中編4
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生き埋め

music:1

高校生最後の2月、僕と僕の友人は飛騨地方へと旅に来ていた。

「やっぱ田舎はいいねぇー」

世界文化遺産である白川郷へと向かうバスの中、友人は上機嫌だ。

「やっぱ白川郷はいいねぇー」

あ、二度言った。

「ていうか、僕は行くの初めてやからな?」

「別にお前の言ったわけじゃないし〜、ヒダッチに言ったんやしよー

ヒダッチかわええわ〜」

友人は白川郷への旅路の途中に寄ったお土産やさんでヒダッチと言う飛騨高山のゆるキャラであるヒダッチのストラップを購入していた。

彼曰く、この顔が良いらしい。

そんな事よりも、眠い…

ここに来るまでに5時間バスで揺られていたのだ、僕の体力も尽きかけていた。

そこにあったのは顔だった。

無数の顔が地面、壁、至る所に埋め込まれている、一つ一つが苦痛の表情、叫び声、唸り声をあげている、此処はどこだ?

友人の姿も見えない。

体が動かない、僕は…

「起きろー」

瞳に光が飛び込んできた。

どうやら眠ってしまったようだ。

「着いたぞ、白川郷や」

窓の外には一面の雪と、白川郷の醍醐味である合掌造りの建物が並んでいる。

バスを降り、伸びをする。

「あ、そうや」

ふと思い、さっき見た夢を友人に伝えようとするが、どんな夢か忘れてしまっていた。

「んぁ?どうした?」

「いや、何でもない」

「なんじゃそらー」

ここから宿まではタクシーで行くのだが、タクシーが来るまで1時間ほど空き時間があるので、僕は五平餅を、友人は飛騨牛の串焼きを頬張った。

白川郷に来るのは僕は初めてなのだが、友人はもうこれで4度目なのだそうだ。

まずは神社に足を運んだ。

その時、友人に

「境内では帽子は脱げ」と小突かれたのだが。

身を清め、お参りをする。

そこからは集落をぶらぶらと観光し、タクシーの来る時間になったので、バス乗り場へと向かった。

タクシーのはずが、シャトルバスでの移動だった。

あれを見たのは宿への道中、友人はヒダッチ片手に熟睡しているので、僕も寝ようと前の座席に頭を付け、窓の方を向き目を閉じた。

数分後、目が覚めた。

どうやらトンネルに入ったようなのだが、ガラスに映る自分の顔の斜め左下にもう一つ顔が覗いていた。

中年の男の顔だ、前の座席には誰も座っていない、今このシャトルバスに乗っているのは僕と友人と運転手のみだ。

その顔は10秒ほど写り込んでいたが、トンネルを抜けると同時に霧のように消えていった。

突然の出来事に取り乱し、友人を起こそうと体を揺すったが、なにやら寝言を言うだけで起きる気配がない。

デコピンをしてやり、目を瞑った。

さっきの顔はなんだったのだろうか、どこかで見たことがある顔だったが思い出せない。

シャトルバスが僕達の宿泊する宿に到着した瞬間、友人が飛び起きた。

民家を改修した造りの宿だそうだ。

僕達以外の宿泊者は2組だそうで、女将が部屋へと案内してくれた。

ガッチリとした体で、元気そうな印象を受けた。

「そこがトイレで、その前がお風呂場です。ここがお部屋になります。」

そう言いながら梅と彫られた金属製の鍵を友人に渡し、ごゆっくりと言い残すと去っていった。

「さっき、顔を見たで」

「顔?」

シャトルバスの中で見た顔の話をすると、友人は少し黙り込み、顔を上げ、そうか…

とつぶやいた。

その後は何事もなく、晩御飯を食べ、風呂に入り、友人と与太話をしながら布団に入った。

夜中目が覚めた。

尿意もない、ただ一つ、声が聞こえた。

人間のうめき声のような…

天井には無数の顔が浮かび上がってる。

顔が大きく…いや、僕の方に降りてきている。

手も届くほどに顔が近づいた時だ。

「うっるせぇ!」

一瞬体がビクッとする。

顔は跡形もなく消えていた。

どうやら友人の寝言のようだ…。

「助かった…」

「お食事です〜」

そんな女将の声で目が覚めた。

どうやら安堵感からそのまま寝付いてしまっていたようだ。

隣に友人は居なかった。

先に行ったのだろうか?

「は〜い」

と返事をし、布団から這い出る。

窓の外はチラチラと雪が降っていた。

食堂へと足を運ぶ。

三人組の女の人と、机が5つ、その内の2つに料理が綺麗に盛り付けられていた。

友人の姿は見えない。

座布団の上に正座をする。

10分ほど待っただろうか、先に来ていた女性達は部屋に戻っており、隣の机では若いカップルが食事をしている。

食堂の引き戸が開かれ、友人が入ってきた。

僕の正面に座り、すまん、待たせたな、とニカっと笑って見せた。

「どこ行っとったん?」

問うと、少し渋ってから

「ちょっとな…」と歯切れ悪く言った。

首をかしげたが、腹が減っては戦はできぬ

箸に手を伸ばした。

「今日の晩、ちょっと出かけるぞ」

友人が口を開いた。

何も聞かずに首を縦に振った。

その日の昼間は白川郷で観光、そして夕方、一度宿に戻り、徒歩で近くの山沿いの道を歩いた。

その夜道、友人が語ってくれた。

「お前、昨日の顔、見たよな

あれは生き埋めにあった人達の霊や」

「生き埋め?

この辺で?」

「そう、戦国時代、ここには帰雲城っていう城と城下町があってな、その城ごと天正大地震で多くの人たちが生き埋めにあってん、山崩れでな…

で、ここがその山崩れの跡地…帰雲山

まあ、帰雲城の正確な位置はわかってないやけどな」

その犠牲になった人達がこの地で未だに苦しんでいるのか…。

友人は静かに手を合わせ、目を閉じた。

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