中編6
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カネコさん 見たあの日

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 カネコさん。「嫌なことがあった」ことに共感で友達となった。

 カネコさんいわく、カネコさんは特別な力があると語ってくれた。

 だけど、ぼくは一緒にいるのに、その特別な力を見たことは一度もなかった。

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「あの通りの一角のアパートにわたしの知り合いがいるの、少し寄っていかない」と、誘われたのが始まりだった。

 そのアパートは見た感じでは2階建てで、1階は駐車スペース。2階はアパートの住居といった感じだった。白く塗装したそのアパートは一間からして少し不気味な感じがした。

「別にいいけど」

 ぼくは普通にカネコさんの誘いに乗った。嫌なことがあった。そう、そのアパートに寄ったことで嫌なことがあったことに適していたのだろう。

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 カネコさんがそのアパートの端っこに「私のお気に入りの子がいるの」と、嬉しそうに僕に語った。なんでも、その家では父子で暮らしていた。

 父はとても働き者で、近所でも評判でやさしく、頼まれば何でもやるような男だったそうだ。子供は保育園に通っている幼い子供で、父の帰りをいつも楽しみにしていた。

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 カネコさんはその子供とどういう面識で出会ったのかは尋ねても答えてはくれなかった。

 その日は、いつもお世話になっているとのことで、父親は暖かく歓迎してくれた。居間に通されたぼくは、少しゴミが散乱している光景を目の当たりにした。

 部屋の中なのに、ごみ袋が置かれている。

「片付けないのですか?」

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 ぼくは、訊いてみてしまった。素朴な疑問だった。普通なら、こんな問いに対して相手は不服感を抱いてしまうかもしれない質問だった。その父親は「これはね、ごみの日に出し忘れたものなんだ。明日がゴミ出し日だから、外に置いておくと他人に迷惑かけると思って、あえてここに置いてあるんだ」

 と、優しく答えてくれた。

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 カネコさんの隣に座った子供はニコニコと笑みを浮かべていた。

 こんなすごい父親でこの子は幸せなものだと、少しばかり思ってしまった。

 その日は、話題から近所でのことなど話、その日はこれで終わった。

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 それから一週間してから、カネコさんが急に僕を呼んだ。

 それは特別な力の影響なのか、話してはくれなかったがカネコさんいわく、「なにか嫌な予感がする」と、押してくれた。ぼくはその意味の深い場所までは読み取ることができず、戸惑いながらも、カネコさんの後を追っていった。

 あのアパート一角だった。窓は開いている。以前と変わらない。なのに、嫌な気分になる。

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「……」

 カネコさんは黙ったまま、アパートを見つめていた。

「あれ? お姉ちゃんどうしたの」

 誰かから声をかけられた。ぼくはハッと驚いたが、カネコさんはアパートの一角を見つめたままだった。

「何かあったの?」

 子供が尋ねた。ぼくはアパートの一角の部屋に住んでいた父親の子供だと分かった。

 ぼくは、本当のことが言えず、「カネコさんの後をついてきた」と、嘘で恥ずかしいようなものを言ってしまった。

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「ふう~ん」

 子供は特に返答はせず、鼻で逸らした。

 カネコさんは父子が暮らすアパートを見つめたまま、子供に尋ねた。

「ねえ、最近。お父さん見かけないけど、知らないかな」

「知っているよ。お父さん病気だから、ぼくが見ているよ」

 と、微笑ましく、その子供は言った。ぼくは何か不自然な気持ちになったが、このときは気に駆けなかった。

 アパートに入ることはなく、その日は、カネコさんは「……」と、なにを話しかけても沈黙のままだった。

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 それから、1か月がたった。カネコさんから連絡が来ないまま、ぼくは普通に鉱山の入り口前で座りながら空を見上げていた。特にこれといって特徴もない。ただ、空を見ているだけで、空に浮いていて、嫌なことさえも忘れていられるような気持ちに至っていた。

「ねえ、嫌なことがあった」

 突然、視界に覗き込む女性の顔があった。ぼくは驚き変な声を上げてしまった。

 心臓はドキドキだ。その女性はカネコさんだったことはすぐに見直してわかった。髪が少し伸びている。目の下は黒かった。

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「カネコさん…、どうしたんですかその顔」

「とても嫌なことがあった。とてもとても――」

 カネコさんはなぜか怯えている。いつものような暗く落ち着いた表情はどこにもなく、何かに怯えているようだった。ぼくは、カネコさんに「何があったんですか」と、訊いたらカネコさんは「嫌なことがあった」と、口々に答えるだけだった。

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 ぼくはカネコさんに、空を見上げるといいよと、空に人差し指を指しながら空を見上げた。カネコさんもつられて顔を上げる。

 空は青くどこまでも続いていた。白い霧のようなものが視界に通り過ぎるだけで、ゆったりとした温かみと風だけがぼくらを通り過ぎていく。

 そんなことをしている間に、カネコさんは正気に戻ったようだった。

 再び口にしたとき、ぼくは「早く、行こう」と、カネコさんの手を引っ張ってその目的地へと走った。

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 向かった先は一角のアパート。前よりも嫌な気がした。そして、鼻につく嫌なにおいもする。

 カネコさんはまっしぐらにそのアパートの端っこにある父子の家を訪ねた。

ピンポーンと、チャイムが鳴ると、少ししてから子供が玄関の扉を開けてくれた。

「あ! 久しぶりだね、お姉ちゃん」

 以前よりもとても明るく、出迎えてくれた。

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「早く! お父さんが待っているよ」

 ぼくたちが部屋に入った時、外で感じたのと同じ嫌な気がした。それは偶然なのか、必然なのか、ぼくはこの日、この場所に来なければよかったかもしれない。そうすれば、子供もカネコさんも僕も「嫌な気がした」ことはなかったかもしれなかった。

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 部屋に入るとまずにおいが嫌だった。とても酸っぱく何か腐ったような硫黄のようなにおいがした。

「変なにおいがするけど、ごみはまだおいてあるの?」

 ぼくが尋ねた。尋ねたとき、通路の奥を通り抜けると、居間がある。居間には前まではゴミが置いてあったが、今は何も置いていない。とてもきれいでゴミといったものは見当たらなかった。

 でもにおいはまだしている。

 窓は開けてある。外からにおいがするのかと思い、顔を覗き込むが、外からのにおいではなかった。外のにおいは布団を外に出したような暖かい日より香りがした。

「ねえ、そういえばお父さんはどうしたの」

 ぼくは、その問いを吐いた。入った時から、この子の父親は見かけていない。このにおいについても、父親に尋ねてみることにしていた。

「お父さんは病気なの、誰も入らないようにって!」

 子供は少し怒っていた。うつしては悪い病気なのかと思った。そんなら、病院へ行けばいい。もしかしたら、かなり深刻で歩けなかったのかもしれない。

「お父さんはどうしたの、ぼくたちでよかったら、手伝ってあげるから」

 カネコさんは仕来りになにかおびえている。とてもとても歯をガチガチと震わせて、何かに怯えていた。

「え? お父さんは病気だよ、お兄ちゃんたちが入ったら、病気がうつっちゃうよ。だから、お父さんはあの部屋でず~と座ったままなの」

 ある部屋の一角に指を指す。その部屋はちょうど端っこで居間の窓のとなりにある扉。においはそこからしている。

 ぼくは、その扉に手をかけた。ギイ~と扉のきしむ音がする。

 目の前に現れたのは忘れもしないものだった。

後日談に続く

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