ、このわしを含めて数えるくらいしか、おらんじゃろう……。

こんな山奥の山小屋で、一夜を過ごすことになったのも何かの縁、あの岩がなぜ不離岩と呼ばれるようになったか、聞かせてやろうかのう……。

いや、お二人さん、聴いてくれんか?

わしももうこんな歳じゃ。

多分、来年は、もうここには来られんようになるじゃろう。

これを話すのも最初で最後じゃ……。

年老いたじじいの世迷言と思って聴いてくださらんか……?

                                            

ずうっと昔は、あの岩は鬼面岩と言われとった。

ある方向から見るとな、二本の角の生えた鬼の面のような形に見えるのじゃ。

それが、ある事件があってから、いつの間にか不離岩と言われるようになってな。

あれは、もう40年以上も昔の話じゃ。

あのとき、わしも若かったのう。

ちょうど今時分の、夏至が過ぎた頃じゃった。

この山で若い男女二人が遭難したんじゃ、そう、ちょうどお前さんたちのような……なんで、わかったかというとな、ある男が夜遅くに、村の駐在に駆け込んで行ったのじゃ。

鬼面岩のところで若い男が下に落ちた、とな。

その駆け込んで来た男は、落ちた男の方はまだ生きとる、早く助けてやってくれ、後生だから早く助けてやってくれ、それだけ言うと、姿を消したそうじゃ。

でも、駐在はそれだけでは動けん。

思い当たって村の宿を調べたら、前の前の日に泊まって、山に登ると言って宿を出た若い男女が、その日帰ってくんのに、まだ帰ってこんことが分かった。

あの宿なんと言ったかな、陣、そう、陣屋じゃ。

へえぇ、お前さんたちも昨日陣屋に泊まりなさったんか?

それはなんと奇遇な……。

陣屋も今は、若女将になってな、今じゃ結構な評判じゃ……。

ああ、遭難した話じゃった……その日はもう夜も遅いんでな、次の朝

一番で、警察と村の連中とで探しに行ったそうじゃ。

そしてな、その鬼面岩のところで……鬼面岩のところには古い杉の木が一本立っておってな、その幹に一本のロープが巻き付けてあるのを見つけたんじゃ。

おお、いい忘れとったが、鬼面岩のすぐ後ろは断崖絶壁じゃ。

ほぼ真っ直ぐに切り立った崖の縁じゃ。

遙か下の谷底には川が流れとるが、木が生い茂ってよう見えん。

あそこに降りた者は誰もおらん。

ちょっとやそっとの長さのロープでは下まで届かんし、麓から谷川を登る手もあるんじゃが、途中の滝や、切り立った岩場で、人の足じゃ辿りつけん。

おお、ロープの話じゃった。

その木に結ばれたロープの先は、崖の向こうに垂れとった。

男衆の一人がな、おそるおそる、縁から下をのぞいたんじゃ。

そしたらな、ロープのはるか先に、人がぶら下がっとるのが見えたんじゃ。

崖の途中で宙ぶらりんになっとったんじゃ。

声掛けたが、返事せんかった。

これは大変じゃ、というて、皆でやっとのことで引き上げたそうじゃ。

引き上げて皆、びっくりじゃ。

腰を抜かして、しばらく動けん者も出た。

引き上げたロープの端は、男の腰と肩に結わえられとった。

そして、男はしっかりと手でロープを握り、生き絶えておった。

じゃがな、それだけじゃなかったんじゃ。

その男にはな、男の背中にはな、女が、女がおぶされておったのじゃ。

いや、おぶされておったというより、女がその腕と脚を、男の首と胴体にしっかりと巻きつけて……死んでおったのじゃ。

死後硬直、言うのか?

二人とも固くなって、特に女の方はすごい力でしがみついとったからじゃろう、男から引き剥がすのが大変じゃったそうじゃ。

引き剥がしたあとも、男を抱いていた手足の形はなおらんかったと聞いとる。

その二人を有様を見たら、誰もが、落ちた女を男が山小屋からロープを持ち出して、谷底に助けに降りたのじゃと思うた。

そして、女を助けたがいいが、登る途中で力尽きてしまったのじゃと……。

しかしじゃ、やっとのことで二人を離すしたあとに、また村の男衆の一人が変なことを言い出したんじゃ。

女を見てみろと。

男の服は乾いているのに、女は服はずぶ濡れだ、と。

そして、女の服の所々には草の葉がくっついておった。

それは谷底にしか生えん草じゃ。

もう一人が言いおった。

当たり前じゃ、女は谷に落っこちよったんじゃから、何もおかしいところはなかろうと……。

でも、おかしい、その男は言うた。

お前らも見たじゃろ? 

