中編6
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出逢いの話・10

~~~

木葉が両親のことを《お父さん》《お母さん》と呼ぶのは、此れが初めてな気がした。少なくとも俺の前では。

何処か何時より幼く見える表情。

ほんの少しだけ間延びした、舌足らずな言い方で、もう一度呟く。

「お父さん、お母さん。」

そんな木葉を見ているのが何故だか辛くなった俺は、何となく彼から目を逸らした。

灯りを持った人影達は、相変わらずノロノロと近付いて来ていた。

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~~~

ぼんやりと海を見ていると、唐突に木葉が俺の顔を覗き混んできた。

「・・・・・・えっ何?」

「判りますか?」

パチパチと瞬きをしながら尋ねられた。

判るって・・・何が?

俺が聞き返そうとすると、木葉の方が先に口を開いた。

「僕の両親。」

「両親?」

判る筈が無い。会ったことどころか、見たことすら無いのだから。

困惑しながら、そう答えようとすると、また木葉が俺より先に言った。

「僕には、灯りとぼんやりとした影しか見えないんです。何れが両親か今一判らなくって・・・。」

・・・そうだった。こいつ、見えはするけどハッキリとは見えないんだった。

けど、俺にも正直な所、一人一人の顔の違いなんて分からない。

「其れともあの中には、お父さんもお母さんも居ないんでしょうか。」

俄に泣きそうな声を出す木葉。

言えない。とてもじゃないけど言えない。

咄嗟に嘘を吐いた。

「多分、あの右端のがお前の母親。で、其の隣のヒョロヒョロしたのが父親・・・だと思う。見た目で判断しただけだから、本当にそうかは分からないけど。」

「そうですか。」

「多分、お前は母親似なんだと思う。」

「・・・はい。」

ホッとしたように溜め息を吐き、木葉が笑う。

こいつの表情がこんなにコロコロと変わるのは、初めて見た気がした。

人影達が、あと十数メートル程の地点まで近付いていた。横に広がって、波に押し流されるようにして進んでいる。

表情は依然として分からない。

髪はべったりと身体に張り付いている。

肌が白を通り越して灰色っぽくなっているのが分かった。

不気味な光景だった。

「逃げましょうか。」

俺の手を掴み、木葉がポツリと言った。

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砂浜を走り抜け、コンクリート舗装された道路を辿って旅館に戻る。

人影達は特に追って来なかったが、なんだか楽しくて、其れでいて恐ろしくて、俺達は旅館に着くまでずっと走った。

木葉の手は俺より暖かく、さっきまで死人みたいに思っていたのが嘘みたいだった。

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~~~

旅館に戻ると、部屋に布団が敷かれていた。

俺達が出ている間に夕飯の膳を片付け、テーブルを退かし、敷いておいてくれたらしい。

隣で木葉が、ふあああ、と大きな欠伸をした。

「・・・眠いな。風呂、明日の朝でいいか。」

俺が言うと、もう一度小さく欠伸をしながらコクコクと頷く。

まだ寝るのには大分早い時間だが・・・。あんな物を見た後に出歩く気は起きなかった。

もそもそと窓側の布団に潜り込む。

布団はシーツがピンとしていて、少しだけ居心地が悪い。

「・・・あ、寝る前に少しだけ。」

突然木葉が小走りでベランダへと駆け寄り、ガラス戸を開けた。そして、用意されていたスリッパに足を通し、部屋の外へ。

「海が見えますよ。」

此方を向いて手招きをされ、俺も渋々とベランダへと出た。

「ほら。」

木葉が指を指した先に、さっきまで居た砂浜が見える。

「まだ居ますね。」

オレンジ色の小さな光が幾つも蠢いていた。

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~~~

部屋の中に戻って改めて布団に潜り、電気を消し、寝ようとすると、また木葉が邪魔をしてきた。

「真白君。」

「・・・ん?」

寝返りを打って木葉の方を向いたが、肝心の木葉がそっぽを向いていて、表情が読めない。

「ありがとうございました。」

「いや、俺は来たくて来ただけだし、旅館の代金払って貰っちゃったし、礼を言うのは寧ろ此方って言うか・・・」

「違いますよ。」

木葉の輪郭がふるふると揺れた。どうやら笑っているらしい。

一頻り揺れ終わると、ゆっくりと眠そうな声で話し始める。

「・・・両親のことを思い出すのは、止めていたんです。悲しくなるから。」

「でも、真白君と逢って、色んな人に逢って、色んなことをして・・・其の内、思い出してもあんまり悲しくなくなって・・・。多分、楽しいことがあんまり多いから、嫌な記憶がだんだん消えて行ってるんだと思います。」

