中編3
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カラン

カラン。

無機質なトイレに響く、プラスチックの音。

「なにこれ。誰の落し物?」

見てみると、櫛。

装飾は結構凝っていて、キラキラというイメージを持たせる。

何でって疑問を抱くも、好奇心で拾い上げる。

拾い上げた瞬間、背筋がゾワリとした。

だって氷のように冷たかったから。

「…届けよっか」

ポツリと声に出す。

パタパタと話し声。誰かが入ってきそうな気配。

なぜか、見つかってはいけないと思って個室に隠れる。

『あ、ねーねー知ってる?このトイレ、出るらしいよ』

『えー。こわ』

メイク直しをしに来たであろう女子。

思わず聞き耳をたてる。

『や、マジで。よっちゃん見たらしいよ。

顔中釘だらけなんだって』

『うえ。そんなん出たら漏らしちゃうよね』

トーンの高い声と話の内容に震えながら、櫛を見る。

『でね、よっちゃんが言ってたんだけどね、このトイレに入った時櫛拾ったんだって。

で、幽霊と出会ったのはそのすぐ後』

『え、今は無いよね、その櫛』

パタパタとまた足音がして、トイレから遠のく話し声。

聞く限り、私は今すごく危険。

よっちゃんの話が本当なら、やばい。

櫛、持ってるもん。

思わず櫛を手から離してしまう。

カラン。

またプラスチックの音。最初に拾った時こそ何も思わなかったけど、今は違う。

顔中釘だらけの女を想像してしまって、トイレの個室から出る。

___________

出た時に鏡に映る私の顔。

すごく青ざめてた。

だって私の隣には、顔中釘だらけの女。

本当に釘だけで、顔のパーツなんてわからなかった。

唯一わかったのは口。

それと、顔に似合わないサラサラの髪の毛。

「…櫛、カエシテ」

変色した唇が鏡の中で動くと同時に、真横でざらついたような声。

返しても何も、さっき落としたから持ってない。

動けずに固まっていると目に違和感。

片方だけ見えない。真っ暗。

鏡を見つめたまま立ち尽くす。

今度は鼻に違和感。というか、感覚がなくなった。本来鼻があるべき場所に私の鼻は今あるのか?

鏡はいつの間にか真っ赤に染まっていた。

櫛は相変わらず持っていない。どこにあるのかもわからない。

四肢が痺れてきて、動かせなくなる。

金縛りのよう。

「櫛カエシテクレナイナラ、貴方カラ体ヲモラウワ」

千切れていくように、ブチブチと音を立てて血も飛び出して、私の胴体から離れていく四肢。

不思議と痛みは感じなかった。

ただ顔に飛び散る血の生暖かい感覚だけを感じていた。

最後に首まで取られてしまって、私の頭がゴロンとトイレの床に転がる。

少しだけ、意識がある。おかしいけど。

世界が横になった。私の視界には、黄土色の足と、鮮やかな赤、その赤に染まっていく櫛が見えた。

最後に自分を恨んだ。どうして櫛を拾ったんだろう。

頭の中にフラッシュバックしてくる、カランというプラスチックの落下した音。

多分、私が死ぬまでずっと耳の奥で響いていた。

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