高校の怪談〜皆川 棗の休日〜

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高校の怪談〜皆川 棗の休日〜

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クロが人間になった、その翌日。

クロがうちに来てから初めての1日休みだわ。

「クロ。」

物珍しそうにコーヒーを見ていた彼に、声をかける。

「何ですか?」

彼はカラスだった頃と何も変わらない純真な瞳をこちらに向けた。

「あんた、ずっと長袖で暑くない?今日、あたし仕事休みだから半袖の服買いに行きましょ。」

「え?」

クロは自分のスーツの裾を引っ張った。

「確かに少し暑いような…。し、しかし先生にお手間をかけさせるわけには…。」

「何言ってんのよ。怪我して運び込まれた時点で既に手間よ。」

クロは目を白黒させた。

「そ、そんな!」

「冗談よ、冗談。」

純粋な子って、つつくと面白いわ。

「最初に言ったでしょ。あたしの言う事は聞くって。」

「は、はあ…。」

クロはコーヒーに口をつけた。

「っつー‼︎」

「あら、熱かった?」

クロは舌を出して手で仰ぎながら、頷いた。

「今まで熱いものといったら、スズメなどの小鳥くらいしか食べた事ありませんでしたから。」

「小鳥ねぇ…。」

「ええ。捕まえたては柔らかくて、とっても美味しいんですよ!今度先生にも取ってきて差し上げます。」

「あ、大丈夫よ。いらないわ。」

「あれ、小鳥はお嫌いですか?」

「いえ、そうじゃなくて…。」

今は人間の姿をしているとはいえ、やっぱりクロもカラスだったんだわ。今、改めてそれを実感したわ…。

「とにかく、そんな暑苦しい服着てちゃ嫌よ。さ、行きましょ!」

「ですが…。」

「行かないなら、あたし1人で行っちゃうわよ?1人で行ったら、悪い男に目を付けられちゃうかもね…。」

「行きます!私が先生を守ります!」

よしよし、純粋なやつめ。

数十分後、あたしとクロは近所のショッピングモールの前に立っていた。

「ここは…!何度か外から見た事あります。中には入った事ありませんが。」

「あら、そうだったの。」

「ええ。この辺、スズメがよく取れるんですよ。」

「スズメはもういいから。」

あたし達はショッピングモールに足を踏み入れた。

「…あれ?」

おかしい。全く人がいない。

辺りは恐ろしい程静かで、静寂が耳に痛い。

「へー、意外と人がいないんですね。」

「いや…。」

いつもはもっといるんだけどなあ…。

その時、懐の携帯が鳴った。

液晶にでていたのは、香の名前だった。

「香⁉︎」

急いで電話に出ると、かなり慌てた様子の香の声が。

「皆川先生、大丈夫⁉︎」

「はあ?だ、大丈夫ってなんの事だい?意味が分かんないわ。」

「分からない⁉︎」

香は溜息をついた。

「…いい、皆川先生。今、俺と礼一郎でショッピングモールの中にいるんだけどさ。」

「え、ショッピングモールって…。」

「そうだよ。今先生がいるとこ。」

辺りを見回してみるが、誰もいない。

「…いないじゃないのさ。」

「当たり前だよ!先生達、俺らがモール内に入った瞬間に消えちゃったんだもの!」

「えっ⁉︎」

香の話はこうだった。

礼一郎と共にこのモールに遊びに来たところ、あたしとクロの姿を見かけたらしい。

礼一郎にクロの紹介をしがてら、あたし達に絡もうと思ってつけてきたら、あたし達がモールの入り口をくぐった瞬間に消えてしまったという。

「そんな…。」

でも、周囲には誰もいないこの雰囲気が、香の言葉を裏付けているというか…。

「い、今どこにいるのよ。」

「コーヒー屋の前。」

「…近いわね。分かったわ、一応行ってみる。何か分かるかも。」

「待ってるから。」

電話を切ろうとすると、香に呼び止められた。

「何さ。」

「今先生と一緒にいる人…。烏丸さん?」

「そうだけど…。それが?」

「…その人、人間?」

ギクッ…。

「最初に見た時から思ってたんだ。烏丸さんの目つき、なんか違うんだよ。普通の人と。」

どうしよう…。

あたしは携帯の口を塞ぎ、クロを見上げた。

「どうされました?顔色が良くないようですが。」

「あの…。この間保健室で会ったあたしの生徒。あの子、あんたの事人間じゃないんじゃないかって言ってるんだけど…。」

すると。

「なんだ、そんな事ですか。」

彼はあたしの携帯を取って、香に声をかけた。

「もしもし、先生の生徒さんですね?」

「えっ?え、あ、はあ…。」

マイクから明らかに焦った様子の香の声が漏れている。

「えっと…。君、鋭いですね!」

「はあ?」

「そうです、私は棗先生に命を助けていただいたカラスなんです!」

うそぉ、あっさりバラしたー!

