長編9
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きさらぎ駅もどき

くそ…。どうなってやがるんだ。

電車に乗っていて微睡んで、ふと目が覚めたら誰もいねぇ。そのうえ何とも言えない嫌な気分がしやがる。

ただでさえ腹が減ってイライラしてんだ。俺は意味も無く舌打ちをした。

せめてもの手掛かりになればと窓の外を眺めてみるが、そこはただ暗闇。

「どういうことだ…。」

思わず口をついて出た言葉だけが、その場で聞こえた唯一の音だった。

…そうだ、運転手。

運転手をとっ捕まえて、どういうことなのか聞き出してやる。

席を立ったその時、何の前触れもなく急停車した。バランスを崩し、その場に崩れる。

「何だよ…、畜生。」

腰をさすりながら立ち上がる。すると、目の前でドアが開いた。

「…ん」

駅のホームに一つだけ、人影が見える。俺は電車を降り、そいつに近付いた。

「おい、あんた!ちょっといいか!」

が、人影は反応しない。シカトか?腹が立った。

「おい!聞こえてんだろ、そこのお前だよ!」

再び声をかけたが、それも無視。

完全にキレた。俺はそいつに歩み寄り、肩を揺さぶった。

「お前、いい加減に…。」

そいつはそのまま倒れてきた。そして、俺の腕の中にそのざくろのように割れた頭を委ね、空いた眼窩で俺を睨みつけた。

「………。」

俺は何の躊躇いもなく、そいつの首に食らいついた。少しばかり固いが、腹の足しにはなる。

出来るだけ綺麗に骨まで舐め、残骸は地面に吐き捨てた。

どうやらこの場所は死者のプラットホームとでも言うべき場所らしい。

俺は改めて駅の中を見回してみた。

普通の駅と全く変わらない見た目だったが、何かが違う。

「そうか…。」

全くと言っていいほど人の気配がしないんだ。

それに、さっきの奴を食い切るのにそれなりに時間もかかっているのに、さっきから全く電車が通らない。

「ちっ…。この俺がこんな厄介事に巻き込まれちまうとはなぁ。ついてねぇ。」

俺は反対側の線路に降り、様子を探る事にした。

歩いて進んでいくと、前の方に幾らか人影が見えた。

「あいつらも全部死体か?」

万が一の為に足音を忍ばせて、それらに近付く。

その場に立ち尽くす4、5人分の人影は、全て死体だった。俺はその中でも鮮度の良さそうな一体を選び、また食いついた。

「貪欲ですね」

「⁉︎」

突然後ろからかかった声に驚いて振り向くと、そこには黒髪をオールバックにし、銀縁眼鏡をかけたサラリーマン風の男が立っていた。

「お…お前、何者だ?」

場合によってはこいつもこの死体のように…。

「あ、失礼致しました。まだ名前を名乗っておりませんでしたね。」

男は軽く会釈した。

「私、黒井商事の和歌歩 陸と申します。以後、お見知り置きを。」

「あ、ああ…。俺は…。」

和歌歩と名乗る男は、俺の名乗った名を聞いて微笑した。

「氷河 真黒さんですか。中々面白い偽名を作られましたね。」

「…何でその事を」

「分かりますよ、これくらい。そもそも氷河なんて苗字の方はそういませんし、真黒なんて名をつける親もあまりいないでしょう。」

和歌歩 陸ってのも中々だと思うがな。

「ところであんた、ここがどこだか分かるか?あんたも電車に乗ってて気づいたらここに…ってパターンじゃなかったか?」

「質問は一度に一つまでにしてください。」

「あ、ああ…。すまない、つい。」

…って、

「何で見ず知らずの人間のあんたに謝らんとならんのだああ‼︎」

「あなたが勝手に謝ったんでしょう。私に責任はありません。」

一体何だ、このやけに癪に障る男は!

