中編7
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母親

娘が死んだ。自殺だった。

私のたった一人の可愛い娘。自慢の娘。

誰よりも何よりも愛していた。

だけど、娘は学校でイジメを受けて、耐えきれずに死を選んだ。

何度も学校に相談したけど、学校は役立たずだった。

首謀者である3人の女生徒たちは、親がみな地元の名士らしく、

学校も日和見を決め込んで、娘を見捨てたのだ。

学校の対応にも腹が立つけど、何より私はこの3人を許さない。

絶対に、絶対に許さない。

復讐してやる。

あの子たちのこれからの人生、暗い影となって一生つきまとってやる。

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        *****

私は毎日、彼女らの後ろをつけ回した。私の顔は知っているはず。

自殺に追い込んだ子の親が、恨みがましい目でいつも付きまとってきたら、どんな気持ちがするかしら。

最初は私の事が分からなかったみたい。

だけど、いつも3人の外出時には尾行してやって、物陰からじっと睨みつけていたら、

その内、一人が気付いて、3人とも私を認めるに至った。

ふふふ、怯えてる、怯えてる。

いい気味。自殺した子の親がストーカーしてくるんですもの。不気味でしょうね。

逃げたって無駄よ。どこに逃げても私にはすぐに分かる。

3人が別々の道に別れると、毎日一人ずつ、尾行してやった。

先回りして玄関の植え込みの陰からじっと睨んでやったり、夜は窓の外に立って驚かせてやった。

家人に見咎められた事は一度もない。子供だけを上手く怖がらせて、さっと姿を消す。

あの子たちの怯える顔を見ると、少しは気が晴れる。

ささやかな復讐だけど、私にはこれが精一杯。

本当は殺してやりたいほど憎いけど、さすがにそれは実行が難しい。

捕まって犯罪者になるのはごめんだわ。あの子たちこそ犯罪者よね。

直接は手を下さずに、あの子たちを追い詰めてやる。

あの子たちがノイローゼになるまで付きまとって、自滅するのを笑って見てやるわ。

このぐらいでも生易しいものだ。

私の可愛い娘は、苦しみ抜いて、自ら死んだのだ。あの子らのせいで。

ああ、何故あの時、気付いてやれなかったのだろう。

何故あの時、助けてやれなかったのだろう。

自責の念がずっとこびりついている。

学校もあの子らも憎いけど、一番憎いのは本当は自分。

だから余計に苦しい。

だからこんな虚しい復讐にしがみついている。

私はもう狂ってしまっているのかもしれない。

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        *****

今日も私はあの子たちの後を付ける。

時おり姿を隠して安心させたら、先回りした物陰からいきなり姿を現して無言で睨む。

彼女らは一度も私に話しかけてこない。

私の姿を見ると、ただ怯えて、黙って、見ないフリをしてやり過ごすだけ。

少しは罪悪感でも感じてるのかしら。

だけど謝る気はないのね。

ふん、あの怯えようったら。被害者面が腹立たしいわ。

あの子らも、親や周囲に言いつけたらしいけど、どうも誰も本気にしないみたい。

そりゃあそうよね。だって私はイイ年の大人だもの。まさか、そんな真似をするなんて信じないでしょう。

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        *****

昨日はトイレの上から覗き込んでやった。

じっと、黙ったまま、睨みつけてやった。

悲鳴を上げて逃げていく。大袈裟だこと。

他人の事は平気で踏みにじるくせに、自分の事だと大騒ぎするのね。

今日はロッカーの陰から。無言で、恨みを込めた目で。

明日はベッドの下にでも潜んでいてやろうかしら。

あははははは。あの怖がりようったら。いい気味。

夜も昼も関係なく、私は彼女らの周りに出没してやった。

出来るだけ恨みがましい顔をして、無言であの子たちを睨みつけてやる。

私の姿を見つけると悲鳴を上げて半泣きになって、周囲の人間たちに訴えている。

だけど私はその前にさっと姿を隠すから、あの子たち以外、誰にも見られた事はない。

だから、あの子たちの言い分を信じる者はいない。

もっと苦しめ。もっと怖がれ。

娘の哀しみを、私の苦しさを、思い知れ。

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        *****

だけど、いつまでもこのパターンじゃ私の心が晴れなくなってきた。

そろそろ、はっきりと決着をつけないと。

私は彼女らを学校に呼び出した。学校に来なさい、と。

今まで散々怖がらせてやったから、私には逆らえないみたい。

彼女らは揃ってふらふらと教室に入ってきた。

娘が手首を切った教室で、報いを受けさせる。

たとえ、あの子たちを死なせる結果になろうとも構わない。

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        *****

「私の娘を返して」

「お前たちこそ死ねばよかったのよ」

「呪ってやる」

「恨んでやる」

「許さない」

私は思いつく限りの恨みの言葉を吐きながら、怒りを目一杯ぶつけた。

一言でも謝ってくれたら。

娘のために泣いて、悔いてくれれば。

だけど、彼女らはただ教室の隅に身を寄せ合って、自分のために泣いているだけだ。

許さない。

怒り、苦しみ、恨み…それらが私の全身を包んで爆ぜ、

