げに女性は恐ろしき。【姉さんシリーズ】

長編12
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げに女性は恐ろしき。【姉さんシリーズ】

俺には四つ年上の姉がいる。

彼女の名前は玖埜霧御影(クノキリミカゲ)。その名を聞いた人達の多くが「それって本名なの?」と疑いを向けた眼差しで聞いてくる。偽名だとでも思うのであろうか。まあ、確かに玖埜霧という苗字にしても御影という名前にしても、聞き慣れないし風変りなイメージがするのだろうが。

玖埜霧御影というのは正式に定められた姉さんの嘘偽りのない本名であるが___法的にその名前が認められているのだが___言ってしまえば本名とは言い難い。姉さんは実のところ、俺の本当の姉ではない。もっと具体的に言ってしまえば、玖埜霧夫妻___俺の両親のことだが、その両親とも血の繋がりはないのだ。

つまり養子というわけだ。玖埜霧夫妻に引き取られ、養子縁組を結び、正式に玖埜霧家の人間として認められたというわけである。姉さんがどういった経緯を辿り、玖埜霧家に養子として迎えられるようになったのかは、姉さんも両親も進んで話したがらないので、詳しい内情は知らない。

ただ一つ言えることは。玖埜霧という苗字も御影という名前も、姉さんの真実の名前ではないということだ。

玖埜霧家に引き取られたのだから、苗字は元のそれから玖埜霧の姓に替わったということだが。実は玖埜霧夫妻に引き取られた際、名前のほうも変更したらしい。苗字だけでなく、名前の変更も行ったのだそうだ。何でも、姉さんの本来の親族の人達から要請があったのだ。「玖埜霧家の人間として生きていくのなら、元の名前も消し去り、新たな名前を付けてほしい」と。ヘタな未練を残さないためなのか、それとも別の意図があったのか。それすらも分からないが、姉さんを引き取る条件として、必ず守ってほしいとお願いされたそうだ。

御影という名前は玖埜霧夫人___つまり、俺達の母親が名付けた。「あの子の名前には、どうしても影という字が必要だったのよ」などと言っていたのを、いつぞやだったか聞いたことがある。忌み名がどうとか影武者がどうとか、そんなことも言っていたような気もするが・・・・・・正直、よく覚えていない。大して興味のない内容だったので、聞き流していたせいもあるのだが。

だが、一言だけ。いつもは温厚な母親が、珍しく思いつめたような表情をしてきっぱりと言い切っていた言葉だけは、今でも耳に残っている。

「あの子の元の名前は___決して口にしてはいけないの」

◎◎◎

学生の本分は勉学に励むことだと誰かが言う。一に勉強、二に勉強。三四に勉強、五に勉強。その分でいけば、六でも七でも八でも九でも、同じように勉強勉強と小五月蠅く言われるのだろう。「この知識が果たしてこれからの人生において活用される日が来るのだろうか」と疑問に思うような内容のものもあるが、そこはそれ哀しき学生の身分。教科書にそうと記載されていれば覚えなくてはならないし、教師が「ここはテストに出るぞ」と言えば、赤ペンで下線を引かなくてはならないのだ。

俺が通う公立の中学校は、有才ばかりが通う進学校でないにも関わらず、三日に一度というハイペースでテストを実践するのだ。まあ、テストと大きく言っても、中間テストや期末テストといった大々的なものではなく、普段の学習が身についているのかを確かめるべく、小テストを行うわけだが。問題数も十問程度だし、復習の意味でやるのだろうが、これが結構厄介なのだ。

何が厄介って___それは決まっている。テスト勉強だ。

「もうやだ!もうやだ!もうやーだー!」

歴史の教科書を放り投げ、俺は学習机に突っ伏した。明日は歴史の小テストがある日であり、そのためにこうして夜なべして勉強しているわけだけれど。歴史の勉強が、実は一番覚える要素が多くて嫌になる。武将の名前やら合戦名やら年号やら・・・・・・それら全てを頭に叩き込まなくてはならず、脳のキャパシティは既にパンク寸前だ。

世界には少なからず、勉学の分野に優れた人間というものは存在する。彼らは血の滲むような努力などしなくとも、普段の授業を真面目に聞いてさえいれば、テスト勉強しなくともそれなりの点数を叩き出せるのだから羨ましい。羨ましいというより、妬ましい。彼らにとってみれば、そんなことは至極当たり前のことで、意識しなくともそう出来てしまうあたりが特に。

