長編12
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淳君に起こった怖い現実

友人の簗田淳は、少し変わっていた。

彼の友達は僕しかいなかった。淳は話をすれば面白い。でも時々呂律の廻らない舌っ足らずな喋り方をする。そして動作がとてもぎこちない。

そして、運動会の応援の時なんか、興奮した淳はピョンピョン飛び跳ね、手をひらひらさせている。ちっちゃい子供みたいにね。みんなドン引きしてたよ。

でも、うちの母親は

「淳君のお父さんもお母さんも大変だね。両親とも学校の先生なのにね。

淳は子供の頃交通事故で頭に大怪我をしてから、あんな風になったのよ。

一番上のお姉さんの安住さんは、すごく頭が良くて、今国立大学に行っているの。

全国の書道のコンクールでも一番になっているのよ」

でも、淳は面白い事を沢山知っているから退屈しない。

淳のことで驚いたことがある。

小六になると、給食の時にリクリエーションって言うか、

みんなの前で芸をする。

できる子は友達と漫才やったり、コントやったりしてたよ。

淳が人前でやったのは、お話だった。

謡曲の元の民話

「安達ヶ原の鬼婆」とか

「青頭巾」とか

この話は雨月物語の現代語訳、

彼は本の話を丸暗記して話すんだ。

登場人物の声音まで使い分けている。

青頭巾も安達ヶ原も、

喋り方はいつもと全然違うんだ。

滑舌もいいし、吃音も全くなかった。

淳は完全に話の中に入り込んでいるみたいだった。

僕は淳のうちに遊びに行くと、お話をせがんだ。淳の語りは面白かったし、何よりその時の淳の幸せそうな表情を見ることができたんだ。

小泉八雲や今昔物語集のお話を聞かせてくれたよ。

そして、僕にはもう一つ、彼のうちに行く楽しみがあった。

淳にはもう一人お姉さんがいて、すごくピアノがうまかった。

このお姉さんは靖子さんと言い、淳にとても優しかったんだ。

そして、その靖子お姉さんは、とてもきれいだったのよ。

ベートーベンとかショパンとかクラシックも聞かせてくれたけど、いろいろ、一緒に歌える曲を弾いてくれて、いろいろ歌ったよ。

僕は淳のお父さんにもお母さんにもあまり会わなかった。

でも、淳のうち、僕たちが中学校に入った頃、大変な事になったんだ。

僕たちが六年生の時にね、淳のお父さんは新しく出来た学校の校長先生になったんだ。

そして、

僕たちが小学校を卒業した時、淳のお父さんは学校を急に退職してしまったのよ。

中学校に入っても、僕は淳のうちに遊びに行ったんだけど、雰囲気がすごく暗い。お父さんが家にいた。

「淳、お父さんずっとうちにいるの?」

「うん、ずっといる」

淳は思いっきり落ち込んでいた。

座敷には淳のお父さんがいる。

淳の部屋に行く時はここを通って二階にあがる。

座敷の入り口は戸が開けっ放しだから中が見えた。

お父さんは、罫線の入った薄い和紙に筆で、何かをずっと書き続けている。

「お父さんは、一体なに書いてるんだ?」

「あれ履歴書、仕事が無いんだって」

憔悴し切った顔で淳は答えた。

淳の憔悴の原因はお父さんの仕事が見つからない事だけでは無いことが分かったのは、それからしばらくして分かった。

噂はどこからでも流れてくる。

淳のお父さんは、校長になる前、僕たちが通っている中学校の教頭を長くやっていて、

学校の公金を横領して、退職したらしい。

何かの理由で警察沙汰にはならず、退職金から返済するということで、病気を理由に依願退職ということになったのよ。

そして、

親が穴を開けた中学校に淳は通う羽目になったんだ。

で、暫くすると、学校ぐるみで淳に対する壮絶ないじめがはじまった。

その火付け役が校長と教頭だったのよ。

まあ、賢い人はやり方が違うんだ。

同学年の優等生を集めて、

「簗田君の父親は、こともあろうにこの中学校の公金を横領したんだ。そして彼も同じ血を引いているんだ。だから君たち優秀な生徒にお願いする。君たちで彼を厳しく指導してやってくれ」