やっぱり喰ってしまおうか…。

「あなた、私の事を襲おうとしてますね?」

ギクッ…。

「そ、そんな訳ないだろう!大体ほら、人間を襲う人間なんていない。」

「それはそうでしょうね。ですが、そもそもあなたは人間じゃありませんよね。」

更にギクッ…。

「あ…あんた正気か?いきなり出てきて俺が人間じゃないとか…。」

「いたって正気ですよ。」

和歌歩は俺の目の奥を覗き込むようにして、俺の言葉を遮った。

「もう隠さなくても構いませんよ。何もあなただけではありませんから、人間ではないのは。」

「え…?」

そう思った瞬間、和歌歩の後ろから二つのヘッドライトが近付いてきた。

俺は急いでプラットホームに飛び乗った。が、和歌歩はその場に立ったままだ。

「お、おい。何やってんだよ、電車来てるぞ!避けろよ!死ぬぞ!」

彼はゆっくりとこちらに首を動かし、言った。

「丁度良かった。見ていてください、そうすればすぐ分かります。」

「分かるって何が…。」

言い終わらないうちに、電車が目の前を通り過ぎた。

「…。」

恐る恐る線路を覗き込むと、さっきと変わらない体勢で彼は立っていた。

そして妖しく笑い、言った。

「死にませんよ。幽霊ですから。」

はああ⁉︎

「え、な、何でこんなとこに幽霊っ⁉︎ちょっ、混乱してきた…。」

和歌歩は端正な眉を少し歪めて、

「あなたも人の事言えないでしょう。大体何ですか、あなたは。化け猫ですか、その尻尾からすると。でも猫にしては若干耳が丸い気が…。」

「え‼︎」

俺は慌てて自分の体を見回した。

「…‼︎」

いろんな人間からネコババして、やっと貯めた金で買ったスーツのズボンを物の見事に突き破って、懐かしの我が尻尾が出ている。

「シュールですよ。化け猫サラリーマン。」

「違うっ!俺は猫じゃねぇっ!」

「これは失礼。では何ですか?」

俺は高貴な光沢のある黒の尻尾を一振りして、和歌歩を見下ろした。

「俺は果てしなく長い時を生き、人に化ける術を得た黒豹の妖だっ‼︎」

決まったあ‼︎どうだリーマンの幽霊、参ったか‼︎

「…大して間違ってませんでしたね。」

えっ?

「あ、あのさ…。普通ここで恐怖におののいてひれ伏すとか、するでしょ?黒豹だよ?」

「でかい黒猫でしょう。」

「いや、違うだろ!」

…ったく!やっぱ喰って…無理か。透けるか。

「そもそもそんなに凄いなら、どうしてこんな所に迷い込んだんですか。」

あ…。

「い、いや、やっと人間になれたからまずはそれなりの生活をしてみたいなーっと思って、会社ってとこに行ってみようと思って電車ってやつに乗ってたらここに。」

そこまで話すと和歌歩は深々と溜め息をついた。

「あなたには常識ってものがないんですか。こんな時間から出勤する会社、普通のとこじゃあり得ませんよ。」

「え、だって今は8時…。」

「8時は8時でも夜の8時でしょう!そんな事も分からないなんて、アホです。サル以下です。あ、猫でしたね。」

「ひょ〜う〜!く〜ろ〜ひょ〜う〜‼︎」

クソッ…。屈辱だっ‼︎なぜこんな身の丈160㎝程の人間の幽霊にへこへこしなくてはいけないのだっ‼︎

「あなた、きさらぎ駅という都市伝説を知っていますか?」

ふと、和歌歩が俺に質問してきた。

「は?知る訳ないだろう、人間社会は初心者なんだ!」

「私が怒られる筋合いはありませんね。私は親切にも初対面のあなた…。アホ黒猫にこの場所について教えて差し上げようとしてるんですよ。」

「誰がアホ黒猫だっ‼︎」

「人が話してる時は黙って聞きなさい。人間社会の常識です。」

俺が黙ると、和歌歩は頷いた。

「よろしい。それでは私がこのようなケースについてお教えします。」

彼はふわっとプラットホームに登り、線路を手で示した。

「このような生者と死者の世界の狭間に存在する駅…、まあここでは利便性を考えてきさらぎ駅もどきとでも呼びましょう。」

「余計分かりづらいんだが…。大体俺はその元ネタのきさらぎ駅を知らないんだって。」

「だからこれからその説明をすると言っているでしょう。せっかちですね、だからそんなにアホなのです。」

「関係ねーだろっ⁉︎」

いちいちムカつくなぁ〜、本当に!

「きさらぎ駅とは、巷で囁かれる都市伝説の一つです。内容としては、あるサイトに書き込まれた助けを求めるメッセージから始まり、オチでは書き込みをされた方の所在が知れなくなるというものになります。」

