長編7
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三浦異界忌憚ーキメラー

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ある朝目覚めると、やけに体がだるかった。

「…頭が」

重苦しい頭痛がする。

俺は後頭部に手を当てた。

「…ん?」

妙な違和感を感じる。

取り敢えず顔を洗って、この奇妙な気分を振り払いたい。

俺は立ち上がり、洗面所へ向かった。

「…何だこれ」

俺は洗面所の鏡を見て、言葉を失った。

前方に大きく突き出した鋭い嘴に、鳶色の羽毛で覆われた顔。

「…鳥?」

俺は混乱していた。

ゆっくりと頰に手を伸ばす。手を当てると、ふわっとした羽毛の感触と特有の温かさが感じられた。

「…これは俺か?」

体を動かすと、鏡の中の鳥人間も一緒に動く。どうやらその推測は当たっているようだった。

「母さん、俺の頭が鳥になった。」

「えー?」

まだ部屋で寝ていた母に声をかける。

「ちょっと見せて…。」

俺は母の目の前に顔を突き出した。

「…あら、ほんとね。」

母は嘴をつんとつつくと、頷いた。

「ま、いいんじゃないの。」

「は⁉︎」

「鳥くらいならかわいいもんでしょ。」

そう言って、母は寝てしまった。

こうなるともう母は当てにならない。そもそもなぜ驚かない?