ちなみに。この俺ーーー玖埜霧欧介(クノギリオウスケ)はそちらの分野の人間ではない。授業も聞いているし、ノートも取っているけれど。しかし、授業を真面目に聞いているからといえ、それでテスト勉強をしなくてもいい点が取れるほど、器用な人生は送ってきていない。血の滲むような努力をして尚、平均点を掠るか掠らないかの瀬戸際なのだから、脳のキャパシティの狭さに自分でも悪寒が走る。

・・・・・・いや。自分では努力しているつもりだけれど、実際は努力が足りないだけなのか。生まれつき頭が悪いからとか、勉強が苦手だからと諦めて、努力するフリだけしてあとは丸投げにしているだけなのか。天才は99パーセントの努力と1パーセントの才能により成り立っている___という言葉があるように。自分の持つべく才能を開花させるためには、ある程度の努力を自分に課さなくてはならないということだろうか。

「・・・・・・ま、こんなこと考える猶予があるんなら、その分勉強すればいいだけの話なんだけどな」

感傷に浸っている場合でも、天才について想いを馳せている場合でもない。泣こうが喚こうが、地球が存在する限り明日は訪れるのだ。ふと壁に掛かっている時計に目をやれば、現在午後の12時半を回ったところ。あと30分だけ頑張ったら寝よう。そう思い、床に落ちた教科書を拾い上げた時だった。

「よ。まだ起きてたんだ。お疲れ様」

ぽんと軽く肩を叩かれ、振り返れば。姉さんが両手に湯気の立つマグカップを抱え、にっこり笑っていた。弟が夜遅くまで勉強している様子を心配して、温かい飲み物を持ってきてくれたということは察しがつくがーーー1つだけどうしても理解不能なことがある。

「どうしてバスタオル1枚の恰好しているのか、それを聞きたいんだけど」

そう。姉さんの恰好がまずおかしいのだ。裸にバスタオル1枚を巻き付けただけのラフ過ぎる恰好。お風呂上りなのか、肌や髪の毛がしっとりと濡れており、ほわんとした湯上りの香りがする。パジャマはどうしたパジャマは。

「え?だってお風呂上りなんだもん。仕方ないじゃん」

「仕方なくない。パジャマは?脱衣所で来て来ればいいのに」

「え?だって欧ちゃんを夜這いしに来たんだもん。着るわけないじゃん」

着たってどうせすぐ脱ぐんだから同じことでしょ、と。しれっとした口調で言われてしまい、返答に困って黙る。いつも思うのだけれど、この人、飢えてるのかな・・・・・・。そりゃまあ、姉さんは高校生だし、多感な年頃というかお盛んな年頃なのかもしれないが。その欲求の矛先を弟に向けないで頂きたい。

「大丈夫。きちんと礼儀は守ってシャワーは済ませておいたから」

「何の礼儀だよ。気遣いしてくれたみたいな言い方だけれど、根本的なことが間違ってるからね」

「大丈夫。予定でいけば、今日が排卵日だから」

「えーと。姉さん、歴史って得意?」

強引に話を変えてみた。我ながらベタなやり方だとは思うけれど、不毛な会話を続ける覚悟がなかったのだ。姉さんは当然ながら、ムッとしたように唇を尖らせたけれど。「嫌いではないかな」と答えてくれた。

「歴史なんて、勉強の中では楽なほうだと思うけれど。数学みたいに数式を当て嵌めて計算するでなし、英語みたいに他国の言語なり言葉なりを覚えるでもない。歴史なんてワードと年号さえ丸暗記しちゃえばいいだけの話でしょ。点の取りやすい科目だよ」

「丸暗記って・・・・・・」

それが出来ないから苦労してるんじゃないか。姉さんは記憶力もいいし、勉強も出来るから大して苦じゃないのだろうが。

「それにしてもさあ」

姉さんは俺にマグカップを差出し、もう1つのマグカップを持ってベットに腰掛けると、長い脚を組んだ。サイドの毛を耳に掛けると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

「歴史の授業で重要視されているのは、男のほうが多いとは思わない?歴代の武将や時の朝廷の名前はたくさん出てくるけれど・・・・・・そのほとんどが男でしょ。日本の歴史において、女性の名前が出てくることってあまりないじゃない。全く出てこないというわけでないにしろ、その数は男に比べて少ないのが事実。それはそれで差別のような気がしないでもないけれどーーー女は女で逞しくもあさはかとなく生き抜いていた史実があるのにね」

