中編3
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息を吹き返した死体

母から聞いた話。

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その当時、松本さん(仮名)は某国立大学の警備員をしていた。

毎晩、広いキャンパスを定期的に巡回するのが、彼の仕事だった。

ある晩、だいぶ夜も更けた時分に彼が医学部の建物を見回っていたとき、

ある教室から明かりが漏れており、誰かが残っているような雰囲気がした。

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『こんな時分に居残りだろうか?』

不思議に思った彼は、そっと教室を覗いてみた。

そこには教授と数人の生徒達が、人体解剖をしていたのだった。

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彼はその教授に見覚えがあった。よく夜遅くまで残っている人だから、顔も名前も認識している。

教授と医学生達は黙々と、てきぱきとした手際で解剖を進めていた。

松本さんは、ちょっとした好奇心から見学させてもらうことにした。

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様々なルートから提供された献体は、当然のことながら生活反応はなく、青白い皮膚をしている。

心臓は動いていないから、切っても血が吹き出るようなことはない。

一団は献体の皮膚を切っては内部を観察し、ノートを取っていた。

松本さんはその光景を見て、それほど怖くは感じなかったらしい。

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10分か20分か経った頃だろうか。

今度は背中から切開するのだろう。ある医学生が、寝ている献体の背に手をあてて上体を起こした。

献体の青白い顔が松本さんの方を向く。

半開きの目が松本さんを見る。

そしてその瞬間、

shake

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その死体は息を吹き返し、呼吸をしたのだった。

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『ぎゃああああああああ』

松本さんは声にならない悲鳴をあげ、守衛室へ飛び戻った。

震える手でドアに鍵をかけ、部屋の隅に小さくなって震えることしかできなかった。

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彼は、今さっき見たことが信じられなかった。

あれは夢だったのだろうか。いや、彼の心臓の激しい鼓動は、これが現実であること告げていた。

彼らは本当に、この学校の教授と医学生達だったのだろうか。いや、そもそも生きた人間だったのだろうか。

そういえば、あの教授の名前が思い出せない。何度も話をしたことがあるように思っていたけれど、それすらも怪しくなってきている。

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ドアの向こう側に、この世のものではない者達がじっと待ち構えているような気がして、

松本さんは、小さな守衛室の隅で覚えている限りのお経を唱え、ひたすら朝が来るのを待った。

いつもならなんでもない夜の時間が、この時ばかりは永遠に感じた。。。

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『それでね、その警備員さんったら、悲鳴をあげて飛んでっちゃったのよ~』

そのときに医学生として解剖実習に参加していた母は、ケラケラと笑いながら話していた。

事のありようは、献体の上体を起こした際に、肺に入っていた空気が漏れて呼吸をしているように見えただけらしい。

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医学関係者の間では常識の範疇に入る現象らしいのだが、

初めてソレに遭遇した松本さんの恐怖を想像すると、私は同情を感じずにはいられない。

私だったら、大も小も漏らしていたに違いないだろうから。

(了)

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mamiさん

コメント&怖い、有難うございます。私も話を聞いたときには、そりゃそうだよな、と思いました。。

私も松本さんに同情します。