俺は祖父、祖母に相談すべく、居間へ降りた。

「爺ちゃん、婆ちゃん。俺の頭、鳥になった。」

朝食をとっていた二人は同時にこちらを振り向いた。

「ほう。そりゃ鷹だな。」

祖父が俺の欲しい情報とはかけ離れた指摘をする。

「そんな事より早くご飯食べちゃいな。冷めるよ。」

祖母にとっては俺の顔より朝食事情の方が重要なようだった。

「あんた、ししゃも好きでしょ。早く食べな。」

「ちょっ…。頭が鳥だぜ?驚かないのかよ?」

すると祖父が茶を啜りながらこちらを見た。

「何だ、鷹が不満か?」

「えっ?」

冷静に考えると、そこまで嫌ではなかった。しかも、場合によっては人間の顔より無難だ。

「嫌じゃ…ないな。」

「だろ?」

俺はそのまま朝食をとった。

嘴は中々食べ辛かったが、まあそのうち慣れるだろう。

「ご馳走様。ちょっと散歩行ってくる。」

俺は外に出た。

外を歩く人は、いつもと何ら変わらない。

一瞬、鷹の頭は目立たないだろうかという不安が頭をよぎったが、通行人はこちらを見向きもしない。

珍しいものではないのか?これは。

俺は木彫りの店を訪ねる事にした。

「こんにちは。」

「やあ、いらっしゃ…。」

青年の顔が木彫りより強張った。

「…どうしたの、それ。」

今日初めて、まともな反応をされた。

「今朝起きたら何故かこうなってて…。」

「ふむ…。」

青年は俺の嘴を指でなぞった。

「こういうのは僕も専門外だな。でも、形だけなら元に戻せるかも。」

「本当ですか?お願いします。」

青年は頷いて、俺を椅子に座らせた。

そして彫刻刀とヤスリを持って、こちらに近づいてきた。

「ちょっと、ちょっと待ってください。」

「何?」

「いや、何じゃなくて。何しようとしてるんですか?」

青年は鳩のように小首を傾げた。

「え、頭を元の形に彫刻してあげようと…。」

「やめてください。」

「なんで?僕が肌のケアする時はいつもこれ使うよ。」

「お兄さんとは体の造りが違うんです。」

「あ、そっかー。ごめんごめん。」

彼はそう言って眉を下げ、笑った。

少しばかりいい男だからって、調子に乗るな。

「それじゃあ僕には手の出しようがないな…。」

「家族は全然不思議に思っていないようで。」

俺は溜息をついた。

「道ですれ違う人も全然気にしないんです。俺の方がおかしいんでしょうか?」

「僕にはよく分からないな…。」

彼は肩を竦めた。

「事実は小説よりも奇なり。こんな事もあるんじゃないのかな。」

「そういうものでしょうか…。」

そういえば、彼の成り立ちも不思議だった。あの時はそんな事もあるだろうとなんとなく納得してしまった。

「で、どうするの?顔、彫刻する?」

「いや、しないです。話聞いてました?」

「聞いてたけど…。僕ならカッコ良く彫れる自信があるのになあ。」

「それ以前に出血多量で死にます。」

俺は自分の嘴を撫でてみた。

「これ、本当に俺の頭なんでしょうか?」

「引っ張ってみる?取れるかもよ。」

青年は俺の嘴を掴み、ぐいと引っ張った。

「痛たたたた‼︎」

「あ、ごめん。」

彼は手を離し、申し訳なさげに笑った。

「でも、この頭は確かに君のものみたいだね…。」

「元には戻らないんでしょうか…。」

「そんなの分からないよ、僕だって医者じゃないんだから。」

「ですよね…。」

俺は頭を抱えた。

柔らかめの羽毛が、指を包む。

「なんかいいなぁ、ふわふわで。」

「他人事だと思って…。」

「そんな事ないよ!僕、毛質が硬いからふわふわが羨ましいなって。」

「…あの、馬鹿にしてます?」

これはあくまで鷹の毛質であって、俺の毛質ではない。

青年を見上げるようにして睨むと、彼は口を尖らせた。

「してないよー!なんでそんなイジワル言うんだよ。」

毒舌ならどっこいどっこいだと思う。

「まあ、しばらく様子を見てみたら。見ようによってはかっこいいよ、それ。」

「…やっぱ馬鹿にしてます?」

「…ちょっとだけ。」

彼は悪戯小僧のように笑った。

はあ、どうしよう。

俺はいつもの散歩コースを歩きながら、溜息をついた。

溜息をついて、空を見上げる。

鳥なのに飛べない。

凛々しい猛禽の頭を持っているのに、まるでペンギンのようだ。

そのペンギン達でさえ、水中を飛ぶ事を選んだというのに、俺は何をしているのだろう。

やるせない気持ちになり、かぶりを振る。

その時、背後から声がかけられた。

「あれ…。三浦君?」

振り向くと、女が立っていた。

いや、女というべきか…。服装と声が女だったから、そう言えるか。

「やっぱり!三浦君でしょ。」

良かった、と彼女はこちらに駆け寄ってきた。

「私。由紀子よ。」

「ああ…。宇佐美由紀子くんか?」

「そう!」

嬉しそうに頷く彼女。

すぐに分からなかったのも無理はない。

彼女の頭は、兎だった。

「…どうして俺が分かったんだ?」

「目が三浦君のまんまだったわ。」

彼女は俺の小学校の時のクラスメートで、大人しい印象の色白美人だった。

「びっくりしたでしょ…。」

「いや…。それは俺も同じだよ。」

宇佐美由紀子は、明らかにおかしい事が起こっている事に気付いているようだった。

「いつからそうなった?」

「今朝よ。」

「俺と…一緒だな。」

「三浦君もそうなんだ?」

彼女は白い手で口元を隠すようにして笑った。

「…なんか嬉しい」

「どうして?」

だって、と彼女は長い耳を揺らした。

「どうしてって…。三浦君と一緒だから?」

その意味がよく、分からなかった。

「本当、全然変わってないよね。三浦君。」

「何が?」

「鈍いとことか、背がちっこいとこなんか特に可愛いわ。」

「…失礼な」

「褒めてるのよ。」

こちらを見つめる赤く丸い瞳を、ただ純粋に綺麗だと思った。

彼女と一緒に、夕方まで過ごした。

散歩コースを歩きながら、談笑した。

「これってデート?」

「まさか。散歩だろ。」

それからしばらく、互いに無言で歩いた。

先に口を開いたのは、宇佐美由紀子だった。

「ちょっと休憩しない?」

「いいけど。」

俺達は土手の階段に腰を下ろした。

「三浦君。私達だけこうなった理由、分かる?」

「知るもんか。」

「つれない所も変わらないのね。」

「…。」

宇佐美由紀子はしばらく黙っていたが、やがて長い溜息をついた。

「どうした?」

「ううん…。」

彼女の赤い目から白い頬へと涙が伝った。

「おい…。」

「何でもない…。」

言う間にも、彼女の目からは雫が何滴も落ちる。

「何でもないのよ…。」

「何でもなくはないだろ。」

彼女はこちらを振り向いた。

「ねぇ…。」

「何だよ。」

「…キスして。」

「はあ⁉︎」

「いいから。」

ふざけているようには見えなかった。

「だって、俺…。嘴だし。」

「関係ないでしょ。」

俺は戸惑いながら、彼女の口元に嘴をつけた。

「…これでいいのか?」

「…ありがとう。」

彼女は立ち上がった。

「私もう行かないと。」

「えっ?」

そのままくるりと背を向けて、歩いていく。

「ちょっと…。」

待てよ。そう言いかけたとき、彼女が振り向いた。

「最後に思い出作ってくれて、ありがと。」

長く白い髪を揺らして、赤い瞳の目を細めた彼女は戯けたように首を傾げた。

幼い日に見たあの顔は、大人びた落ち着きを身につけていた。

「あ…。」

俺はふと頭が軽い事に気付いて、自分の頬に触れた。

羽毛がない。元に戻ったのか…。

「宇佐美くん、」

「悪戯してゴメンねっ。」

弾けるような笑顔で言い残し、彼女は跳ねるように走り去った。

「宇佐美くん⁉︎」

まさに脱兎のごとく、か。

彼女は瞬く間に俺の前から姿を消してしまった。

「悪戯…。」

どういう意味だろうか。

「ただいま。」

「あら、お帰り。」

祖父も祖母も、母も何も言わなかった。

不安になって鏡を見るが、やはり元の自分の顔である。良かった。

「そうそう、涼仁。」

洗面所で安堵する俺に、母が声をかけてきた。

「小学校の時、宇佐美由紀子ちゃんていたでしょ。」

ドキッとした。

「宇佐美くんが…。何だって?」

「あの子、昨日の夜亡くなったそうなのよ。」

「え…。」

そんな、まさか。

だって、さっきまで。

二人で一緒にいたのに。

嘴を通して伝わってきたふわっとした唇の感触は、まだ微かに残っているのに。

「…涼仁?どうしたの?」

「えっ?あ、ああ、いや、別に…。」

俺は洗面所を後にした。

今日の出来事が一体何だったのか。

俺にはさっぱり分からない。

しかし今日1日頭が鷹だったのは確かで、宇佐美由紀子に会ったのも紛れもない事実だ。

事実は小説よりも奇なり。

人形屋の言った事は、間違っていないようだ。

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