中編7
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死体は歩かない 其ノ弐

『麗奈さん?』

バスに揺られながら、由梨花と佳苗のことを考え込んでいたので、急に名前を呼ばれても反応出来なかった。

『ふぇ!?』

『あ、いえ…なんだか、怒っていらっしゃるような、呆れているようなお顔をされていたので、どうされたのかなと思いまして』

んー。まさしく怒って呆れていたところだったので何とも言えないのだが。

『いや、夜魅には関係ないことやから、心配せんでええから』

夜魅は大きな目をぱちぱちして小首を傾げた。

同い年とお互いわかってからも、麗奈「さん」という呼び方と敬語を崩さない夜魅だったが、表情が少し豊かになったと思う。

『では心配はしませんが、気になります』

私たちは今、バスを乗り継ぎながら、夜魅が見せておきたいと言うとある山奥へと向かっている。

夜魅いわく、目的地まではあと小一時間かかるらしいので、あの二人に何があったのかを話す時間は充分ある。あるのだが…。

『しょうもないことやで?』

二人がけシートの窓側に座っている夜魅は、こちらに顔をぐいっと近付けて、

『気になるじゃないですか。仲の良かったオカルト研究会が、どうして今回は別行動なのか』

と問いただした。

だからオカルト研究会じゃないって。

私は、つい先週起こったことを、溜め息混じりで夜魅に聞かせた。

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―――――――――――――――――

私が夜魅と初めて会った日。

由梨花が、食堂に夏期限定のパフェが販売され始めたという話を持ってきた。

『麗奈!佳苗も誘って食べに行こうや!』

『良いよー』

私たちは心理学部の佳苗に連絡をして、食堂で待ち合わせた。

食堂にやって来た佳苗は、恐らくオカルト雑誌が入っているであろうトートバッグをぶら下げてやって来た。

『夏期限定って、マジで?』

『ほんまほんま!はよ食べに行こ!』

『最近暑なったもんなぁ』

食堂に入り、席を確保すると、私と佳苗が先に荷物を置いてパフェを買いに行った。

イチゴパフェとキウイパフェとアサイーパフェがあるらしい。私は無難にイチゴで。

少し冒険をして、アサイーパフェを頼んだ佳苗に少しドヤ顔をされたのが悔しい。

席に戻ると、由梨花とバトンタッチで席に着いた。私たちは、由梨花が帰ってくるまで食べるのを待つことにした。

『そうそう!麗奈、聞いてぇや』

『ん?』

『テニスサークルの、ヤマダユウキ先輩っていう超かっこいい人がおってさぁ!』

ほう。恋愛話とは珍しい。

『ヤマダ?』

『ヤマダ…って読むしかないと思う、あの漢字は。どこの学部かは知らんねんけど…うちの学部なんかなぁ…?』

『心理学部?』

『うん。でさ!前、ユウキ先輩と飲み会で良い感じになったから、今度二人で遊びに行きましょってなってん!』

酔った勢いというのは恐ろしい。

ヤマダさんは、佳苗が驚異的なオカルト娘と知ったらどういう顔をするのだろう。

そこへ、由梨花がキウイパフェを持って帰ってきた。

『何?何の話?』

『由梨花も聞いてーや!』

嬉々としてさっきと同じ話をする佳苗に対し、由梨花の顔はどんどん曇っていった。

『でさー!…って由梨花、聞いてる?』

『心理学部の…ヤマダユウキ?』

『由梨花?』

由梨花は目尻を少しつり上げて言った。

『その人、今度私とデートの予約あんねんけど?』

は?デート?

ポカーンとする私と佳苗。

由梨花は構わず続けた。

『たまたまバスが同じになることが多くて、連絡先交換してんけど。で、今度ご飯でも…ってなってんねんけど!』

最後の方は、半分怒鳴るような声になっていた。

『そ、そんなん私に怒鳴られても困るし!てゆーか、私の方がサークルで仲良くしてるし!』

『私だって、入学以来バス被ってばっかりやし!出会ったのは私の方が早いから!』

食堂の片隅。喧嘩をする女子二人の間で、目をぱちりと大きく開き、口をきゅっと結んで、イチゴパフェの天辺あたりをひたすら見つめる私の気持ちが、あなたにはわかるだろうか。

ここで怒りの矛先がヤマダさんに向かわないのが、女子らしい思考というかなんというか…。

『もういい!由梨花なんか知らん!』

『こっちこそ!もう佳苗と口聞かへん!』

ぷいっ、と席を立つ二人。

え、ちょっと?パフェは?二人が行きたいっていうから来たのに、この手付かずのパフェは?

そして私はどうすれば良いの???

