親指探し。【姉さんシリーズ】

長編12
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親指探し。【姉さんシリーズ】

人間を大きく二種類に分けるとすると、次のように分けられる。まず一つ目のタイプ。これは常識人と呼ばれる人間だ。社会のルールに徹底的に伽藍締めにされ、自分の意志を殺し続け、悪魔のような獰猛な素顔を出来損ないみたいな天使の仮面で覆い隠し、もがき苦しみながらも社会という人間界の摂理を生きる哀れな人種。

そしてもう一つのタイプ。これ、は常識人ならぬ非常識人というやつだ。自分自身がルールであり、日本国憲法は守らないが、自分が定めた法律には従う。例え自分が不利な立場に立たされようと、窮地に追い込まれようと、決して曲げない。頑ななまでに自分が定めた法律には忠実だ。彼等には彼等なりの正義があり、悪がある。道徳があり、倫理がある。アイデンティティが存在するーーーそれは常識人と呼ばれる人間とはかち合わないものなのだけれど。

そしてどちらが正しいだとか、どちらが間違っているだとか、そんなつまらない水掛け論をするつもりもないのだ。人は結局、自分の価値観でしか善悪を決められないのだから。自分の物差しでしか物事を量れないのだから。

どちらかといえば悪い意味で、人間は悪に屈しない。およそどんな行動を起こす時でも、人は自分の中の正義の元、動くのだ。

正義の敵は悪ではなく。

他者の正義なのだ。

◎◎◎

「ねー、ねー、欧ちゃん。欧ちゃんったら。何をそんなに不機嫌そうにプンスカ怒ってるのよぅ。エンストでも起こしたの?」

「そうだな。どーせ俺はポンコツだからな。年から年中エンストですよーだ」

「年から年中だなんてそんなことないって。中間テストと期末テストの期間だけじゃないの。うふふ、全く大袈裟なんだから」

「……流石、学年五位の言うことは上からだよな」

鼻につくよ。

俺は隣りを歩くクラスメートの女子ーーー日野祥子を恨めしげに横目で見る。猫のような顔つきに気さくで人懐っこい性格。チョコレート類に目がないことと、本名の祥子をもじってショコラと呼ばれている。男女共に人気があり、クラスの中心人物なのだ。

のんびりしているように見えて、実は成績優秀で品行方正だ。教師陣からの受けも良く、事実この間の中間テストでも学生五位というレベル。下から数えたほうが早いという情けない順位の俺からすれば、羨ましいを通り越して恨めしい。うらましやうらめしや。

今日、返されたテストも酷いものだった。赤点だらけである。両親はあまり勉強に口五月蠅いほうではないがーーーむしろ俺の実力のなさを熟知しているので、諦めているのだがーーー「行ける高校に行ってくれればいいよ」と、寂しそうに言われるくらいなのだがーーー

「姉さんがなぁ……」

俺には玖埜霧御影という姉が一人いるのだが。この人がまあ、厳しいというかおっかない人で。普段はめちゃくちゃ俺に甘い癖して、怒る時はすげぇ怖い。冗談抜きでチェーンソーとか持ち出してくる。

