長編8
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偶然

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ホント、夫には辟易します。

結婚前はスポーツマンでスリムで、

とても気前が良くて

全てにおいて完璧な人だから結婚したんです。

それが全て、私を射止めるためのお芝居だったなんて。

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確かにスポーツマンだったのですが、

結婚して初めて

夫は無精者だとわかったのです。

家に帰っても、食べてはすぐ横になり、

三歩歩けば届くものすら

私に取らせる。おかげで今じゃソファーの上のトドですよ。

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しかも、極度のケチ。

いちいち、何に使ったか、1日のお金の流れを常に私に

報告させるのです。

でも、今は専業主婦で養ってもらっている身分なので

何も言えません。

夫は理想とは真逆の男だったのです。

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しかも一番許せないのは、もう愛情は無いので夫婦の営みなんて

全くしたくないので、寝たふりをしたり拒否したりするにも関わらず

人の気持ちなどお構い無しに求めてきて、無理やりすることです。

まるで犯されているような気分になり、反吐が出そうになる。

せめて目を硬く瞑り、行為が終わるのをひたすら待つのです。

苦痛でしかありません。

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私は、ここまでブログに書き連ね、ため息をついた。

今の私は、ここに思いを書くことでしか、憂さ晴らしができなかった。

服を自由に買えるでもなく、唯一自由に使えるアイテムが、インターネットだった。

私はここまで書いて気が重くなってしまったので、その日はそのまま投稿した。

あくる日、家事を終え、お楽しみのインターネットタイム。

すぐにブログチェックするのが習慣だ。

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「あ、コメントが来てる。」

(ほんと、お辛いでしょうね。お察しいたします。

しかし、本人の気持ちも確かめず、無理やりにとか酷い。

愛情が無いそれは苦痛でしかありませんよね。

私も、たまに帰ってくる夫との営みが苦痛になっています。  ヒトミ)

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ヒトミさんかあ。同じ主婦さんだな。

こうやって共感してもらえるって、すごく嬉しい。

お返事しなくちゃ。

(返信

そうなんです。だから、夫が長期出張の時とか、すごく嬉しいんですよ。  あさこ   )

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そのあくる日も家事を終え、ブログをチェックした。

コメントは無かった。私はがっかりした。

まあ、始終インターネットしてるのなんて私くらいのものか。

自虐的な笑いが出た。

メールを整理しようと、受信箱を見ると新着メールが入っていた。

差出人 「ヒトミ」

え!あのヒトミさんからメール?

私は急いで開けてみた。

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「突然のメールすみません。

ブログにアドレスがあったので、勝手にメールさせていただきました。

実は私も、夫との営みが苦痛と書きましたが、私の場合ちょっとあさこさんとは事情が違っています。

私の夫は新婚早々、すぐに単身赴任、実質私は一人暮らしのようなものです。

夫のことは愛していましたので、私はとても寂しい思いをしました。

私は寂しすぎて、過ちを犯してしまいました。

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インターネットのSNSを通じて交流のあった男性と関係を持ってしまったのです。

彼は独身で、私のことをとても愛してくれています。

もしも、ヒトミが旦那とダメになったら、いくらでも俺が受け入れるよと言ってくれています。私はどんどん、その彼と深みにはまってしまい、

もう彼の体でないと、受け付けないようになってしまったのです。   ヒトミ    」

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ちょっと待って、いきなりかなり重い内容。

引くけど、ちょっと興味あるかも。

「Re;

そうだったんですか。でも、もう愛してないのなら仕方ないですよね。男って何でそれがわからないんでしょうね。ほんと鈍感。私も本当は共働きで働きたかったのに、子供ができたらすぐに辞めなければならなくなるから、とかなんとか言われて、結局、自分の稼いでた給料より安い給料の夫に養われているなんて、なかなかの屈辱ですよ。

今すぐにでも離婚したいし、主人には消えて欲しいです。  あさこ 」  

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こんなこと誰にも言えない。

顔が見えないと、こんなにも自分の気持ちを素直に言えるのだ。

私はすっきりした気分でベッドに潜り込んだ。

すると、玄関で音がした。

私は凍りついた。夫が帰ってきたのだ。

「おーい、もう寝ちゃったのかあ?ぼくちゃんさみちいよぉ。」

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おぞましい。酔っ払っている。

夫の手がベッドに忍び込んできた。

「もう、眠いから、堪忍して。」

私は泣きそうになった。私は抵抗した。

でも夫はやめてくれなかった。

私はそのまま夫のされるがままになってしまった。

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私は最後は本当に泣いていた。

もう我慢できない。許さない。

あくる日、メールをチェックすると、またヒトミさんから返事が来ていた。

「Re;Re;

それじゃあ、消してしまいましょうか?   ヒトミ」

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それだけしか書いてなかった。

私はさすがに、ぞっとした。

これは、関わってはならない人に関わってしまったのだろうか。

でも、もし、夫が居なくなって、人生をやり直すことができたら?

そう考えると心がすごく安らいだ。

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でも、殺人はダメだ。

私は意を決して、その夜、夫に初めて離婚の話を持ち出した。

夫は烈火のごとく怒った。

自分のどこがいけないのか。浮気もしていないし、経済的にも困らせてはいない。お金に細かく言うのも、いずれは賃貸を出て家を建てたいからだと言う。わかってはいるのだ。

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でも、もう生理的に受け付けない。

その言葉を口にしたとたん、私はビンタをされた。

夫が怒りに震えている。

「他に好きな男でもできたのか!この尻軽女が!