姉さんはやや身を乗り出すような体勢を取った。胸元を強調するかのような扇情的なポーズ。だが、その表情には妖艶なそれでなく、挑戦的とも好戦的ともいえるような強い意志が見て取れた。

「日本の歴史上、最も逞しく、かつ浅はかとない生き方をした女の話をしてあげようか」

江戸時代のこと。吉原遊郭に勤めた花魁の話。姉さんに言わせれば、彼女達こそ日本の歴史上、最も逞しく、かつ浅はかとない生き方をしていたのだという。

花魁というのは、遊女ーーー歓楽街に勤める女性の中で、位が高い女性の総称である。今でいう高級クラブのホステス、といえば分かりやすいのではないだろうか。客人から人気が高いというだけでなく、教養も高いとされ、古典や書道、茶道、華道などを日常的に習っていた。また手ぐさみとして琴、三味線などの弾き語り、囲碁にも通じているというのだから舌を巻く。

だが。そんな華々しい経歴のある彼女達にも裏の顔というものは存在する。そもそも彼女達の生まれは、決して裕福な家庭で生まれ育ったのではない。どちらかといえば貧しい家庭に生まれ育ち、子どもの頃から苦労に苦労を重ねてきた人達なのだ。彼女達は親の借金のカタとして遊郭に売られ、自分の肉体を売り物にお金を稼いだ。だが、あくせく働いても、稼いだお金は全て借金返済に充てられる。納期が明けるまでの期間、彼女達はただひたすらに働いたのだそうだ。

いつか幸せになれるその日を夢見ながら。

「花魁の身の上にとって、1番のタブーって何だと思う?」

姉さんにそう質問された時、俺は短絡的に「客との恋愛」だと答えた。仕事で床入れすることはあっても、そこに愛や情はない。言い方は悪いが、彼女達は借金返済のために、お金のだめだけに男と寝る。なので、そこで恋愛感情が芽生えてはいけないのではないかと思ったのだ。数多くの男と寝なければならないのだし、1人の男に本気になってしまうのは如何なものかと。単純にそう考えたのだが____それは間違いだった。

「正解は、妊娠だよ」

妊娠ーーーつまり身籠ること。これこそが最大のタブーだった。前述した通り、彼女達には莫大な借金があり、その返済のために肉体を売り物に働いている。言うなれば、身1つで働いているということである。だが、妊娠などしてしまえば、売り物にならなくなる。男との行為に及べないというわけだ。そうなれば、当然ながらお金が手に入らなくなる。それは花魁にとっては死活問題なのだそうだ。

だが。現代では効能ある避妊方法が幾つかあるが、そこはそれ江戸時代のこと。当時も避妊薬というものは存在したのだが、値段の割には効能は期待出来なかったとされている。朔日丸(サクジツガン)、天女丸(テンニョガン)という名前の薬が出回り、値段は現代でいえば3千円程度。飲めば避妊効果があると言われていたらしいが、気休めにもならなかったらしい。

仕事上、どうしても妊娠のリスクは高まる。実際、妊娠が発覚した遊女は数多くいたといい、それぞれが苦労したようだ。妊娠が分かっても生むことなど御法度だ。借金が返し切れていない状態で子どもが生まれてしまえば、一生追われる身になってしまう。そうならないためにも「堕胎」の処置が必要だった。

「江戸時代の堕胎はーーーある意味、拷問だね。堕胎で死ぬ人だっていたんだから」

現代の医療を以てしても、中絶は女性の体にかなりの負担が掛かるとされている。だが、安全な手術と適切な処置が受けられるだけ有難いと思わなくてはならないだろう。江戸時代には、そもそも安全な手術が行なえる病院などなかったのだから。

妊娠が発覚してしまった花魁は、堕胎専門の医師の元へ赴く。当時は堕胎を専門とする医師がいたらしいのだが、ほとんどが知識や経験などがない、名ばかりの素人だったそうだ。堕胎の手術も極めて原始的で、器具は用いず、使用されたのは何と牛蒡である。牛蒡を膣の中へつるつると押し込み、子宮内を抉り回し、胎児を殺すのだ。それは不衛生極まりない危険な方法だった。麻酔も施さないため、想像を絶する苦痛に襲われ、子宮内を激しく抉られる痛みに耐えきれず、失神や失禁する人もいたとか。

