中編5
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失われた顔

怖い話というか、なんというか…

とりあえず、書いてみる。

俺は、とある調査関係の仕事をやっている。

4年ほど前に引き受けた調査で、労災関連の話があった。

ある会社で、事故があった。

ローラー車というのかな、地ならしする大きなローラーが前についた車に、女性従業員がひき殺されたって事件だった。

保険の支給の関係上、事故の概要調査や、遺族の意向を聞く必要があった。

で、俺は、遺族の話を聞きに、女性従業員の実家へと車で向かったんだ。

関西の方だが、俺自身は、初めての地域だった。元々漁村だったこともあり(今も釣り客は多いみたいだが)、潮の香りに満ちた、何というか集落というのは、こういうところを言うんだろうなと思った。

人通りもほとんどなく、天気が良い。昔ながらの家々が建ち並び、なんだか郷愁を誘う。

ただ、結構道が入り組んでたり、一方通行が多かったりするんで、ナビではこれ以上無理と思い、車を空き地のようなところに停めて、俺は徒歩で家を探すことにした。

しかし、見つからない。

15分ほどさまよっただろうか、いったん車のところに戻ってきた俺は、道を尋ねることにした。

ちょうど、女性が洗面器のような物を持ってテクテクと前を歩いている。

不審者に思われないよう、

「あの~、すいません、ここらにお住まいのAさんのお宅はどちらでしょうか?」

と聞いた。

前を歩いていた女性が振り向く。

俺は、心臓を鷲づかみにされた気がした。

普段着であるが、後ろ姿は、取り立てて特徴があるわけではない。

しかし、振り向いた顔は、唇がベロリとめくれ、歯が何本も抜け落ち、顔全体がいびつな歪み方をしている。

右目は血走ってギロリと見開かれているが、左目は見えているのか怪しいくらい瞼が落ちている。

後ろから見た髪は、取り立てておかしな様子もないのに、前髪は、気の毒なほどに荒れ果てている。

顎の形もおかしい。左から右へグリッと突き出したような形状で、不自然なほど左の頬がこけている。

まるで、そこだけ中身がないかのように。

昔、グーニーズという映画で、スロースという登場人物がいた。

第一印象は、子供の頃に見たそのスロースだった。いや、スロースをもっと歪ませたような…。

俺は、おもわず目を背けそうになったが、それは失礼だ。

何もなかったように、

「ご存じですか?」

と聞いた。

「…あっでぃ。」

女性は、自分の進行方向に向けて指を指した。

声を出すのが、かなり苦しそうだった。

「すいません、助かります。ありがとうございました!」

俺は、そう言いながら一礼し、女性に教えてもらった方向へ早足で歩き出した。

作り物の怖さではない。こののどかな風景に、今し方出会った現実の女性が、あまりにも不釣り合いに思えた。カバンを持つ俺の手が、少し震えているのが分かる。

何かの病気だろうか。生まれつきの障害だろうか。年齢ははっきり分からなかった。後ろ姿は、それなりに若く見えたのだが、顔を見ると、若いとも思えない。

俺は、後ろを振り返ることなく立ち去り、目的の家へとたどり着いた。

遺族の方は、かなり興奮しているだろうと思っていた。

だが、実際は、冷静に事実を受け止め、お金はどうでもいいんです、という態度だった。

話に入る前に、お焼香をさせてもらう。

遺影を改めて見ると、綺麗な顔立ちの人だ。

会社の関係者から先に聞いた話によると、事務員として勤めるようになってから、既に3年。

年配の従業員が多い職場だったが、みんなに可愛がられていたとのことだった。

特に、事故を起こした従業員は、自分の娘のように可愛がっていたとのことで、

「ワシの息子が独身だったら、絶対に○○ちゃんと結婚させるがなぁ」

と日頃から触れ回っていたとのことだった。

その分、悲しみは異常なまでに深く、当の従業員自身は、事故後に、自殺まで図り、現在でもほとんど放心状態で過ごしているとのことだった。

会社の方も、誠意をもって対応していたようだし、お母さんから恨み辛みは聞かれなかった。

保険金額について争うとかも考えていないようで、ただ、娘が可哀想に…嫁にもいかないで死んでしまうなんて…と、そう話すお母さんの言葉に、俺の言葉は詰まった。

調査如きを行う立場でしかない自分にとって、大したことなど出来ないが、できるだけお母さんの力になってあげたいと思った。

長らくこの仕事をやっていても慣れないこの感覚を抱えたまま、俺はお母さんにお礼の言葉を述べ、実家を後にした。

ふと思った。

車の方へ続く道には、さっき会った女性がいるかも知れない。

体中が総毛立つ。

顔を合わせればお礼の一言も言うべきだろうが、正直言って会いたくない。

何というか、本能が拒否している感じだった。

だけど、土地勘のない俺にとっては、来た道を引き返すしかない。

努めて冷静に、俺は引き返していった。

幸い…と言ったら失礼だが、女性に会うことはなかった。

俺は、安堵しながら車に乗り込もうとしたが、車のボディに、いくつも手形がついている。

薄汚れた茶色っぽい手形が、ボンネットに数カ所、運転席側のドアに数カ所ついている。

白いボディだから、とても目立つ。

俺は、車から汚れとりのウエットシートを取り出し、目につく箇所を拭いた。

幸い、汚れはすぐにとれた。

車上荒らしかとも思ったが、別に盗られたものはない。空き地とはいえ、私有地だろうから、怒った所有者がいじり回したのかも知れない。

いずれにしても、あまり気にしないようにして、俺はさっさと車を発進させた。

俺は、仕事場へ戻り、お母さんからの聴取内容を報告書にまとめていた。

この結果が、保険金額に直接影響することはないと思うが、お母さんの気持ちを代弁するつもりで書いた。

願わくば、保険金の担当者が少しでも汲み取ってくれるように。

そこへ、上司がやってきて、会社から提出された正式な報告書(事故直後の実況見分のようなもの)を渡された。

俺は、それをぺらぺらとめくりながら、事故現場の写真で、目をとめた。

それは、被害者の手元を写した写真だったが、おそらく被害者の血がついたのであろうコンクリートブロックのようなものに、薄汚れた茶色い手形がはっきりと残っていた。

色といい、形といい、今日、車についていた手形と全く同じに見える。

俺は、冷や汗が流れるのを感じたが、同時に、偶然だと思いこむことにした。

そもそも、手形なんて、ぱっと見た目違いは分からない。

ましてや写真だ。

たまたま、同じような色合いに見えるものだから、特異な体験と結びつけたくなるだけだろう。

俺は、自分に言い聞かせるようにした。

しかし。

次の写真には、被害者の事故直後の様子が写っていた。

俺は、本当に心臓が止まりそうになった。

ローラーにつぶされた顔…

ベロリとめくれた唇、顔全体がいびつな歪み方をし、右目はギロリと見開かれ、左目はズルリと瞼が落ち、左から右へグリッと突き出したような顎の形状。

そこには、まさに昼間出会った女性が写っていた。

偶然かも知れない。

これを書いてる俺の記憶は、写真に影響されていて、昼間に出会った女性を写真に近づけすぎているのかも知れない。

俺は、しばらく呼吸が出来なくなり、その後意識を失ったみたいだ。

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女性の顔の描写がうまいので気持ち悪さがリアルに伝わってきました