17歳「私」の、わずか何秒の出来事

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17歳「私」の、わずか何秒の出来事

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「ねぇママ!ママってばぁ!」

「はいはい。どうしたの?」

「さっきあっちでね!なんか落ちたよ!」

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私は17歳。公立高校に通っている。きっと普通の女子高生。

つい最近、話したこともない同級生から告白された。カワイイから気になっていた、好きになったと言われた。

私のどこが?

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私は自分が嫌い。簡単に悩んで死にたくなるような自分が嫌い。いくら天気が良い日でも青空がグレーに見える。

くすんでる。私も景色も何もかも――。

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それと、これは遺書。書き終えたら、私は学校の屋上へ行ってそこから飛び降りる。夏休みだし人も少ないから。

お母さん、ごめんね。お母さんの期待に応えれなかった。

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病院のベッドの上で病気と戦ってるお母さんなのに、私は自分で死のうとしてるダメな子供なんだ。

神様に頼んで私の命をお母さんの命に付け足してもらうよ。

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学校に行くまでの道もこれが最後だなって思う。いつもと変わらない道。家から歩いてちょうど10分で学校。途中、団地があってそこに遊具のある公園がある。ここで小さい頃に団地のコたちと遊んだな。

それと、ここで仕事帰りのお母さんをよく待ってた。こんな寒いとこでよく待ってたなって思う。ここからスーパーまで一緒に行って買い物した。

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それから、ここでは知らない人にレイプもされた。中学生のとき。傷はないけど思い出したくない。誰も助けに来てくれなかった。たぶん10分くらいの出来事。

でも私には長い時間だったし、苦しかった。男の言葉も動作も何もかもスローモーションのように感じた。それなのに逃げられなかった。声が出なかった。

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だから私はこの公園が嫌い。見るのも最後だから思い出しただけ。

夕暮れでコオロギ? スズムシ? 何かが鳴いてる。こんなにキレイな音だったんだ。

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私は何のために生まれたんだって思う。楽しいこともあったけど、辛いことのほうが多かったから。好きな人が出来ても、その人はどこかに行く。でも、その人を恨むことなんてできない。だって好きだから。

なのに、「苦しい」って私のワガママなんだ。それでリストカットするのも私のワガママだよね。みんなに迷惑を掛けるから。親にも友達にもその人にも。

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その人と一緒にいた半年間は楽しかったな。一緒に買い物にも行ったし、好きだって言ってくれた。

でも、その時間もあっという間だった。1年前の今頃はこんな気分じゃなかったのに。

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辛いことのほうが多いからかな?

楽しかった半年間の思い出が、まるで夢か幻だったみたいに3日間くらいの出来事にしか思えないよ。

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学校に着いた。夕方だもん。夏休みの補習や部活をしていた生徒もほとんど帰ってる。サッカー部の同級生とすれ違った。「おう!」と言われたので「バイバイ」と返した。彼のように強く生きれたら良かった。

私のバイバイという言葉は、弱い自分へのさよならだ。そして、今日限りで誰も聞くことがない言葉。

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屋上に向かう前に教室に立ち寄る。ほんとはちゃんと勉強して、働くようになって好きな人と結婚して、料理とか作りたかった。

でも、私にそんな人生は無かったんだと思う。だって、私にはどうしようもないことだもん。それを悩んで時間だけが過ぎていく。長いく重いイヤな時間だけが過ぎていく。だから、私にそんな人生は無かったんだと思う。

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屋上への扉は、まだ鍵が掛かってなかった。もちろん私以外だれもいない。風が少しだけ涼しい。

自殺をするときって、もっと悩んでいるイメージだった。何もかもがイヤで世界も無くなればいいって。でも、そんな気持ちはもう無くなったよ。お母さんの具合いも良くなってほしいし、みんなが幸せとか幸福になってほしい。

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さすがに高い所から落ちるのは正直怖いかな。だけど、ここからたった1mだけ前にすすめば、まばたきをしてる間に“コト”が終わる。