正義っていうお墨付きを彼らに与える。

「君たちのすることは絶対に正しい。だから少々無茶な事をしてもいいんだ」

などと言ったらしい。こんな事は普通の話だよ。

正義感が単なるいじめになるのはそんなに時間はかからなかった。

淳は少し障害があり、イレギュラーな動きもする。

そこから壮絶ないじめがはじまったのよ。

淳は極悪人の子供、だから何をしてもいいんだって事になった。

そういうのってどんどんエスカレートして行くんだ。淳が二年生になると、一年の女の子たちも、淳を後ろから蹴飛ばしたりするようになる。彼女たちは本能的に知っている。淳が少しでも怒鳴ったりしたら犯罪者にできることを……。

淳は、その頃から様子が変わったよ。にこにこしてるんだ。何されても、彼は父親が退職した本当の理由を知っていた。そして校長や教頭が何を望んでいるかも知っていた。

彼が自ら命を断つことだよ。

証拠隠滅ってやつ。

それは淳のお父さんがまだ指導主事だった時に、今の校長や教頭 、そして教育長、みんな派閥は一緒だった、その連中に呼び出されてある帳簿を見せられた。

「簗田君、A中学校の帳簿がこんなことになってるんだ」

その年定年退職した野島校長が帳簿に大穴を開けていた。彼は書道家でもあった。

そして、高価な筆や、古端渓の硯を学校のお金で買っていたのだという。

それに、ああいう世界はお金が何より物を言う。お習字だったらお手本に忠実に書くという基準がある。

でもね、書道って習い始めは習字とおんなじ、昔の名筆を忠実に再現するんだ。其の後、級でなく段位とか師範とか教授とか言う肩書きと言うかラベルになると、まあ領収書みたいなものだ。

コンクールの入賞もそれに近いものだよ。この校長先生が公金を使い込んだ理由は推して知るべしだ。

その年、簗田君のお父さんは、この中学校の教頭になったんだ。

簗田君のお父さんはその校長の書道の弟子だった。誰もが舌を巻く達筆だったそうだ。

そう、淳の父親は師匠の開けた穴を埋めるために教頭になったんだ。

いわゆる師匠の尻ぬぐいである。

その金額は莫大なものだったそうで、考えてもわかる話であるが、書道の道具だけで莫大なお金が消えてしまうものか?

淳のうちは、祖父母が健在であった。

祖父母はかなりワンマンプラスワンウーマン、という言葉はあるかどうかは知らない。

子は親に絶対服従だった。淳のお父さんは、戦前から帝大教授で北陸地方の白山信仰で有名な神社の神主に心酔していて、そいつが開いた塾に通っていた淳のお父さんはその教えを実践していたそうである。

お父さんは自分の給料を全部、その父である祖父に渡した。

そして、お母さんにもそうさせていたそうである。

そして後から何らかの理由をつけて給料を祖父から全額返してもらい、穴埋めに当てていた。

収まらないのは祖母である。嫁が馬鹿だからこんなことになったんだ。

でもそれを嫁に面と向かって言えないから鉾先は学齢期前の簗田君に向いた。

毎日、ほとんど日課のように祖母は幼い淳に言葉の攻撃を続けた。

「お前の母親が馬鹿だから、うちは貧乏をしなければならないのよ。

馬鹿な母親から生まれたお前も馬鹿なのよ。

お前みたいな跡取り息子しか授からなかったんだ」

簗田君は交通事故に遭った後である。仕草とかは、いかにも

緩慢であったらしい。毎日祖母の言葉を聞いていた。祖母は送り迎えさせられるのが嫌だったから、小さな子供を幼稚園へ行かせるのはかわいそうだ。孫は私が面倒見るで押し切った。

で、ちゃんと見てなかったんだ。

そしてある日、祖母にとっては意外な言葉が、淳の口から発せられた。

一通り祖母の言葉を聞き終わり、祖母に向き直り、

「お母さんはそんなにばかなの?