そう一人パフェの前で悶々と考えていたとき、夜魅が声をかけてきたのだった。

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夜魅は珍しく声をあげて笑っていた。かわゆい。

いやしかし、笑い事ではないのだ。

『夜魅ぃ?』

『あはは、すみません…。何だか、素敵ですね。ふふっ』

『ヤマダさんが?』

『いえ、お三方が。私、人見知りで友人が多い方ではないので、そういうお話を聞くと、羨ましいなぁって思って』

『夜魅って心理学部やんな?佳苗とは面識ないん?』

『基本的に私から人に話しかけることって、滅多とないので…。多分、佳苗さんも私のことは全く知らないと思います。だから、お三方の関係が本当に良いなぁって』

そう言うと夜魅は、少し悲しげに微笑んだ。

『本当に、素敵ですね…』

素敵…。そうだろうか。いや、そうではあるのだが、状況が状況で。

うーんと唸っている私の肩を、軽くパシンと叩いて、夜魅は私に「降りろ」と言うジェスチャーをした。

『着きましたよ。お見せしたかったところ』

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着いた、といっても、バス停からかれこれ15分は歩いている。

それも蒸し暑い気候の中、足元の悪い山道をだ。

さっきまでは、そこそこ舗装のされた道だったのだが、気づくと途中から山登りになっていた。

夜魅は慣れているのか、ヒールのあるサンダルで、纏っている白いワンピースを全く汚すことなく登っていく。が、私は既に二回転んでいる。

昨日の夜に、夜魅からメールで、運動靴の方が良いと言われた理由がわかった。

『麗奈さん、大丈夫ですか?』

『だ…大、丈夫、ではないかな…うん』

『あと少しです。頑張ってください』

そんな爽やかに頑張ってくださいと言われたら、うん頑張るとしか言えないではないか。

『ちょ、夜魅…き、休憩せぇへん?』

『着きましたよ』

『ふぇ!?』

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着いた、と言われても、少し大きめの沼がそこにあるだけだ。周りは鬱蒼と木々が生えていて、昼間なのに少し暗く、ジメジメとしている。夜はそうとう暗くなるのだろう。

沼も濁っていて底は全く見えない。「底無し沼」というワードが頭に浮かんだ。

『夜魅、ここは?』

夜魅は重々しいトーンで言った。

『妹が、発見された場所です』

風が一気に冷たくなった、気がした。ここで夜魅の妹の死体が…。

『長谷川家って、家はこの辺なん?』

『今は引っ越して、もう少し大学に近い所に住んでいます。ですが、事件当時はこの山の周辺で暮らしていました。この沼の横の獣道は、家からバス停へのちょっとした近道だったので、妹も使っていたのでしょう。でも……』

そこで夜魅は言葉を切った。私は催促すべきか否か迷って、結局黙って次の言葉を待った。

しばらくすると、夜魅は小さく溜め息をついて、自分のサンダルの先を見つめながら早口で言った。

『警察による司法解剖の結果、妹の体からは何者かの体液が検出されました。当時付き合っていた男性はいましたが、DNA型は一致しませんでした。物的証拠やDNA捜査の結果、全く妹と面識のない男が逮捕されました。でも、その男は…責任能力がなかったと、釈放されてしまいました…』

夜魅の表情が見たかったが、前髪が顔を隠していて、窺うことは出来なかった。

『…でもさ、犯人わかってるんやったら、そいつに聞けば良いんちゃうん?死体を移動させたのも、そいつなんじゃ…』

夜魅はふるふると首を振った。

『麗奈さん。先程言いましたように、犯人に責任能力はありませんでした。…妹の死体が消えた状況、説明していませんでしたっけ?』

してもらった。昨日のメールでそういう話になった。

司法解剖が終わり、霊安室に安置していた死体が、数時間のうちに消えたと。病院内どこを探しても見つからず、結局葬式は、遺体無しであげたと。

『では話を戻します。妹が襲われた際、犯人は体液どころか物的証拠まで残していっています。そのようなことも、責任能力欠如の診断理由の1つとなっています。そんな犯人が、証拠1つ残さずに、病院から遺体を運びだすことって……無茶だと思いませんか?』

『あ…』

『私は犯人を見たことがありますが……確かに、責任能力を問うことは難しいと感じました。だからこそ、“死体を消した犯人”ではないと思うのです』

なるほど。では、死体を移動させたのはいったい誰なのか…それを考えるところから始めなければいけないらしい。

ぱ、と夜魅が顔をあげた。さっきのバスで見せた、悲しそうな微笑みだった。

『帰りましょうか、麗奈さん。一度、ここを見せておきたかっただけなので』

『う、うん』

もと来た道を歩きながら(私は滑り落ちながら)、これからどうするか、私はグルグルと考えを巡らせていた。

Concrete
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meさん mamiさん
ありがとうございます。次回も頑張ります。

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気になりますねぇ。
早く続きを読みたいです。

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次回も楽しみにしております‼︎

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