中編6
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愛しのピラニア

「えー、何それ!」

主人がご機嫌で帰ってきて、昔熱帯魚を飼っていた水槽をいそいそと出して、カルキを抜いた水を入れ、サーモスタットと濾過機をセッティングして、ビンの蓋を開けて小さな魚を放したのだ。

最近はUFOキャッチャーで生き物まで景品として置いてるらしい。

平べったい何とも美しくない、フナのような魚だったので私は

「フナ?」

と訪ねると、主人は悪戯っぽく笑って

「ピラニア。」

と言った。

「嘘でしょ!ピラニアなんて。可愛くない!だいたい何食べるのよ。」

私は呆れてしまった。

仕方が無いので、私はインターネットでどんな餌をあげればいいのか調べた。

どうやら、ピラニア専用フードがあるようだ。

私は仕方なくピラニアを飼いはじめることにした。

ピラニアは、あっという間にみるみる大きく成長した。

最初は、こんな華の無い魚なんて、と思っていたのだ。

しかも、餌を食べるときの様子は恐怖としか言いようが無いくらいダイナミックだ。

油断していると、餌やりをしているピンセットにまで噛み付いてくるのだ。

その癖、ちょっとした物音や人影に驚いたりデリケートな一面もある。

私はだんだん、そのギャップに、たまらなく愛おしくなってきた。

私はピラニアが可愛くて、朝に夕に餌を与えた。

そろそろ、市販の餌では追いつかないくらいになってきた。

私はインターネットで調べ、ピラニアに動物性の肉を与えても良いことを知り

スーパーで馬肉などを買ってきて、小さく刻み与えてみた。

ピラニアは喜んで豪快に噛み付いて食いちぎった。

かわいい。こんなに獰猛な癖に臆病なのだ。

私はどんどんエスカレートして、ピラニアが喜ぶのならと

生きた魚も与えたりした。

ピラニアは貪欲に滅多切りにして生きた魚を食べた。

無残な残骸が水槽に残されていても、私はピラニアが愛しかった。

そういう餌のやり方をしていたら、思いのほか、ピラニアは成長した。

最大でも30cmくらいとインターネットにはあったのに、

どう見てもうちの子は規格外だ。

さすがに好奇心から連れて帰った主人も後悔しているようだ。

「もう一番大きい水槽でも手狭だな。ピラニアってこんなにデカいっけ?」

主人も首を捻った。

とうとうピラニアは、一番大きな水槽いっぱいで身動きが取れなくなってしまった。

私たちは困り果てた。

「処分するか・・・」

主人から信じられない言葉が出た。

「なんて勝手なことを言うの?自分が連れて帰っておいて!酷いわ!」

「でも、うちは賃貸だし、どうすればいいんだよ。もう飼い切れないよ。」

その日から私と主人の口論は絶えなかった。

そしてとうとう、私が留守の間に主人はピラニアを処分してしまったのだ。

私は悲しみに暮れた。

ピラニアと過ごした日々を、主の居なくなった水槽を見るたび思い出すのだ。

そしてある夜、私は夢を見た。

「私の忠実なる僕を育ててくれて感謝する。」

額から羊のような大きな角を生やした、痩身の男は言った。

口は大きく耳元まで裂け、目は氷のように冷たいまなざし。

まるで何かで見た悪魔みたい。

「お前はまた、あのピラニアに会いたいか?」

そう私に囁いた。

私は涙が止まらなくなった。

会いたい、私はその男に言った。

「お前の望み、叶えてやろう。」

明日、近所にある沼に来るように言われた。

私はそこで目が覚め、夢かと落胆した。

でもやけにリアルな夢だった。

私はどうかしてるとは思いつつも、近所にある沼を訪れていた。

暗い林の中にある、真っ黒な沼を覗き込んだ。

すると、何かがスーッと浮上してきた。

「ピラちゃん!」

間違いなく、うちで飼っていたあのピラニアだ。

ピラちゃんが生き返った。

そんなバカな。

主人は処分したと言って空の水槽を見せたのだ。

何ということを。こんな所に捨てるなんて。

でも、私はピラちゃんが生きていてくれただけで嬉しかった。

黙っていればわからない。

