三浦異界忌憚ー祭り囃子ー

長編8
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三浦異界忌憚ー祭り囃子ー

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俺は夏祭りが嫌いだ。

理由は分からない。

俺の生い立ちに問題があるのか、生まれついての人間嫌いが影響しているのかさえ分からない。

幼い頃は、母親に手を引かれてよく出かけたような気もするのだが、思い当たるような事はないのだ。

そんな夏祭りだが、今年も町内の神社で開催される事となった。

幸い俺の家は神社から距離があり、祭りの喧騒が聞こえる事はないのだが、それでも何だか重くやるせない気分になる。

インターホンが鳴ったのは、丁度その時だった。

「はい、どちら様でしょう?」

「あ、三浦君?私だけど…。」

訪ねてきたのは、クラスメートの遠藤玲子だった。

彼女は明るく活発な女子で、俺とは正反対の性格の持ち主だ。学校でも何故か頻繁に俺に話しかけてくるが、一体何の用事だろうか。

「何の用?こんな時間に。」

「あ、あのさ。今日、一丁目の稲荷神社で夏祭りやってるじゃない。」

「それがどうした?」

「どうしたって…。一緒に行かないかなと思って。」

「それならお断りだね。」

えっ、とインターホンの奥の声が戸惑うように小さくなった。

「どうしてよ、どうせ暇なんでしょ?暇潰しにどうかと思ったのに。」

「余計なお世話だよ、祭りなら一人で行ってくれないか。」

突き放すように行って、俺はインターホンのマイクの側を離れた。

「ちょっと!三浦君!」

マイクから響く声が背中に突き刺さる。

「…もういいわ!折角の…。折角の夏祭りだったのに‼︎」

涙を含んだ声が大音量で飛んできて、それきり遠藤玲子の声は聞こえなくなった。

代わりに、玄関を離れていく軽い足音。この音は…、下駄か?

「遠藤くん…?」

ドアを僅かに開けて、外の様子を伺う。

振り返った彼女の姿は月明かりで逆光になって見えなかった。

「…バカ!」

彼女はそのまま小走りに駆けていった。

「おいっ、待て‼︎」

何故だか分からないが、身体が勝手に動いていた。

俺は彼女の後を追って、夜道を突っ切った。

おかしい。

向こうは走り辛い下駄のはずなのに、一向に距離が縮まらないのだ。

「遠藤くん!待ってくれ!」

その時、地面の凹凸につまづいた。

「わっ…。」

思い切りよく地面に突っ込む。

「いてて…、畜生。」

起き上がり、強くぶつけた額をさする。

「…?」

ふと気づくと、祭り囃子の音が聞こえていた。どうやら彼女を追いかけるうちに、夏祭りの中に紛れてしまったようだ。

道の両側に立ち並ぶ屋台。焼きそばや焼きとうもろこしなど、祭り独特の香ばしい香りがする。

俺はしばらく目的を忘れ、縁日の中を歩いた。

だが、すぐにこの空間の違和感に気がついた。

人が、一人もいないのである。

客も、店子も皆。

まるで地上のバミューダ海域に、足を踏み入れてしまったかのようだ。

「あれ…。」

だが、俺にはこの状況に覚えがあった。昔、一度体験したような気がするのだ。誰もいない夏祭りを。

俺は急に不安になって、歩調を早めた。

意図しないうちに、早歩きは小走りになっていた。

「そうだ…。」

俺は遠藤玲子を追ってここに来たのだ。見失ってしまったようだが、周辺を探していれば彼女が見つかるはず…。

「おーい、遠藤くん!さっきは突き放すような物言いをして悪かった、謝るからいるなら出てきてくれ!」

人間嫌いを自負している俺だが、全くもって生き物の気配がしないのは堪えるらしい。

無理もない、その場にいる生き物といえば金魚掬いの金魚くらいだろうからな。

どのくらい歩いただろうか。

いい加減疲れ果てて、地べたに座り込む。

ぼうっと俯いていた俺の耳に、どこからともなく子供の泣くような声が聞こえてきた。

情けないことに、その時の俺は子供の存在にさえ縋りたかった。

俺は泣き声のする方へと足を運んだ。

泣き声の元は、神社の境内だった。

石段に少年が座り込み、泣いている。

「おい」

少年はびくっと肩を震わせた。

「君、どうしたんだ?」

声をかけると、彼は賽銭箱の後ろに身を隠した。俺は思わず苦笑した。

「おいおい、そんなに怯えることないだろ。」

俺は賽銭箱に歩み寄り、少年の前に屈み込んだ。

「迷子か?」

少年はびくつきながらも、頷いた。

「そうか…。お母さんと来てたのか?」

少年はまた頷き、口を開いた。

「ママと来てたんだけど…。知らないうちにみんないなくなっちゃったの。」

てことは、この子も俺と同じ目に?