「はっ?えっ?」

流石の香も混乱してるみたい…。

「いやー、こんなにあっさりバレちゃうとは!私も妖怪としてまだまだですねー。」

「あ…。なんかすみません。」

「いいえー、これから修行して、他の人には分からないようにしますから。むしろ今の段階で指摘していただけてありがたいです!」

ポジティブね。そして純粋…。

人間の男にはないこの純粋さがカワイイのよね。

「…ええ。…あー、なるほど。するとここは…?」

なんかいきなり会話が弾んでる…。

「え、何だって⁉︎…分かりました、気をつけます。でもご安心ください、先生は私がお守りしますから‼︎」

クロは携帯を切って、こちらに返した。

「えー、先生。落ち着いて聞いてくださいね。」

「何?」

「香君によると、ここは異次元だそうです。」

異・次・元⁉︎

「はあ⁉︎なんで香がそんな事知ってるのよ!」

クロは頭を掻いた。

「なんか…。あぷり?が何だとか言ってましたよ。」

「ああ…。例のアプリね。」

丑寅高校を度々悩ませてきたあの忌々しいアプリ。そこに異次元の事が載っていたとはね…。

でも、調べようにもあたしの手元にあのアプリはないし、どうしよう?

「取り敢えずコーヒー屋の前まで行こう。」

「はい!」

あたしは携帯をいじりながら歩き始めた。

「ここよね…。コーヒー屋の前って。」

「そうですね。」

辺りを見渡すが、誰もいない。

再び携帯が鳴る。相手は香だ。

「…もしもし香?コーヒー屋の前着いたけど、誰もいないわ。」

「そっか…。」

しばらく沈黙が続く。

先に沈黙を破ったのは、香だった。

「とにかく、幸い連絡は繋がるみたいだから、もしもの時のために携帯の通信は切らないでおこうよ。」

「そうね。って事は、携帯の充電が切れるまでが勝負ね。」

「うん…。」

あたしはそのまま携帯を懐に突っ込み、クロを振り返った。

「クロ、探索を始め…」

言いかけると、彼はあたしの口を塞いだ。

「しっ。静かに。」

「な…何?」

小声で尋ねると、クロは空いている片手で拳銃を取り出して言った。

「何者かの気配を感じます。」

「え…。」

その時、あたしの目の端で何かが動いた。

「‼︎」

耳を劈く銃声。

「どうしたの⁉︎」

懐の携帯から、香の声が響く。

「だ、大丈夫…。ちょっとね。」

あたしはクロの腕を握った。

…。

1人の時は闇雲に突っかかっていってたはずなのに。

側にいる存在ができた瞬間に、その存在に頼り始めた自分がいる。

…ほんとはずっと、こんな存在が欲しかったんじゃないかしら。

…って、そんな事考えてる場合じゃないわ‼︎

「クロ。どう?」

「分かりません…。」

相手の様子をじっと窺う。

「おい、そこにいるのは分かってるんだ!大人しく出て来い!」

クロは本物のSPばりに叫んだ。…いや、少なくともあたしにとって彼は本物のSPだわ。

その声に応えるようにして、どこからともなく声が聞こえてきた。

「拳銃…。困るな、そんな物騒な物を持ち込まれては。」

声からすると、香達と同年代くらいかしら。にしてはやけに口調が老けてるわね。

「関係ないだろう、姿を見せろ!」

するとエスカレーターの陰から、人影が現れた。

「おや…。」

その人物はこちらを見て、首を傾げたようだった。

「拳銃の君は妖か。そんな美人攫って、何をするつもりだい?」

少し間を置いて、何かを理解したかのように頷いた。

「ああ、分かった。こんな世界じゃ餌も取れないから、非常食に連れてきたんだろ?」

「何だと⁉︎」

クロが銃を持つ手に力を込める。

「先生は私の恩人だ!それを取って食うなんてするもんか!」

人影が近づくにつれ、姿形がはっきりしてきた。

それは学ランを着た少年で、香達より少し幼い顔立ちに見えた。背丈も小さく、パッと見はそんなに脅威には見えない。

でも、ドラマとかだとこういういかにも純朴そうなコが黒幕だったりするのよね…。

「…あなた、誰?幾つ?」

