長編7
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Hunt 2

「もっとこっちにおいで、俊作。」

クラウスが笑っている。あの美しい顔で、柔らかな微笑を浮かべている。

俺は誘われるように、彼の後を追った。

気がつくと、俺は暗い部屋の中にクラウスと2人で立っていた。

自分でここまで歩いてきたのだろうが、記憶があまりない。

「ここは僕等の秘密の詰まった場所だ…。」

よく見ると、四方の壁は全て本棚で、厚い本で埋め尽くされていた。

呆気に取られていると、本棚の一部が回転扉のように回った。

「失礼致します。」

丁寧な口調のその男は、黒髪オールバックに銀縁眼鏡、白ワイシャツに黒ズボンといった地味な出で立ちで、とても大きな犬を一頭連れていた。男が小柄で華奢なためそう見えるのかもしれないが。

「メーベルトさん。こいつがまた…ん?」

男は俺に気付いて、鋭い眼差しを向けてきた。

「何者です、その男は。」

「ああ、君にはまだ言ってなかったね。例の謎解き仲間さ。ね、俊作。」

「えっ、ああ、うん…。」

オールバックは俺を睨め回すように見て、フンと鼻を鳴らした。

「メーベルトさん。このような下品な輩と付き合うのは、私としてはあまり感心できた事ではございませんよ。」

何だこの男は!

「おいお前、初対面でいきなり失礼だろうが!」

つい声を荒げて怒鳴る。だが、男はすましたものである。眼鏡をずり上げながら、ニヤッと笑った。

「ほらほら、頭に血が上っていますよ。これだからカタギでない人間は。」

「何を!」

男に掴みかかりかけるが、後ろから肩を掴まれて引き戻された。

「な、何だよクラウス、止めるなよっ‼︎」

俺の肩を掴んだクラウスは、困ったように笑った。

「ごめん、口は悪いけど悪い人じゃないんだ。この人。」

そして、何故か連れている犬の首を絞めている男に言った。

「ほら、君も謝って自己紹介して。」

男は溜息をつき、こちらに向き直った。

「…和歌歩 陸です。メーベルトさんの執事をしております。」

「執事?クラウスの?」

「何呼び捨てにしてんですか、馴れ馴れしい。」

「本人の許可は得てるっ!」

俺は早くも、彼とは一生反りが合わないであろう事を悟った。

「和歌歩さん。僕に何か用事があったみたいだけど?」

クラウスは和歌歩に尋ねた。

「そうでした。メーベルトさん、またこの犬畜生がご迷惑を。」

「ああ。別に大丈夫だよ。」

…状況が掴めない。

しゅんとしているでかい犬の頬には大きな傷があった。何処かで見た気もするが、思い出せない。

「おい、その犬…。」

犬がこちらを見上げた。身体はがっしりしており、目付きも鋭いのに何だか頼りないような顔をしている。

「何です?」

和歌歩がこちらを睨むような目付きで答える。それは気にせず、俺は質問をした。

「何処かで見たような気がするんだ。その頼りない顔…。」

犬がガクッと首を落とした。がっかりしているようだ。何て分かりやすい犬だろうか。

「…気のせいでしょう。」

和歌歩は短く答えると、クラウスに頭を下げた。

「それでは、私はこの辺で。…ほら、来なさい。」

犬の耳を引っ張って、彼は部屋を出ていった。

「さて。今日のところは解散しようか。また明日、この店に来るといい。」

「…ああ。」

俺たちは書庫を出た。元の居酒屋に戻る道中、俺は小さな鳥の羽根を見つけた。クラウスに気づかれないよう、そっとポケットに忍ばせた。

「じゃ、また明日ね。」

微笑んで手を振るクラウスに軽く手を振り返し、俺は店に背を向けた。

辺りは薄闇で覆われている。

俺はポケットから鳥の羽根を出した。

「…。」

薄めの灰色で、本当に小さい可愛い羽根だ。

「鳩の羽根じゃないし。何の羽根だ?」

と、その時。

「⁉︎」

何だか分からないが身体中に鳥肌が立った。身体が動かない、金縛りだ。

「ど、どうなってやがる…!」

背後から無音で近付いてくる高速の気配を感じた。

その気配が、首に触れた。

「うわあああ⁉︎」

なんとも言えない感触に、パニックになる。

「いちいち騒ぐんじゃありませんよ、騒々しい。」

「んっ?」

聞き覚えのある声。この神経を直接逆撫でしてくる嫌味ったらしい喋り方は。

「さっきの執事か?」

金縛りはいつの間にか解けており、辺りを見回すことができたが、嫌味執事の姿を見つけ出すことはできなかった。とりあえず八方に向かって声をかけてみる。

「どこだ?何しに来たんだ?」

「お礼はどうしたんですか。」

「はあ⁉︎」

俺があいつに何かしてもらったか⁉︎

俺は憤慨して、奴を見つけ出してやろうと躍起になった。

「どこだっ⁉︎俺に向かうのが怖いから隠れてるのか、嫌味執事!」

「何です、恩知らず。」

思いがけない場所から、奴は現れた。

「私があなたを庇っていなければ、今頃あなた死んでましたよ。」

街路樹の上から音もなく舞い降りたのは、小さなフクロウ…いや、耳のような飾り羽がついているからミミズクか。

「…え?」

信じられない。というか信じたくない。

戸惑う俺にトドメを刺すかのように、そいつは右羽で銀縁眼鏡をずり上げ、あの小憎らしい声で言った。

「何か文句でも?」

「……。」

ミミズクが…喋ってる?

