中編5
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イカス刑

「主文、被告を無期懲役に処す。」

俺は裁判長のその声を聞き、深々と礼をしながらも、釣りあがった口角を見られぬように細心の注意を払った。

 死刑ではない。俺は腹の底から嬉しさに笑い出しそうになる衝動を抑えた。

死刑制度の存廃に関しては、過去にも幾度となく議論されてきたわけだが、昨今は廃止の方向へとわが国は向かっていた。おそらく、最高刑が無期懲役になる日も近いであろう。

 俺には少年の頃より、異常な性癖があった。同年代の異性に関心が持てないのだ。小さな少女にしか、関心が持てない。所謂、ロリータコンプレックス。しかも、その執着は自分でも異常だとは思った。しかし、実際にはそれを実行に移すことはできなかった。俺はそれでも諦めきれずに、大学を卒業し、教員免許を取り、小学校教師になった。俺を動かす動機はまさにその性癖だった。精一杯俺は理性を保ったのだ。何もできないのであれば、せめて少女を眺めたい。その一心で、小学教師になったのだ。

 小さな女の子はかわいい。特に低学年の子供は、先生、先生と慕ってきて、人懐っこい子は手を繋いできたりもした。俺は間違っていた。小学教師というものは聖職で、これでは俺は生殺しだ。俺は理性で自分を抑えるのに必死だった。それなのに、あの無邪気なあいつらときたら、俺を平然と誘惑してくるのだ。教師を辞めることも真剣に考えたこともあった。俺はきっといつか、大変なことをしでかしてしまう。今思えば、あの時教師を辞めていれば、こんなことにならなかったのかもしれない。いや、果たしてそうだろうか?やはり俺は、生まれついての変態なんだろうか。

 俺は小さな女の子を誘拐した。そして、陵辱した。体を嘗め回していると、女の子は泣きながら気持ち悪いと叫んだ。俺は、カッとした。気持ち悪い。それは、幼い頃、初恋の女に言われた言葉だった。俺もそれまでは、同年代の女の子にも興味があったのだ。小学低学年の頃、好きな女の子に好きだと告白した。すると、一言「キモイ」と言われたのだ。たぶんその言葉に深い意味はなかったのかもしれない。自分にそういう自覚が無いのに「キモイ」と言われたことがショックだった。その日から、身だしなみに気をつけ、清潔感を保ち、キモイなどと二度と言わせないと思った。その日からトラウマになり、同年代の女の子は受け付けなくなったのだ。

 それが、誘拐した女の子にまた「気持ち悪い」と言われたのだ。俺は目の前が真っ赤になった。気がつくと女の子をめちゃくちゃに殴り、自分の体が真っ赤に染まって、ボロボロの女の子が目の前に転がっていた。見た目あきらかにもう生の気配は無い。俺は、正気に戻って呆然とした。俺はパニックになり、女の子を自分の車に乗せ、山へと向かった。土地勘のある山の雑木林に穴を掘って埋めたのだ。

 しかし、最近の防犯カメラというものは凄い。どこにでも防犯カメラはあるものだ。少女を誘拐した公園にもそれはついていて、俺が少女に話しかける様子が克明に映し出されていた。任意で事情を聞かれ、車からも血液反応が出て、俺は、あっという間に捕まってしまったのだ。

 マスコミはこぞって俺の移動のたびに、容赦なくカメラにおさめようと躍起になった。そんなことをしなくても、俺の写真なら小学校に行けばあるし、友人から手に入れるだろうし、卒業文集なんかもおもしろおかしく晒すつもりなんだろう。たぶんマスコミは俺の周りに取材に行く。

 「あんな真面目な優しい先生が。信じられない。」

たぶんそんなコメントもあるはず。俺はずっと人生を演じてきた。真面目で優しいを演じてきた。本当は俺ほど残酷な人間は居ない。

「前々から、女の子にだけ優しいと思ってたんですよね。」

事件を起こせば、そうとってつけたように思い込む父兄も居るだろう。俺はそう思われないように、男の子にも優しくしてきたつもりだぜ。

 とにかく、俺は助かった。ざまあみろ。なんとでも言え。俺はこれから模範囚になる。そして、仮釈放の日を待つのだ。長い道のりになりそうだが、死ぬよりはマシだ。俺は裁判所を後にして、刑務所に収監され、布団を被って一人真っ暗な中、声を殺して笑った。

