中編4
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坂さんとの出会い

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僕の友人に、古美術店を営む人がいる。店が坂の途中にあるから通称『坂さん』。

怪しげな道具で店を埋め尽くし、商売する気があるのかどうか甚だ疑問だが、本人は呑気に暮らしている。

瓢々としていてどこまでが本気なのか分からない、

そのくせ基本的に無表情で無愛想、人をおちょくるときだけは心から楽しそうに笑う。

こうして書いてみると、本当に坂さんはどうしようもない人だ。

一度万力かなにかで矯正した方が、本人の為になるかもしれない。

信頼とは対極に位置する性格である坂さんを、しかし僕は信頼している。

たとえその言葉や行動が軽薄なものであるとしても。

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祖父が死んだのは、僕が中学一年の時だった。

当時の僕は病気がちな上によく怪我をする子供で、病院が第二の家のようなものだった。

葬式の為に丹波の山奥にある祖父の家に行くのだって、渋る医者をなんとか説得し、ようやく許可を貰えたくらいだ。

祖父の家は、後に山を背負って建っていた。

山の持ち主は祖父だったのだが、危険だからと僕だけは山には入れてもらえなかった。

「なんで僕だけ入ったらあかんの?」と聞く度に、祖父は心底済まなそうに「ごめんな」と呟いていた。

「勇馬くん、初めまして」

男は僕の名前を知っていた。驚く僕に男は笑い、手招きした。

「こっちおいで。一緒におじいちゃんを送ったろ」

そこでようやく、男が祖母の言っていた人物だと分かった。

男の足下には数枚の紙が落ちていた。僕はそれを踏まないように注意して、男の隣に立った。

その場所からは、祖父の家がよく見えた。離れて見る家は、まるで知らない生き物のように感じられた。

あの中には、祖父が横たえられているのだ。蛇に捕えられた蛙のように。

僕は急に怖くなり、思わず後退った。しかし男に肩を掴まれ、その場に留まった。

男は屈んで僕の顔を覗き込み、真剣な口調で言った。

「逃げたらあかん。逃げたら、君はずっと因果に囚われる」

「……因果?」

「そう。例えば僕が紙に火を付ける」

男は足下の紙を一枚取り上げると、懐からマッチを出して火を付けた。

「これが因。そして紙が燃える。これが果」

眼前に差し出されたチリチリと燃える紙を、僕は両手で受け取った。

「因より果が生まれる。そしてその果もまた次の果の為の因になる」

男は僕の頭に手を置き、何事かを呟き始めた。

小さな声で、日本語かも分からない言葉を呟く――いや、むしろそれは唱えるといった方がいいのかもしれない。

奇妙な静寂と緊張が周囲に満ちていた。鳥の声さえ聞こえなくなり、全身から力が抜けていく。

けれどそれは、決して不快なものではなかった。

いつしか紙は燃え尽きていた。

家から棺が出てきた。これから火葬場に行くのだ。

「一番最初の因は、君のおじいちゃんやね」

山を降りながら、男は淡々と語った。

「ある約束を、ある連中とした。それ自体はようあることや。

 そやけど君のおじいちゃんは、君を勝手に因果に組み込んでもうた。だから、僕が頼まれた」

「どういうことですか?」

「因果を断ち切ることはできん。ただ、変えることはできる」

葬儀の列の最後尾に加わり、棺の後を追った。

「山ん中でやったことを言うてはるんですか?」

「いや、あれも一つの因や。そして今の君がその果」

列はゆっくりと火葬場へ向かう。

「そして君は新たな因となり、新たな果を生む。それを繰り返して、少しずつ形を変えていくんや」

「なんかよう分からへんけど、要するに僕の運命を変えにきたいうことですか?」

僕の言葉に男は声を上げて笑った。何人かがこちらを振り向き、眉をひそめた。

僕は小さく頭を下げ、男を睨んだ。男は特に気にしていない。

「坂って、呼ばれてんねやわ」

「はい?」

「僕のことや。

 古美術商をやってんねんけど、店が坂の途中にあるから、いつの間にかそう呼ばれるようになってもうてな。

 後で場所教えたるから、今度遊びにきい。君とは長い付き合いになるやろから」

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そして今に至る。

あの日以来、僕は特に病気も怪我もしなくなった。

代わりに、奇妙な能力(と呼んでいいのかは分からないが)ついた。

第六感に近いそれは、坂さん曰く「悪意を感じとる」能力だそうだ。これも因であり果。

一度だけ、山の祠を見に行った。祠は見るも無惨に壊れていた。扉が砕け、野犬の牙の痕がいくつもついていた。

そして、山の更に奥に向かって伸びる、大きな足跡が一つ残されていた。

今にして思えば、あの祠に奉られていたモノが最初の因であり、祖父が僕を山に入れなかった理由なのだろう。

信頼とは対極に位置する性格の坂さんを、しかし僕は信頼している。

僕に「逃げたらあかん」といった時の目は、本気だった。本気で坂さんは僕の因果を変えようとしている。

おまけに坂さんからは、微塵の悪意も感じられないのだ。

そんな相手を信頼出来ないほど、僕は捻ていない。

坂さんの店に遊びに行く度に酷い目に合っている気もするが、

それも因であり果なのだと自分を慰める日々である。

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