こうなったら意地でも離婚してやらないからな!」

そう言い放ち、ベランダに出て、タバコを吸い始めた。

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初めて男の人から暴力を受けた。

圧倒的な力に私は驚いた。

口の中を生ぬるい鉄の味が満たす。

痛みはその後、しばらくして感じた。

殴られた直後はあまりのショックで感じなかったのだ。

もう限界。お終いだ。

私は一生、このトドのような下衆な男に

飼われなければならないのか。

怒りが沸々と沸いてきた。

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その日からずっと夫とどうやったら離婚できるかを考えていた。

預金は全て、夫の金庫に管理してあり、自分名義の預金などなかった。

弁護士を雇って裁判したところで、勝てる気がしない。

夫にはこの前暴力を振るわれたこと以外、何も非はないのだから。

無理やり営みを迫ってきたことを理由にすれば?

ダメだ。本当に嫌なら、我慢せずに拒否すればよかったのだ。

これは合意の上ということになる。

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私は八方塞になり、頭を抱えた。

「それじゃあ、消してしまいましょうか?」

ヒトミさんのあの言葉が頭をよぎった。

そうだ、あれから返事をしていなかった。

私は、パソコンに向かった。

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「Re:Re;Re

一度お会いしませんか?

私は〇〇県、〇〇市在住です。

              あさこ」

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準備は整った。

食事が終わると、夫は必ず、ベランダでタバコを吸うはずだ。

自分では何もしないくせに、妙に潔癖症で、部屋にタバコの臭いがつくことを嫌っての行動だ。

決して私に気を使っているわけではない。

夫が食事を終えると私はすぐに、携帯でメールを送った。

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「今、食べ終わりました。」

あらかじめ用意していた文章を、送信ボタンで送った。

私は、ベランダに出てタバコに火をつけ、ベランダの手すりに寄りかかる夫の姿を凝視していた。

前々から、このベランダの手すりは低いから、危ないと思っていたのだ。

背の高い夫ならお腹のあたりまでしかない。

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夫はタバコの灰を、下に落とす癖があった。

自分の家が汚れるのを防いでいるのだ。

身を乗り出して、タバコを吸う癖があった。

そして、吸い終わった吸殻は下に投げ捨てるのだ。

本当に、自分のことしか考えていない、最低の男だ。

夫が身を乗り出したとたん、ベランダから夫の姿は消えた。

上から落ちてきた、男と共に。

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私は夫の居なくなったベランダにそっと出た。

下のコンクリートに二人の血まみれの男性が倒れている。

頭の辺りからおびただしい血が流れている。

ここは11階、たぶんもう命は無いだろう。

私はベランダからふと上を見上げた。

ヒトミさんが微笑んでいた。

私は、冷静な手で、確実に119番をダイヤルした。

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夫も一緒に落ちた男も即死だった。

私は、夫に先立たれた哀れな未亡人の役を完璧にこなしたのだ。

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*********

「ホント、偶然って怖いわね。まさか、あさこさんがうちのすぐ下に住んでいたなんて。」

私は今、自宅のすぐ上の階のヒトミさんの部屋で紅茶を飲んでいる。

「ほんと、そうですね。まさか、ブログにコメントをくれた人が、すぐ上に住んでいたなんて。住所を聞いた時はびっくりしましたよ。」

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あの日、ヒトミさんのご主人は単身赴任から帰ってくる予定だった。

ヒトミさんのご主人は晩酌をする習慣があり、その日のお酒の中に密かに睡眠薬を混ぜた。

ダイニングのキャスター付きの椅子の上で眠り込んでしまったご主人を、

そのまま椅子ごとベランダまで突いて行き、ベランダをデッキ風に改造していたため段差がなく、女性の力でも楽にベランダの手すりまで運ぶことができたのだ。

あとは、私の合図と共に、ご主人を手すりに持たせかけ、落とすだけだ。

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これは偶然が重なった、不幸な事故。

たまたま、酔いを醒ますためにベランダに出たご主人が誤って転落した。

ヒトミさんは、そう説明したのだ。

そして、たまたま、その階下の人間が身を乗り出して、タバコを吸っていて巻き添えを食ってしまった。

おかげで私は世間から大いに同情を受けた。

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私たちは偶然の事故に巻き込まれ、残された哀れな未亡人なのだ。

「ところで、ヒトミさんは、あの彼と一緒になるんですか?さすがに、ご主人が死んですぐに再婚するのもなんですよね。」

ヒトミさんの目が一瞬ガラス玉みたいになった。

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「ああ、あの人。主人が死んだって伝えたとたんに、音信不通になっちゃったわ。住所もいつもホテルでしか会ったことがないから。知らないの。携帯も着信拒否されてるみたい。」

私はまずいことを聞いてしまったのだ。

「そ、そうだったんですか・・・・。」

ヒトミさんは、目を伏せて、紅茶をすすった。

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「ねえ、あさこさん。私たちって何か強い縁があるのだと思わない?

偶然インターネットで知り合った人が偶然同じマンションの上と下に住んでいたなんて。すごいと思うでしょ?どうだろう、いっそのこと、一緒に住まない?

女手一つで、ここの家賃を維持するのもなんでしょ?女も30過ぎるとなかなか職は無いわよ。

私たち、運命共同体みたいなものじゃない?同じ秘密を有するもの同士、仲良くしましょ。」

ヒトミさんの微笑みは、氷のように冷たかった。

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