高校の怪談〜狐狗狸さん〜

長編12
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高校の怪談〜狐狗狸さん〜

「ここまで逃げて来りゃ大丈夫かな…。」

「やっぱりあのにーちゃん人間じゃなかったんだな⁉︎」

近所の公園まで逃げてきた俺たちは、ベンチに腰を下ろした。

「和歌歩さん、大丈夫かな…。」

「あ‼︎そうだよ、あの人!ただの浮遊霊なんだろ?なんかヤバそうだったじゃん、太刀打ちできんのか?」

「分かんない…。」

戻ろうか…。いや、戻ったら戻ったで和歌歩に怒られるだろう。「なぜ戻って来たんです⁉︎…はあ。」と、半分呆れながら怒る彼の様子が目に浮かぶ。

そんな事を考えていると、不思議とおかしくなってきてしまった。

「加古ぉ。何ニヤニヤしてんだよ、気持ち悪いぞ。」

「あ、ごめんごめん。でも、あの人なら大丈夫な気がするよ。」

礼一郎は首を傾げた。

「そうかなぁ。まあ、龍の子クリアーなら大丈夫かもしれないなあ…。」

「龍の子レンジャーそろそろ忘れろ」

礼一郎を小突き、立ち上がる。

「今日は帰ろうか。外は危険かもしれない。」

「…泊まりに行っていい?」

「ダメ。」

俺は公園を出て、家路についた。

久々に歩いて通る公園から家までの道のりは、かなり長く感じた。いつも自転車でサーッと通っちゃうからかな。

「…ん?」

ふと、向かいから歩いてきた男に声をかけられた。

「加古君じゃないか。奇遇だな。」

「あ、湊先生。」

彼はポロシャツにジャージのズボンといった出で立ちに、コンビニ袋を提げていた。いつも白衣だから、これじゃパッと見分からなくても無理はなかったな。

「いいところで会ったな、加古君。実はいいものが手に入ってね。」

「今はそれどころじゃないんです。じゃ。」

今日は疲れてるから、正直言ってめんどくさい湊には絡まれたくない。

「え!ま、待ちたまえ、君なら絶対喜ぶ代物だ!」

「結構です。」

「都市伝説に関係あるかもしれんぞ!」

「えっ?」

しまった、立ち止まってしまった!

湊はそんな俺を見て、ニヤッと笑った。

「見てみるかね?」

「…で。」

俺は自宅のテーブルの向かいに座って、今日の夕食の素麺を啜っている湊に聞いた。

「どうしてわざわざうちに来るんですか。しかも夕食まで食いやがって。」

「こら、香。先生に向かってそんな口聞かないの。」

台所から母さんが俺を睨む。

「ごめんなさいねぇ、口の悪い子で…。これじゃ学校でもご迷惑かけてばかりでしょ?」

「いやいや、そんな事は決してありませんよ。それにしても奥さん、お料理がお上手ですね!」

「まあ、先生!お上手ですこと。」

湊の性格を全く知らない母さんは、完全に彼の見た目に騙されている。

素麺なんか誰が茹でても同じだろっての。

「折角ですから、泊まってお行きなさいな。」

「えぇ⁉︎」

「いいんですか、奥さん?」

俺が良くねぇ‼︎

「いいんですのよー、ねぇ香。」

「全然良く…」

「息子も喜んでおりますわー、遠慮なさらないで。」

俺の口を押さえつけたまま、母さんは答えた。

「そうですか?じゃあお言葉に甘えて…。」

ああ、湊を泊めるくらいなら、せめて礼一郎も道連れにすべきだった…。

「それで、いい物って何ですか?」

夕食を食べ終え、居間のソファーに腰掛ける。

「そうそう。これなんだがね…。」

湊はポロシャツのポケットから折り畳まれた紙を取り出し、机の上に置いてから俺の隣に腰掛けた。

「…何ですか、これ?」

「君もオカルト好きなら知っているだろう。狐狗狸さんの紙だよ。有名な降霊術だ。」

彼は紙を開き、掲げてみせた。

あ行からわ行までの五十音とYes・No、そしてその中央に赤鳥居の絵が描いてある。

「大分古そうですけど…。これ、作ったんですか?」

一応、な。と、彼は頷いた。

「性格に言うと、高校生の頃に友達が作ったんだ。友達と一緒に、こっくりさんの謎を解くために行なった。」

「へえ、友達いたんですね、湊先生。」

「ああ、その1人だけだったがな…って何言わすんじゃ‼︎」

「先生が勝手に言ったんでしょ。」

湊は舌打ちをして、懐から財布を出した。

「その話は置いといて…。取り敢えずこれからこの紙を使ってこっくりさんを行うのだが、それにあたって知っておいて欲しい事がある。」

「何ですか?」

彼は眼鏡を外し、机に置いた。

「このこっくりさんはな。まだ終わっていないんだ。」

「は?どういう事ですか?」

「実は、こっくりさんを呼び出して幾つかの質問に答えてもらうところまではいったんだが、いざ帰って貰おうとすると10円玉が動かなくなってしまって。どうしたのかと軽くパニックになっていたところ、友達がいきなり立ち上がって、どこかへ行ってしまったんだ。彼は翌日から登校してこなくなってしまった。」

