中編6
  • 表示切替
  • 使い方

犬と魔女

気づくと暗い部屋にいる。

奥の古びた机に魔女がいる。

魔女特有の長い鼻に窪んだ目。

帽子から服まで全て黒尽くめの西洋人。

ランタンを机に置き、なにやら勧めてくる。

それはオレンジ色の卵で半分に割られている。

中は緑の白身に黄色い黄身。

それをニタニタ笑いながら差し出す。

いつの間にか口に含まれるそれの味は最悪だ。

そうしていると急に畑にいる。

家の隣の畑に似てるが野菜も土も全て枯れ、荒野のようだ。

するとそこにまた魔女がいる。

小さな木のベンチに腰掛けてさっきの卵を持っている。

そしてそれをまた勧めてきて、いつの間にか食べている。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

目覚めはいつも最悪だ。

上記の内容はおとぎ話じゃない。小さいころからたまに見る夢だ。

僕にとりわけ害はない。

ただこれを見ている時は尋常じゃないくらい嫌な気分なんだ。

夢をみた数日後に親戚が死んだことも何度かある。

ただ元々病気や寝たきりでもう死んでもおかしくない人々だった。

だから怖いとかそういったことはないし、この夢が死の予知夢的なものなのかも確信がもてない。

幼いころの記憶は夢以外は曖昧だからなんとも言えないのだ。

ただ本当に嫌で、その魔女も卵も痛烈に嫌悪している。

こんな奇妙な夢を見続けていた少年時代。

これからこの夢が終わった出来事について話そうと思う。

僕の家は一軒家で、一匹の雑種犬を飼っていた。名前はDとする。

Dは僕がまだ幼稚園児の頃に、親類の猟師をやっている方の猟犬が数匹の子犬を産んだ。その中で一番気に入った雄犬を僕が両親に懇願して買い始めた犬だ。

名前も僕がつけて、本当に可愛がっていた。

Dは僕に一番懐いており、本当に大好きな犬だった。

猟犬の血を引いてるため言うことをしっかり聞く、中型より大きめの犬だった。

Dのお気に入りの広い公園では紐なしでも呼べばちゃんと戻ってくるし、一度僕と幼かった弟が散歩の途中で公園ではぐれた時なんかは、弟を先導して家まで連れて帰ってきたほど優秀な犬だった。朝は父、夕方は母か僕か弟の計2回、よほどの悪天候でない限り毎日数キロの散歩に連れて行っていた。小学校中学年ごろまでは夕方の散歩は僕と2つ下の弟で行くことがほとんどだった。

しかしそんなDは怒ると非常に獰猛で、一度僕は怒らせて顔を噛まれて縫う怪我を負ったこともあった。そのため食事中や散歩終わりに家の鎖につなぐ際は気が立ってるので少し怖かった。

散歩も万が一のことを考え、人がいない早朝と夕方も他の犬の時間帯と被らないようにしていた。

時は経ち、小学校高学年頃になると友人と遊ぶことやクラブ、習い事で忙しい日々を送っていた僕はDを可愛がっていたものの、散歩に連れて行くことはほとんどなくなり、夕方はほぼ母が連れて行っていた。ただし、弟と違って僕はほぼ毎日帰宅するとDと遊びんで楽しんでいた。

そんなDも僕が中学生になった頃には年っぽさが出てきて、僕とあまり遊びたがらなくなった。野球部で忙しい日々だったが、夕飯後にしていた日課の素振りの際や、親に怒られて家に入れてもらえない時にはどうしてもDと遊びたくて、小屋で休んでいるDを呼びつけて無理やり遊んでいた。「ご飯」と「散歩」というフレーズには必ず反応したので、Dをその二つの言葉で騙し、小屋から出していた。

そんなことを繰り返したせいか、休日に遊ぼうとしても散歩にも連れて行かない僕には寄ってこず、父か母にばかり尻尾を振ってじゃれていた。だからそれ以降、休日はなるべく散歩に連れていくようにしたら、少しずつまたDの方からじゃれてくれるようになった。本当に嬉しかった。怖い時もあるし、噛まれた事もあるけど本当に好きだったから部活を引退したら必ず散歩に毎日連れて行こうと思った。