「その質問、答えなきゃいけないかな。」

何よ、結構生意気ね。

「俺はトワ。偽名だけど。年齢不詳。自分でも分からないのだから、仕方ない。」

トワと名乗る少年は肩を竦めた。

「とにかく、俺の世界でそういう凶器を振り回すのはやめてくれないか。」

「何…。お前の世界?」

トワは頷いた。

「勝手に入ってきやがって。」

「何よ、可愛くない…。」

「可愛く思われたいと思った事はないからな。」

本当に可愛くない!

「さてと。分かったらさっさとここを出ていってくれないか。」

「え?あなたじゃないの、あたし達を異次元に迷い込ませたのは。」

「まさか!わざわざ知らない人間を家に入れると思うか?しかも1人は妖なのに。」

彼は眉根を寄せた。その様子からすると、どうやら嘘はついてないみたい。

「クロ。多分この子嘘言ってないわよ?」

だが、クロの警戒は解けなかった。

「先生!先生はお優しいから人を疑うという事をしない。」

言って、拳銃の安全装置を外した。

「それ以上近づくと、威嚇射撃では済まないぞ!」

トワは手を上げた。

「やれやれ。とんだ客人だな。自分達から入ってきておきながら。」

あたしはちょっとむっとした。

「何よ。勝手に入ったとはいえ、知らなかったんだから仕方ないでしょ。」

あーあ。

「ちっちゃい男ね。」

つい、ポロッと呟く。

するとトワの顔色がさっと変わった。

「あっ…!あんた、もういっぺん言ってみろよ…!」

「え?」

今までずっと冷静な態度だったトワが、いきなり身を震わせ始めた。

「え…。ちっちゃい男?」

ご注文にお応えして、もう一度。

「な…。ち、小さくて悪かったな!人生背丈が全てじゃないんだからな!なんだよ、背丈があっても顔が悪かったら意味ないだろ?その点俺は顔と背丈が釣り合ってていいだろ?顔なんか良すぎるくらいだろ?」

…え?

「あの…。」

「うるさいうるさい、何も言うな‼︎俺にはこの背丈が丁度いいんだ‼︎」

「あの、誰も君の背丈の事なんか…。」

「うわあああん、でもやっぱり身長欲しいよ〜‼︎」

ついにはその場にしゃがみ込み、泣き出してしまった。

…何、この子?

「へっへっへ、身長欲しいか、身長欲しいか〜?」

クロがトワに歩み寄り、しゃがみ込んだ彼を見下ろして挑発している。

うーん、確かにクロは背高いからね…。178くらいあるかしら。すらっとしてて、やっぱりカッコイイ…じゃなくて!

「ちょっと、クロ!やめなさいよ、可哀想でしょ!」

「あ、ついいじりたくなって。すみません。」

クロは赤面してこちらに戻ってきた。

「トワ君だったわね。」

ようやく立ち直ったらしい彼に、あたしは声をかけた。

「…そうだけど」

彼は少しそっぽを向いて答えた。

「あたしは皆川 棗。えーと、取り敢えず、さっきはうちのクロがごめんね。…ほら、クロも謝って。」

クロは渋々といった様子で頭を下げた。

「…先程は色々と勘繰って、大変申し訳ありませんでした。」

トワはすっかり最初のクールな様子を取り戻し、言った。

「…別に。俺も神経質になり過ぎてたよ。すまない。」

…さっきの人格は何?

「よく見るとあんたら、そんなに悪い奴じゃない気もするしな。」

でも良かったわ、誤解は解けたみたい。

「ねえ、ここは何なの?説明してくれないかしら。」

トワはちょっと考えて、言った。

「分かりやすく言うと、もう一つの世界。」

分からないわ…。

「あなた、ここに1人で住んでるの?ご両親とかは?」

「俺が小さい頃離婚したよ。それから母さんと二人暮らしだったけど、今はちょっとした事故のせいで孤独な一人暮らしさ。」

ちょっとした事故?

「事故って何?それって、この空間と関係あったりするの?」

「まあね。」

あたしは止めるクロを振り切って、トワに近づいた。

「聞かせてくれないかしら、その話。」

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