長編7
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時を止めてみよう

これはきっと遺書という事になるのだろう

いきなりだがこの遺書には一つ問題がある

この紙とインクが

これを読む者が現われる頃まで

風化せずに保存されるかどうかだ

何せこの遺書はおそらくは悠久ともいえる時を渡りきらないと

読む者にまでたどり着けないだろうから

昔、小学生だった頃に流行っていた漫画で

敵のボスキャラが「時間を止める能力」を持っていて

どうしようもない無敵感の中

主人公も同種の能力を持っていることが判明し

結局、敵のボスキャラを倒し切るというものがあった

「時間を止める」という発想は

その当時にしては斬新かつ刺激的で

その漫画家の才能も伴って

非常に恰好よく表現されており

小学生だった俺は熱狂した

「時を止める」という事を想像し

それがどういうものであるか夢想するだけワクワクした

例えば宇宙というものを考えてみる

小学生ながら宇宙が膨張し続ける風船のようなもので

物凄く広大な空間であることは知っていた

「この時を止める」という能力を使った場合

その広大な全宇宙全ての時間の流れを止めることが出来るのだろうか?

また、漫画の中では「射程距離」という言葉使われていた

それは限られた時を止めることが出来る時間で

「攻撃できる範囲」の事を指しているのか

それとも時間を止めることが出来る

「空間の範囲」を指しているのか?

漫画の中では時間を止めることが出来る「空間の範囲」について

言及する様な描写はなにもなかった

もし仮にあった場合

その境目はどうなっているのだろう?

そこを境界線に時間が流れる世界と

時間が流れていない世界に分かれるのだろうか?

前者の世界から後者の世界に風が吹き込んだらどうなるのだろう?

何か矛盾が起きそうな気がする

であるなら「時間を止められる」空間については

むしろ全宇宙と考えた方がしっくり来るが

しかし、たかが一個人の力で全宇宙の時間の流れに影響を及ぼすなんて

流石にやり過ぎな気もするし

いくらボスキャラとはいえ

それまでに登場した他の敵キャラとのパワーバランスにも問題ありな気もする

なんてどうしようもない事を考えたりしたものだ

まぁそのような細かい事を考える性格が

それに向いていたかどうかは分らないが

その後、中学、高校と順調に人生の階段を上った俺は

大学への進路選択で理系の道を進むことになった

元々、理系教科は好きだったし得意でもあった

見事、第一志望の理系大学に進み晴れて大学生となった

【表紙の<公式>参照】

こんな公式を見たことがあるだろうか?

特殊相対性理論出てくる公式だ

大学に進み講義で受ける内容もどんどん高度になり

ニュートン力学を超え始めたころ

俺は小学生だった頃の俺に教えてやりたい

驚愕の内容を学んだ

cというのは定数で光速を表す

vというのは物体の進む速さ

Tはその物体を完全な静止点に居る観測者の体感時間

そして、T0は物体の中に居る観測者の体感時間

これが何を示すかというと

必ず物体は動くので右辺の分母は必ず1になる事はなく

従って右辺の分母は必ず1未満になる

つまり、T>T0という事になる

これを言葉にするとどうなるかというと

動いている物体に乗っている人は

その外に居る観測者に比べて時間の進みが遅いという事である

例えばとてつもなく速いバスがあるとして

一つ前の停留所から自分が居る停留所まで

約3秒で到着したとしよう

ところがそれはバスに乗っている人にとっては

1秒の出来事でしかない

という事もあり得るというものである

いわゆる「ウラシマ理論」って奴だ

乱暴に言えば運動する物体の速さによって

その物体内で流れる時間の速さが異なるという事である

ここに至ると時間に対して一つの概念が浮かんでくる

まず基本時間軸というものを定義する

全くの静止状態にあり「ウラシマ理論」の影響を受けない物体が

1秒間に進む時間の量を1秒とする基本時間軸を定義する

例えば先程の高速バスを待っている人(観測者A)

またそれに乗っている人(観測者B)

それぞれに0.2秒ごとに信号を発する機械を持たせたとする

これを基本時間軸上に表すと以下のようになる

【表紙の<グラフ1>参照】

ここで一つ想像してほしい

物体の速度をどんんどあげれば

それだけ図上の点の間隔が広がる

これはイメージしやすいと思う

この原理を利用したタイムマシーンは

いくつものSF小説などで登場する

では逆にこの点の幅をできるだけ

狭めるにはどうしたらいいのだろう?