だがそれは叶わなかった。

中学2年の秋の終わり、Dは病気で死んでしまった。死ぬ一週間前頃からもう立つこともできなかった。もちろんその前に獣医にみせたが手遅れだと言われた。素振りをしながら小屋にも自分で入れないDを見てると涙が出た。死ぬ4日前には大雨が降り、小屋に地力で入れないDを抱えて玄関で体を拭いてやった。元気な頃は抱き抱えようとすれば唸って噛みつこうとする性格だったし、病気でもなお凛とした猟犬の風格を崩さなかったDのため、正直少し不安だったが噛まれてもいいと思った。

そんなDの看病を僕は進んでやった。

しかしDが死ぬ3日前、僕は例の夢を見た。もちろん目覚めの気分は最悪だった。因みにこの時にはまだ夢と親類の死の関係性には気づいていなかった。だから「またあの嫌な夢を見たなぁ」くらいにしか思ってなかった。ただもっと最悪だったのはDの遠吠えだ。夜になると悲痛の遠吠えをするようになった。僕は鳴くたびにDの元へ行き、撫でて鳴き止むのを待った。さすがのDも辛そうな顔をしていた。身も痩せ細っていた。Dの元へ行くたびに辛かった。

それが2日続き、3日目の夜も鳴き出した。昼はなぜか鳴かず、僕が家にいる夜に鳴く。医学的に夜辛くなるという見解があるのかもしれないが、僕の父は「お前に会いたいんじゃないか?お別れを言いたいのかもしれないから今日も行ってやれ」

そう僕に言ってきた。

ただ僕は本当に弱ったDを見るのが辛かった。

いや、本当は心の奥で「どうせまだ大丈夫、オレも部活で疲れてるんだ」と思い、その日は行かなかった。しかし僕が行かなかったからか、その日は夜遅くまで鳴いて止んでを繰り返していた。

僕はいつの間にか疲れて寝ていた。

翌日、いつも強気な母が珍しく優しい声で僕を起こした。

「起きなさい。Dが死んじゃったよ。」

覚悟はしていたが辛かった。Dの亡骸は白目を剥き、もがき苦しんだ様にも見えた。

その晩僕は人生で一番泣き、最後の晩に会いに行かなかったことを後悔した。

ここで本題に入る。

犬の前置きが長くなったが、結論からいうとDが死んで以降あの嫌な夢は見ていない。いや、おそらく一度見ているのだが、家の隣の畑に行くシーンで、魔女が僕に再度あの嫌な卵を勧めてくるのだが、その時になにか背後に強い気を感じて目が覚めた。というか覚めたんだと思う。

なぜかこの夢を見たときは必ず内容を記憶しているのに、この一回だけは畑以降が曖昧なのだ。ただ何かしらの気を感じたのは確かで、その気は薄茶色な気がするんだ。

ここからは僕の仮説だが、きっとDがあの魔女を追い払ってくれたんだと思う。だって家の隣の畑のシーンで畑に体を向けた時に背後にあるものは犬小屋だから。そしてDは薄茶色の毛並みだったから。

Dが最後の3日間鳴き続けて僕を呼んだのは、あの魔女を一緒にあの世へ連れ去るためだったんじゃないのかとも思う。これに関しては最終日には行ってあげてないし、かなりこじつけがましいが。ただもし本当にDが僕のために鳴いてくれてたんだとしたら、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

結局この魔女がなんなのか、本当に僕の周りの死と関係かるのかどうかはわからない。

それから数年後に両親が貰ってきた新しい犬を今でも飼っているが、そいつに僕はいつもこっそり伝えている。

「お前の先代はとっても優秀だったんだ。きっとお前のことも守ってくれてるさ」とね。

こうして書いてみるとかなり妄想めいたイタいやつみたいだが、この話は僕にとって一生特別な思いと後悔をさせてくれる話なのである。

Concrete 59189e6fb4d79119a63e92183ffb92aeb8f46031afd97d5db060811ce15c35e6
閲覧数コメント怖い
36320
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ

こなきさん
コメントありがとうございます。
やはり動物には人間にはない感覚があるのでしょうね。

我が家にも茶色い大型犬がいます。
時折、誰も居ない玄関や壁に向かって吠える事があります。
きっと、その悪夢か、もしくは畑にいた魔女を追い払ってくれたのでしょうね。