しかも、あのむかつく執事の声で。

ミミズクは声も出せないでいる俺を睨みつけた。

「…私だって好きでこんな格好してる訳じゃありませんよ。」

「え、それじゃやっぱりお前、さっきの執事なのか?」

「そうですけど?メーベルトさんからあなたの護衛を頼まれたので、嫌々やって差し上げてたんですよ。」

ミミズクは溜息を深々と吐き、また眼鏡をずり上げた。

「嫌々は余計だろ…。そもそも俺は頼んでねーし。」

「メーベルトさんに頼まれたのならどのような仕事であろうとやり通すのです!」

「面倒くせー…。」

「お黙りなさい‼︎」

彼は小さな身体に似合わない凶暴さで俺の頭をつついてきた。

「いててててっ!ははっ、やめろよ何か可愛いぞ!」

「〜‼︎」

突然、弄んでいたミミズクが巨大化した。

「うえっ⁉︎」

そして俺の顔面を踏んで、地面に着地した。

先ほどのオールバック銀縁眼鏡の姿に戻った男は、眼鏡を外して拭きながら口角をついと上げた。

「あまり私をおちょくるんじゃありません。ろくなことになりませんよ。」

「くっそー、いてえだろうがこのバカ鳥が!」

詰ると、彼は額に血管を浮かせた。

顔はすましているが、意外と気が短いらしい。

「…っ!…い、いいですか。あなた今ご自分がどんな状況に置かれていたかお分かりでしたか?」

「は?何それ。」

はああ、と、彼はまた大袈裟な溜息を吐いて言った。

「本当に鈍感でございますね!」

「うるせえな、ほっとけ!」

一発殴ってやろうとこぶしを振るが、掠っただけで、一瞬早く先ほどの小さいミミズクに姿を変えていた奴には当たらなかった。

「無駄ですって。あなたにこの私のスピードについてこられるような力があるとは到底…。」

得意げにペラペラ喋っている和歌歩に俺はそっと手を伸ばし、ガシッと掴んだ。ビンゴ!

「捕まえたぞ、このチビミミズクが!」

「あっ!は、離しなさい、こら!」

「へっへっへ、離せと言われてはいそうですかと素直に離すヤクザがいるか!丁度いい、色々喋ってもらうぞ、クラウスの事とかな。」

「は⁉︎は、話すものですか、私はインコやオウムじゃないんです、立派なコノハズクなのです!」

「コノハズクぅ?そんじゃミミズクよりもっとちっちゃい種類じゃねーか、やーいチビ鳥、チビ執事!」

「死ね!」

「やだね!120まで生きてやる!」

俺は和歌歩コノハズクの足と身体を紐で縛り、家に持ち帰った。

俺は和歌歩コノハズクを、昔飼っていたハムスターのケージに入れ、帰る途中で買ったヒエとアワ、水飲み機を入れた。

「く、屈辱だ…。かつてコンシェルジュ界の貴公子とまで呼ばれたこの私がケージの中でヒエとアワだなんて…!」

ケージの中を紐で縛られたまま転がりながらブツブツ言っている和歌歩に、俺は質問した。

「さあ、まずはさっきの事について説明して貰おうか?」

「それは先ほどから説明しようと…。」

「質問に答えろ!」

和歌歩は渋々といった様子で口を開いた。

「あなたは『闇子さん』という女性の存在を知っていますか?」

「はい?闇子さん?」

「ええ。都市伝説にあるでしょう、闇子さんの噂。」

「あー…。」

何か、聞いたような聞かないような。

「あなたは目をつけられてしまったんですよ。彼女に。」

「は⁉︎何で!」

そりゃあ、と、彼はこちらを鋭く睨んで言った。

「あなたが湊教授の事を探っている事がばれたからですよ。刺客を送り込んできたって訳です、湊教授側が。」

「何でそんな…。だって、溶け込み方は完璧だったはず…。」

「あなたのようなガサツで品のない男は、どこかでボロを出すに決まっています。」

「うるせえな‼︎」

俺はケージを力一杯殴った。

「‼︎‼︎」

和歌歩はケージ内でのたうち回った。耳に金属の擦れる音が響き渡って、大層不快に違いない。

「…よし。そいつを消せばいい訳だろ。どうすればいい?」

和歌歩は嘴で檻を咥え、立ち上がった。

「そんな事、私が知るものですか。それより厄介なのは、あなたの狙われた場所です。」

「場所?」

和歌歩は頷いた。

「彼女は目をつけた人間の身体の一部を奪います。あなたはよりによって、顔を気に入られてしまったようです。鏡でうなじを見てご覧なさい。」

俺は言われた通りにした。痛くは無いが、少し切れている。

俺は、ここにきて初めてぞっとした。

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