「それ完全に取り憑かれてんじゃないですかっ‼︎助けに行かなかったんですか?」

「馬鹿言うな。私だって自分の身はかわいい。リスキーな事はしない主義なんだ。」

「あんた昔からクズだったんだな‼︎」

「何、教師を捕まえてクズとは何事だ‼︎」

2人でギャーギャーやっていると、居間の戸が開いて母さんが顔を出した。

「あらあら、仲のよろしいこと!」

湊があの腹立つ好青年スマイルを浮かべ、母さんを振り返る。

「お陰様で。彼とはとてもよく話が合いますよ。これも奥様の教育が行き届いているからでしょうね。」

「あらぁ、全くもう、先生ったらぁ!」

…ダメだ。やっぱり完璧に湊のマスクの虜になっている。

「お風呂も湧いてますからね。」

「ああ、ありがとうございます。」

母さんが去ると、湊は好青年スマイルからいつもの不敵な顔に戻り、こちらを振り向いた。

「…加古君」

「何ですか?」

「…風呂、一緒に入るかね?」

「入りません‼︎」

湊が風呂に入っている間、俺はこっくりさんの紙を手にとって見ていた。

「湊先生の友達がねぇ…。」

たった1人の友人が失踪して黙ってるなんて、あの人本当にクズだな。

にしても、こっくりさんて本当に霊降りてくるんだなあ…。

妙なところで感心していると、

「加古君。空いたぞ。」

湊が風呂から上がり、自分の持ってきたコンビニの袋からビールを取り出して煽りながらこちらに声をかけた。

「あ、先生。ビールなんて飲むんですね。」

「酒は百薬の長だ。」

イカでも食うか、と、コンビニの袋からさきいかを出し、こちらに放る。

「…ありがとうございます」

この人、もしかして意外と普通の人?

「先生。やるならさっさとやりましょう、こっくりさん。」

「そうだったな。」

湊は紙を広げ、財布から10円玉を出した。

「よし。加古君、指を置きたまえ。途中で離したりするんじゃないぞ、もし離したらどうなるか…。」

「はい。分かってます。」

俺が10円玉に指を乗せると、湊もそっと指を乗せた。

「「こっくりさんこっくりさん、お越しください。」」

………。

「…お?」

指の下に力が篭る感覚。そのまま10円玉は鳥居の周りを滑るように回った。

湊に目配せする。彼は小さく首を横に振った。

「…じゃ、質問します。皆川先生は湊先生をどう思っていますか。」

「ちょっ、か、加古君!何て事を聞くんだね!」

「イカサマがないか調べるんですよ。」

「どういう事だ…。」

話している間にも、10円玉は滑らかに移動をしていた。

固唾を飲んで、それを見つめる。

…う

…ざ

…い

「先生!本物ですよ、これ!」

「何でそうなるっ‼︎」

「えー、じゃあもうひとつ…。」

俺は少し考え、こっくりさんに質問をした。

「質問します。湊先生が皆川先生の心を掴む事は可能ですか?」

10円玉は一直線にNoへと進んでいく。やっぱり本物だ…!

…が、突然その動きが止まった。

「あれ?」

よく見ると、10円玉に乗った湊の指が細かく震えている。

「先生‼︎ずるいですよ、10円玉止めないで下さい!」

「止めてなどいないっ!ただ、間違いを正そうとしているだけだ!」

そう叫び、彼は無理矢理指をYesの方へ運ぼうとしている。

「先生、ダメですって!」

「うるさいっ、私が皆川先生の心を掴めないなどと馬鹿な事があるものか‼︎」

「諦めて現実見てくださいっ‼︎」

机上で地味な、しかし仁義なき戦いを繰り広げていたその時。

「「‼︎」」

いきなり電灯が点滅し、視界がブラックアウトした。

「ひゃー、何だ何だ⁉︎」

「ちょっと、先生、抱きつかないでください!」

「だ、だって!怖いだろうが!」

…ん?先生が抱きついてる?