【表紙の<公式>参照】

もう一度公式を見て欲しい

点が狭まるとはどういう事であろうか?

それはT>T0の不等号が逆向きになるという事である

という事はつまり右辺の分母が1より大きくなるという事であるが

これはあり得ない

何故なら「全ての数」は2乗するとプラスになるからである

したがって右辺の分母が1より大きくなる

という事はあり得ないということだ

ただし、いま言った「全ての数」には「虚数」を含めていない

当たり前といえば当たり前で

2乗するとマイナスになる数字なんてこの世には存在しないので

そもそも物理上は扱わない数字で

数学上を仮にその存在を認めているため「虚数」というわけである

少し、難解な説明が続いたが

俺が何を言いたいか分るだろうか?

例えば何らかの方法でこの虚数によって定義される空間

「虚数空間」いわゆる「ディラックの海」なるものなるものを定義し

その空間を実現させることが出来れば

この点の幅を狭めることが可能ではないかという事だ

【表紙の<グラフ2>参照】

観測者Cの様に観測者Aに対して1/3程度なら

大したことはないかもしれない

観測者Cは観測者Aより3倍程度、時間感覚が鋭敏という事になる

(いや、それでも十分大したものだとは思うが)

しかし、では観測者Dの様に1/1,000,000,000

ぐらいならどうだろう

つまり観測者Aが1秒と感じる時間を

観測者Dは1,000,000,000秒と感じるという事である

つまり観測者Aにとどまらず他の観測者にとっても

観測者Dは止まった時間の中を動ける

つまり「時間を止める」ことが出来るという事と

ほぼ変わらないのではないだろうか?

言葉の概念に惑わされていたが

「時を止める」のになにも全宇宙の時の流れに影響を与える必要などないのだ

むしろ、自分自身を時間軸上で止めればいいだけなのだ

俺はこれを「精神と時の部屋理論」と名付け

大学卒業後も院生となり研究をつづけた

問題は虚数空間をどう実現するかであるが

これについては研究ノートを残すのでそちらを参考にしてほしい

ここまでを正確に理解出来ているのなら

もう解るだろう

この研究室に作ったこのボックス(空間)は虚数空間で満たされている

しかもこのボックスを作動させると

虚数速度がほぼ上限なしに上昇する設計にしてある

虚数上は凄まじい速さに変化しているが実数上の変化は0なので

ボックスの物理的な位置は静止しているように見える

そして〇月〇日俺はボックスに入り込み

ボックスを作動させた

徐々に虚数速度が増す

始めは順調だった

ボックス内に入り込む外の光が薄くなる

ボックスの外の時間の流れと

中の時間の流れに差が出来はじめているのだ

ボックスの中からだと外の方が流れる時間が遅くなるので

外からの光量は少なくなり薄くなるのだ

せめてなぜこの時俺は自分の重大なミスに

気づくことが出来なかったのだろう?

段々と薄暗くなるボックス内

虚数速度がほぼ想定値に近づく

もうボックス内は外からの光を感じる事が出来ないぐらいで真っ暗である

事態が急変したのはその時である

「プシュー」という音と共に各計器が騒がしく警告音を立てはじめた

それらを一つづつ点検しているうちに

やがて虚数速度の上昇は止まった

想定では虚数速度はまだもう少し上がる予定である

緊急事態につき内部電源に切り替わり

ボックス内を赤いエマージエンシーライトが照らす

何か致命的なトラブルが発生したらしい

各計器の点検をした感じでは

原因は電源系の故障のように見えた

その瞬間、俺は自分の単純で、初歩的で、重大で、致命的なミスに気付いた

そう電源である

このように何か起こった時に対処するため

一応ボックス内にはバッテリーを用意し

いざという時は切り替わるようになっている

しかし通常このボックスは外部からの電源で動いているのだ

そう外部である!

