中編5
  • 表示切替
  • 使い方

ウタバコ・5

此れは、ウタバコ・4の続きだ。

nextpage

・・・・・・・・・。

斉藤は何時も、僕が登校してから十数分に学校に来る。

「何の本?」

そう言って、僕の読んでいる小説の単行本を覗き、解った様な解っていない様な表情で、数回頷く。偶に「其れ、面白いか?」や「此の本、今度ドラマになるんだよな。」等のコメントが入るが、基本的には何も言わない。

「お早う。」

僕が挨拶をすると、其処で初めて気が付いた様に「ああ。」とか「おお。」と言った後、少しの間を置いて

「おはよう。」

と返事を返す。

彼はSHRが始まる直前に登校して来るので、朝に、其れ以上話す事はあまり無い。骸骨先生が口煩く言って来るからだ。

nextpage

・・・・・・・・・。

斉藤は、僕よりも遥かに友人が多いらしい。

休み時間は楽し気に騒いでいる。少し五月蝿い。

次いでに言うなら、僕は其の間、大抵薄塩達と行動を共にしている。

なので、此処から放課後までの間、僕と斉藤が係わる事は殆ど無い。

nextpage

・・・・・・・・・。

放課後。

帰る準備をしながら話をする。

此処から、彼に若干の変化が現れる。

普段とは少しばかり違う・・・と言うか、単に知られていないだけかと思うが、そんな一面が見えて来るのだ。

「ウタバコが歌ってる歌、メロディーは童謡っぽいんだけど、聞いた事無いんだよな。歌詞が分かれば調べられるんだろうけど、声が細いから、何て言ってるか分からなくて。」

其の口から語られるのは、彼が見付けたと言う、歌う箱の事。

彼は其の箱を《ウタバコ》と呼んでいる。

「綺麗な曲ではあるんだけど・・・なんか悲しい感じで、今風じゃない気がする。」

彼の頭は、今、ウタバコで一杯なのだ。其れこそ、端から見れば些か異常に映る程に。

全く。昔から少しばかり頭の軽い所が有ったが、此処まで酷かっただろうか。

僕は軽く溜め息を吐きながら、熱く語る斉藤に問い掛けた。

「日曜日の事何だけど・・・。」

「あ・・・もしかして、来れなくなったとか?」

斉藤の顔色がサッと曇る。

僕はゆっくりと首を左右に振った。

「いや、何時に行けば良いのか聞きたい。」

「何時・・・そうだな。何時からなら大丈夫とか、有るか?」

「じゃあ、午後が良いかな。」

「了解。じゃあ、一時位に校門前で良いか?」

「分かった。一時に校門前な。ごめん、案内とか・・・。」

「いや、此方こそな。態々すまん。」

「僕が勝手に見たいだけだから。」

僕は、日曜日、彼の家にウタバコを見に行く。約束をしたのは、つい一昨日の事だ。

先程の《見たい》と言うのは嘘だ。本当はそんな物見たくない。家で寝てたい。

ならば、どうして僕が嘘を吐かなければならなくなったのかと言うと・・・・・・

nextpage

・・・・・・・・・。

「コンちゃん、そろそろ帰ろう。」

ピザポが荷物を纏め終え、僕の方へと近寄って来た。

僕も自分の荷物を持ち、斉藤に挨拶をする。

「其れじゃ、日曜日、午後の一時に。」

「ああ。またな。」

nextpage

手を振り返した斉藤の背には《所々霞み掛かっている蛇に巻き付かれている女》が、ピッタリと付いていた。

nextpage

・・・・・・・・・。

彼の背に付いているモノ(物・者のどちらで表記すればいいのか分からない為、片仮名で表記させて頂く)の見え方が、僕と薄塩達とで違いが有る事。其れに気付いたのは、昨日の朝だった。

