中編6
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夏の怪下

music:1

…『泉井ぃ?』

電話の相手はその名前に食いついた。

昨日の昼に出会った、不思議な女性の名だ。

「そそ、凄い口調の荒い…『あの女狐か!』

僕の声をかき消し、友人の声が携帯から響く。

その友人は、自称霊能者の友人で、今は県外でバカンス中なのだ。

その後、泉井と言う女性の散々な悪口を言ったのち、落ち着いた口調に戻った。

『で?俺に電話したってことは、なんかあったんやろ?』

「泉井って人のことを聞きたいのと…

ちょっと街の様子がおかしいんよな」

『……おかしい…?』

口調が妙だこういう時はもっとがっついてくるのだが、今日は妙に落ち着いている。

いや、落ち着きすぎている。

「何か…知っとるん?」

そこから、彼は言いずらそうに少し口ごもったが、観念したのか語り出す。

内容を要約すると、今この街に《化物》が居ること、この街の所謂《霊能者》達がその異変に気付いているであろうこと。

そして…

『そいつの目的は、ある人間を連れて行くことだ』

僕の頭の中で何かが繋がった。

そして、問いかける。

「そいつの目的は、お前だな」

『ッ!』

ケータイの向こうで、息を呑む音が聞こえる、そして、通話が切れた。

なんだ?この街で何が起ころうとしているのか…。

その日の夜俺は夢を見た。

白い影、仏像、友人、そして…

《化物》だ。

指が無数にあり、そいつには目がなかった。

目が覚めた、ケータイのバイブ音が

「ヴヴヴヴ…」と鳴り続けている。

電話だ、相手は非通知。

受話器の記号を押し込み、スピーカーを耳に当てる。

聞き覚えのある暴言が聞こえた。

『おはよう、クソガキのお友達』

「モーニングコールですか?」

泉井さんだ、彼女に電話番号を教えた記憶はないのだが…。

『そうやね、まあ、外見てみ』

言われるがままに、日の光を遮る厚いカーテンを開け放つ。

「なんだこれは…」

そこに降り注ぐはずの日光はなく、夜のように真っ黒な空がどこまでも続いていた。

不意に視線を落とすと、人影が物陰に隠れた様に見えた。

『見たか?』

「なんなんですか?!」

自分でも驚くほど動揺していた。

『私にもわからんけど、良い傾向にないのは確かやね』

彼女は落ち着いている。

まただ。

視界の下の方で何かが蠢いた。

『電話じゃラチがあかんな、駅前のコンビニに集合!』

と言い残し、電話が切れた。

カーテンを閉め、洗面台で歯を磨く、リビングでは母がテレビを見ていた。

「今日は天気が悪いなー」

真っ暗じゃないか?と問うと、曇りやなと返ってきた。

耳鳴りがする…。

部屋に戻り、着替えようと部屋に戻った時だ、ふと、違和感に気づく。

いつもと同じ部屋…。

カーテンが開いていて…。

違う、僕はカーテンを閉めたハズだ。

カーテンの下側から、白くて細い物が伸びた。

下から棒が伸び、先はまた五本に分かれている…。

手だ…、僕の部屋はマンションの5階だ。

下から手なんか届かない。

カーテンを閉めた。

その時に見てしまった。

腕は一本ではない、無数に下の階から伸びてきている、まるで地獄からの使者が現世の者を向こうに引き摺り込もうとするように。

着替えだけ取り、部屋から飛び出した。

その時は半泣きになってたと思う。

着替えて、外に出る。

耳鳴りがひどい…。

廊下の淵にも手が伸びていた。

エレベーターに乗り込み、駐輪場に出る。

誰ともすれ違わない。

自転車にまたがり、全速力で駅前のコンビニまで駆けた。

見憶えのある女性がポストの上に腰掛けていたので声をかける。

「泉井さん!」

泉井さんは何処か向こうのほうを見ていたのだが、俺の存在に気付くや否や、黙ったまま見ていた方角を指差す。

人が歩いていたのだが、顔には表情がなく目は虚ろ、そんな人間が複数、列になって同じ方向へ歩いていく。

ぞっとする光景だ。

まるで死者だ、と僕が呟くと、泉井さんが

「死者だよ」と諭した。

続けて、あれはお化けだと。

ゾッとした、この街に、これだけのこの世のものではない存在が闊歩しているのか。

そうそう、と泉井さんが思い出したかのように切り出した。

