高校の怪談番外〜トワのアルバイト〜

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高校の怪談番外〜トワのアルバイト〜

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やはりこの時期に学ランは暑いな…。

皆川 棗らと別れた俺は、学ランの胸元を扇ぎながら人通りの多い路地を歩いていた。

…いや、実際そんなに人通りは多くないのかもしれない。あまりに久々に他の人間を見るものだから、そう感じるのか。

「しかし…。」

俺の顔は自然ににやけた。

あの皆川 棗とかいう女教師、結構いい女だったな。

羽闇 ちはやに青春を奪われた分、俺にもツキが回ってきたのか…。

何とかモノにできないだろうか、そんな風に考えながら歩いていると、一枚のポスターが目に入った。

『アルバイト急募!賃金は歩合制。履歴書不必要。』

「…。」

アルバイトか…。

異次元のショッピングモールを出る前に、アクセサリー店から貴金属類(金にしようかと思ったが、通し番号が被っていると面倒なのでやめた)をいくらか掻っ払ってきたから金には暫く困らないだろうが、少なくとも家は必要だし、携帯も欲しい。貴金属を売り払っても、いつかは足りなくなるだろう。それに、彼女…。皆川 棗をモノにするにも、随分と金がいることだろう。だから、まとまった金が定期的に手に入る道が欲しい。履歴書不必要ってのもおいしい。

俺はポスターに記されたビルに行ってみる事にした。

「すみませーん。アルバイト募集のポスター見て来たんですけど。」

声をかけると、ピアスをした目付きの悪い男が現れた。年の頃は二十代前半だろうか。

「ガキか…?」

馬鹿か。お前より年上だ。

だが、ここで突き返されても仕方ない。流してやるとするか。

「実は、ここで雇って欲しいんですけど。」

「お前を?ここでか?」

男は溜息をついた。

「そりゃーお前、自分の身を粗末にしすぎだぜ。」

そして周囲をささっと見回し、誰もいないのを確認してから俺の耳に囁いた。

「ここはなー、ブラックだぜ。テメェみてーなのはコンビニバイトでもしてちまちま稼いだ方がいい。」

なるほど、こいつはこいつなりに俺を気遣ってくれているのか。

確かに、バイト内容を聞いてなかったな。

「どんな仕事なんですか?」

男は顔をしかめた。

「それは…。」

「何をしているんだ、河野。」

背後からかかった、威圧感のある声。

「あ…。井口さん。」

河野というらしい男は振り返り、俺を背中に庇った。

「違うんです、ちょっと…。」

「その、後ろにいるのは何だ?」

井口と呼ばれた初老の男は、ついていた杖でこちらを指した。

「えっと、これは…。ネコです!」

は?

「ネコが迷いこんできたんです!な、ノラネコよ!」

河野は俺を引き寄せ、小声で囁いた。

「井口さんは目が見えてないんだ。ネコのフリして鳴け!」

馬鹿かこいつ。そんなんで騙せるような奴には見えんぞ、このおやじ。

…でも一応言う通りにしてやるか。

「ニャー。」

「ほう…。」

井口は白濁した目をこちらに向けた。そして鼻を鳴らし、踵を返した。

「さっさと摘み出しておけよ。」

嘘だろ、騙せた…。

と、井口が立ち止まって少し振り返った。

「そのガキをな。」

やっぱりバレてた…。

「…すみません。」

河野は俺の学ランの襟を掴んで、ビルの出口へと歩き始めた。

…いやいや。俺はここで働きにきたんだった。

「…待ってくれ河野さん。」

「え?」

俺は河野の手を振りほどいて、井口の元に駆け寄った。

「井口さん!アルバイトを募集してるんですよね、僕をここで雇ってください!」

「おまっ…、何やってんだよ!」

井口はニヤッと笑ってこちらを振り返った。

「君…。仕事の内容を知って言っているのか?」

「いえ…。でも、お金が頂けるのであれば、何でもします!」

おいおい…。という河野の声がしたが、気にはしない。

「ほう、その心意気…。気に入った。よし、雇ってやろう。」

よっしゃ!