二人は崖の途中の真っ直ぐな岩場に、くっつくようにぶら下がっていたはずじゃと。

ロープはもう延びきっておった、と。

ロープは谷底までは届かなかったんじゃ。

だから、谷底に落ちた女を、男が背負い、助けられるはずはないのじゃ、と。

そして男はさらに話し続けた。

見ろ、女の首は折れている。

落ちたときに折れたに違いない。

じゃとしたら、じゃとしたらだぞ……。

女はいつ……いつ、男に、しがみつんじゃ……。

                                                 

あの事件はな、おおっぴらにはならんかった。

ただの遭難事故として扱われたと聞いとる。

一応な、不自然に死んだ遺体は解剖する決まりで、あの二人も解剖されたらしいんじゃが、後で駐在さんからこっそり聞いたはなしだとな、女はやっぱり首の骨を折って即死じゃったらしい。

男の方は頭を強く打ったことで死んだらしい。

多分、ロープで崖を降りたときに、足か手を滑らして落ちて、崖に頭を打ったということじゃった。

でもな、よく調べると、女が余りにも強く男にしがみついたかで、男の体にその跡がついていたそうじゃ……。

その跡はな、つまり、男がそのとき、まだ生きていた証しになるそうじゃ……。

あとな、女の体ん中、あそこん中には、男の精があったそうじゃ。

落ちる前の晩に交わったのじゃろうて……。

今もって、二人がなぜあの鬼面岩に行ったのか、なぜ女が崖の下に落ちたのか分からずじまいじゃ……。

足を踏み外したのか……それとも、自分から落ちたのか……。

ま、どちらにせよ、男は必死で助けに降りたのは間違いないはずじゃ。

間違いないのじゃ……。

しかし、男も途中で足を滑らせ、頭を打ち、宙吊りになってしもうた……。

谷底の女は、それを見上げ、たまらず男のところまで馳せ参じた……。

ま、そんなところじゃろうて……。

男が生きていて、女から掴まれたとき、どう思ったかは、ようわからん。

女を助けられた安堵だったじゃろうか?

それとも……恐怖だったじゃろうか?

それからじゃよ、あの岩が不離岩(はなれずいわ)と呼ばれるようになったのは……。

好きおうた二人は死んでも離れなかった……と言うてな……。

しかし、女の情念というものは怖いものじゃて。

死んで動けなくなった体をも、動かすのじゃからのう……。

おお……そういえばもう一つ云われがあった。

不離岩で誓いを結ぶ前の晩は、近くの山小屋で男女の契りを結ぶべし……とな。

お前さんたちも、そのつもりでこの山小屋へ来なさったんじゃろう?

これは無粋なことをした。

わしは一時(いっとき)ばかし、外でぶらぶらしとるで、お二人さんはごゆるりと契りを結んでおくんなさい。

ははっ、いやいや、心配しなさんな、今はこの歳で、お前さんたちを覗こうなどいう気は、さらさら起きはせん。

今日は月が明るい。

外を歩いても足を踏み外すようなことはないじゃろう。

あの夜も同じように明るかったのう……。

あの二人は道ならぬ仲じゃった……。

では……わしのことは気にせず、ゆるりとしてくだせい。

ん? わしがなんでここにいるかじゃと?

わしも明日、不離岩に行こうと思ってな。

実はな……明日がその二人が死んだ日なんじゃ。

わしは毎年、あの二人の命日にここに来て、あの岩に花をあげておる。

せめてもの罪滅ぼしじゃ……。

わしは、もしかしたら、あの男を助けられたかもしれん……。

しかし、あのとき……下を覗いたら……わしもどうなっとたかは、わからん……。

あれでよかったのかもしれん……。

おっと、うっかりしておった。

今のは墓場まで持って行く話じゃった……。

ささ、気になさらず、誰も邪魔するもんはいやせん。

これから先は、お前さんたちが最後まで無事に添い遂げられるのを、あの二人が見守ってくれることじゃろうて……。

死んでも、けっして離れんようにな……。

完。

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>わしは、もしかしたら、あの男を助けられたかもしれん……
村の駐在に助けを求めた人がそのおじいさんだったような感じですね。
巷に広がる話の裏にそんな事実があるなんて何とも・・・

その事を被害者の2人はどう思っているんでしょう。
なんとなく苦笑いしているような気がしますね(^^;

二人の体の様子があらわになっていくところの展開が、
怖くて良かったです。