「一体、どう言う事だ・・・・・・?」

此れまでも、他人と自分とで、見えるモノに違いが表れる・・・・例を挙げるとするなら、グロテスクな部分が補正されたり、見た目がデフォルメ化された事なら多く有った。だが・・・。

薄塩達が見たのは《蛇女》。詰まり、蛇と女が一体化している訳で、個体としては一人(匹)だ。

其れに対して、僕が見たのは《蛇と、蛇に巻き付かれている女》。詰まり、一匹と一人。

どちらか丸っきり見えて居なかった時を除けば、見えたモノの数が合わないのは、此れが初めてな気がする。

「一体、どう言う事だ・・・・・・?」

もう一度呟いてみたが、薄塩も、ピザポも、誰も答える事は無かった。

nextpage

・・・・・・・・・。

謎は残ろうが何だろうが、時間は流れる。

日曜日の午後一時半過ぎ。

僕は斉藤に連れられ、斉藤宅前に来ていた。

「お邪魔します・・・。」

門を通過すると、庭と、畑の有る古民家が見えた。

倉は、兄の家に有る様な白壁の物ではなく、黄色い土で周りを覆ってあった。

「彼処で見付けたんだ。今は、俺の部屋に置いてある。」

民家の方へと歩みを進めながら斉藤が言う。

「倉は後で連れて行くから、取り敢えずは部屋な。」

そして、玄関の戸に手を掛ける。

ガラスの引き戸が、ガラガラと音を立てながら開いた。

nextpage

・・・・・・・・・。

廊下を抜け、階段を上がった先に在る、二階の一室が、斉藤の部屋だった。

何故だろうか。僕の家もそうなのだが、子供部屋と言うのは二階に作られる事が多い気がする。

某猫型ロボットと同居している眼鏡少年の部屋も、そう言えば二階だった。

「・・・紺野?」

「・・・・・・あ、うん。」

ついボーッとして、頭がホンワカパッパしていた。慌てて返事をする。

「何?」

「何って・・・。」

斉藤が、薄く困惑の混じった声を上げた。

「入らないのか?」

見ると、斉藤はもう部屋の中にいて、態々ドアを開け続けてくれていた。

部屋は《高校生男子としてギリギリ許容範囲内》を保っている様な状態で、主に制服と漫画が散らばっていた。

床は板張りではなく畳。大きな本棚の有る部屋だった。

「・・・え、あ、し、失礼します。」

僕は軽く礼をし、部屋の中へと足を踏み入れた。

nextpage

・・・・・・・・・。

絶句した。吐き気さえ催した。

部屋に入る前は全く見えなかった。部屋の床板に足が触れた瞬間に現れたのだ。

其の部屋は、床、壁、天井、家具、部屋の至る所が、赤黒い線で塗れていた。

うねうねと蠢く様な此の模様は、どうやら、斉藤には見えていないらしい。

筆でズルズルと線を引いた様な模様だ。

呼吸を整えようと深く息を吸う。

鉄にも似た生臭さが、鼻を付いた。

嗚呼、此の模様は・・・・・・

nextpage

ガチャ

音で後ろを振り向くと、ドアが閉められていた。

斉藤の背中に付いている女から、ボト、と蛇が落下し、其の名の通り、蛇行を始めた。

nextpage

・・・・・・・・・。

ズルリ

床にまた一本、赤い線が引かれた。

Concrete
コメント怖い
2
8
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ

mamiさんへ
コメントありがとうございます。

やはりですか・・・。
どうしてなんでしょうね。下らない事とは思いますが、気になります(笑)

長い話を一気に書くと消えてしまう為、どうしても、途切れ途切れになってしまいますからね。
せめて短い次回でまめに投稿出来れば、と考えています。

金曜日は少し投稿が難しそうです。
何事も起こらなければちゃんと書きます。
宜しければ、お付き合いください。

返信

私達兄妹の部屋も二階でした。
最近、連日紺野さんのお話しが読めて嬉しいです。
ムリをされないように…でも、楽しみにしています。

返信