中編5
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ぬか床

私は今、冷たいねりねりとした中に手を突っ込んで、あるものを探している。

「あった。」

私はズルリとその物体を引っ張り出した。

数日前漬けておいたきゅうり。

これを、洗って切って、今日は冷たいお茶でお茶漬けを。

夏の日中、食欲は無かったが、食べないとバテてしまう。

若い頃は、漬物なんて、と思っていたが、年を取ると味覚が変わる。

漬物など、買ったこともなかったし、自分でぬか床を作って漬けるなど、考えたこともなかった。

去年ご近所付き合いで行った、お料理教室でぬか床の作り方を教えてもらって以来、私はぬか漬けに嵌った。

市販品は辛すぎたり、薄味だったりするのだけど、自分で漬けると、自分好みの味にできるのだ。

しかも、完全無添加の安全なものなので、安心して食べられる。

私はきゅうりを洗い、食べやすい大きさに切り、簡単な昼食を済ませた。

ぬか床は、ご近所のおばあちゃんから、年代物を分けてもらった。最初は年代物ということで警戒したのだが、これで漬けるぬか漬けは劇的に美味しかった。最初は強烈な匂いに感じたが、慣れてみると食欲をそそる匂いに変わった。去年、田舎に引っ越してきたので、ご近所で畑を作っているお宅が多く、山ほど野菜をいただいて、断るわけにも行かず、途方に暮れていたら、友人が「ぬか漬けにすればいいのに」とアドバイスをしてれたのだ。

さほど漬物が好きだというわけでもなかったが、背に腹は変えられず、いただいた野菜をぬか漬けにしてみたら、思いのほか美味しかったのだ。

なす、きゅうり、白菜、大根、パプリカなど、ありとあらゆるものをぬか漬けにした。

ぬか床に手を入れる時は、宝探しのようなドキドキ感があった。いろんなものを漬けていたので、さあ、今日はどれが当たるかな?とワクワクしたのだ。

次の日のお昼もお茶漬け。いい加減手抜きだなと自分でも思いながら、ぬか漬けは栄養もあるし、美容にもばっちりなんだから、と自分に言い訳をしてみる。

私はワクワクしながら、ねりねりと手でぬか床をまさぐる。あ、あった。私は、手に当たったものを引っ張り出した。

「!!!」

私は自分の手に握っているものが最初何かがわからなかったが、全容が露になって声にならない悲鳴を上げた。何これ!

私はその物体をぬか床に放り投げた。

「ゆ、指?なんで?」

私はあまりのおぞましさに、ガタガタと震えた。

誰がこんなことを。だいいち、これは誰の指なの?

成人のもののようでもあり、子供のもののようでもあった。

おそらく男性の物ではない。

嫌がらせ?

私は、怖いながらも、もう一度指で突いてみた。

人間の肌のような弾力。偽者かと思ったのだ。

セルロイドかなにか、そういう人形の指であって欲しかった。

その期待は見事に裏切られた。

私は怖くて、それを取り除くことができず、現実逃避するために蓋をした。

どうしよう、どうしよう、どうしよう。

誰がこんな酷いことを。

主人?ご近所さん?

だが、私には嫌がらせをされる心当たりが無い、

家族ともご近所さんともうまくいってる。

どこかで知らないうちに恨みをかった?

私はとりとめとなく考えたが、現実から目をそらすわけにはいかない。

なんとかしなくては。警察に通報しようか。

意を決して、私は再度、蓋を開けた。

すると、そこには人参のぬか漬けがぽつんと一つ転がっていた。

そんな・・・。先程見た、あれは、確かに指だった。

感触まで指先に残っているのだ。

私は、指先で先程ほじくりだした場所を探したが、きゅうりや人参しか出てこなかった。

見間違い?

そう言うには、明らかに生生しかった。

疲れてるんだ。

私は無理にそう自分に言い聞かせて、ソファーの上に寝転んだ。

寝転んだだけで、眼は冴えて、一向に眠れなかった。

私はまず、ぬか床をいただいたお隣さんを疑い、遊びに行くフリをしてお隣さんを訪ねた。

「あら、いらっしゃーい。どうぞ、あがってあがって。」

おばあちゃんが、笑顔で私を迎える。

ちょうど農作業を終えて、休憩をしているところだったので、家族全員がお茶の間でお茶を飲んでいるところだった。私は談笑しながらも、それぞれの指を確認した。誰一人指が欠損している様子も無い。お手洗いを借りるフリをして、裏庭もしげしげと観察したが、異臭がすることも、庭に何か異常なものが埋めてある様子もなかった。

やはり、あれは私の見間違いなんだ。お隣さんはとても良い人たちで、一ミリでも疑ったことを後悔した。

それから1週間後、私は安心してぬか床に手を入れて、かき回し野菜を取り出そうとした。

すると、手にぬるっとしたものが当たった。

丸?あれ?丸いものなんて、漬けたかしら?

丸いものを想像した。ジャガイモ?にしては小さい。

プチトマトは向かないだろうし。ラディッシュかな?

私は、そう思いながらも、その丸いものをぬか床から引き上げた。

「キャーーーー!」

私は手にしたもののあまりのグロテスクさに、叫び声をあげ、床に転がした。

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眼球!

引き抜かれたような、それはズルリと転がり、黒目がこちらを向いたのだ。

「もういやぁぁあぁぁああ!」

半狂乱で叫ぶ。

私は重いぬか床を容器ごと庭にぶちまけた。

ぬか床に漬けられた色とりどりの野菜が転がる。

泣きながら、一心不乱に穴を掘った。

そして、スコップでぬか床を全て穴に埋めた。

もうたくさん!

恐る恐る、眼球があるはずの床を見ると、やはり消えていた。

私は確信した。あのぬか床には何かが居る。

庭に埋めたことを後悔した。

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「おかあさん」

一瞬風に乗って女の子の声がした。

私の奥底に閉じ込めておいた記憶が蘇った。

ああ、そうだったんだ。

あなただったのね。

3年前、ノイローゼになった時、あなたを殺したんだった。

そうして、捜索願を出した。今も行方不明のはずのあなた。

「ごめんね、麻衣子、お母さん忘れてたわ。」

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