長編7
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Hunt 5

「わー、ここが俊作の家?」

俺の家を見て、クラウスはちょっとわくわくしたような調子で言った。

「意外と大きい家に住んでるんだね。」

「ん、まあな。」

仮にもヤクザの頭領だ。舐めるな。

「こんな和風の屋敷に住んでるなんて、本当意外だな!いやー、旅館に泊まるみたいで楽しみだ!」

「大神さん…。その格好は?」

彼は古風な旅装束のような服を着ていた。

「え、折角お泊まりするんだからと思って、カミさんに用意してもらったんだ!夜は宴会だな!」

「いや…そうじゃなくて…。」

やっぱり天然だ。天然記念物だ。

「雄一さん、楽しみにしてるとこ悪いけど、君はは夜は外だよ?」

「ええーっ⁉︎ク、クラさん、何で⁉︎」

クラウスは大神を見上げて、にっこり笑った。

「君は僕の護衛をしてもらうために連れてきたんだ。和歌歩さんはちっちゃくて冷えやすいから室内を見張ってもらうけど、君は大きいし毛皮もあるでしょ。」

「そ、そんなー…。」

大神はへたり込んだ。何だか可哀想だ。

「クラウス。別にいいよ、一応部屋沢山あるんだから、大神さんが入るくらい訳ないぜ?」

「何をおっしゃるんです、皆川さん。」

和歌歩が俺の肩に手をかけた。

「外の見張り番がいなくてどうするんです。中に入られてからじゃ遅いでしょう。」

「んー…。まあ、確かに…。」

俺は昨日の事を思い出し、納得した。

「…そういう訳らしい。ごめん。」

俺は大神を見上げ、苦笑した。

「クォン…。」

彼は、無意識なのか知らないが小さく鳴いた。

「悲しげに鳴いても駄目。」

クラウスが笑顔で鬼のような言葉を吐く。

「でかいと大変でございますね、大神さん。」

和歌歩がニヤッと笑って大神を見遣った。

こんな緊張感のない中、俺達の打倒闇子さん作戦が始まった。

「えーと。ビールはあるし、おつまみもある程度はある。」

俺は夜に備えて、酒類やおつまみの確認をしていた。

「あ、もしかしてお前ビールにうるさかったりする?」

「え?普段はウイスキー水割りだからなぁ…。ビールなんて飲まないから、あんまり気にしなくていいよ。」

「へー。ドイツ人なのに?」

「あのさ、出身地で人の好み決めるのやめてくれる?」

「あ、すまん。」

冷蔵庫の中をいじりながら、俺は何となくうきうきした気分になっていた。

子供の頃から、ヤクザの家の子って事で周りから距離を置かれていた。だから、友達を家に招く、まして泊めるなんて事はなかったからかな。

いや…一人だけいたかな。

俺の家柄の事なんか気にせず、仲良くしてた奴。誰だっけ?

そんな友達の事も忘れちまうなんて、俺はやっぱり薄情な奴なのかも、と、しみじみ思った。

「シュンちゃん!」

「わっ⁉︎」

後ろからいきなり声をかけられ、驚いて振り向くと、頭にタオルを巻いた大神が立っていた。

「まさかつまみを刺身こんにゃくを皿に盛るだけで済ませる気か?」

「え?ん、ま、まあ。」

いかんな、と、大神は首を振った。

「いいか、今は男でもちょっとした料理くらいはできないといけない時代だぞ?」

「はあ…。」

大神は冷蔵庫を開け、人参や大根の端、使いかけのミョウガなどを取り出した。

「こういう野菜の使い残しだって、いい感じの小鉢になるんだぜ?」

まな板の上に乗った人参は、大神の手の中でみるみるうちに千切りになっていった。

「おおー…!」

「はは、伊達に居酒屋やってねーよ!」

俺が大神の包丁捌きに見とれていた、その時だった。

「アナタモサバイテアゲル…。」

「⁉︎」

背後から、囁くような女の声がした。

「誰だ?」

異変を感じていたのは俺だけではなかったらしく、大神がまな板から顔を上げた。

瞬間、俺のうなじに激痛が走った。

目の端に鮮血の赤が見える。

「出たな闇子‼︎」

大神が包丁を構える。

「こ、この真っ昼間に!」

俺は混乱して、辺りを見回した。

「どこに暗闇があるってんだ?」

当然ながらまだ外は明るく、闇子の住むという闇などどこにもない。

「どうした、俊作!」

こちらの騒ぎを聞きつけたらしく、クラウスが台所に飛び込んできた。

「ク、クラウス!闇子だ、闇子が出た‼︎」

「何だって…⁉︎」

彼は懐に手を突っ込み、何かを取り出した。

「⁉︎」

十徳ナイフだ。しかも大型の。あいつあんなもん隠し持ってたのか!

