中編3
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狼と少女

少女は退屈をもて余していて、街を抜け出しては森へ来ていた。

街には少女が惹かれるものはなかったし、少女に惹かれるものもなかったから、それは丁度いい様子で、全てはうまいこと廻っていたのだ。

少女はいつも紅い服を来ていて、たしかにそれは紅いのだけれど、たまに黒く見えることもあったが、よく見るとやっぱり紅いので、そしてそれはいつものことだから誰も気にすることもなく、少女が森へ入っていくことを咎めるものはいなかった。

森には一匹の狼がいて、少女のことをいつも待っていた。いつもいつも同じ場所で、いつもいつでも待っていた。

少女は狼を見つけると、迷わず駆け寄り抱き締める。

ああ、今日もまた会ってしまった 。どうしてあなたはここにいるの?どうしてわたしはここにいるの?明日はきっと抱き締められない。だって明日はここにこないもの。

少女はもう何回も言った言葉を、さながら挨拶のように呟き、狼を解放する。腕には抜けた毛が絡むが、そんなことは気にしない。だって、気にする人はいないのだから。

そもそも人なんているのかしら?

少女は疑問に思ったようで、人を探して森をさ迷う。狼はついてこなかった。

街にはいかない。だって街には人はいない。それは知っている。

わたしは知らないことが多いけど、知ってることも少しはある。

あれ?それってなんだっけ。そうそう、街には人がいないってこと。

少女はそこまで考えて、ふと足を止めた。

人?

人ってなに?

わからない。わからないわからない。

わからないことはこわい。こわいこわい。

こわいよーと、少女は走った。走って走って、息が切れ、やっと止まって気付いたように、

わからないから探してるんだった!

と、大きな声を出した。

でも、わからないものをどうやって探すの?

少女に次の疑問が沸く。

わからない。わからない。わからないものがこわい。わかればこわくない。こわいのはいやだ。だったらわかればいい。わかるためにはどうしたらいい?

そうだ!中を見てみよう!

そうだそうだ!中を見て、調べてみよう!そしたらわかるかもしれない!

少女は踵を返し、もときた道をまた走る。

狼が怖くないのは中身を知ってるから!おかあさんがこわいのは中身をしらないから!

なーんだ!かんたん!

そうすればきっと人がなにかもきっとわかる!

これで人がなにかわかったら、次は自分も調べてみよう!

少女はご機嫌で街へ向かう。走って走って、しっかりとした足取りで。それもそのはず。少女は明確な目的を見つけたのだから。

街を目前にして、少女はぴたりととまり、くるりと振り向いた。

忘れてた!

少女のことをはまた叫び、走る。向かった先は、狼のところだった。狼は先刻と同じように、同じ場所にいた。

ねえ狼!お別れを言いに来たよ!わたしいいこと思い付いたの!これでもう狼に会わない日がくるよ!今までありがとう!狼のおかげ!狼のこと調べたときのこと、思い出したの!そしたらおかあさんや、街のひとも、同じようにしてみたらいいって気づいたの!もしかしたら、そしたら、人がなにかわかるかもしれない!

少女はそう、狼にそう言って、最後の抱擁を交わす。それはいつも通りの、一方的なものだったけれども、少女は満足した様子で、街へ向かった。

少女はもう、ここへはこない。

少女はもう、狼のところへは戻らない。

少女はもう、狼を調べた時点で、戻れない。

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ネタバレ注意

抽象的なメタファーに満ちた一編でした。
読み手の解釈次第で話の意味が変わる所も面白いです。
狼と少女というモチーフは、アンデルセンの昔から何かと暗喩的に使われますね。

考えさせらる話は大好きです。