目の前の足元には暗くなった校庭と校門が見える。なんでだろ? 涙が出てきた。身体も少し震えてる。勇気出さなくちゃ。

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つま先はもうあっちの世界に行ってる。こんな状況で不思議だけど「もっと美味しくごはんも食べれば良かった」って、「もっと勉強もすれば良かった」って、「もっと自分を大切にすれば良かった」って、そんな想いだけが頭をよぎる。

弱いんだな、やっぱり私。

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気付くと私の足は全部あっちの世界にあった。

あとは、まばたきしてる間だけ待てばいい。

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――落ちている。

――今、私は落ちている。

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足から落ちたはずなのに頭が下になってるのが分かる。そういえば、何かで聞いたことがある。「頭がいちばん重いから頭のほうから落ちる」って。

私の顔は校舎のほうを向いてるみたい。3階の教室の窓ガラスがパッと通り過ぎたから。私のさかさまになって落ちる様子も映ってたから。

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.....でも何これ? .....思い出?

今迄あったいろんなことが映画みたいに再生される。薄暗いなかで落ちてるのに明るい色の「映像」が押し寄せてくる。

死ぬときって、こんなの観ながら死ねるんだ?

怖がってた私が何だかバカみたい。周りから見たら一瞬で終わる悲劇も全然そうじゃなかったんだ。

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そうそう、小さいときキノコが食べれなかった。スカート履くのがイヤでお兄ちゃんのズボン履いてたな。笑

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あと、これは...

そうだ!幼稚園のとき車に跳ねられそうになったんだ。

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それから...

これはあのときの公園。さっきの公園。まだお母さん元気で笑ってる。私、鉄棒より小さかったんだ。

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まだまだ思い出が流れてくる。どんどん、どんどん…。何だかメリーゴーランドに乗ってるみたい。そうやって、いつのまにか「着地」して私は消えるんだ。

楽しく、静かに、消えていける。今迄「生きてきて」いちばん安らいでる時間。生まれた喜びを今はじめて感じていると思う。

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それからも映像は続いた。だから、私の安らぎも続いている。

それと同時に、私が落ちている姿も今はハッキリとわかる。私の現在位置は、ちょうど2階のあたり。窓ガラスに落ちている私の姿が映っている。その後ろには陽が沈む直前のオレンジ色の空。

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とてもキレイ。そして、とても心地いい。

落ちる風で髪の毛が頬の上をはためいてる様子がわかる。今、右足のサンダルが外れた。涙の一滴が上に向かって落ちていく。

誰か聞いてる? 自殺ってまるで“夢”みたい。生きてて体験できないことが生きてるのに体験できる。

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だから、苦しくもないし、辛くもない。

だから、今度生まれ変わったらちゃんと生きようかな。好き嫌いも無くしてリストカットもしない。

だから、今度生まれ変わったらちゃんと生きるね私。ねぇお母さん。

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それにしても、私が飛び降りてどのくらい経ったんだろう。1秒? それとも2秒?

たった「それだけの時間」で私はいろんなものを観た。そして、いろんなものを感じた。落ちてく私の身体は、ようやく2階を通過するみたい。校舎の壁についている時計が見えた。

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時刻は夕方の...

「5時02分17秒」

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だったらきっと、時計の針が20秒になるまでには着地してるかな。でも、私の体感している時間は、1~2時間あると思う。そのくらい、ぎっしり詰まった夢をみてる。

そう考えると時間も不思議。「時計の針」と「私のそれ」とが違うから。体感してる時間がぜんぜん違うから。

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そういえば好きな人と一緒にいた半年間は「早かった」。

そういえば公園でレイプされたときは「長かった」。

神様ってイジワルなんだね。楽しい時間は早くて、苦しい時間は長いなんて。それが逆なら、私も世界中の人達も、もっと楽しく生きられるのに。

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だったら、お母さんもベッドの上の時間は長いのかな。病気で苦しいのだから、それだけ長いのかな。

ごめんね、お母さん。私だけラクなほうを選んでしまった。飛び降りる前より、お母さんの苦しみがわかるよ。ほんとに親不孝でごめんなさい。

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私の映像、私の夢はまだ続く。今17歳までの思い出を、もう3回は繰り返した。いつになったら終るの?