それで済めばまだしも、子宮内を傷つけられたことが要因で、亡くなる人もいたというのだから、女性には耳が痛い話だろう。胎児が死ぬと、羊膜ごとどろりと外に引き摺り出し、処分するのだという。とある逸話には、堕胎医の幼い娘が処分される前の胎児で遊んでいた、なんていうエピソードもある。エグいというか、痛ましい話だ。

「鬼灯の根を煎じて飲む、なんていうやり方もあったんだって」

鬼灯というのはナス科ホオズキ属の多年草。6月から7月にかけて黄色の花を咲かせ、その後は六角状の咢の部分が袋状に発達し、果実を包む。実は熟すとオレンジ色になり、薬用としても食用としても精通した。だが、それを堕胎に使う場合もあったそうだ。

鬼灯には子宮を収縮する作用があるとされており、古くから堕胎薬として用いられてきた。鬼灯の根を煎じ、水銀と一緒に摂取して子宮内の胎児を殺したり。また鬼灯を陰干しした後、お湯でふやかし、それを膣内に入れておく。するとアルカロイドと呼ばれる猛毒が発生し、やがて胎児は子宮内でじわじわと腐って死ぬという。但し、鬼灯を堕胎に用いる場合は、母体となっている女性もまた命の危機に晒されるので、あまり好まれなかったらしいが。

他にもオーソドックスに水風呂に浸かるとか、水の入った壺をお腹に乗せて圧迫死させるとか、トウガラシやざくろの根や皮を煎じて飲むなどーーーありとあらゆる手段を尽くして堕胎を実行したらしい。何度も堕胎を繰り返していくうち、やがて妊娠出来ない体になってしまうのだが、そうなることで逆に1人前の花魁として認められたという。

「あとは間引きだね。生まれてすぐ産婆さんに殺して貰うんだよ」

前述した通り、当時は堕胎専門の医師がいた。それと同じく堕胎専門の産婆もいたのだとか。産婆というのは、出産の補助及び、生まれたばかりの赤ちゃんを産湯につかわせるおばあさんのことを指すが、堕胎専門の産婆は生まれた赤ちゃんをすぐに殺すことが仕事だ。堕胎に失敗した場合、仕方がないので普通に出産までは行う。だが、生まれてすぐ、赤ちゃんの顔に布をかぶ被せたり、首を絞めるなどして窒息死させるのだ。幾ら仕事とはいえ、生まれて間もない小さな命を殺すことに、何の抵抗もなかったのだろうかと疑念が湧く。

そこまでして、我が子を殺そうと目論む執念が___怖い。

「___どう?聞いているだけで身の毛もよだつような、産毛が逆立つような、凄惨な話でしょう」

マグカップを片手に、姉さんはくすりと微笑む。悪びれる様子もない、悪戯っぽい表情で。

「教科書には掲載していない、というか掲載出来ない史実ほど、実に色濃く奥深い内容が多い。全国的に名前を馳せた武将の英雄譚や、知名度の高い合戦名を覚えることも大切だけれどもーーー時にはこうして蛇足的な知識を吸収しておくのもいいかもよ」

「・・・・・・」

俺はマグカップを持ったまま、何も言えずにいた。マグカップの中身はホットミルクだったらしく、乳白色の液体がなみなみと注がれている。受け取った時は温かったが、今は冷めてぬるくなってしまった。一口も飲んでいないというのに。

「さて。御影ちゃんのためになるお話はこれでおしまい。勉強に励むのはいいことだけれど、あんまり無理して無理が祟ると、体に悪いよ。さ、御影ちゃん特製のホットミルクでも飲んで、今日はもう寝たら?」

ためになる話とは思えないし、正直、勉強を再開する意欲を削がれたのだが。姉さんがせっかく淹れてきてくれたことには変わりがないので、有難く頂くことにした。ホットミルクには安眠効果があるというし、これを飲んでぐっすり寝て、早めに体を休めるのもまたいいことかもしれない。

「・・・・・・ありがと。頂きます」

「召し上がれー」

マグカップに口を付け、ホットミルクを喉に流し込む___何か、ちょっと変な味。ホットミルクはホットミルクなんだけれど・・・・・・何か、苦いというか何というか。まっさらなホットミルクの味ではない。鬼灯の根を煎じたものが入ってたりするんじゃないよな。

「姉さん・・・・・・ホットミルクに何か入れた?」

訝しげに尋ねると、姉さんはにっこり笑って言った。

「通販で買った媚薬入り。精力アップするんだって」

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