「そうか…。それは心細かったな。」

俺は少年の頭を撫でた。

「それなら俺…僕が一緒に君のお母さんを探してあげようか。」

少年は顔を上げた。見覚えのあるような目だった。

「いいの?」

「ああ。僕も探す人がいるから。」

俺は少年の手をとった。

「行こうか。」

「…うん」

俺達は下に見える提灯に向けて歩き出した。

にしても…。

この少年、何だか初めて会った気がしないのだ。身につけている青い甚平も、初めて見た気がしない。

「ねー、お兄ちゃん。りんご飴食べたいなあ。」

俺に慣れてきたらしい少年は、俺のシャツの裾を引いて言った。

「え…。持ち合わせ、あるかなあ…。」

ポケットを探ると、財布があった。

中には2千円と小銭が少々。少年を宥めるには十分すぎる金額だ。

「よし…。ちょっと待ってろよ。」

俺はりんご飴の屋台に行き、並んだ飴のうち特別大きいものを選んで手にとった。

「350円か。」

俺は辺りを見回し、300円をトレーに置いて少年の元に戻った。

「ほら、りんご飴。」

「わぁ、ありがとう!」

嬉しそうに飴を舐める少年を見て、俺は夏祭りが少しだけ好きになった。

「ああー、破けちゃった!」

「大丈夫さ、ポイなら沢山あるよ。」

水面で跳ねる金魚を見ながら、俺はここまで来た目的を忘れかけていた。

「取れた!ほら、お兄ちゃん!」

「おう。上手いな。」

普通に縁日を楽しんでいるような気になっていた。

三匹ほど金魚を取って、袋で少年の手に吊るしてやった。

「やった!ママに見せてあげないと。」

そうだったな。こいつの母親を探すんだった。遠藤玲子も。

「よーし。行くか。」

俺達は再び縁日の中を歩き始めた。

しかし、参ったな。

本当に何の気配もしない。

終わりの見えない人探しに、いい加減疲れてきたころだった。

ーからんー

「…あ」

下駄の音が、背後から響いた。

「遠藤くんか⁉︎」

思わず少年の手を離して振り返る。

「お兄ちゃん?」

見ると、少年が不安げな顔でこちらを見上げていた。

「…少しだけここで待っていてくれ。」

「う、うん…。」

俺は下駄の音を追って、走り出した。

「遠藤くん!いるのか!」

下駄の音は付かず離れず、俺と同じ距離を保っている。

「遠藤くん!」

走るうちに、いつのまにか神社の境内に入っていた。

そこに佇む、人影。

振り向いたそれはまさしく遠藤玲子だった。

初めて見る浴衣姿の遠藤玲子は美しいもので、月明かりに輝く唇はふっくらと大人の女性の色気を放っている。

上げた髪に挿した、朝顔のかんざしがよく似合っていた。

「見せたかったの…。浴衣姿を、あなたに。」

「俺に?」

白いうなじを細い指で撫でて、彼女はこくりと頷いた。

「好き…だったのよ。三浦君。」

「遠藤くん…。」

上目遣いでこちらを伺うように見る彼女の目は、夜店の提灯を映して赤く輝いていた。

「あなたを初めて見た時から。四月の初め、学校の校庭の隅で、何か悩ましげな表情をするあなたに一目惚れしてしまったわ。」

「四月の初め、校庭の隅…。」

「そう。その後同じクラスと知って運命を感じたのよ。」

彼女は目を輝かせながら続けた。

「ああ…。急にこんな事言ってごめんなさい。驚いて当然よね。でも、距離が縮まるようできるだけ努力はしたつもりなのよ。」

「そうか…。」

彼女はあの時、俺の姿を見ていたのか。

「…見たんだね?僕が校庭の隅にいるのを…。」

「ええ。」

「そうか…。」

なら話は早い。

俺は背を向けた彼女に飛びかかり、その細い首を絞めた。

「⁉︎」

どうして、と、彼女の唇が無声音で訴える。

「ごめん…。ごめんよ、見られてたなら仕方ないんだ…。」

彼女はこちらを悲しげな眼差しで見つめた。