……何で10円玉に片手の指乗せてるはずなのに、先生の腕が両方俺の体に触れてるんだ⁉︎

「先生!…まさかとは思いますけど、10円玉から指離してませんよね?」

「馬鹿言え!この体勢でどうやって10円玉の上に指を置いておけと言うんだ!」

「先生の…湊先生のバカヤローッ‼︎」

10円玉から指離すなっつったの誰だよ⁉︎

「…おい。」

「何ですか?」

「…今、何か言ったか?」

「言ってませんけど。…もう、やめてくださいよそういうの。」

「確かに聞こえたんだがなあ…。」

首を傾げている様子の湊をよそに、俺は手探りで机の上の携帯を探した。

…あった。

電源を入れ、懐中電灯機能をONにする。

「おお、ありがたい‼︎」

「ちょ、先生!自分の手元ばっか照らさないでください!」

「何だ、ちょっとくらい貸してくれたっていいだろう、ケチ!」

揉み合ううちに、

「「あっ‼︎」」

手が滑って、携帯が宙を舞った。

懐中電灯が伏さって落ち、光が絨毯に吸い込まれる。

「ああもう、先生!何するんですか!」

「君が素直に貸さないのが悪いんだ。」

「ガキか!」

ぼんやり光を放つ携帯を拾おうと手を伸ばす。

が、それはあと少しというところで白い手にひょいと拾い上げられてしまった。

「⁉︎」

湊は後ろだ。という事は…。

あの白い手の持ち主は、誰だ…?

恐る恐る、上を見上げる。

携帯の光に照らされた、白いワイシャツ。細い首筋に、薄く引き結ばれた唇。

「…え?」

そこに立っていたのは、見知らぬ少年。同年代だ。

少年はにっこりと笑って携帯をこちらに寄越し、こちらを見た。

…いや、俺を見ている訳ではない。見ているのは後ろ、湊の方だ。

「久しぶり、湊。」

…知り合いなのか?

「湊先生、知り合いですか?」

「……。」

湊は暫く黙っていたが、

「もしかして…妹尾か?」

少年は頷いた。

「先生…もしかして彼って、」

湊は頷いた。

「ああ。失踪した、俺の友人だ。」

すると妹尾はフフッと小さく吹き出し、言った。

「友人?僕がおかしくなった時、真っ先に見捨てて逃げた君が?」

湊の頬が強張る。

「僕は狐狗狸さんなんてよそうって言ったろ?それなのに君という男は、いざ大変な事態になったら逃げた!」

「…そ、そんなつもりは、」

「お陰で僕は子供のまま。君は大人になって、のうのうと生きてるんだ。しかもよりによって、教職なんて取ってね。」

「…。」

湊は黙り込んだ。

「ずるいじゃないか、自分だけ大人になって。」

「…妹尾、」

「もう言い訳は聞かないよ!」

言った妹尾の目が凶暴な光を帯びた。

「君が僕の未来を奪ったように、僕も君の未来を奪ってやるから‼︎」

そして、湊の首に手を伸ばす。

「く…。は、離してくれ、妹尾…!」

抵抗する湊。それを面白がるかのように、妹尾は湊の首を絞める手に力を込めた。

「ほらっ、もう諦めなよ!早く楽になりなよぉ!」

俺はというと、情けないことにその場から一歩も動けなかった。

ちはやらと戦った時のような、好戦的な気分にならなかったのだ。

俺には戦う力はないし、頼りの和歌歩さんもいない。どうしたらいいんだ⁉︎

考えて考えて、頭がパンクしそうになっていた。

そこに、目にも留まらぬ速さで飛び込んできた白い残像。何だ?