どんなに馬鹿かどんなに悪いか一つ一つ言って見て。

全部言って見て」

そう言ったという。

祖母は背筋が寒くなったそうだ。

この一連の話はおなじ大学で再会した時に聞かされた。

中学校に入ってから、淳は、仏教に凝り始めた。

僕は相変わらず淳と遊ぶことが多かった。

何冊かの文庫本である。

スッタニパータ

歎異抄

法華経

浄土三部経

そして、

仏像の作り方の本

ペラペラめくって見たが、細かい寸法の取り方が書かれた本で、およそ僕と同年齢の子供が読む本ではなかった。

一緒にいても、何もかも諦めて、運命を受け入れているような淳を見ていて、悲しいというか淋しいというか、泣きたいような気持ちになった。

淳のお母さんが、めずらしく家にいたので、学校でのことを話そうとすると、淳は僕を引き止めた。

「言わないで、お母さんも学校で嫌な思いをしているから、僕のことまで背負わせたく無いから」

ゆっくりとした。でもはっきりとした口調でそういった。

笑顔だった。とても寂しい……。

帰り際、僕は簗田君と玄関先で別れた。

家から少し離れたところでお母さんが立っていて、僕を呼び止めた。

「佐紀君、息子と仲良くしてくれてありがとう。佐紀君が言ってくれようとしたことね。私の友達の先生から聞いているの。職員室で他の先生が『あいつ根性無しだからあれだけいじめられても自殺もしないな』

『この成績見なよ。頭が悪いからそこまで考えも及ばないんだよ』などと言われてることも知っているの」

僕たちは別々の高校に進学した。

ある日、うちの母が呼びに来た。

「佐紀、珍しく女の子から電話よ。彼女?」

恥ずかしながら僕は彼女無し、童貞。

誰だろうと思いながら、電話に出ると、「もしもし、佐紀君?私、簗田の姉です」

「あ、ピアノのお姉さん?簗田君、学校でなんかあったんですか?」

僕は嫌な予感がした。

「それは大丈夫なのよ。高校に入ってから無茶苦茶沢山友達できてるよ」

僕は三年生の時の簗田の変わりようを思い出した。当時、中学校は長髪禁止だったんだけど、廃止運動を彼が始めて、生徒会で可決されたってことがあって、学校

でもそれを認めざるを得ないとこまで追い込んだんだよ。僕もつられて走り回ってた。でもPTAの圧力で議決は握り潰されたんだよ。生徒と先生、かなりギクシャクしてる間に卒業したんだ。

「でもね、淳は今度はバカ親父からかなり虐待されているの。あの馬鹿、職場で嫌なことがあると淳に八つ当たりするのよ。しかも陰湿な……」

姉さんは涙声になっている。ぼくはことばがなかった。

「おのれの不始末で淳を針の筵に座らせときながら、喉元過ぎたら何とやらよ」

なんだ?まだ苦しい思いしてるのか?

電話を切って、思わず知らず簗田君の家まで走っていたよ。

家に着いたら、お姉さんびっくりしていた。

「ありがとね。まあ上がって」

僕が部屋に飛び込むと淳はびっくりしていた。

淳は部屋の真ん中に新聞紙を敷いて座っている。木屑まみれである。大丈夫か?とか叫びながら駆け寄ろうとする僕を淳は制止していう、

「危ないって、刃物踏んだら大怪我するよ」

彼は仏像を彫っている。観音像である。豪華なネックレスやブレスレットも全部彫り出しの見たこともない精緻さ、羽衣らしきものも柔らかい布に見える。ほとんど完成に近かった。若干の木屑を取ればフィニッシュワークも完了である。

もうすぐ完成である。

「今仕上げるからね。嫌だろうけどプレゼントするからね。この子助けると思って、お願い連れて帰って」

完成した観音像を箱に入れて緩衝材を詰めて手提げバックに入れて手渡された。

「いや、僕これめっちゃ欲しいけど、手元に置いといたらいいのに」

「そうしたら、いつの何かこうなってるの」

部屋の隅に白い布を掛けた場所があり、それをのけると数体の仏像が並んでいたいや、仏像の残骸である。

かつて仏像だったものである。

顔は変な顔に彫られていて明らかに耳は半分切り取られている羽衣のなくなっている。木取りがしっかりしてるだけ何がどうなったかわかる。小さな鼻の無い仏像もあった。サンドペーパーですり潰された痕跡がある。

「ひどいでしょ?全部あの馬鹿親父がやったの」

私の後ろに佇むお姉さんの声である。

近親憎悪って言葉が頭をよぎって僕は戦慄していた。

しかし、なぜ?

