中編4
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芳香

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路地裏で、花屋を見つけた。

ショーケースの中は、美しい花々で彩られていた。

その中に、少女がいた。

透き通るように白い肌をした、美しい少女だった。

目を閉じたまま、眠っているかのように体育座りをしていた。

「花の一種ですよ」

店主の男は言った。

なるほど、よく見れば肌は花弁で成形されており、しっとりとした嫋やかな髪は細い蔓のようだ。

それに、何とも言えない甘い香りがする。

「美しいでしょう。私も最初に見たときは驚きました」

それはそうだろう。

こんなに美しい花なんて、他にはないだろう。

「譲ってくださいませんか」

「申し訳ございませんが、非売品でして…。」

私はどうしてもこの花が欲しくなっていた。

「種は採れないのですか」

「分かりませんな。何せ今は一鉢しかないものですから…。」

私は改めて花を見つめた。

頰はほんのりと紅を差したように赤く、温かみを帯びているようだった。

私はそれから毎日、仕事帰りにその花屋に立ち寄った。

「いいものをお見せしましょう」

ある日、花屋の主人は言った。

そして、ガラスの水差しを持ってくると、花に水を振りかけた。

すると、何ということだろう。

花の少女が少し上を向き、手で水を受け止めたのである。

彼女は愛らしい笑みを浮かべて、水を身体に注いだ。

注がれた水は少女の滑らかな肌を滑るように流れ落ち、吸い込まれた。

「この花は、どういう訳か花弁から水を吸い取るらしい」

主人は水差しを置いた。

「見事なものでしょう」

私は声が出せなかった。

その頃には、昼夜常に花の事を考えていた。

あの花は。

あの花は。

あの少女は。

そしてまた、仕事帰りに花屋へ向かう。

「喜んでください、お客様。」

主人は店の奥から、布をかぶせた何かを持ってきた。

「何です、それは。」

「あの花の雄花が手に入ったのです。これで種を採ることもできるでしょう。そうしたらすぐあなたにお譲りしましょう。」

「見せてください。」

あの美しい花の雄花なのだから、きっとまた美しい少年の姿の花なのだろう。

主人が布をめくるのを、私は期待を込めて見守った。

だが、その姿は私の期待を大きく裏切るものだった。

「…何だこれは」

「あの花の雄花です」

醜く皺の寄った肌に、潰れたような顔。焼け爛れたように数本しか生えていない蔓の髪。

「こんな醜い花が、あの美しい花の雄花のはずがない。そうだとしても、こんなものと彼女を掛け合わせたら、できる子供も醜いだろう。」

「ですが、この花は…。」

「もういい。あのショーケースの少女を頂いて帰る。」

「待ってください、それだけは…。」

縋る主人を突き飛ばし、私はショーケースへ向かった。

「やめてください、あの雄花は…。」

「うるさい、黙れ!」

私は近くにあった鉢で主人の頭を殴った。

彼は声も上げずに動かなくなった。

私は急いでショーケースから少女を連れ出し、自宅へと走った。

「…素晴らしい」

私は月光の差し込む窓辺に、花を座らせた。

彼女の肌は月光に照らされて、蒼く美しく輝いた。

「本当に美しい花だ。」

やはりこの花を手に入れて正解だった。花屋の主人には悪い事をしたが、代わりに彼女の世話を一生続ける事を約束しよう。

「…今日は寝るとしようか」

私は窓辺のソファに横になり、花の少女の横顔を見ながら眠りに就いた。

男が寝静まったあと、花の少女の髪がゆっくりとその長さを増し始めた。

それは少しずつ、しかし確実に男の身体を目指して伸びてゆく。

男が気づいた頃には、蔓の髪は男の口に勢いよくなだれ込んでいた。

男は必死で暴れるが、効果はない。

やがて空中を掻く手からも力が抜け、だらりとだらしなくソファから垂れ下がった。

美しい花の少女の髪は男の体内を進み、身体中の血管を占領した。

男の血液を吸って赤く染まった少女の髪は、そのあと急速に元の長さに戻っていった。

前より更に美しく、健康的な赤みを帯びた少女は窓を飛び降り、既に息絶えた男を残して部屋を出ていった。

これが謎の猟奇殺人としてメディアに取り上げられるのは、これから一週間ほど先の事になる。

「おお…。また一段と綺麗になって。」

官能的なほどの芳香を漂わせながら、少女は花屋に帰ってきた。それを迎えた主人は、店の奥から一人の美しい少年を連れてきた。

「あの男が出ていった後、ようやく咲いたんだ。」

少女は少年に歩み寄り、あの愛らしい顔で微笑んだ。

少年もそれに応えるかのように微笑み、少女の手をとって口づけをした。

「あの人も焦りすぎたんだ…。あの時の雄花はまだ『蕾』だったのだ。どんな花にも蕾の時期があるという事を、知らなかったのだろうか…。」

美しい花々の受粉を見ながら、花屋の主人は水差しをとって自分に振りかけた。

「まあ、ああいう人間がいるからこの種は美しく育つ事ができるのだから、感謝しないといけないね…。」

主人の振りかけた水は、みるみるうちにその肌へと吸い込まれていった。

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裂久夜様、コメントありがとうございます。
美しくて恐ろしい…。最高の褒め言葉をありがとうございます。
路地裏にひっそり佇む店。好奇心をそそられますよね。

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