「へぇー。」

「その中に出てくるのが、今あなたが迷い込んだこの場所によく似た『きさらぎ駅』です。」

「ほぉー。」

和歌歩は説明を終えると、こちらに背を向けた。

「それでは私はこの辺で失礼します。頑張って脱出してくださいね。」

「はあ?お前こっから出られんの?」

「え?あ、はい。」

「それなら出口教えろよっ‼︎」

和歌歩はこちらをきっと睨んで、

「それが人に物を頼む態度ですか」

その雰囲気に気圧されて、俺はぎこちなく頭を下げた。

「うっ…。で、出口を教えてください…。」

すると彼は満足気に笑い、言った。

「私は幽体専用の出口しか知りません。それでもよろしければお連れしますが。」

ちっくしょおおお‼︎このドSサラリーマン幽霊がああ‼︎

「それじゃ俺は出られねーじゃねぇか!クソッ、テメェみてーななーんの役にも立たねぇようなリーマンの幽霊なんかどっか行っちまえっ‼︎少しでも期待した俺が馬鹿だった!」

…。

流れる静寂。

「…おーい?」

そっと呼びかけてみる。

「…まさか本当にどっか行っちまったなんて事ねーよなぁ?」

辺りを見回す。誰もいない駅は、俺が和歌歩に会う前とちっとも変わっていない。

「おーい!和歌歩ー‼︎…さん!」

敬称をつけてみたが、出てこない。

…俺はもしかしてここから脱出するための手段を自分で絶ってしまったのか?

「和歌歩さーん‼︎ち、ちょっと言い過ぎた、謝るからさ!出てきてー、お願い、お願いします…‼︎」

叫んでも、自分の声が無人のプラットホームにこだまするばかりで、反応はない。

「和歌歩様あー…。俺が悪かったです、だから脱出の手助けしてくださーい…。」

無反応。

「…はあ。どうしよう。」

俺は寂れたベンチに腰掛けた。

人間社会で暮らすの、本当はすげー楽しみだったのに。それなのに、町に降りて来て早々こんな訳分かんないとこに閉じ込められて、さっきの死体のあいつらみたいに朽ちるのか?

いや。

まだだ。

まだ、俺は動けるじゃないか。

あいつらのような木偶とは違うじゃないか。

俺は崇高で気高い、黒豹だっ‼︎

俺は思い切り、咆哮を上げた。

美しく引き締まった四つ脚のシルエットが、静まり返った駅の線路を駆け抜けていく。

(絶対ここを出る。ここを出て、夢だった檻の外の生活を。朝が来て、餌を貰って、見せ物になる。そんな生活からやっと抜けたんだ。全て自分で切り開く、人間社会へ‼︎)

トンネルに入る。暗くなる筈の視界は、不意に白い光に包まれた。

気付くと、人々の行き交う駅のプラットホームのベンチに横になっていた。

身体を起こすと、節々に痛みが走る。

「…出られたのか?」

階段を登り、辺りを見回す。

沢山の人間が、急ぎ足で歩いている。

今まで檻の中からでしか見た事のない人間。動きを止め、生きるのを止めた人間は餌にしか見えなかった。が、こうして見てみるとそればかりでもないきがした。

そんなせかせかした集団の中に、見慣れた顔があった。

「…和歌歩!」

彼は俺の声に振り向き、俺の姿を認めると微笑した。

「俺、あそこから出たぞ!自分の力で!」

再度呼びかけると、彼は微笑んだまま言った。

「良かったじゃないですか。」

そして踵を返し、人混みの中へ消えかけた。

「待てよ!」

和歌歩が足を止めた。

「礼も言わさずに消える気か。卑怯だぜ、そーゆーの。」

「私は何もしてませんよ。あの場所から出られたのは、全てあなたの力です。」

「いや。俺、あんたに会うまで思い上がってたんだ。本当、文字通りの井の中の蛙だったのさ。檻の中から本気で出たいと、本気で自由に生きたいと思わないと出られなかったんだろ、あの場所は。」

よく気付きましたね。和歌歩はそう言って、人混みを擦り抜けながらこちらに歩いてきた。

「その事に自分で気付く事が、あの場所を出る鍵だったのですよ。あなたは見事にそれをやってのけた。素晴らしい事です。」

これからどうするんです、という和歌歩の問いに、俺は即答した。

「和歌歩さん、あんたの元で幾らか修行したい。人間としての作法をある程度身につけたいんだ。」

彼は困ったように微笑んだ。

「私は来るものは拒みませんが、来る事をお勧めはしません。」

「構わない。拒まないんだろう?」

「ええ…。」

かくして、俺は彼の元で暫く修行をすることになった。これから起こる事件の数々は、そんな俺達の修行の数々だ。

「和歌歩さん。あそこにいた時の腹立つ態度も、全部俺を思っての事だったんだな?」

「いいえ。本心ですよ。」

「…えっ?嘘でしょ?」

「そんな嘘ついて何になるんです。あれが私の通常運転です。」

…やっぱちょっと後悔。

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