「ありがとうございます!」

俺は頭を下げた。

「雇ってやるが、この仕事の事はあまり口外するな。分かったな。」

「はい。」

やっぱりヤバい仕事なんだな…。河野も刺青が入っているところを見ると、カタギの人間ではなさそうだし。

「よし。これから仕事の説明をする。ついてきなさい。河野、お前も来い。」

「はい…。」

井口は部屋の奥へと進んだ。

その後を河野と並んでついていく。

「…おい、お前。」

「何ですか?」

河野は声を潜めて言った。

「お前、なんでわざわざこんな所にバイトしに来たんだ?見た所いいとこの坊ちゃん風じゃねーか。わざわざこんな所でバイトしないといけない風には見えないが。」

人を見た目で判断しやがって。

「全然坊ちゃんなんかじゃありません。事情があって一人暮らしなんです。仕送りももらえないし、家もありません。」

河野は目を丸くした。

「はあ⁉︎お前、学校には行ってんだろ?」

「行ってません。」

「その制服は…。」

「服、これしかないんで。」

「一体どんな生活してんだ、お前…。」

河野は呆れたように言った。

お前に呆れられる筋合いはない。

「人には人の事情があるんですよ。」

「そうか。悪かったな。」

話しながら歩いていると、広い部屋に着いた。

何かの薬品の匂いが漂っている。

「ここが職場だ。」

井口は部屋の奥のプールのようなものを指した。

「あの中を覗いて来い。」

俺はそれに従った。

「…ふむ」

何が入ってたかって?