「今はもう、懐かしくは思うけど、辛くなることはありません。」

「・・・其れを嬉しく思うと同時に、少しだけ怖かったんです。何時か、本当に両親のことを忘れちゃうんじゃないかって。」

「辛くなるから、悲しくなるからって、今まで録に覚えていようともしなかった。写真だってまともに見なかったんです。 」

「忘れるのだって当たり前ですよね。其れで、不安に任せて慌てて両親に会いに来たんです。・・・其れだって、真白君が居なくちゃ勇気が出せなかった。馬鹿みたいでしょう?」

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~~~

木葉は其処で言葉を切った。

向こう側を向いているので、どんな顔をしているのか分からない。

「・・・木葉?」

暫く待ったが、もう何も言わなかった。

俺は仕方無しに口を開く。

「悲しくなくなったのは、忘れたからじゃねえよ。お前の中で、両親のことを良い思い出に変えられたからだ。木葉は何も怖がることないし、不安になることもないよ。・・・・・・多分。」

木葉はやっぱり、何も言わなかった。

案外、もう寝てしまっているのかも知れない。

聞いていなかったのなら、明日、ちゃんと伝えよう。

そんなことを考えながら、俺は眠りに着いた。

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~~~

磯の臭いがして目が覚めた。

目を開くと、辺りはまだ暗い。

ベランダの窓が開いていた。

あの臭いは、海の風が吹き込んで来たのだろう。

ちゃんと閉めて鍵も掛けた筈なのに・・・。

・・・・・・まぁいいか。上からも下からも、泥棒の入ってこれる階数じゃないし。

俺はもう一度目を閉じた。

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~~~

射し込む日差しに瞬きをしながら起き上がる。

さっき起きてから、大体何時間くらいが経過したんだろう。と言うか、今は何時だ・・・。

時計を確認すると、まだ六時半だった。

「・・・あれ?」

ベランダの窓が閉まっている。

近付いて確認をすると、鍵は開いていた。

其れでも、開いていた引き戸が独りでに閉まるとは考え難い。前に起きた時には確かに窓本体も開いていたのだが・・・。

俺は不思議に思いながらも、まだ眠っている木葉を起こそうと振り返った。

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~~~

木葉の枕元に、小さな山が二つ、出来ていた。

山の一つは、様々な種類の貝殻を積んで出来た山だった。もう一つは、色とりどりの丸い石・・・いや、此れは石じゃない。

「ガラスだ・・・。」

海の中で波に揺られる内に丸くなったガラス。偶に浜辺とかに打ち上がっているアレだ。

確か、シーグラスとか言ったか・・・。

「どうかしましたか・・・?」

木葉が目元を擦りながら起きてきた。

「木葉、其れ・・・。」

「えっ?」

二つの小山を見て、木葉は大きく目を見開いた。

「・・・・・・此れ。」

小さく呟きながら、何かをそっと手に取る。

見ると其れは、ボロボロで塗装の剥がれたミニカーだった。

瞬きを繰り返しながら、ミニカーを見詰める木葉。

其の目からは軈て、ポタリと涙が落ちた。

暫くの間、木葉は静かに泣いていた。

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~~~

「帰ったら、一緒に写真を見てくれませんか。」

木葉が言った。

「思い出したいんです、両親のこと。辛くても何時か、良い思い出に変えられるように。ずっとずっと、覚えていられるように。」

あのミニカーが何なのかも、貝殻とシーグラスの山が出来ていた理由も、木葉は言わなかった。

けれど、何となく分かった気がするのだ。

俺は大きく頷いた。

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~~~

彼は、今でも偶にあの浜辺を訪れているらしい。

そして帰ってくると必ず、何時も通りの仏頂面をしながら俺ーーーーーいや、私の所にシーグラスや貝殻を御裾分けに来るのだ。

其れが何となく、嬉しかったりする。

Concrete
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ユカさんへ
コメントありがとうございます。

無論、友人が苛めに遭ってたら助けますよ。
というか、単に離れられない気がします。新しい人間関係を構築するのは苦手ですしね。

・・・其れは、大分難しそうですね。
特に僕みたいな人間には。
でも、やっぱり何もしなかったら自動的に敵として認定されてしまうんでしょうね・・・其れは嫌だなぁ(笑)

あと、また個人的な疑問なのですが、「応援してる」って、何を応援してるんですか?「頑張って」って何を頑張るんですか?