妙なところで感心していると、包丁を構えていた大神がピクンと痙攣したように動き、それきり動かなくなった。

「ど、どうしたんだ大神さん?」

「まずい!」

クラウスが叫んだ。

「何だってんだ⁉︎」

「教育したとはいえ、大神さんだって元は獣だ。血の匂いには敏感なんだよ…!彼、たまに見境無くなるから。」

「それって…。」

包丁が大神の手を離れ、床に突き刺さった。

「ウ…。」

大神は床に手をついた。旅装束の縫い目が破ける音がする。

「も、勿体無い!」

「そんな事言ってる場合じゃないでしょ!」

クラウスは俺の腕を掴んだ。

「外に出よう!」

が、2人で走った先、家の玄関の扉を見て俺達は唖然とした。

曇りガラスに、黒い女がべったりと張り付いて俺達を睨んでいた。

「これじゃ出られねぇよ!」

振り向くと、完全に理性を失ったらしい大神が、長い廊下を走ってきていた。

「…まさか仲間に食われて死ぬなんてな。僕も堕ちたもんだ…。」

「クラウス!何落ち着いて運命受け入れてんだよっ!」

「いや、受け入れちゃいないさ。」

「は?」

彼は持っていたナイフを大神に向けて掲げた。

「これで彼が飛びかかってくれば、このナイフの刃は自働的に彼を貫くだろう。」

「え?」

一瞬、彼が何を言っているのか分からなかった。

「で、でも、大神さんは…。」

「こうなってしまっては仕方ない。始末するのみさ。」

そう呟くように言うクラウスの横顔は残酷な美しさをたたえた、微笑を浮かべていた。

「だ、駄目だよクラウス、やめろよ!」

「人殺しにはならない。襲ってきた狼を一匹殺すだけだ。」

「やめろって‼︎」

狼が牙を剥き、床を蹴った。

その時、小柄な影が狼の前を横切った。

「メーベルトさんっ!…なりません。」

それは、左腕だけを翼に変えた和歌歩だった。

「あなたは都市伝説以外を斬ってはいけないのです。」

強い調子で言う和歌歩の後ろで、狼が崩れ落ちた。

見ると、腹部の辺りが切れている。どうやら和歌歩の翼が高速で動いたために生まれたかまいたち効果らしい。

あまり血は出ていない。すぐ目を覚ますだろう。

「ふふ、分かってる。来てくれるって分かってたよ。」

クラウスは和歌歩の頭を撫でた。

「止めてください。今は人間なんですから。」

俺はしばらくクラウスと和歌歩の絡みを見ていたが、ふと気になってクラウスに質問した。

「なあ、クラウス。」

「何?」

「もし…和歌歩が来なかったらどうするつもりだったんだ?」

彼は、黙って困ったように微笑んだ。

その沈黙が答えになっていた。

「…やっぱいい。」

俺は、それ以上の詮索を避けた。

「それより闇子だ。どうなった?」

振り返ると、曇りガラスの女はもういなかった。

「一応外に出よう。明るいだろうからね。」

「…ああ。」

俺達は戸を押し開け、外に出た。明るい昼間の日差しが俺達を照らす…はずだった。

「⁉︎」

昼間だったはずなのに、空には星が煌めいている。

街灯を探すが、見つからない。明らかに近所の風景とは違っていた。

慌てて振り返ると、俺の家も消えていて、代わりにコンクリート造りの殺風景な建物が建っていた。

「しまった、嵌められた!」

クラウスが頭を抱える。

「どういう事だ?」

聞くと、彼はかなり憔悴した様子で言った。

「闇子さんは、闇の中ならどこでも活動できる…。人の心の闇の中もそれに同じだ。」

それきり、彼は黙ってしまった。

「なあ、」

「皆川さん。」

クラウスに声をかけようとすると、和歌歩に遮られた。

「何だよ…って、えっ⁉︎」

和歌歩を見遣って驚いた。

彼は鳥でも人間でもなく、どっちつかずの姿をしていたのだ。

腕の代わりにワイシャツを突き破って生えているのは大きな羽根、ズボンの裾から出た足は鳥のそれだ。尾羽も生えているし、ご丁寧にもオールバックがちょっとささくれ立って耳のような飾り羽まである。

「これは恐らくメーベルトさんの心の闇の中でございます。」

「クラウスの?」

和歌歩の口の中にちらちらと覗く犬歯を気にしながら、俺は聞き返した。

「はい。この風景は彼の心で見える世界なのでしょう。私の姿もまともに見えていない。」

和歌歩は自分の足を見ながら苦笑した。

「恐らく、敵はメーベルトさんのトラウマや弱点を突いてくるでしょう。彼等にとって、こちらの戦力はメーベルトさんただ一人でございます。」

「何てこった…。」

いきなりこんな変な世界に飛ばされるとは。しかも敵からは戦力と見られてないときた。

その時、一陣の風が吹いた。

ークラウス?ー

確かにそう聞こえた。風に乗って、女の微かな声がした。

その瞬間、しゃがみ込んでいたクラウスが立ち上がった。

「どうした?」

彼の肩に手を伸ばす。が、それは強く振り払われた。

「…アカネ」

彼は小さく呟いて、ふらっと足を踏み出した。

「えっ⁉︎お、おい、待てよ。アカネって誰だ?」

必死に聞くが、彼は答えずにふらふらと歩き続ける。何かを呟きながら。

「…い。…ない。」

「はあ?」

俺は耳を澄ました。

「…すまない。すまない。すまない。すまない。すまない。すまな…」

「おいお前何言って…。」

その時、カーブミラーに映ったクラウスの姿がちらりと見えた。

「…!」

俺は絶句した。

ちらりとしか見えてはいないものの、それは確かに人ではない何かだった。

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