特に勉強の方面ともなればマジで怒られている。両親があまり言わない分、姉さんが怒る。テストの点が悪かったり、宿題をサボっていると容赦なく平手打ちが飛んでくるし。

本当のことを言うと、今日は家に帰りたくないのだ。だって数学のテストとかエラい点数だもん。例外なくはっ倒される。

はーあと長く重たい溜め息を一つつく。するとショコラが優しげな笑みを浮かべ、温かな声音で言った。

「お姉様にテスト結果をバラされたくなかったら、ショコラちゃんの頼み事を聞いてくれるかしら?」

「こういう時は慰めるもんなんじゃないのかよ!」

脅迫じゃんか。優しげな笑顔浮かべて人を脅すなよ。

「んっふっふっふ。実はある筋からお姉様の携帯番号を手に入れたの。これがあれば鬼に金棒、ショコラにショコラティエね」

「うまいこと言えてないぞ」

とある筋って何だよ。姉さんは家族以外の誰かに自分の個人情報を漏らすことを良しとしない人だから、自分から教える筈はないんだけど……。

「なあ、ショコラ。とある筋って……」

「親指探しって知ってる?」

俺からの質問を強引に打ち切るように、ショコラは食い気味にそう切り出した。俺が首を傾げると、ショコラは満足そうにニンマリと笑った。

「一種の心霊ゲームよ。ひとりかくれんぼほどメジャーではないし、トビオリさんほど無名なわけでもない。密かなブームになりつつあるゲームなんだけどさ」

親指探し。それは心霊ゲームの一つであり、近年ネットなどで流行り始めたものであるーーーらしい。

舞台はとある山荘。そこに宿泊していた一人の若い女性が不可解な死を遂げた。何者かが山荘に侵入し、女性を刺殺。その後、遺体は細かく切り刻まれ、放置されたという。

バラバラになった遺体は丁寧に集められたが、左手の親指だけが見つからなかった。どこを探してもなかったのだとか。

「そんな背景を元にしたゲームなの。やり方は簡単。ちいとばかり発想力も必要になるんだけどね」

まず、四~五人の人間が集まり、輪になる。それぞれが隣にいる人間の左手の親指を握り、目を瞑る。そして自分が山荘で無惨にも殺されてしまった女性だという設定を持つ。

そして次に山荘を思い浮かべ、なくなった左手の親指を探す。リビングやトイレ、浴室、寝室……至る場所を隅々まで探し、もし左手の親指が見つかれば幸せになれる。しかし、見つからなかった場合は不幸になる。

「本来なら、四人くらいで執り行うのが理想的なんだけど。今日は私と欧ちゃんだけでいいよね。場所は……ここ」

そう言ってショコラが見上げた先には、一件の廃墟。何年か前までは、恐らく人が住んでいたのだろうが、今はもう人が住めるような環境ではないことは、一目見れば分かる。

これといった取り柄のない、普通の一軒家。だが、外壁はみすぼらしく朽ちているし、庭も草木がぼうぼうで、鴉が我が物顔で歩いていたりする。窓硝子はあちこち割れているし、お化け屋敷みたいな外観を持つ怪しげな家だ。

そんな悪環境であるにも関わらず、ショコラは「雰囲気あるよねー」とか呑気なことを言いながら、スタスタと先陣を切る。俺は慌ててあとを追った。

「おい……。これ、不法侵入じゃないのか?」

「大丈夫だって。私達、未成年だもの。例え見つかったって情状酌量の余地はあるよ」

「そういうことを言うから、今時の中学生は怖いだとか何を考えてるのか分からないって言われるんだぞ。浮浪者とかが住み着いてる場合もあるし、危険極まりない。止めとこうぜ」

「平気だって。護身用のスタンガン、いつも持ち歩いてるから」

「今日びの女子中学生が何だってそんな武器持ってんだよ」

護身用のスタンガンって。お前はスパイにでも追われてんのか。某国の国家機密を知ってしまった諜報員かよ。

「んなわけないでしょ。単なる痴漢撃退法だよー」

「痴漢風情にスタンガンって……乱暴過ぎやしないか?」

「痴漢風情って言うけどね。女の子にしてみたら、痴漢に遭うことは天変地異に遭うのと同じくらい衝撃的なことなんだよ。心と体に深い傷を負うし、中には男性恐怖症や人間不信に陥る子だっているんだからね。欧ちゃんは男の子だから分かんないんだろーけど、か弱き乙女は日々苦労してるの」

人差し指をピンと立て、言い聞かせるような口振りでショコラは言った。その話を聞いているうちに、俺はついつい廃墟と化した古い家の中に足を踏み入れてしまっていた。

普通、家に上がる時は靴を脱ぐことが原則であるが……意に背くことになるが、俺達は土足で上がり込んだ。というのも、目に見えて埃が積もって汚いし、硝子の破片も散らばっている。その状況で靴を脱ぐのは莫迦者だけだ。

薄暗い廊下を進み、リビングへ入る。これまた雑然としたリビングで、床は汚い。家具類は殆どなく、小さな書架が部屋の隅にあるだけだ。

「うへえー」

潔癖症というわけではないが、これは酷い。埃が舞ってて、喉が痛い。肩にへばりついた蜘蛛の巣を払っていると、ショコラは鞄からビニールシートを取り出し、手際良く床に敷いた。俺達はそこにちょこんと腰を下ろす。

「何かロマンティックだよねー。誰もいない空間にうら若き男女か二人きりってさ」

「廃墟と化した民家でロマンティックなわけないだろ。ええい、どさくさに紛れてどこ触ってるんだ!」

「どこって……そんなこと、女の口から言わせないでよ。えっち」

「言うのもはばかれるような部位を平気で触るお前のほうがえっちだよ」

やれやれ。こんな場所で、つまらないミニコントしている時点でロマンもティックもない。カップルの中には、とんでもない場所で欲情するとも聞いたことがあるが……正直、萎える。ここ、薄暗いし。汚いし。埃っぽいし。