懐中電灯で照らすと、縛めを解かれた湊となにやら白い物に組みつかれた妹尾が転がっている。

「み…湊先生!大丈夫ですか?」

彼は何度か咳き込んで、頷いた。

「そ、それより…妹尾は?」

「それが…。」

俺が妹尾の方を照らすと、そこには。

「…あれ?」

仰向けになった妹尾を、毛先がクリアブルーの白い狐が押さえつけているという異様な光景があった。

白い狐はこちらを振り向いて一言。

「湊先生、加古。何でこんな危険な遊びなんかしたんだ。」

「あ、その声…。」

「逢魔先生⁉︎なんでこんなところに?」

驚いて尋ねると、逢魔はもともと吊り気味の目をさらに吊り上げた。

「お前らが呼んだんだろ。全く、こんなに浮遊霊を部屋に集めて、一体何のつもりだ?」

「え?」

人間の姿に戻った(化けた?)逢魔の指差した天井を見上げる。

「!」

そこには、ほんのりと光を放つ人魂のようなものが沢山浮かんでいた。

「お前らの遊びで、こんなに沢山の霊が弄ばれたんだ。狐狗狸さんなんて上手くいく筈もない降霊術に軽い気持ちで手を出しやがって…。…少し反省しろ」

逢魔は俺の頭に、拳骨をひとつ落とした。

「すみません…。」

「…お、逢魔先生。」

湊が恐る恐る声をかける。

「何ですか、湊先生。」

「…妹尾は、まだいますか?」

逢魔は怪訝そうに小首を傾げ、頷いて尻尾で拘束した妹尾を出した。

「妹尾‼︎」

湊は彼に駆け寄ると、いきなり膝をついて頭を垂れた。

「すまなかった妹尾‼︎許してくれ‼︎」

「…今更何を。僕には君を許す気はない。」

彼はそっぽを向いて、つっけんどんに言った。

「またいつか必ず復讐に来てやる。」

「『また』なんてないぜ?」

逢魔が妹尾にずいと詰め寄る。

「お前みたいな低級動物霊混じりの悪霊崩れは、今すぐ俺が消してやる。」

「お、逢魔先生!」

「何だ、加古。」

俺は横目で妹尾の様子を伺いながら、逢魔に耳打ちした。

「その低級動物霊っていうのが昔湊先生が呼び出した狐狗狸さん?」

「そうだ。それがどうかしたか?」

「だったらそれだけ消せば、妹尾さんは普通の霊に戻るんじゃないんですか?」

逢魔は首を振った。

「どうして⁉︎」

「妹尾自身にも湊先生への恨みがあるからだ。それが低級動物霊の力と同調して、引き合っている。だから2つを引き離す事は出来ないんだ。」

「そんな…。」

湊は妹尾を見上げた。

「本当は、ずっと後悔してたんだ。お前を見捨てて逃げた事…。」

「後からなら何とでも言えるよな。」

妹尾は完全にふてている。湊は構わず続けた。

「だから、お前の事を忘れまいと教職を取り、それなりに科学の知識をつけた。霊の事も研究したし、霊界通信機も作ってみた。完成はしたが、お前には会えなかった。」

「え⁉︎もしかしてこの間のあれの事ですか⁉︎」

俺が尋ねると、湊は頷いた。

「俺は、狂っていると言われようとマッドサイエンティストと呼ばれようと超自然的エネルギーの研究をやめなかった。それも全て…。」

彼は軽く胸を詰まらせた。

「お前にもう一度会って、せめて一言だけでも詫びを入れる為だったんだ…!」

すまなかった、と、湊はもう一度頭を深々と下げた。

「…湊先生、もしかして今日俺をこっくりさんに誘ったのって、」

「言わんでいい」

今までに聞いた事もないような、湊の重く押し殺した声に背筋がぴしりと通った。

「……。」

ずっと黙って俯いていた妹尾が、ふと片手を机の上に伸ばした。

そして、そこに置かれていたビールの缶を口許に運び、一口呑んだ。

「僕も大人になって、君と飲みに行きたかったな。」

妹尾はそう言い残し、薄く微笑んだ。

そのまま身体の輪郭が薄れていき、見えなくなっていく。

「妹尾‼︎」

湊が彼に手を伸ばす。

その手が触れ合うより一瞬早く、妹尾の姿が消えた。

ビール缶の落ちる音が、部屋の静けさの中にこだまする。

落ちたビール缶を拾い上げ、湊は寂しげにも見える微笑みを見せた。

「今度一杯おごらせてくれよな、妹尾。」

その後、嫌という程逢魔からお説教を食らい、呼び出してしまった浮遊霊は全て彼が持って行ってくれた。

湊と共に床につき、どちらからともなく会話が始まる。

「本当は後悔してたんですね、湊先生。」

「…まあな。」

「素直に言ってくれてたら、もっとスムーズに解決したのに。」

「そんなの、俺のプライドが許すもんか。」

「そういえば、さっきから一人称私設定忘れてますよ。」

「私のプライドが許すものか。」

一息ついて、

「なあ、加古。」

「…何ですか?」

「明日、ちょっとした散歩に付き合ってくれ。」

「もしかして、お墓参りですか?妹尾さんの。」

ああ、と頷きかけて、湊は首を横に振った。

「一杯やりに行くんだ。妹尾の奴の所へ。」

「…そうですか。」

なかなか粋じゃないか。湊先生。

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紫音様、コメントありがとうございます。
ただのマッドサイエンティストじゃありませんでしたね、湊先生。これからも色々な人の過去が明らかになってくるので、楽しんで頂けるよう頑張ります。

湊先生にこんな過去があったなんて・・・

高校の怪談シリーズはかなり深いですねぇ~

次回作がますます楽しみになりますわ