ゆうに4~5時間は経ってる気がする。もちろん、私のなかの時間で。それに、私の身体半分もまだ1階に達してない。

....何だか少し怖くなってきた。だって「着地しない」から。「まばたくの間」で終ることが終らないから。

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私の夢もまだまだ続いている。校舎についてる時計をもう一度見ようとしてもなかなか私の眼がそっちに向かないことにも気付いた。頬をはためいていた髪の毛の動きも遅い。

まさか... スローモーション?

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そうだ。スローモーションになってる。何もかもがゆっくりになってる。それも、どんどん、どんどんゆっくりと。

屋上から3階までは早かったのにそこから今迄がなかなか進んでいない。

いつになったら終るの…。

何で私「着地」できないの…。

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ようやく…。ようやく時計が見れた。もう一度時計を見ようと思ってから何時間かかったんだろう。5時間なのか10時間なのか分からない。...ただ長い。...たったそれだけのことがひたすら長い。

.......

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時刻は夕方の...

「5時02分18秒」

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え?.......

経ったのは....「1秒」?

あれで... 「1秒」?

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時計の針で見ると「過ぎた時間はたったの1秒」。私のなかじゃその「何万倍も経っている」のに…。

どうして? ねぇ、だれか、だれか教えて? 私、着地できない。世界がスローモーションになって何も進まないの。なぜかわからないけど、進まない。終らないの。

私にとって人生でいちばん心安らいだ時間だったのに、夢のような時間だったのに終らないの…。

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楽しい時間は、心地よい時間は、早く過ぎるんじゃなかったの??

苦しい時間は、イヤな時間だけは、長く感じるんじゃなかったの??

それとも…もしかして、...私。

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本当は、飛び降りることが『とてもイヤなこと』...だったの???

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そうだ... そうに違いない...

本当は、飛び降りが「イヤなことだから」、「苦しいことだから」、「体験したくないことだから」私の時間だけ過ぎて時計の時間が進まないんだ。

落ちるのが。着地するのが。とてもイヤだから。彼と別れて苦しかった日々よりも、もっともっともっと辛いから。本当は私『死にたいなんて思ってなかった』から.......

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だから、着地に近づけば近づくほど「遅くなる」っていうの!!!???

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それなら、誰か助けて! ねぇ誰か私を助けてよ!

私、落ちれない!!

私、死ねないの!!!!

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...だめ。...もう、時間がまるで進んでない。私が空中で止まってるようにしか思えない。私のなかで何時間経ったんだろう。ううん。何時間じゃない。いったい「何年」経ったの…。

こうやってさかさまになって飛び降りてる私の姿を1階の教室から偶然見てしまった生徒を1人みつけたの…。とても恐ろしいモノを見て、怯えている顔。「見てはいけないモノ」を見てしまった顔...。

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おねがい、そんな顔で私を見ないで。だって私、もっと落ちるのが「イヤになってしまう」から…。そうするともっと進む時間が遅くなって、もっと、この地獄から抜け出せなくなっちゃうの…。

だから、だからお願い。そんな顔しないで...。私もきみの顔を見ないように自分の顔を反らしたいけど...。それだけで何年も掛かってしまうの...。

その苦痛だけで、もっと「イヤになってしまって」もっと抜け出せなくなるの...。

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...ねぇ、お母さん、私ようやくわかった

...苦しさや辛さや逃げることばかり考えるから

...その苦しみも「重く」「長く」なるんだね

...だから、生きててどうにかするべきだった

...頑張れることを見つけていれば良かった

...頑張ろうとすれば良かった。

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...怖い、本当に怖いよ

...だって、それでもいつかは着地する

...じわりじわりと何十年、何百年かけて

...校舎下のセメントに頭から着地する

...1mmづつ脳みそがのめりこみ

...ゆっくり頭が削られて飛び散って

...その恐怖と傷みを永遠に味わって

...ようやくようやく落ちて死ねる

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...でも、そんなこと考えたら、もっと遅れちゃうや

...アハ、アハハッ、ハハハ、アハハ

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