中編6
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三浦異界忌憚ー木彫ー

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夏休みは暇なものだ。

昼間はクーラーを効かせた和室で一人本を読み、夜は母親が疲れて仕事から帰ってくるからあまり気を遣わすような事はせず。

たまに散歩に出かけるが、暑さに負けて熱中症になって終わる。

そんな俺でも、たまには一人で遠出する。暑いのは苦手だから、そこまで頻繁ではない。

しかしたまの外出は、俺に新たな発見を与える事がある。

「…ん」

ある日、近所を歩いていると、薬局と台湾料理屋の間に小さな店を見つけた。

ショーウィンドウの中には、沢山の木彫りの人形とマリンスタイルの小物が並んでいた。

俺は夏祭りは嫌いだが、海は好きだ。

その店に興味を惹かれて、入ってみることにした。

店内は薄暗く、ショーウィンドウに並んでいたような人形が棚に所狭しと並んでいた。

それと同じくらい、貝殻や星砂の瓶、海の写真が飾られている。

「いらっしゃい…。」

店の奥から、老人が出てきた。

「若いお客さんだ、珍しいねぇ…。」

老人は笑った。

「この店は、いつ出来たんですか?」

「いつ?」

顎に手を当てて、老人は考えるそぶりを見せた。

「さて…。いつだったかのう。少なくとも、お兄さんよりは年上だ。」

「何だって?」

物心ついた頃にはここに住んでいたが、こんな店は見た事がない。

そういえば、隣の薬局を建て替えている時だって見なかった。

「冗談でしょう。」

「冗談などではない。わしはずっとここで人形を作っておる。」

「…そうですか」

俺は並べられた人形を見た。

道化師、踊り子、牧師、農夫…。

色々な人形が並んでいる。

俺はその中の一つ、漁師の人形を手にとった。

青いコートを着て、白い帽子を被った白髪の老漁師だった。

肩に魚を括り付けた縄をかけており、顔つきは穏やかな中にも勇ましいものだった。

「これは?」

「それは西洋の漁夫を模した人形だよ。中々いい男だろう。」

「ええ…。」

俺は人形を手に乗せた。

人形は俺の掌を踏みしめるようにして立った。

「気に入ったのかね?」

「あ…。ええ、まあ。」

老人は嬉しそうに目を細めた。

「嬉しいねぇ。君くらいの年のお兄さんがわしの人形を気に入ってくれるとは。」

店内を眺めながら、老人は言った。

「良ければ、差し上げようか。」

「よろしいんですか?」

老人は頷き、俺の掌の人形を袋に詰めた。

「彼もこんな老いぼれより、孫世代の君の所に置いてもらった方が幸せだろう。」

変わった物の見方をする人だ。

「ありがとうございます。」

「いいや。わしも楽しかった、久々に若い者と話せて。是非また来ておくれよ。」

俺は会釈をして、店を出た。

「木彫りの人形屋、か…。」

夏休み、しばらく通ってみようか。

それからというもの、俺は毎日その店に通った。

老人の人形作りを見せてもらったり、実際に木彫りを作らせてもらったりした。老人と俺は、それぞれ紳士と執事の人形を彫った。

「どうだね、人形を作ってみるというのは。」

「以外と難しいものですね。楽しいですが。」

老人は嬉しそうに頷いた。

「そうだろう。…この人形、何となく君に似ていないかね?」

「そうでしょうか?」

俺の彫った執事の人形は、固く引き結んだ唇に何かを睨むような目と、老人の作った穏やかな紳士とは違ってとても褒められた表情はしていなかった。

だが、言われてみれば似たところがある気もする。認めたくはないが。

「人形は、作り手の内面を表すものだよ。」

「…そうですか」

この人形は持って帰りなさい、と、老人は紳士と執事の人形を俺に手渡した。

「ありがとうございます。」

その夜、俺は机の上に人形を並べた。

「作り手の内面、か…。」

俺は電灯を消し、床に就いた。

その日も当たり前のように、老人の店に行ったのだ。

「こんにちは…。」

「おや。また来たね。」

老人は、店の奥の机に座っていた。

「ちょっとこっちに来てごらん…。」

「?」

老人の言葉に従って、机の側に寄る。

「これを見てごらん。」

そう言って老人が出したのは、彫りかけの木彫りだった。

青年の姿をした、30㎝ほどの人形だ。

「実の所、わしはもう長くない。」

「え?」

人形を撫でながら、老人は自嘲気味に笑った。

「わしの身体はもう古くなってしまったからね。だから、最後の作品であるこの青年に次を託そうと思うのだ。」

「この青年って…。」

彼は頷いた。

「そうだ。この人形だ。」

深く皺の刻まれた顔をこちらに向けた老人は、上目遣いに俺の目を見た。

「人形というものはね。作り主が魂を込めて作ることによって、それもまた魂を持つ事ができる。」

「はあ…。」

「わしは長年人形を作っていて、それが本当だと確信した。だから、わしはこの青年に自分の魂を与え、仕事を引き継いでもらう事にしたのだ。」

人形の魂…、魂を与える…?