このボックス内の時間軸に対する経過速度は

現在ほぼ想定した通りの値に近づいている

つまりは現在外の世界は「時が止まっている」のとほぼ同じだ

それに伴い外部からの電源供給は無に等しい

電力不足による装置の停止

もうボックス内の虚数速度を変化させることが出来ない

つまり、ボックス内のの時間軸の流れも戻すことが出来ない

故に電源が回復せずボックス内の虚数速度を変化させることが出来ない

原因が次の結果に帰結している、ニワトリと卵の関係だ

勿論ボックス内のバッテリーではそれを賄うことは出来ない

それどころか、このままではいずれそれも切れてしまい

内部の照明や空気の循環装置やらも停止してしまう

後はボックスの外からの助けだけが頼りだが

よくよく考えてみて欲しい

外の世界で、もし俺の助手が奇跡的な対処をし

ボックス内の虚数速度を

あり得ないほどの俊敏さで減速を開始させたとしよう

もしその間が10秒だったとしても

このボックス内ではその10秒は

一体、何万年に相当するのだろう?

俺は暗黒の宇宙空間に彷徨う宇宙飛行士のような気分になった

第一俺のこの研究に助手などいない

もう間もなく、内部バッテリーが切れる様だ

突然暗闇に包まれても自分自身を始末する準備を整えてから

この遺書を書き始めたので安心である

いつかこのボックスは明るみになるだろう

そして風化されたこのボックスからは

同じく風化されたこの手紙と

一人の男の遺体が見つかる事だろう

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読んで頂きありがとございます。
>奥さん
『パラサイト・イブ』の件についてまったくの賛成です。当時はミトコンドリアの存在に驚愕し、自分の体に異物が含まれているようで不気味に感じたものです。

>サワノクラクナリ
正にそれを狙ったつもりだったので、そういっていただけると嬉しいです。

>駒形さん
表紙の件。ありがとうございます、文章に描写力のない私ですので今後もこの使い方をするかもしれません

>修行者さん
ええ多分、その園長です。でも私にはそれを証明する手立てはありませんね。投稿し続ければその雰囲気からそれに信憑性帯びますかね?せめてそれぐらいの個性と力量があった投稿者だったと信じたいです。そしてでできれば、あのころの戦友に再会したいものです。もちろん、今は亡き某サイトに居たときのようなやんちゃする気はもうないです。てへ。

面白かったです。

園長さんって、あの園長さんですか?ひょっとして?

人間の恨みつらみではなく、心など存在しない科学が生む、しかもその科学は自分が仕掛けたものである、という無機質でサスペンス的な恐怖が良かったです。

ちょっとブラックなSF短篇集みたいでいいですね!
表紙の使い方全然問題無いと思います。

文系ですが、それなりに理解できましたw
大栗博司氏の『重力とは何か』を読んどいて良かったです;^_^A

バイオ系のホラーというと、瀬名秀明氏の『パラサイト・イブ』を思い出します。
あれは原作の方が良かった。映画版は…ちょっとねww

時間の止まった空間に閉じ込められるって絶望的な怖さですよね。
専門分野を駆使した小説は、話の流れをぶった斬って説明的になり過ぎないように、
噛み砕いて文を作らないといけないので、
ハードル高いですよね。
バイオホラー楽しみにしてます。

読んで頂きありがとございます。

Noinさん
好きなホラー作家さんが得意な分野でして
まぁ、猿真似にもなってないんですがやってみました

ほたてさん
生物系ですか、バイオテクノロジーを題材にした
ホラーもいつか書きたいんですよね

私は理系ですが、生物系なので専門外です(笑)
とっても面白かったです!!

結構分かりやすいと思います。
(文系なので詳しくは分かりませんが)

にしても、SFホラーとは。
またマニアックなとこを突きますね。