こんな汚い沼、釣りにすら誰も来ないわ。

私は、スーパーで魚を買ってきたり肉を買ってきたりして、

沼に放り込んだ。するとピラニアは豪快に食いついた。

かわいい。本当にかわいいわ、ピラちゃん。

食べ足りないのか、まだピラニアは口をパクパクさせて

水面をウロウロしている。

ピラニアは今まで見たどんな魚よりも巨大になって行った。

もうスーパーで買ってくる魚や肉程度じゃおさまらなくなってきた。

困ったわ。このまんまじゃピラちゃんが飢え死にしちゃう。

私はいい事を思いついた。

いつも私が手入れして綺麗に花を植えている花壇に

猫が糞をして困っているのだ。

あんな猫、居なくなればいいと、いつも思っているのだ。

私はホームセンターで罠を買ってきた。

そしてついに、私はあの害猫を捕まえたのだ。

誰にも見られないように、猫の首をへし折った。

何食わぬ顔で私は、猫をダンボールに詰めて

あの沼に向かったのだ。

そして猫をつまみ出し、沼に投げ込んだ。

するとすぐにピラニアが浮上してきた。

「ピラちゃん、今日はご馳走ですよ。」

私は小さく呟いた。

家に帰ると、また我が家の塀の横にお隣さんが車を停めている。

小さな賃貸の長屋が並んでいるので、境目がよくわからないのをいいことに

奥さんのセカンドカーをいつも大幅にうちのほうに寄せて停めるのだ。

私はずっと腹に据えかねていた。苦情を言いに行ったこともあったけど

ほんの少しの間じゃない、と逆切れされたのだ。

私はその日の夜、お隣の玄関のチャイムを鳴らした。

お隣の奥さんは無用心だ。

チャイムを鳴らすと確認せずに玄関を開ける癖があった。

私は奥さんに体当たりし、玄関に押し込んだ。

「何をするの?」

奥さんは驚いて私を見た。

「迷惑なんですよ、いつも。」

私は鋭い切っ先を奥さんの中心めがけて真っ直ぐに振り下ろした。

叫び声が聞こえないように、履いていた靴下を口に押し込みながら。

玄関に大量の血が流れた。

私は用意してきたキャンプ用の寝袋に奥さんを押し込み、奥さんを

引きずり台車に乗せた。

そして苦労して私は奥さんを車のトランクに押し込んだ。

そして、あの沼へ向かったのだ。

「ピラちゃん、今日はね、今まで見たことのないような大物よ。たーくさん食べてね。」

私はトランクを開け、その上に乗り、奥さんを引きずり、足で沼に蹴り落とした。

懐中電灯で沼を照らすと、すーっと大きな影が浮かんできた。

ピラニアは私が思うよりずっと大きく、グロテスクな進化を遂げていた。

頭にあんな変な角が生えてたっけ?

羊のような大きなグルンと巻いた角が生えている。

「かわいい。」

私はうっとりと見とれた。

寝袋はあっという間に引き裂かれ、中からマネキンのような

奥さんの姿があらわになった。

ピラニアは柔らかいはらわたをまずは引き裂き、真っ二つになった

奥さんは食いちぎられた所を中心に、難破船のように沈んで行った。

水面は真っ赤に染まった。

ピラニアは大きくはね、今度は足を食いちぎる。

そして、顔を半分剥ぎ取ったのだ。

「すごいすごい、ピラちゃんはほんと凄いね。かわいいわ。ピラちゃん。」

私は飛び跳ねて喜んだ。

すると私は後ろから衝撃を受けた。

その拍子によろけて、沼に落ちてしまったのだ。

ピラちゃんが嬉しそうに、私にじゃれ付いてきた。

そして、私の一番柔らかいはらわたを一齧りしたのだ。

私はあまりの痛みに意識が遠くなった。

岸にはいつか夢で見たあの悪魔が立っていた。

ああ、あれに蹴りこまれたのか。

「私の忠実なる僕に食われる気分はいかがかな?

お前にも贄になってもらう。愛しのピラニアに食われるのだから、本望だろう?」

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>たかし様
怖いと、コメントありがとうございます。
最近までピラニア飼ってました。臆病で割りとかわいいですよ。

ピラちゃんw

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