「ここのコンビニの人に聞いたよ」

店員によるとここ数日客が入らないのだという。

「あと私、これの原因分かったかも」

と言うと、付いて来いと言い、歩き出した。

そこには、人間が数人居た。

おやおや、と泉井さんが頭を掻く。

女の子が一人、中年男性が二人、僕と同い年だろうか、高校生らしき少年が一人

そして、泉井さんと僕がその場に集まった。

彼らの背景には、墓標のような物が山のように積み重なり、その上に仏像が立っていた。

それが昔は二対になっていたのだろうが、片方は足だけが無残に残されていた。

「師匠のお使いで参りましたぜ」

と女の子が敬礼のようなポーズをとる。

少年は黙っている。

すると中年が口を開いた。

「この街にもこんなに強者がおったんやなぁ」

続けて、俺は井野や、と自己紹介した。

「これが原因とちゃうんか?」

と泉井さんが言うのだが、もう一人の中年がそれを否定した。

「これは結界だったみたいですね」

声のトーンを落とし、異物はもう入り込んだようです。

彼らが友人の言っていた霊能者達なのだろうか?

と考えていると女の子が歩み寄ってくる。

「あなた、高校生ですか?」

不意に声をかけられ、少しテンパってしまうが、そうだと返す。

続けて

「高校3年」だと

すると女の子は「じゃ、年上ですね!

よろしくお願いしますね」

と言うと、そそくさと仏像の方へと行ってしまった。

井野が口を開く

「動こうか」

彼にはこの異変の元凶が分かっているのだろうか?

「先輩…師匠みたいな匂いがしますね」

不意に耳元で囁かれ、ひゃっ、と悲鳴をあげてしまう。

その様子を泉井さんが横目で見ている。

目が『遊びじゃないんだぞ』と語っているようだった。

ゾクっとする、急にばの空気が凍ったような錯覚。

誰も何も喋らない。

中年男が声を上げた。

短い言葉で

「化物が…」

彼の額には汗が浮き出ていた。

彼の視線を追うと、僕もゾッとした。

2メートルほどの巨体肌が爛れたようにドロドロで、目がなく、頭からは角のようなものが伸びている…。

手には丸い物が抱えられていた。

その後ろには、死者達の列が並んでいた。

そして一言

『見たな』

中年男が後ずさる、すると、井野がスタスタと前へ歩み出る。

女の子が危ないですよー、と声をかけるが、無視し、化物に近づいてゆく。

少年が居なかったが、逃げたのだろうか?

僕も逃げたかったが、井野の背中を見守る。

「大丈夫ですかね」

と女の子が腕に抱きついてくる。

井野が一瞬、こっちを見た、その横顔が笑っているように見えたので、友人みたいだと思ってしまった。

化物の目の前で止まる。

泉井さんも前に歩み出ていく。

井野が叫んだ。

「お前の目的の人間はこの街にはいない

さっさと立ち去れ」

『見たな』

「ここで異端なのはその人間じゃないお前だ、現世の番人であるお前が秩序を乱すな」

『見たな』

井野が舌打ちをしたのが聞こえ

一言

「しゃあない、連れて行くか」

そう言うと、化物の頭部を強引に掴み、引き摺る。

化物は抵抗できずに地面と擦り合わされる

泉井さんが後ろから追っかけて行き

何か喚いていた。

すると女の子が一言。

「私たちが出る幕ありませんでしたね」

中年男もそうだな、と返すと踵を返し歩き去った。

僕も己の無力を実感した。

その後の話だ。

泉井さんから友人に電話があったそうだ。

一応、化物の処分ができたこと、あとは嫌味だったそうだ。

「お前のせいで大変やったな」

と言ったのは僕だ。

すると、ハァ?!という友人の声が返ってきた。

「なんで俺のせい?」

「お前がなんかしたんちゃうん?」

「まさか、俺は何もしてないわ」

「へ?でもあの時…」

そう、彼は僕がこの件に関わることを恐れていたのだ。

なるほど、僕の…早とちりか…。

あっけなく終わってしまった僕の体験だった。

「その化物の正体、教えてやろうか?」

友人がニヤニヤしながら言う。

「あれは、俗に言う閻魔様やで」

それだけ言うと、彼は爆笑した。

結果、僕は彼に上手く騙されたわけだ。

あの時の真実を知ったのは、もっと後の話。

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