中編5
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佐吉のお鈴と鈴太郎

左官屋の左吉は独り暮らし、沢庵長屋の左手の一番奥に住まいをしていた。毎日、朝一番に長屋の井戸から水を汲み上げ仕事支度を始めるのが日課だった。

その日も井戸の釣瓶を手繰り寄せながら水を汲み始めると、突然、井戸の底から鈴を転がすような声がした。

「しゃりん 、しゃりん、ちりりん」

目を凝らして井戸の底を覗こうとも、朝まだ早い日の明かりは朧げで暗い井戸の底までは届かない。

あの音は空耳だったのかと薄明かりの中、釣瓶に手をかけて、もう一杯とばかりに井戸に桶を放り込んだ。

「しゃりん、しゃりん、しゃぁん」またもや鈴が鳴るような細い音が井戸な底から聞こえてきた。

思い切って左吉は燃ゆる松明を桶に放り込み、朝日の届かぬ井戸底へと放り込んだ。

するとなんと、仄かな松明に照らされた井戸の底には幼き女の子と男の子が朱色のタライの中でニコニコと笑っていた。

*****

数日後、、、

佐吉は界隈での噂の人となる、、、沢庵長屋の佐吉どんは、女房もいないのに、いきなり二人の子持ちじゃ、なんぞ孕ませたのか分からんわと笑われた。

噂なんぞどうでもいいと佐吉は、赤児達を養わなきゃいかんと何故か急に父性にめざめ酒や博打も止めて赤児達の父となる硬い決心をした。しかし、父はチチでも男ゆえに赤子にやる乳は出ない。

佐吉は子育て中の長屋の女衆に頭を土に擦り付けるように助けを乞うた。

最初は冷たく見下していた女達だったが、佐吉が血も繋がらぬ赤児達のために懸命に頭を下げていると知った長屋の女衆はこころよく赤児達の乳や面倒を見てくれた。

お鈴、鈴太郎、と佐吉に名付けられた二人の赤児は、すくすくと育ち八つの歳を重ねた。

二人の子供達は、すれ違う人が振り返るような容姿淡麗な子供と育っていた。透き通るような白い肌と大きな目、微笑んだ笑顔がとても愛らしい佐吉の自慢の息子と娘となっていた、、、

しかしある日、その自慢の娘が涙目で

「とと様、私らは、とと様のほんの子では無いと言う者がありますが、とと様、それは本当の事でしょうか?」

お鈴の澄んだ眼で問いかけられた佐吉はお鈴の眼差しに耐え切れぬように下を向き言葉をはいた。

「お鈴、誰れが何ぞほざこうとも、ワシの子供はお前と鈴太郎だけじゃ、それ以外には誰もおらん、ワシはお前さん達を我が子と信じておるし愛おしい、それ以上にお前さんは何が知りたく何が欲しいんじゃ」

「とと様、ごめんなさい。他人の言葉に戸惑い、とと様が苦しむ事を言った私をどうか、お許して下さい」

「お鈴、許すも許さないも無い。お前はただ、ただ私の大切な娘だと言う事だけだ。私は、いつまでも、お前さん達のただの父なんだ信じておくれ」

佐吉は泣いている お鈴の頭を優しく撫でながら微笑んだ。ふすまのかげから半分顔を覗かせる鈴太郎の目からも涙が溢れていた。姉弟は思慮のない他人の言葉に幼き胸を焦がし痛めて居たのだろう、その幼き胸の痛みを思いはかる佐吉の頬にも一筋の涙が流れていた。

その全ては“思いやり”だと思う。しかし、親が子を殺し、子が親を殺す、浮世の残忍さには親子の意味とは何だと、つくつぐ思う。血の繋がりより心の在り方が佐吉と二人の子供達にあった。

惑うことなき、親子には他人には見えぬ深い絆があった、、、がゆえ、惨事が起きた。

*****

ある日、桜田町への買い物を終えて風呂敷を背にする鈴太郎が帰路に急ぐと追い剥ぎがいた。逃げる鈴太郎に容赦なく飛びかかる追い剥ぎ達、道には見て見ぬ振りをする通行人、、、。

