中編5
  • 表示切替
  • 使い方

おとなしい住人

4月から大学生になる。

「まずは、住むところを探さないとな」

ということで、不動産屋に来ていた。

nextpage

「親にも無理して仕送りしてもらい、申し訳ないな…」

という気持ちからか不動産屋の人にも

「あの…住めればいいんで。多少ボロくてもいいですから」

と話していた。

nextpage

不動産屋の人は「そうですか…」といって、

後ろの棚からファイルを持ってきて、

アパートの写真が写ったページを開いた。

nextpage

「ここはどうですか?」

そう不動産屋の人が言って、

「風呂なしですが、近くに銭湯があって、

学生証を見せれば、割引してくれますよ」と続けた。

nextpage

俺は「えっ、割引いてくれるんですか? そこの銭湯?」

すこしでも節約できるなら、こちらとしては嬉しい。「もうこのアパートいいじゃないか。

ちょっと、所々サビついているけど、卒業するまでの辛抱だ」

nextpage

そう自分を納得させ、その日にアパートを見に行き契約した。

契約が終わったところで、不動産屋の人はこんなことを言った。

nextpage

「住んでいる方たちは、

みなさんおとなしい人たちですから」

nextpage

なんとなくその言葉が、すこし引っ掛かったが、もういい。

いよいよ、学生生活スタートだ。

nextpage

学生生活がスタートして、数日後の夜。

「ガタガタ…」という物音で眠りから覚めてしまった。

時計をみると、夜中の2時だ。

「なんの音なんだ…」

聞いているとどうやら、洗濯機をまわす音みたいだ。

nextpage

「なんでこんな時間に。 近所迷惑ってもんを知らないのか?」

「不動産屋も住人はおとなしいって、言ってたじゃないか…」

すこしイライラしながらも、布団を頭までかぶって、その夜はふたたび、眠りに落ちていった。

nextpage

数日たった日の夜、

昼間の講義内容を復習しようと、

遅くまで机に向かっていた。

「ガタガタ…」っと、また洗濯機を回している音。

nextpage

「なんでこんな時間に。よっぽど仕事が忙しいのか?」

いろいろ思いながら、時計を見る。

時間は夜中の2時をさしていた。

「このまえと同じ時間…」

nextpage

そう思っていると、なにか声が聞こえてきた。

「グスッ…。うぅっ…。グスッ…。うぅっ…」

その声は女の人のようで、鼻をすすりながら、

泣いているようだった。

nextpage

「部屋の外で泣いているのか…?」

「いったい、何号室の住人なんだろう」

nextpage

手を止めて、

しばらくその声に聞きいっていた。

すると、だんだん洗濯機の音と、

すすり泣く女の声は聞こえなくなっていった。

そのあとしばらく、机に向かったが、

集中力がなくなり、布団に入って寝ることにした。

nextpage

しばらくたったある夜、

居酒屋のバイトを、俺は始めていた。

nextpage

バイトはまだ始めたばかりで、

深夜、自分の部屋に戻ってきたところだった。

「あーっ、なんだよチクショーっ」

nextpage

そう言葉にだしながら、部屋のかべに背中をおしつけて、

そのままズルズルっとしゃがみ、

その辺にあった漫画を台所に向かって

投げつけていた。

nextpage

バイト先の先輩に理不尽な説教をされ、

苛立っていたところだった。

すると、またあの音が聞こえてきた。

nextpage

「ガタガタ…」

また、洗濯機を夜中にまわす音が聞こえる。

時計をみると、時間はやはり、夜の2時をさしている。

しばらくすると

「グスッ…。うぅっ…。グスッ…。うぅっ…」

と泣いている女の人の声が、また聞こえてきた。

nextpage

このときは、なんとなく気になり

「ちょっと、様子をみてみよう」

そう思って部屋のドアをすこし開けて、

外の様子をうかがった。

nextpage

「2階のどの部屋の住人だろうか…」

そう思って、もうちょっとドアを開け、

2階の各部屋に通じている通路を見渡す。

「だれもいなさそうだよな」

nextpage

あらためて、玄関に置いてある

サンダルを履き、

自分の部屋をでて、様子を確認しにいった。

204号室のまえあたりに、昔の2層式の洗濯機がある。

nextpage

「これがさっきまで、うごいていた洗濯機だろうか…」

そう疑問に思うほど、その洗濯機は古かった。

nextpage

「それにしても、さっきまで、泣いていた女の人は?」

「もう部屋に入ったのだろうか…」

いろいろと腑に落ちない、気持ちをかかえながら自分の部屋へと戻っていった。

nextpage

翌朝の10時頃、

俺は近くのコンビニまで行くのに、

部屋のドアのカギを閉めていた。

すると、アパートの1階の方から物音がしたので、自分のいる2階から、その様子をうかがっていた。

nextpage

アパートの1階にある部屋から

荷物を運んでいて、

その人は、50代くらいのおじさんだった。

nextpage

「そういえば、初めてここのアパートの住人を見かけたよな…」

そんなことを考えて、その様子を見ていると、

そのおじさんもオレに気づいて、こう質問してきた。

「お兄ちゃん、このアパートに住んでるの?」

nextpage

1階からそのおじさんは呼びかけた。

オレはもちろん「はい、そうです」と答えた。

続けて俺も「このアパートの住人の方ですか?」と聞く。

ちょっと間があってから、妙なことを言った。

nextpage

「このアパートに住んでいる人は、

だれもいないよ」

nextpage

住んでいる人はだれもいなってどういうことだろう…。

夜中に洗濯機を回していたのは…?

あれは人ではなかった…ということ?

なんだか、サーッと、

背筋が寒くなってきたような感じがした。

nextpage

そのおじさんはこう続けた。

「いやー、ここの家賃やすいでしょ?

だから、物置小屋みたいにつかっていてね。

家から近いし。それにここ、

夜中になると、洗濯機まわしながら、

女のすすり泣く声が聞こえるっていうんで、

住む人はいないんだよね。

不動産屋の人、なんか言ってなかった?」

nextpage

その言葉を聞いて俺は思い出した。

不動産屋が言っていたあの言葉。

「住んでいる方たちは、みなさんおとなしい人ですから」

あの言葉の本当の意味は、このことだったんだ。

nextpage

最初から、このアパートには、

俺1人しか住んでいなかった…。

nextpage

その後すぐに友人に電話し

「今夜、泊めてくれ」と言っていた。

その友人は「おまえ、住んでいるところ、どうしたんだよ。

アパートあるだろ?それに布団1つしかないぜ」

nextpage

すると俺は「一緒に寝ればいいじゃん。頼むよ…」

とその友人に懇願していた。

「キモチ悪いやつだなー」

そう、友人に言われつつ、

住んでいるアパートであったことを説明し、

nextpage

その夜は、友人の家に泊めてもらえることになった。

nextpage

そのあとも、しばらくその友人の家に泊めてもらい、あれ以来、夜にアパートへ戻ることはなかった。

ほどなくして、あのアパートからは、

引っ越しすることになった。

Normal
コメント怖い
0
3
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