中編6
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釣り

近くの川で、人が死んだらしい。

いや、正確には人死にではなく、行方不明と言う形で騒がれている。

然し、此の寒い季節だ。溺れたのであれば、先ず助からないだろう。

行方不明なのだから当たり前だが、遺体は未だ上がっていない。

あの、何時も通る川の何処かに、死体が沈んでいるのだ。

非日常、と言うのだろうか。

不謹慎ながら、少しだけワクワクしてしまう自分が居た。

自重せねば・・・。

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~~~

なので、僕は川ではなくて池に行った。

土左衛門と対面はしたくないが、水場には行きたくなったのだ。

凍ってしまったかの様に静かな水面。

冷たい風が吹き渡ると、僅かに波が立つ。

数日前は此処にも捜索隊が来ていたらしいのだが・・・・・・。

「誰も居ないな。」

「そうでも無いさ。」

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「え?」

声のした方を見てみると、一人の男が釣糸を垂れていた。

年の頃は三十代の前半程だろうか。

「直ぐ近くに居たのに、無視をしないで欲しいね。」

何時から居たのだろうか。全く気付かなかった。

「すみません。」

「存在感の薄い奴だとはよく言われるよ。気に病む必要は無い。」

何だか面倒臭い人に捕まってしまった気がする。

「暇なら少し話そう。僕も退屈なんだ。立ち話も何だ、座りなよ。」

「はぁ・・・・・・じゃあ、失礼します。」

隣の草むらに腰を下ろす。

弱味・・・とは少し違うかも知れないが、大分失礼な真似をしてしまったのだから、少し位の要望には答えなければ、と思ったのだ。

地面は薄く湿っていて、気持ちが悪かった。

隣の男が驚いた様に言う。

「直に座ったら、冷たいだろう。」

「だって貴方が・・・・・・」

僕が多少ムッとしながら男の方を見ると、男は遠足等で使うビニールシートを手にしていた。

「使いなさい。」

「・・・・・・どうも。」

少しだけ腰を浮かせ、地面との間にビニールシートを滑り込ませる。

シートには、某有名菓子パン男がデカデカと印刷されていた。

「・・・お子さんの物ですか。」

「生憎と独り身でね。無性生殖は出来ないんだ。」

「・・・・・・スミマセン。」

僕は、顔の筋肉が変に引き攣るのを感じながら、こっそりと溜め息を噛み殺した。

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~~~

さて、此の男、自分から話をしようと持ち掛けておきながら、驚く程に愛想が無い。

「あの、何を釣っていらっしゃるんですか?」

「・・・強いて言うならば、《自分自身》かな。」

そして酷く面倒臭い。

僕の顔をチラリと見て、男が鼻を鳴らす。

「ヌシの様な物だ。本当なら此処よりもっと上流に居た筈だったのに、何故か此方の方まで流れてしまったらしい。」

「主?」

「大きい。釣り上げるのも一苦労だろうな。」

「成る程。」

「然し、こんな広い池に来られては、捕まえられるかどうか・・・・・・」

そう言って、また黙ってしまう。

何かフォローを入れようかとも思ったが、また面倒な事を言われるのも嫌だったので、僕もまた黙っていた。

そして、其処から暫く沈黙が続いた。

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~~~

沈黙を破ったのは男の方だった。

「君も、こんな時にこんな所へ来なくても良いだろうに。」

「・・・・・・はぁ?」

唐突に言われたので、僕は思わず、思い切り顔をしかめてしまった。

然し、男は気にしていない風で続ける。

「此の寒い時期に、何の目的も無く池に来る何てな。」

「其れは貴方も同じでしょう。」

「最初から釣りをしようと思っていた訳じゃない。元々旅行に行く予定だったのが、行けなくなってしまった。何処にも行けないから、釣りをしている。」

男は、険しい顔で糸の先を見詰めている。

僕は尋ねた。

「主を釣りに来たんじゃなかったんですか。」

「そうだ。早く釣れなければ困る。」

男はそうハッキリと答え、釣竿を数回、大きく揺すった。

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~~~

「此処の桜は、化け物なのだと言われている。」

誰に言うでも無く、男がポツリと呟いた。

「此処で溺れ死ぬと、桜に魂を吸われてしまうのだそうだ。だから、春になっても其処まで人が来ない。水死体も多く揚がるらしい。」

桜の木は、もうすっかり葉を落としてしまい、一見、何れが何れだか分からない。

男は池をぐるりと見回し、首を傾げる。

「死体から魂を吸えば吸う程、桜は強く色付くらしい。水死体が集まるのは、桜が自らの美しさを競って居るのだとか。・・・が、今は何れが何れだか分からないな。」

「あの木と、彼処と、あの開けた所の奴ですよ。」

僕が指を指すと、男は驚いた風に言った。

「そうか。あれが赤いのか。沢山有るな。」