理解できない事が多すぎた。

「どういうことですか?」

「言葉通りの意味さ。」

俺は青年の人形を改めて見た。

切れ長の瞳をした青年は、どこか老人に似ていた。

「息子の代になっても、この店を贔屓にしてくれ。」

「分かってますよ。冗談でも。」

「冗談ではない。まあ、今に分かるさ。」

その日はそこで別れた。

「こんにちは。」

その日の店内は、静まり返っていた。

「…いらっしゃらないんですか?」

そこで気付いた。

店内にあれだけあった人形が、全てなくなっていた。

嫌な予感がして、俺は店の奥に駆け込んだ。

「あ…。」

老人は、こちらに背を向けて定位置の机の前に座っていた。

「おじさ…。」

声をかけようと踏み出した足が何かを蹴った。

「!」

それは、地面に佇む夥しい数の人形だった。

それらはまるで何かを悼むかのように、老人を見つめていた。

「おじさん!」

俺は地面の人形を蹴散らして、老人を揺さぶった。

その肩は、重く冷たかった。

「おじさん…。」

ふと見ると、老人の手には彫りかけの青年の人形と彫刻刀が握られていた。

青年の人形は本当にあと少しで完成という状態で、老人がどれだけこの人形を完成させたかったかが伺えた。

俺は無我夢中で人形と彫刻刀を老人の手から取ろうとしたが、どうしても外れない。

仕方なく、老人の手を外から握って青年の人形の残りを彫った。

幾度か手元が狂い、彫刻刀の刃を手に食い込ませてしまった。

老人の手からは血が溢れる事は無かった。

どれだけ時間が経ったろうか。

俺は青年の姿を彫刻し終えた。

「おじさん…。世話になったな、せめてもの礼だよ。」

俺は店を出、帰路についた。

それから俺は暫く、部屋を出なかった。

あまり感じた事のない感覚に、戸惑っていたのかもしれない。

ふと机の上を見ると、ちょっとした違和感を感じた。

「…。」

紳士の人形が、執事の人形に向かって手を差し伸べる形になっていた。

俺は何故かいてもたってもいられなくなり、あの店へと走った。

「こんにちは!」

ドアを開けると、甘い木の香りと共に柔らかな光が俺を迎えた。

「いらっしゃい。」

人形の陳列された棚を背にして、青年が立っていた。

切れ長の瞳に、知性を感じさせる面影。

「やはり、来てくれたね。」

そう言って嬉しそうに微笑む彼の顔には、確かに見覚えがあった。

「来てくれると思っていた。君なら。」

「…あなたは、」

青年は俺の唇に指を押し当てた。

「言わなくても、分かっているはずだ。」

彼は俺にその場で待つよう指示し、俺はそれに従った。

「見せたいものがあるんだ。」

彼は店の奥に引っ込み、手に一体の人形を抱えて戻ってきた。

「あ…。」

あの老人の人形だった。

多少デフォルメされてはいるが、確かにあの老人だと判別できた。

「良かったよ、君があの時僕を完成させてくれて。ありがとう。」

「いえ…。」

やはり、彼はあの人形…。店主の老人の魂を受け継いだ人形なのだ。

「これでまた仕事を続けることができる。また前みたいに来てくれよ。」

「はい。」

俺は店を出た。

「…まあ、こんな事もあるんだろうな。」

真っ暗になった帰り道を、いつもより少々弾んだ気分で歩いた。

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吉井様、コメントありがとうございます。
全シリーズ読んでいただけて光栄です。
かなり前のhuntまで楽しみにしていただいて…。クラウスさんが喜びます(笑)
ネタが思いつかず行き詰まり中だったので、もう一回頑張ってみます。

良い意味で怖いを付けさせて頂きました
高校の怪談シリーズも好きです、いつも不思議な気分になります(創作が苦手なもので文才が裏山です;)huntの続きも待ってます。

裂久夜様、コメントありがとうございます。
前回の後味があまりに悪かったので、反省を少々込めてあります。清々しさを味わっていただけたようで何よりです。

怖いを押しましたが、どちらかと言うと不思議な話しですね。
前回とは違う味わいと読了後の奇妙な清々しさが心地良い作品でした。