 俺は収監されたあくる日、看守に付き添われ、ある部屋に通された。そこには、白い病院のようなベッドがあり、白衣を着た、医師のような者が待っていた。

「おかけください。」

医師は俺に椅子をすすめた。

健康診断だろうか。

「それではですね、無期懲役についてご説明します。」

そう切り出されて、おれはポカンとした。医師が何故、刑の説明をするのだ。

「法律の改正で、死刑がほぼ行われなくなったわけですが、水面下で無期懲役についても、改正がありましてね。死刑を全く廃止という意見にどうしても、反対という意見も消えないわけでして。」

何を言ってるんだ。俺は無期懲役だろう?

「無期懲役、すなわち、生かす刑ですな。」

ますます意味がわからず、俺は何も反応ができなかった。

「ただ生かすのでは罪の償いにならない、という議論もありまして。生かす刑というものが考えられました。」

俺はわけがわからず、たまらず質問した。

「生かす刑?」

医師はたっぷりと息を吸い込んで吐き出した。

「そう生かす刑です。あなたはこれから、苦しみながら、生きていただきます。」

そう言うと、二人の看守が俺を両方から羽交い絞めにした。俺は突然のことに抗った。

「な、何をするんだ。」

「暴れないでくださいね。針が折れますから。なぁに、すぐに終わりますから。」

二人の看守に力ずくでベッドに押し倒され、押さえつけられた。

医師が注射器を持ち、俺の腕に針を打ち込む。

「あなたに、がん細胞を増殖させる薬を打ちました。あなたはこれから99%の確立でガンになります。もちろん殺したりはしませんよ。生かす刑ですからね。誠心誠意、ガン治療して、生かしてあげますからね。」

そう言うと医師は悪魔のように笑ったのだ。

 俺はほどなくして、ガンになった。闘病生活が始まる。抗がん剤治療が始まり、俺の髪の毛はごっそりと抜けた。絶え間なく来る、吐き気、頭痛。見る見る、俺はやせ細ってはいたが生きている。意識はいつも朦朧として、いつが夜だか昼だかわからないくらいに混濁した。

 「今日はご気分はいかがですか?」

ニヤニヤ顔の医師が毎日回診に来る。

「もう、いっそのこと。殺してくれ・・・。」

俺は息も絶え絶えに、医師にそう告げた。

「ダメですよ、これは生かす刑なんですから。死ぬまでちゃんと刑に服すんですよ。きちんと生きてくださいね。」

医師の声は遠くに聞こえた。

***************

「さて次の話題です。最近、刑務所での受刑者の病死が増えているということですが。」

「そうですねえ。何が原因なのでしょうか。」

そこでテレビの電源は切られた。

「消灯」

その合図と共に、刑務所内は暗闇に包まれた。

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>イカス刑
中には冤罪って事があるので裏取りは必要ですが明らかに黒い場合は
中々良い懲罰だと思いますね。
ただ癌を発症させて治療するだけなら薬の無駄になるので難病の新薬の「治験」と言う事
にすれば世の中の役に立つので良いと思いますね。
まぁ・・・人道的に実現はムリかも知れませんが・・・

>死刑になる為に・・・
「特別死刑執行刑務官(特刑)」と言う職業が出てきて死刑確定犯を
街中でガシガシ殺す漫画があるのですが作中に「殺人を犯して死刑になりたい」
と言う「自殺はイヤだが死にたい」等と言う不届き者と特刑が認める場合は
「仮釈放無しの無期刑・何故死刑になりたい等と思ってしまったかと後悔してからの死刑執行」
と言う刑にそれぞれ独自の判断でその場で変更する事が出来ると言うものがあります。
死んで楽になりたい等と言う不届き者には良い刑と言えるでしょうね。

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>奥様
怖い、コメントありがとうございます。
最近殺人の動機について「死刑になりたかった」なんていうのをよく聞きますが、それって自分をここまで追い詰めたのは世の中が悪いんだ、みたいな気持ちが透けて見えて、いい大人が甘えて気色悪いなあといつも思います。それじゃあ死刑より辛い目に遭いなさいよ、なんて思ったらこんなものを書いてました。ご遺族の気持ちを考えると、何度死刑にしても浮かばれないですよね。

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