「さてと。グズグズしてても仕方ないし、さっさとやることして、とっとと帰りましょう。私、欧ちゃんほど人生を無駄に生きてないしね」

「会話の端々に悪意を練り込むな」

「おらおら。出すモン出せよ」

ヤンキーみたいな口調でショコラは人差し指をクイクイと動かす。カツアゲしようとしているわけではなく、左手の親指を出せということらしい。

「貸すことは吝かではないが、ちゃんと返せよ」

「私は借りたものは返さない主義なんだよね。従って図書館で借りた本は返さない。で、古本屋に売るの」

「お前のことを品行方正だと信じて疑わない教師陣に謝れ」

どうしてこんな奴が学年五位なんだろう。学力と性格は関係ないかもしれないが、それにしたってこのギャップはどうだ。

俺は改めてショコラを見た。ショコラもまた、細い目を更に細めて俺を見ている。こうして近くでまじまじ見ると、こいつって無害なように見えて、実は目に見えない有毒ガスみたいだよな。

ショコラがきゅっと俺の左手の親指を掴む。そして黙って自らの左手を差し出した。俺もまた、ショコラの細っこい親指を軽く握る。

「嗚呼、そうだ。最初に言っておくけど、ゲームの途中では……えーと。あれっ、何だったっけ。欧ちゃん知らない?」

「親指探しというゲームのタイトルすら知らなかった俺が何を知っているって言うんだ。知らないよ」

「えーと。何だっけかなー、確かゲームを執り行う上での注意点があったような気がするんだけれど……忘れた。思い出せない。まあいっか」

「適当だなぁ。何だよ、重要なことか?」

「ううん、そんなに重要じゃないことだよ。だって私が忘れちゃうくらいだもん。さ、それより目を瞑って」

言われるがまま目を瞑る。当然ながら視界はシャットダウンされ、真っ暗だ。

「自分が山荘でバラバラになって殺された女性になったと連想して。あなたは自分が殺された山荘を一人さまよっています……」

連想と言われても、細部に至るまでは無理だ。俺はそこまで発想力や想像力が豊かなほうではない。だから何となく、こんな感じかなあといったような、もやもやとした連想しか出来ない。

「あなたはなくなった左手の親指を探して、山荘中を探し回ります……。あなたの指はどこにあるでしょうか……。さあ、探して……」

ショコラの声がする。とにかく探せばいいらしい。俺は自分が山荘の前に立っているというイメージを思い浮かべ、玄関から中に入った。

山荘なる場所に行ったことがないので、ここからは完全に想像だ。想像力は乏しいが、仕方がない。本やテレビで見た山荘のイメージを思い出しながらやってみるしかない。

玄関は狭かった。靴箱の中など見るが、ここにはなさそうだ。というより、仮にもなくした小指が玄関先で見つかるというのもシェールだし、嫌だ。呆気ないというか味気がない。

玄関を入って左手には浴室とトイレがある。まずは浴室へと入った。白いバスタブの中や洗面器の中など見るが、ここにもない。トイレもざっと見渡したが、トイレにはあってほしくはないという個人的観念からか見つからなかった。

次にリビングを覗いた。山荘のリビングといっても、特別な家具類はないだろう。一応、革張りのソファーとテーブル、観葉植物に固定電話、ダイニングキッチンなどを連想した。

リビング内にもなさそうだ……というより、一度探しても見つからなかった親指が、分かりやすいリビング内にあるとも思えない。もしやと思い、観葉植物の植木鉢を掘り返してみたが、ここも空振りだった。

それからダイニングキッチンへ。食器棚や流しの下など見てみるが、やはりない。冷蔵庫の中も見てみたが、見当たらない。

左手の親指なんて小さいものかもしれないが、しかし、探してみても見つからないだなんてそんなことあるだろうか。ドライアイスじゃあるまいし、時間が経つと気化してしまうわけでもないし。

じゃあ、果たしてどこへーーー。

ドサッ……

「!?」

後ろでした物音に、ドキリとして振り向く。これは全て俺の連想した偽りの世界であるにも関わらず、物音は想定外だ。

こわごわと振り向いた視線の先にはーーー一冊の本が落ちていた。どうやら書架から落ちたらしい。

そっと拾い上げ、表紙を見る。そこには「異常殺人者の心理」というタイトルが記載されてあった。

「異常殺人者の心理……?」

そんな本のこと、想定してないぞ。わけが分からないが、とりあえずパラパラと頁を捲る。すると、特に意識した覚えもないのに、やたらと目を引いた文章があった。

”異常殺人者の中には、自分が殺した人間の一部に欲情するという心理を持つ者がいる。それは例えば足だったり乳房だったり性器だったりと様々だ”