…死体だよ。小動物とかのじゃないぜ、人間のだ。

「どうだ、怖気付いたか?」

おいおい、冗談だろ。今更俺が人間の死体如きで怖気付くかよ。

「いえ。で、この死体をどうするんですか?」

後ろで河野が絶句しているのが雰囲気で分かる。

「中々見所のある若者だな。これを見せたら逃げ帰るかと思ったんだが。」

井口は笑った。

「いいかね、君にはこのような死体を洗ってもらう。いわゆる死体洗浄だ。この建物は、恐らく君が入ってきた方向から見たら分からなかっただろうが、大学病院なんだ。」

なるほど。

「学生の解剖実習に回すんだ。一体洗えば一万円、その場で払ってやる。悪い話ではないだろう。早速やってみるかね?」

「はい。」

俺は早速、仕事に取り掛かった。

死体は手に冷たく、固かった。

これだけで何万も稼げるのか。なんてうまいアルバイトだろう。

隣で仕事を始めた河野が、話しかけてきた。

「おい、お前…。初めてじゃないのかよ?」

「何がですか?」

「死体の扱い、だよ!」

彼は溜息をついた。

「テメェみてーなガキが、何でそんなに手際よく死体洗ってんのかって聞いてんだ!俺より手際いいじゃんか。」

「ガキじゃありません。名前があります。」

「あ、そうだよ。テメェ、名前なんてんだよ?」

今更かよ。

「トワです。」

「トワぁ?女みてーな名だな。」

一番言われたくなかったわ。

「苗字は?」

「ありません。」

「は?苗字くらいあるだろ。」

「ありません。忘れちゃったんです。」

河野はまた溜息をついた。

「つくづく変な奴だぜ、お前もよ。」

「…。」

俺は黙って仕事を続けた。

俺がバイトを始めて数日。カプセルホテルに一時的に住みながら、大学病院に通っていた。

にしても、大分稼ぐ事ができたな。

この調子でいけば、手に入る物も増えてくるだろう。

河野ともそれなりに親しくなった。

「河野。タオルを貸してくれないか?」

河野はタオルをとって言った。

「お前、すっかりタメきくようになったな。」

「いけないか?」

「今更丁寧になられても気持ち悪い。」

「だろ?」

俺達はいつものように配置につき、仕事を始めた。

「今日は何だか調子がいいな、仕事がはかどるぜ。」

「そうか。良かったじゃないか。」

俺は自分の洗う分の死体を取りながら、言った。

…これは女か。死んでいるとはいえ、女だと未だに少し躊躇う。

でも、洗わないと金は手に入らない。俺は女の身体を摩った。

「…ん」

「どうした?」

「え、あ、いや…。」

俺はその女に、見覚えのある痣を見つけた。

うなじのあたりに赤い金魚のような形をした痣。こんなような痣、昔おぶってもらった時によく指でいじったっけ。

「…これは」

俺は思わず死体の腹部を調べた。

「‼︎」

盲腸の手術痕。晩飯一緒に食ってる最中、急に苦しみ始めた時は驚いた。あの時は、ただの盲腸で安心したな。

そういえばその時だったかな。この人が献体の登録をしたのは。

「…。」

「どうかしたのかよ。手ェ止めるなんてお前らしくもない。」

河野が顔を覗き込んできた。

「…お前、ひどい顔だぞ⁉︎体調でも悪いのか?」

「いや…。そ、そうだ。体調が悪いんだ。今日は帰る。」

俺は立ち上がった。

「その女の死体、洗っておいてくれないか。」

「ああ…。」

俺は大学病院を出た。

心の奥底で、もしかしたらという期待はあった。

それが今、打ち砕かれたのだ。

何だか妙に人恋しくなって、ペットショップに入った。

鳥の鳴き声が耳につく、騒がしい場所だった。

ふと見ると、プラスチックの大きなケースに大量の生きたラットが入っていた。

隣には、大きめの蛇がとぐろを巻いている。

「蛇の餌か…。フン。」

俺は近くにいた店員を呼んだ。

「ねずみを1匹ください。」

「はい…。」

ランダムに掴もうとした店員を止め、俺は1匹のラットを指差した。

「あいつをください。」

「あ、はい。」

店員は俺が指差したラットをカゴに入れ、蓋をした。

「900円になります」

俺は金を払い、店を出た。

そしてカゴを隠しながらホテルに戻る。ペット禁止だからな。

「…ふう。」

こいつが何かの代わりになる訳ではないが、今は何か一緒に暮らすものが欲しかった。動物保護法が効かず、飼うのに書類もいらないエサ用ラットが一番だった。

それに、俺には猫や犬なんかよりエサ用ラットがお似合いだろうね。

「名前…。ハチワレ柄だからハチにするか。」

俺はラットをカゴから出した。

手に伝わるのは、暖かい温もりだ。

毎日触れていた、死体とは正反対の。

「なあ、どんな気分だ?死ぬために生まれてくるってのは。」

ラットは答えず、ひたすら俺の指を舐めていた。

「…畜生、母さん…。」

俺は舌打ちをしてラットをカゴに戻し、床に就いた。

再び大学病院に出勤する。

「おす、トワ。」

「…。」

黙ったままの俺に、河野が心配げに声をかける。

「…大丈夫か?」

「心配はいらないよ。もう治った。」

「そうか。じゃ、頑張れよ。」

「ああ、お前もな。」

早速仕事に取り掛かる。

死体を手にとり、いつものように洗浄する。

これは…。若い男、いや少年だ。

学生か?まだ若いのに、哀れな。

…ん、これは?

俺は死体の左手小指に、かすかな黒子の跡を見つけた。

「…。」

自分の左手小指を見る。

小さな黒子が、ぽつんとあった。

慌てて、死体の右腕を見る。

縦に一筋、傷跡がついている。

思わず、俺は右腕を押さえた。

俺の右腕には、昔木に引っ掛けてできた傷がある。

まさか。そんなはずは…。

俺は恐る恐る、死体の顔を覗き込んだ。面影も兼ねて、右目の下に黒子があったらいよいよビンゴだ。

「…!」

それは、そこに当然のように存在していた。

「…な、」

おれは半歩後ろに退いた。

バシャンと音を立てて、死体がホルマリンに沈む。

「河野!…河野!」

いつのまにか河野はいなくなっており、広い空間には俺一人だった。

ホルマリンのプールが、ザッと波立つ。

「⁉︎」

中から、一人の人影が立ち上がった。

「俺」の死体である。

閉じられていたその目が、大きく見開かれた。

白濁した、生気のない目。

俺はたまらず、叫び声を上げた。

「っ‼︎」

額に走る激痛。

どうやら夢を見ていて、飛び起きたらしい。

カプセルホテルの天井にぶつけた頭をさすりながら、ハチのカゴを手にとった。

彼は今の轟音で起きたらしく、細目でキョロキョロしている。

「ふうん…。」

俺は頭を抱えた。

これから、あのアルバイトを続けるべきだろうか。

このままでは、俺はおかしくなってしまうのではないだろうか。

今のままだと、いつか先程の夢のような事態が起きてしまうのではないかと不安になるのだ。

あり得ないと、頭では分かっていても。

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ちゃあちゃん様、コメントありがとうございます。
当事者さんのお話を聞いた事がおありなんですね。それは貴重な機会でしたね。
死者への尊敬と感謝を持ってすべき仕事ですね。そういう意味で、誇りあるお仕事だと思います。

昔、死体洗いというか、エンゼルケアしてる人に話を聞いた事がありますよ。解剖して縫合しても、生きてる人間じゃないから、縫い方も乱雑なんだそうで、死んでるから傷も治る訳じゃないし、皮膚がブヨブヨしてるとか。検視解剖の後なんか、抜き取られた内臓の代わりに新聞紙詰めてるとか‥
ご遺体をキレイにするのは、遺された人のタメなんでしょうねぇ‥