「はい。紅梅染みた色になります。」

「成る程。知らなかった。」

男が、大きく息を吐き出す。

「急がねば。」

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~~~

日が落ちて来た。

隣に居る男の顔も、池の中の様子も、全く見えなくなってしまった。

そろそろ帰らなければ・・・・・・。

僕がそう思い、立ち上がろうとすると、男は自分の持っている釣竿を此方に渡して来た。

「もしかして、自分では釣れないのかも知れない。君、少しやってみないか。」

「・・・・・・そろそろ、帰らなければならない時間なんです。」

「うん。ならば五分だけ。五分だけ持って御覧。」

殆ど押し付けられる様な形で釣竿を持たされる。

「あの、釣りは経験が無くてですね。」

「いや、持っているだけで構わない。」

「・・・・・・。」

釣竿は妙に軽かった。

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~~~

もう、あと少しで五分が経過する、と言うところで急に竿が重くなった。

「え、わ、うわっ?!」

竿を上げようとしたが、全く動かない。

「何処かに引っ掛たかな・・・。」

水の中は見えないが、こんな重たい魚が、こんな小さな池に生息している筈が無い。

「どうしましょう、此れ・・・・・・。」

僕は困り果てて男の方を見たが、男はそんな僕には構わずに目を輝かせていた。

「ヌシだ・・・・・・。」

「え?」

「此れだ。やはり釣る人間が悪かった。」

「多分何処かに引っ掛けてるだけだと・・・」

「違いますよ。魚なら動くでしょう。全く動かないですよ。」

「いや、ヌシだ。確かに、私の探していた自分自身だ。」

男が立ち上がる。

「有り難う。助かった。此処から釣り上げるのは大変だろう。迎えに行くよ。」

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「付き合って貰ってすまなかった。今更だが自己紹介をしておこう。ミタニヨウと言う。其れでは、」

さようなら。

男が池に飛び込んだ。

ぼちゃん、と水が小さく音を立てた。

水飛沫は全く飛ばなかった。

突然起こった出来事に上手く反応出来ず、僕は少しの間ぼんやりとしていた。

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~~~

男が浮かんで来ない。当たり前だ。こんな寒い日に、服を来たまま池に飛び込んだのだから。普通溺れてしまう。

どうしよう、人を見殺しにしてしまった。

急に焦りが湧いて来た。

池の中に向かって呼び掛ける。

「ミタニさん、ミタニさん、ミタニさんってば、ミタニさん!!」

当然返事は帰って来ない。

「ミタニさん、ミタニさん!!」

猫が水を飲む様に、水面に顔を近付ける。

其の時、急に思い出した。

数日前、友人が話していた事を。

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~~~

「ねえ、川の方で自殺だって。」

「サラリーマンだそうだって聞いたよ。」

「死体が見付からないんだって。あんな狭い川なのに。」

「あんまり見付からないから、他殺とかの方面でも捜索するんだってさ。」

「名前?確か、男の人で・・・変な名字なんだよ。水の谷って書いて、ミタニって呼ぶんだ。下の名前・・・・・・どうだったかな。確か短かった気がする。一文字。」

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~~~

そうだな、確か、ヨウ、だったかな。

僕は思わず池から飛び退いた。

竿は相変わらず重い。

此の先に何が居るのか、彼が何を釣りたかったのか、分かった気がした。

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mamiさんへ
コメントありがとうございます。

今回は、テンプレート的な話ですし、読んでいて少々退屈だったかも知れませんね。文にすると突然怖さが消えてしまう気がします。

お褒めに与り光栄です。
此れからも生暖かい目で付き合って頂けたなら幸甚です。

ロビンMさんへ
コメントありがとうございます。

いえ、そんな事は無いです。まだまだ足元にも及びませんよ。
ですが、そう言って頂けるのは本当に嬉しく思います。此れからも慢心せず、地道に精進して行きたいと思います。

音は確かにしたのですが・・・・・・。
其れも、人が落ちたのにしては、小さかった気がします。

リュミエールさんへ
コメントありがとうございます。

ええ。逃げて正解でした。
あのまま釣り上げていたらどうなっていたのか・・・考えるだけでサブイボが止まりません。多分、あの池に行く事も出来なくなっていたと思います。

目の前での出来事を見ているかのように読み進めて行きました。
文章力の高さを今更ながら、感じました。

やあロビンミッシェルだ。

さすがは紺野氏、俺とは違い抜群の安定感だな!…ひ…
水しぶきが立たない所に感動したよ…ひひ…

うーん、単純に恐ろしい。もし釣りをしてて水死体を釣り上げてしまったらトラウマになって釣りしたく無くなるかもですね。