”それら体の一部は殺人者からすれば、喉から手が出るほどに欲しいものなのだ。それらは自分が成し遂げた殺人という崇高な儀式を証明するものであり、神聖なものである”

”異常殺人者の中には、遺体を殊更バラバラに切り刻み、自分が欲する一部分だけを大切に持ち帰り、秘蔵するという人間もいるようだ”

「……………」

本を持ったまま、立ち尽くす。何だか今のこの状態をまま表しているようで、気味悪い。

と。ふいに肩をトントンと叩かれた。連想の中でではない、ハッキリとした現実世界でだ。人の血が通った温かい感触を感じる。

「欧ちゃん……欧ちゃん……。ちょっと大丈夫?」

ショコラの声だ。心配して声を掛けてくれたのだろうか。確かに随分と長いこと連想していた気がする。

「あ、嗚呼……、ごめんな。大丈夫だよ」

そう言って目を開けようとした瞬間。

「開けるな」

耳元で囁かれた。左手の親指にピリリとした痛みを感じるのと同時だった。

「いつっ…、」

神経を引き千切られているような痛みだ。思わず呻いて、体を「く」の字に折り曲げる。すると、やはり耳元で「目を開けるな」と再び声がした。

「リン、ビョウ、トウ、シャ、カイ、チン、レツ、ザイ、ゼン」

ぴしゃっと顔に冷たい液体が掛かる。その途端、親指の痛みは嘘みたいに消えて楽になった。

「目、開けていいよ」

長い時間、目を瞑っていたため、視界が若干ブレ気味だ。それでも何度か瞬きしているうちに、ようやく慣れてきた。目の前には見慣れた顔が一つ。一升瓶を持った姉さんがいた。

「ね、姉さん……」

「お前の顔にぶっかけたのは、一度私の口の中に含んだ御神酒だよ。清めや祓いの効果がある。結界を張る時にも使われる由緒正しき御神酒だ」

なるほど、確かに。ペロリと舌先で舐めてみれば、喉の奥がカッと熱くなる。苦いような、それでいて甘いような、変な味がした。

姉さんは酒豪の人がするみたいに、一升瓶を喇叭飲みした。俺が驚いて目を丸くしていると、またしてもぴしゃっと御神酒をぶっかけられた。

「冷たーい!寒ーい!お酒臭ーい!」

「莫迦、我慢しろ。それからな、今日の風呂にはこの残りの御神酒を全部入れるから。それから肩には粗塩を盛るからな。浴槽に入る前に、冷水で体を清めてから入れよ」

「な、何でぇ?」

姉さんは黙って俺の左手を掴んだ。見ると、親指だけ紫色に変色してしまっている。姉さんに触れられているのに、親指にだけ感覚がなかった。

「知ってるか?親指探しの時は、やっている最中に肩を叩かれても反応しちゃいけないんだぜ」

持っていかれるからな。

姉さんは低い声で呟いた。俺はゴクリと固唾を飲んで左手の親指を見つめた。

「普段の親指に戻るまで、およそ一カ月か……いや、それ以上に掛かるかもな。その間は毎日、御神酒入りの風呂に浸かれよ」

姉さんは御神酒塗れの俺の顔を両手で掴んだ。化粧水をバッティングするみたいに、パチパチと頬を叩き、御神酒を肌に浸透させていく。

そして瞳孔をギッと開くと、キスでもすんのかって距離まで顔を近づけてくる。いや、実際キスされた。べろ噛まれた。痛い!

「痛い痛い痛い痛い!止めて、噛み千切らないで!」

バ

姉さんは小さく舌打ちすると、「お仕置きだ、莫迦」と呟いた。

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御影さぁぁん どこいってたのぉぉ おまめさん待っていました。ショコラ…手強そうですね(-"-)

そろそろショコラさんが、愛する弟に危険を齎す存在として姉さんに処分されてしまいそうですね。
というか、今まで良くあの姉さんが放置してたなぁ。

日野祥子こと、ショコラさん・・・
彼女は何がしたいのか・・・思い返してみると
碌でもない事しかしていないような気が・・・
それに御影お姉様が現れた瞬間に消えているような気が・・・
欧ちゃん・・・彼女との関係を切った方が今後の為に宜しいかと思います・・・ね。
無理でしょうけどね(^^;y

>おしおきのちゅーお願い致します
ついでにこっちもよろ~です(をい)

ね、姉さん僕にもおしおきのちゅーお願い致します(;´Д`)ハァハァ

トラブルメーカーのショコラは、何処に消えたんでしょう?