熱い炎のように燃え上がって、空気をも震わせるようだった。

3人は抱き合って悲鳴を上げ、泣き叫んだ。

逃げようとしたけど、教室のドアも窓も開かないようにした。

逃がすものか。

怯えろ。悔やめ。自分たちがした事を。

そして今こそ報いを――死ね。死んでしまえ。

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        *****

その時、教室のドアがいきなりガラッと開いた。

「お母さん! やめて!」

私の娘、日南子が必死の形相で飛び込んできた。

「…お前、死んだんじゃ…どうして」

「違う!あたしは生きてるの! 死んだのはお母さんなんだよ!」

その時、頭の中で何かが鮮明に浮かび上がった。

これまでずっと靄がかかってハッキリ見えなかったものが、急に鮮明になった。

娘が教室で手首を切って病院に運ばれたと連絡を受けた、あの日の午後。

私は大急ぎで車を走らせて病院へ向かった。

途中の交差点で信号の変わり目だったのを焦って突っ込んで…目の前に迫るダンプカーの正面。

そこから記憶がない。

「確かにあたし、ここで手首切った。辛くて、苦しくて、逃げたくて。

だけど、すぐに用務員さんに見つけてもらって、救急車で病院に運ばれて」

日南子は左手を掲げて見せた。手首の付け根に痛々しい縫合痕があった。

「ごめん、ごめんなさい、お母さん」

日南子が泣きじゃくりながら近づいてきた。

リアルな存在感。そこにいる。私の日南子。

「あたしずっと、お母さんに謝りたかった。あたしのせいで…あたしが自殺なんかしようとしたせいで」

泣きじゃくる私の日南子。小さな頃から変わらない泣き顔。

抱きしめたい。この腕にあの子を、もう一度。

手を伸ばしたけど、私の手は日南子の体をすり抜けた。

そこにいるのに、触れなかった。

日南子は手の甲で涙をグッと拭って、私に携帯の写真を突き出して見せた。

「見て、お母さん。あたし、もう大学生になったんだよ。大学で友達いっぱい出来たの。毎日楽しいの」

携帯の小さな画面の中で、制服姿ではない大人びた日南子が笑っていた。

大勢の、同年代の子たちとピースなんかしながら、楽しそうに笑っていた。

日南子の隣にいる男の子が日南子の肩を抱いていた。優しそうな男の子。幸せそうに笑う日南子。

「もう絶対に自分から死のうなんてしない。もう何があっても逃げない。

だからお母さんも、もうやめて。もういいの。お母さん、あたし、もう大丈夫。もう大丈夫だから」

私の日南子。私の愛しい娘。

今、目の前で泣きながら微笑んでいる。

涙で濡れる頬を手の平で包んだ。

触れないけど、温もりが伝わってきた。

幸せなのね。

笑っているのね。

生きているのね。

        ◇◇◇◇◇

夕陽が完全に沈み、空がオレンジ色から紺色のグラデーションに飲まれようとしている時だった。

西の方角から眩い金色の光が差し込み、教室を満たした。

その光に包み込まれた母親の姿が、少しずつ薄れていく。

「お母さん!」

慈愛に満ちた微笑みを浮かべたまま光の中で薄れゆく母親の姿に、日南子は手を伸ばした。

「お母さん!あたし、ごめ…っ、ごめんなさ…」

涙を流し、嗚咽に言葉を詰まらせながら、なおも日南子は叫んだ。

「ありがと、お母さん…お母さ…」

窓から差し込んだ光は、西の方角に向かって吸い込まれるように消えていった。

同時に母親の姿も消えた。

教室の中が暗くなって、片隅で固唾を飲んで震えていた3人の娘らが、抱き合ったままいきなり泣き出した。幼い子供が癇癪を起したように、顔をぐしゃぐしゃに歪めて、わあわあと泣いた。

「ご、ごめ…ごめん、ごめんね、あたしたち…」

「日南子ぉ…ごめん…ごめんなさ…ひっ…」

言葉にならないほど泣きじゃくりながら、3人は日南子に駆け寄り、何度も何度も“ごめん”と繰り返した。

「もう…いいよ」

そう言って、縋りつく3人を両腕で包み込み、静かに微笑む日南子の表情は、菩薩のそれであった。

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youさま
【怖い】ありがとうございました。

まむさま
コメントありがとうございました。

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ぺうたんけさま
【怖い】ありがとうございました。
お礼が後になってしまって申し訳ございません。

時々、なんか上手く反映されてなくて、
順番が前後してたり、後からアップされてたり…なんかバグなんでしょうかね、これって。

uniまにゃ~さま
【怖い】&コメントありがとうございます。

>菩薩の顔をしといて復讐
それこそが「裏の顔」ですよ!ナイスです!

復讐はお母さんが十二分に連中を怖がらせてくれたので、まあいいかなと。
大体、日南子さん、今は大学でリア充ですもん(笑)
自分が幸せだと、怨みとか復讐心とか、どっか行っちゃいますよね。

私なら菩薩の顔をしといて、復讐します。ははははっ(=^・・^=)

ちゃあちゃんさま
コメントありがとうございます。
そして、隠し?テーマに気付いて下さって本当に嬉しいです。思わずガッツポーズ(笑)

いろんな事を許せるようになれば、もっとココロ穏やかに生きられるかなーなんて思うものの、現実は”許し”というより単なる”諦め”でしかなかったり…難しいですね。
エエ年こいて、まだまだ絶賛もがき中です〜orz

泣いた〜( ; ; )
お母さん、亡くなった事に気付かない程娘の事思ってたんですね…母の愛は偉大です。そして、許すっていうのは最大の武器だと思います。

修行者さま
【怖い】ありがとうございました。