色々な考えがあるし、其処は何処まで議論してもどうにもならない気がしますけどね。

自分の人生における汚点をひけらかす積もりはありませんが、昔、苛めを受けていると勘違いをされて、此の言葉を吐かれたことがありました。
傷付いたと言う程ではなかったけれど、自分を否定されている気がして、何だか微妙な気持ちになったのを覚えています。

返信

そういう考え方の方が良いのかも知れませんね。
精神忍耐が必要不可欠です。六年されてたら精神忍耐のクソも何も無いですけど。
苛めは友人関係も変えます。(全員に裏切られました。)加担した場合先ず戻る事は難しいと考えて下さい。

返信

横槍失礼します。

苛めず傍観せず普通に接した結果、苛めの対象は私になり一年半、クラスメート全員から(私の前に苛められた子含む)無視されて過ごしました。
私自身は卒業するまで無言の抗議として学校に休まず行きましたが、かなりの忍耐力と精神力が必要でしたよ。

また、周りの環境や土地柄に依っても解決方法は違って来るのではないでしょうか?
アナタご自身の手の届く範囲、目の届く範囲で頑張ってくださいね?
後、苛められている人は、既に頑張っていますから、更に頑張れって言うのは酷です(笑)
おはよう!また明日!
そんなので十分です。

返信

お返事有り難うございます。
はい、『チョコレイト』の後書きの事です。

そうです、面識が有った或いは友人だとしても普通に接する事が大事です。学校の中でも外でも。
其れで、紺野さんの仰る面識が無い人の場合ですと、声を掛けると云う事が大事になります。ですが、死ぬなと云うのは逆に怒らせてしまう事にもなりますが…。口には出しませんが、大半は「じゃあ代わってよ」って思うと思うんです。「頑張れ」とか「苛めに負けないで」「応援してる」だとかどんな言葉でも良いんです。声を掛けて貰ったら嬉しいじゃないですか。自分は一人じゃ無い、こんなに応援してくれる人達が居る、って分かれば。

返信

ユカさんへ
コメントありがとうございます。

初めまして。紺野と言います。

前の話と言うのは本編の方で書いた《チョコレイト》の後書きで合っていますでしょうか。
もし間違っていたら、御指摘ください。

苛めず、傍観せず、普通に接する。
成る程、確かに的を射た答えです。中々難しいことでもありますが・・・。
小学校・中学校時代にちゃんと周囲を見ていなかった僕には盲点でした。目から鱗が落ちた思いです。

此れは単なる疑問なのですが
《普通に接する》というのは苛められている個人と以前から面識があった場合、で宜しいでしょうか?
元々知らない相手から急に接されるようになるのは不自然ですよね。
其の場合、元々面識の無かった人間はどうすれば良いのでしょうか。
一度、苛めの被害者・加害者双方に全く無関係にも関わらず教師の手によって苛め事件の渦中に放り込まれていた身として、興味があるのです。

もし宜しければ、お返事ください。

返信

初めまして、話読みました。想像出来る話があまり会った事が無いので良いですね。

そして、大分前の話のコメントになるのですが、「イジメは傍観も加わる事になるなら、どうすれば良いか」のコメントで少し思う事が有るので、かなり遅いですが、一意見として答えますね。

イジメを止める、教師に告げる事は勇気の有る人だと思います。しかし、其れがその人にとって助けになる事になる事は決して無いんです。其の助けた人も、イジメられる事になりますし、もっと言うならイジメのターゲットになってる人が余計イジメられる事にもなりますから。しかし、だからといって傍観のみですとイジメられる人にとって、其れは見せ物にされているのと同じ事なんですよ。傍観している本人にはその気は無くても。言うなれば観客ですね。其れは、イジメられる人にしてみれば嫌な事です。笑い者にされてる訳ですから。だから、何が助けになるかと云うのは、その人に会っても普通に接する事です。笑わない、イジメない、傍観しない、普通に接する事がその人にとって助けになるんですよ。以上、イジメられた経験者が語る戯れ言です。お目汚し失礼しました。

返信

まっしろさんへ
コメントありがとうございます。

有り難う御座います。

そうですね。あの二人の関係は、何やら言葉にし難いですが、其れで、きっといいんでしょうね。
少しだけ羨ましい気もします。
僕だったら・・・誰になるんでしょうね。

敢えて言いましょう。
此の話は基本的に烏瓜さんからの申告を元にして作られてた話です。よって、彼がカッコつけただけの場合も否めません。
