中編5
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水餃子さんの話

怖い話ですか?

香君は、いつも自分が怖い体験をしているでしょう。

何、学校で体験することはファンタジック過ぎてついていけない。

だからって、幽霊の私に怪談をせがむのは御門違いでしょう。

…まあ、ない訳ではありませんがね、そういった体験の一つや二つ。

話して欲しいって?

構いませんが…。香君、その前に、その机の上に置いてある熱帯魚の水槽、今の内に世話をしておいた方がいいですよ。

もしかしたら、水槽を覗けなくなってしまうかもしれませんからね。

…はい。それでは語らせていただきます。

これは私が生きていた頃の話なのですがね。その日、私はいつものように仕事を終えて、帰り道を急いでいたんです。

寒い季節でしたから、早く帰って暖まりたいのもありましたが、それ以上に最近飼い始めたウーパールーパーの水餃子さんの様子が気になっていたんです。

え、名前の由来ですか。見た目そのままですよ。水餃子にそっくりでしょう。

とにかく、私は家に帰って水餃子さんの水槽を覗いたんです。

元気に泳いでましたよ。ただ、ちょっと引っかかるところがありました。

休みの日に買ってきたホテイアオイに、長い黒髪が数本絡み付いてたんです。私はこの通り、いつもオールバックで固めてますし。解いた時に入ったにしても、私の髪にしては長すぎるものだったのです。一人暮らしでしたし、家族の物である可能性もない。まあ、そもそも水槽には蓋がしてありましたからね、髪なんて入る筈がないんです。

万一入ったとしても、水草にきっちり絡みつくのは不自然ですよね。

気味悪くなって、ホテイアオイごと髪の毛を捨てて、水槽の水を全部変えました。

それから夕食を摂り、入浴しました。当時、風呂場には金魚の水槽もありましてね。その中に住んでいたのが、きんちゃんです。ネーミングが安易?ほ、放っておいてください。続き、話してあげませんよ。

…素直でよろしい。高校生はそうでないと。

それで、いつものようにきんちゃんを眺めながら湯槽に浸かっていたのですが、そこでまた妙な事に気付いたんです。

きんちゃんの水槽の表面に浮かんだ、水餃子さんの分と一緒に買ってきたホテイアオイ。その根に黒髪が絡み付いていました。

また気味が悪くなって、急いで風呂を出、勿体無いとは思いましたが、そのホテイアオイは捨ててしまいました。

流石におかしいと思い、今度の休みにそれを買った店にまた行ってみようと思いました。そして、その日はもう寝てしまったんです。

次の日も会社へ行って、早く仕事を終わらせるつもりでいたんですがね…。長引く仕事が入ってしまって、残業していたんです。

仕事がひと段落したところで、コーヒーでも買いに行こうと思って席を立って自販機へ行きました。

いつも買っている缶コーヒーを買って、飲みながら席についたのですが、机の上を見てぎょっとしましたよ。

先程まで使っていたシャーペンに、ぐっしょり濡れた黒髪が無数に絡み付いていたんですから。

辛うじてコーヒーはこぼしませんでしたが、それを見た瞬間、一気に嫌な予感がしてきましてね。シャーペンに絡みついた髪を引きちぎるようにして取って、ゴミ箱に捨てました。髪の毛はシャーペンの中の方にまで絡んでいて、そのシャーペンはもう使い物にならなくなってしまいました。

仕方なくそれも捨てて、コートを引っ掛けるようにして帰路につきました。

嫌な予感は家に近づくにつれてどんどん強くなって、私の脳裏に最悪の想像がよぎりました。

結果から言うと、私の予感は半分当たって半分外れていました。

まず風呂場のきんちゃんですが、私が見たとき彼女は身体を長い黒髪で拘束されていました。私がそれを急いで解くと、彼女は少々ぎこちなくはありますが泳ぎ始めました。

次に、居間の水餃子さんですが…。こちらは手遅れでした。

口から入ってエラから出た数本の黒髪によって、水餃子さんは絞め殺されていました。

私はひどく後悔しました。もう少し早く帰っていれば、などと思いながら、水餃子さんの身体の髪の毛を解きました。

よほど強く締め付けられたのでしょう、水餃子さんの胴体にはくっきりと髪の毛の跡が残っていました。

私はきんちゃんに危害を加え、水餃子さんの命を奪った髪の毛が憎くてたまらなくなりました。

翌日、有給休暇をとってホテイアオイを買った店へ行きました。お恥ずかしい話、店主に文句の一つでも言ってやらないと気が収まらなかったのです。

店の辺りに着くと、何やら騒がしい。近隣の方らしい女性に声をかけて、どうしたのか聞いてみると、大変な事が分かったんです。

その店のご主人、殺人の容疑で捕まったんだそうです。

何でも、お付き合いしていた女性の方との些細な口喧嘩がこじれて、殺人に至ってしまったとか。

それが何の関係があるのかって?まあ、焦らず最後まで人の話を聞きなさい。彼が死体を隠した場所が問題なのです。

その店は割と大きい店で、建物の裏の生簀で水草などを栽培して販売していたんです。当然私の買ったホテイアオイもそこで育った物でした。

あ、香君、顔が青くなりましたね。ということは、もう何となく想像がついているんじゃないですか?

…そうです。その店主、あろうことか死体をその生簀に隠していたんです。

私は死体の養分で育ったホテイアオイを、我が家の大切な家族に買っていったという訳です。

私達のところに表れたあの髪の毛は、自分の居場所を伝えようとする、殺された女性のメッセージだったのかもしれませんね…。

なんて、幽霊の私が言うのもおかしな話ですけど。

さて、私の話はこれで終わりです。もう夜も遅いですし、香君、君はもう寝た方がいいでしょう。

え、最後に一つ質問?何でしょう。

…私がなんで死んだのかって?

香君、私のような幽霊にそういう事を聞くのはタブーってものですよ。お互い知らない方が幸せというものです。

それじゃ、香君。また。

水槽に浮く髪の毛には、くれぐれもご注意を。

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