「僕は多分障害がある。でもね、それは親父にとっては嫌なことだし、恥ずかしいことなんだろう」

なんか割り切れない気持ちで僕は救出した仏像とともに家に帰った。

家に帰ったら、母親曰く、

「すご、あの子みたいな障害がある子は徹底的にこだわるのよ。走って行って正解ね」

曲がりなりに介護福祉士やってたオカンの言である。

暫くは受験勉強で疎遠になってたけど、合格して晴れて大学生になったらそこに淳がいた。もう嬉しかったよ。

キャンパスライフは授業がなければ快適そのもの、学科が同じだったから履修登録も示し合わせて同じにした。

彼は大学近くに下宿していた。

暫くは平穏無事な生活だった。

二回生の冬休み中に突然の訃報が届いた。

淳のお父さんが急死した。循環器系の疾患だった。お父さんはある大学の付属高校の校長とビジネススクールの事務長を兼任していた。高校に出勤して苦しみだし、救急車で運ばれた病院で一旦は回復したが、三日後容態が急変して亡くなった。

密葬の後、学校葬が営まれた。

倒れる一週間くらい前には、お父さんはお母さんに激しく罵られるという、淳も僕も信じられないような出来事があったんだよ。

原因は淳と酒を飲み交わしている時、淳が中学校時代の時のことを思いだし使い込み事件のことをお父さんに聞いて見た。

失望したそうだ。

お父さんは得々と笑みを浮かべてこう言っていたそうだ。

「お前らにはわかるはずもないが、わしは自分の師匠の名誉を守ったんだ。

お前のように三流高校に行って三流大学に通っている屑とは違うんだ。

お前のようなまともにものも喋れない奴を育てるものの身にもなれ。

わしがいるから、お前は中学校時代は快適に過ごせたんだぞ。

お前の一生で一番楽しかった中学時代に感謝しないと罰が当たるぞ。

世の中は不公平なものだよ。わしは苦労してきてるのに、お前は、フシャフシャフシャフシャとしか喋れないお前がぬくぬく暮らしている。

だからお前のすることは全部壊してやったんだ」

淳はカチンときた。

でも穏やかに

「疲れたからもう寝ます」

と言い捨てサッサと二階の自分の部屋に帰って布団に入った。ここで寝るのも久々である。

下から気分を害した父の罵声が聞こえてくる。

「なんだあいつは、親がせっかく快適な…」

その言葉を遮り、淳のお母さんの罵声が響き渡った。なぜか口調が男口調である。

「うるさい、この罰当たりが。

お前が意気がってやったことで、淳は中学校でどんないじめにあったと思ってる。

お前は我が子を人身御供にして自分はぬくぬく暮らして、屑も屑、お前ほどの屑も無いぞ。

おい、しっかり聴けよ、いいか?淳が死んだらいいのにな、あいつさえいなければ、安住を跡取りにできるのにな。いつまでお前は馬鹿なことを考えている。安住はもう嫁に行って子供を産んで幸せに暮らしている。

それもお前は潰したいのか?それでも親か?

お前が学校を首になった時に、淳は一時間習字、二時間勉強を習うって言った、それは一体なんのためだ?淳がお前を気遣ってのことだよ

お前の口癖は、人間は勉強さえ出来たら少々悪いことしても良いんだ、だったな?我が子を虐待して、よくも野島 のような犯罪者を庇いやがったな!師匠の名誉ってなんだよ。

ああ、お前のような人でなしの嫁になるんじゃなかった。しっかり頭を冷やせ」

そう言って、ふうとため息着いて、

「淳がなあ、一番楽しかったのは、お間が馬鹿にしている高校時代だ。よく覚えとけ」

そう言い放つと、サッサと部屋に帰って行った。

後は静寂である。しじまの中に声とも

うめきともつかぬ音が時折聞こえていたそうだ。それはお父さんの声だった。

ぼくは思った。お母さんは積年鬱積した

物を吐き出したのだろう。そして淳のお父さんは人生の終わりに聞かされた最初で最後のお母さんの罵声に打ちのめされていた。

お母さんはこの時のことを覚えていないらしい。

その後、立て続けに淳の父のことに関わった教師たちに起こったことは、本人ではなく跡取りの急死である。一人は白血病発症から死までごく短かったらしい、一人は産休補助教員になって初出勤の朝、布団の中ですでに冷たくなっていた。二人は交通事故で、たまたま何らかの偶然か、中学校の正門付近だったという。

淳の呪いとか口さがないやつは言うけどね。関係無いと思うよ。お父さんは少し怪しいけど、証拠無いしね。

その後の淳のこと?

彼女ができて、結婚している。

奥さんは、起業家で、淳は知りに敷かれつつ、奥さんの部下として働いてるよ。

子供三人もいるんだよ。

末っ子が大学卒業してまだ独身だけどね。兄さん二人は結婚して 、淳はもう孫がいるんだよ。

そうそう、長髪禁止の廃止議決の影響で、中学校は僕たちの卒業後、十年以上学校崩壊していたらしい。

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