・・・が、彼も大変なことは沢山経験したそうですからね。案外、本当に言ったのかも知れません。

ええ。
兄達の話で何だかぬるま湯状態となっていたので、ちゃんと出来るか不安ではありますが・・・。
あの気持ち悪さだけは絶対に皆様にお伝えしたいです。
宜しければ、お付き合いください。

クロールは、短距離なら何とか出来るようになったので、此処からは如何に泳げる距離を伸ばすかが勝負です。
水に強くない青ピクミンは只の役立たずです。
クールに、ダンディーに、そしてハードボイルドに水中を泳ぎ回るピクミンを目指し、頑張ります。

返信

裂久夜さんへ
コメントありがとうございます。

木葉さんも烏瓜さんも、それぞれ背負っている物が違いますからね。やはり、何時までも昔のままではいられなかったのでしょう。
仰る通り、職業の立場としても、どうしたって木葉さんの方が上になってしまいますし・・・

烏瓜さんも優しいんですよ。ただ、ちょっとだけ気持ち悪い成長の仕方をしてしまっただけで・・・。
僕も、何時も小馬鹿にした物言いをしてしまっていますが、心の広い人だからこそそんな物言いが出来る訳ですし・・・。
木葉さんも、其処はちゃんと分かってると思います。
・・・僕は何を気色悪いことを書いているんでしょうか。

返信

mamiさんへ
コメントありがとうございます。

最近では全力投球で投げ付けて来るのだとか。
仲が良いんだか悪いんだか(笑)

其れは、確かに気になりますね。次に会った時にでも確かめてみましょう。

全力で気持ち悪さを表情します。
身体を張って得たネタです。無駄にしてなるものか・・・!!
全力で頑張ります。
宜しければ、またお付き合いください。

あ、普通に《このは》です。平仮名が入らないんです。と言っても、どうぞmamiさんの御好きなように。いきなり読み方を変えるのも違和感があるでしょうから。

返信

リュミエールさんへ
コメントありがとうございます。

あんまり誉められると、なんだかむず痒くなってしまいます。けど嬉しいです。有り難う御座います。

其れが・・・どうやら木葉さんが切欠になって意地の張り合いをしてるみたいなんですよね。
怖い話ではないので此処で話すかどうかは分かりませんが。

はい。次回はなるべくちゃんとしたホラーを書けるよう頑張ります。
宜しければお付き合いください。

返信

紫音さんへ
コメントありがとうございます。

所謂ツンデレという奴・・・いや、違いますね。我ながら阿呆なことを言いました。

微笑み、又の名を、にやけ面・・・。
良い話のテイストで無理矢理終わらせはしたものの、ラストが烏瓜さんのにやけ面・・・・・・。

頑張って怖い話を書きますね。出来るかどうかは別として。
宜しければ、お付き合いください。

返信

紫月花夜さんへ
コメントありがとうございます。

其れは、どうにも微妙なラインでして・・・。
僕にも分かりかねます。多分、本当に仲が悪い訳ではないのでしょうが・・・いや、でもやっぱり分かりませんね。

どちらの味方・・・と言いますか、弟としてのポジションをとるかで揉めることが多いです。
けど、あの二人は基本的に実害を及ぼさないので・・・。
セーブしてくれる人も居ますしね。

もっと面倒な人なんて腐るほどいますよ。と言うか、主に腐っている人なんですけどね。
本当に・・・あの変態変人共をどうにかしてくれる人が早く現れてくれれば良いのですが。

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大人になれば、相手の全てを受け入れられない何かも出てくるかも?
職業的に殊更。
でも、心の深い部分は今も友達なんでしょうね。
真白君の不器用な優しさを一番理解しているのは、木葉兄様なのでは?
烏瓜兄様には申し訳無いけど…
真白君、大人にならないで…(笑)

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やっぱり、書き方が上手だから細かい所まで想像出来ますね。凄く話に入り込んでました。ただ、やはりこのお話を読む前から思ってたんですけど兄二人がお互いにそこまで嫌い合っている感じは受けないんですよね。嫌い合ってるポーズというか、照れ臭さからそうしているのかな?と個人的に思いました。次回作も楽しみにしてます。

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