「本当にごめん…。あの時、僕のしていた事を見てしまっていたのなら、君を生かしてはおけないんだ…。」

そう。

四月の初めのあの日、俺は親友を殺めて埋めたのだ。

きっかけは些細な事だった。

多分、俺の性格がどうとか、背が小さめだとか、俺の欠点をからかわれたのだ。

「お前、ちょっと暗いだろ。だから彼女できねーんだわ。」

「高校生男子で160はないわー。」

なんだったかははっきり覚えていないが、甚だ気に障ったのは覚えている。

「あの日、俺は校庭の隅に友達を埋めたのだ。見たんだろ、え?見たんだろう⁉︎」

遠藤玲子は顔色を青ざめさせながら、俺の腕を必死で振りほどこうとしていたが、やがて力尽きたように腕をだらりと垂らした。

「…はあ。」

俺は境内の裏に回り、掃除用具庫からスコップを取り出した。

そして、土の柔らかいところを見つけて大きな穴を掘った。

「…悪く思うなよ、遠藤くん。」

俺は遠藤玲子を穴の中に入れ、土を被せて地面を均した。これで目立ちはしないだろう。だが、念のため明日見に来るとしよう。

その時、背後でバシャンと音がした。

はっとして振り向くと、木の陰からあの少年が覗いていた。

その顔は恐怖に強張って、膝は震えていた。

足元では、落ちた金魚袋から出た金魚がピチピチと跳ねている。

「ついてきたのか…。」

少年は答えない。

「…見たのか?」

今度は、ぶんぶんと首を振った。

「…そうか」

…思い出した。

俺が夏祭り嫌いな理由も、人間不信の理由も。

俺は少年の頭を撫でた。

「…誰にも言うなよ。忘れろ。」

少年は激しく頷いた。

いつの間にか、俺の耳に祭り囃子が聞こえてきた。

見ると、縁日は人波で溢れていた。

その中から、女の声がする。

「涼仁ー!どこなのー!」

「あ、ママ‼︎」

少年はこちらをちらっと伺ってきた。

「…行けよ。」

彼は泣きそうな顔で頷いて、声のした方に駆けていった。

その後ろ姿を見送っていると、自然に笑いがこみ上げてきた。

「ふふふ…。」

涼仁、ね…。

「ふふ…あはははは…!」

きっと彼の姓は三浦だ。

「ははははは…!」

三浦涼仁。

それは、俺の名だ。

足元の金魚が、ゆっくりと動かなくなっていった。

ある晩、家の電話が鳴った。

「…三浦です」

「ああ、三浦か。」

「先生ですか。どうしたんですか?」

「実はな…。数日前から遠藤玲子の行方が分からなくなっているんだ。お前、よく話してたろ。何か知らないか?」

「遠藤くんが?…すみません、心当たりはありません。」

「そうか…。話によると、夏祭りに行ってから行方が分からなくなったそうだが、一緒に行ったりは…。」

「してません。」

「そうか。悪かったな、こんな時間に。」

「いえ…。心配です、無事だといいですが。」

「そうだな。じゃあ、三浦。ありがとな。」

「はい。」

受話器を置き、俺は遠藤玲子を思った。

本当…。無事であってくれるといいのだが。

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ネタバレ注意

せつない話ですね。

HOYU HOYOU様、コメントありがとうございます。引き続き楽しんでいただけるようなシリーズ化ができるよう頑張りますので、宜しくお願い致します。

零様、コメントありがとうございます。
是非続きを書かせていただきます。
ただ、この回はこれにて完結のため後味が悪いままと思われるかもしれません…。
それでも応援してくださるというのなら、宜しくお願い致します。

もし宜しければ、シリーズ化お願いします

続きがとても気になります! このまま終わるのは後味が悪いです…(-_-;)
是非、次回作品を出していって貰いたいです!