鈴太郎は荷物を取られただけじゃ無く、命をも取られた。

擦り切れ、紫色の顔をして道に横たわる鈴太郎にお鈴は号泣をして頬をすり寄せたが鈴太郎は硬く冷たくなるばかり、

お鈴の後ろから抱き寄せるて止めるしか手立てのない佐吉も又、泣いていた。

「しゃりん、、、しゃりん」

何処かで鈴の音が鳴った。夕暮れ迫る街なかに確かに涼しい鈴の音がした。

引き寄せたお鈴は佐吉の胸でも泣き止まず嗚咽を漏らす、、、

*****

葬儀も終えた日、薄暮の長屋の台所に立つお鈴は目を腫らしながら鈴太郎を思っていた。枯れることのない涙は止めどなく流れて頬を伝う、、、

「ねぇちゃん」

「ねぇちゃん」

お鈴は振り向き声の主を探しても誰もいない。

「ねぇちゃん、悲しまないで」

「お願い」

その声にお鈴が後ろを振り向いた時、鮮やかな光りに包まれた鈴太郎が笑っていた。

*****

鈴太郎はただ、追い剥ぎにあって命を落としたのでは無かった。あまりに容姿が淡麗で美しきがゆえ、鈴太郎はその男の性的欲望の対象となったのだった。

佐吉とお鈴に怨みを持たれた、男の人生の時間は余りにも短く、悲惨を極めた。

佐吉は光りの中の鈴太郎に話を聞いたその次の日から佐官の仕事を休み、山で穴を掘り始めた。二尺三尺六尺の深さの穴、(60cm×90cm×180cm)人がすっぽり入る穴を完成させた。

佐吉はその男が帰る長屋の前で手拭いと棍棒を持ち静かに夜をまったが何時まで経っても男は帰らない、不信に思い通りを覗くとお鈴が立っていた。

「とと様、追い剥ぎは此処におります」とお鈴の立つ脇に頭をうな垂れた男が地べたに座っていた。

「鈴太郎の仇は私がとります、とと様はその清らかな手を汚さないでください」

「お鈴、いいか私が父だ、我が子、鈴太郎の怨み晴らすのは父である私の仕事だ」

佐吉は鈴太郎を殺した男を担いで穴を掘った山へと急いだ。猿轡を噛ませ、手足を縛り、穴の中へ放り込み蓋をして土をかけて空気穴に節を貫いた竹を刺した。

餓死、水に飢えて食物に飢えて、長く続く食欲の乾きに耐えて絶命する、こんなに苦しい死に方ってあるのだろうか?

男が鈴太郎に対する欲望は叶わなかったが鈴太郎の命を奪った。それに対する報いとして今、土中深く餓死を待っている。

何が正しくて何が正しくないのか分からない、、、。

余談、性犯罪のリピート率は驚くほど高い、、、個人情報の保護にあれ程うるさいアメリカ合衆国ですら多くの州が性犯罪者に対して地域住民に対して性犯罪者の情報を提供しています。ドラック犯罪よりも再犯確率が高いためです。人間の本能に基づく性欲は例え歪んでいても、快楽を求める多様な要望に抵抗する術が今だにありません。

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是非とも続きをお願いします。
このようなお話は大好きです(* ´ ▽ ` )ノ

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ちよちよ様、“怖い”のご評価をいただきありがとうございます。光栄です。貴方がお読み下さって評価=創造の糧となるのは本当なんです。頑張れます。ありがとうございます。

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良いお話しでした。 続編をお願いしますm(_ _)m

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猫好きのちゃあちゃん様コメントありがとうございました。次回もお読み頂けるよう頑張ります、

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mamiさん“怖い”とコメント、ありがとうございました。その上、続編へのお言葉、ありがとうございます。
♫〜頑張らなきゃって自分に言う自分がぁ〜あぁ〜あ、いいと思います(天津木村ふう)

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うわ、ロビンさんコメント、ありがとうございます。続編いかなあきませんやん?
言ってもうたけど嬉しいわ

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続きがあるのですね。
是非、読みたいです。

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bobさん、ご拝読いただいた上、“怖い”とコメント、ありがとうございます。すちこの感謝の舞を踊ります。重ねて感謝しております。

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余談の話は知らなかったので勉強になりました。

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